第二十六話 妖動山 その一
小男が浮かべる笑みを見ると、背筋が凍った。
微笑む顔の裏側でよからぬことを企んでいるような含みを感じるからだ。
「それでは移動しましょう」
次の瞬間に教官二人が歩き出したので、俺たちも後を追った。
一番左側にある扉の前で立ち止まり、鬼勢が内締めを外した。
「キィー」という音を立てながら開かれた扉の先に、淡い光のランプに照らされた通路が現れる。
その道をまっすぐ進むと階段が見え、横には頑丈そうな仕切りの中に、無表情の男の姿があった。
彫の深い顔は微動だにせず、まるで石像みたいだ。
教官二人がその男の前に立ち、鬼勢が「頼みます」と一声かける。
真顔のまま上半身を捻った男が何かを手に取ると、それを鬼勢に渡した。
(怖い人だな……)
俺はその人を横切る時に頭をわずかにペコッと下げると、目線をすぐに逸らし、階段を上った。
しばらくすると天井にぶつかり、先頭を歩く鬼勢が片手で壁を押し出す。
すると四角に切り取られた重厚な扉が外側に開き、突如、日が差した。
(眩しい……)
やっと地上に出た。
久しぶりに感じる太陽の光に目を細めながら辺りを見回す。
(ここは……森か)
木や草、幾ばくかの花が生い茂る場所に出てきたようだった。
まさかこんなところに出てくるなんて……。
鬼勢が閉めた扉の位置を確認しようとしたら、どこにあるのか全く把握できなかった。
それほどに周囲に溶け込んでいた。
(凄すぎて言葉が出ねえ)
唖然と立ちすくむ俺の横で、平然とした態度の小内が杖をついてない方の腕を上げた。
「もう少し奥まで行きます」
小男の指示により、俺たちは森を奥に進んでいった。
徐々に日の光が当たらなくなり、見通しや足元も悪くなり、不快感を覚え始める。
(この森怖えんだけど……)
不気味なものが出てこないか左右に視線を動かしながら歩いていくと、目の前には三人の男がいた。
彼らも半眼生なんだろうか。
(あいつら誰だ?)
短髪の男、困り顔の男、頭にねじり鉢巻きをした男が立っている。
彼らの側に来たところで、小内が口を開いた。
「皆さん注目してください。今から三人の仲間を紹介します」
小内が自身の手を男たちに向けながら、話し始める。
「彼らは一回目に行われた三等炯眼士になるための昇格試験に落ちてしまった方々です。次回、三か月後に実施される再試験に挑むため、皆さんとともに稽古に励む予定ですので、ともに切磋琢磨していきましょう」
三人に視線を移すと、全員が不服そうな顔をしている。
特に、左端にいる目の離れた短髪の男の表情が一際険しい。
(悔しそうな顔だな……)
ムスッとした表情を見ると、感情が嫌でも伝わってくる。
何だかこっちまでピリピリするじゃないか。
嘘でもいいから笑ってくれよ。
その刹那、短髪の男と目が合った。
彼は視線を一切外すことなく、俺を睨み続ける。
(なんであんな目を向けられないといけねえんだ……!)
短髪の男の圧に負けて、すぐさま俯いた。
次第に震え出した手先を見つめながら、情けなくも気圧されてしまった自分の弱さを実感し、敗北感のようなものを抱く。
小内から促された三人の男が端的に名を名乗った。
困り顔の男は泥谷写陰、頭にねじり鉢巻きをした男は空丸平一。
最後に紹介された短髪の男は荒角克己というらしい。
荒角は名を伝えた後に「よろしく」と不愛想に言い、彼の番が終わった。
(愛想のかけらもねえやつ)
俺は荒角とは仲良くなれないと直感した。
いや他の半眼生も思っているだろう。俺たちを敵視しているのが明白だからな。
そんな敵意むき出しのやつとどうやって親睦を深めればいいんだよ?
男たちの紹介が終わるとすぐに、小内が話を切り替える。
「三人の仲間も紹介できましたので、次はお待ちかねの運動の時間です。それでは、こちらをご覧ください」
彼の指差す方を全員が向いた。
――真っ暗で険しそうな山道だ。
「悪退の眼では言わずと知れた山――|妖動山《ようどうざん》の入口です」
(妖動山……? 変な名前だな)
「この山は脚力を鍛えるための稽古場として使用しています。昇格試験においても妖動山を上り下りしていただきますので、まずはどんな山なのかを実際に体験してください。経路といたしましては、まずこの入口から登っていただき、頂上まで行くと、蠢き様という神様を祭った祠があります。その祠が見えましたら、別の下り道から戻ってきてください。出口はこの奥になりますので、そちらで我々教官が待機しています。どうかくれぐれも気を抜かないようにしてくださいね。この山は危険な山ですので。以上です」
出口があるとされる方向に指を差しながら、淡々と説明していった。
小内が途中で言った蠢き様という神様に思わず背筋が凍った。
そして――。
最後の言葉を聞いた時、俺は恐怖で身がすくんでしまった。
(変わった名の山が危険だって……?)
一体何が待ち構えてるっていうんだ。
ただの山なんじゃねえのかよ。
心臓の鳴りが速まっていく。
遠くでカラスの鳴き声が響き、冷たい風が体を横切った。
俺はこぶしをぎゅっと握りながら、暗闇の中を凝視し続けていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
また大分間が空いてしまいましたが、やっと二十六話を投稿することができました。
音在たちがやって来たのは山道の入口でした。
そして新たに加わった三人の半眼生たち。
これからどんなことが待ち構えているのでしょうか。
次回、二十七話もよろしくお願いいたします!




