第二十五話 指南「炯眼士」
鬼勢が俺たちの側まで来ると、刀―――刺突刀を持ち上げた。
刃先に刺さる物を俺はじっと見つめる。
(やっぱりこの男、只者じゃねえな)
鬼勢の抜け目のない突き姿。
その身のこなしに目を見張ることしかできなかった。
(どれだけの年月を重ねれば、彼のようになれるんだろう……)
すぐ真似できるようなことでは絶対にない。
きっと血反吐を吐くような、そんな刻苦の先に彼がいるんだ。
俺はそう思えてならない。
「俺が刀を刺した場所ちょうどに核がある。諸君らもいずれは核の位置を覚え、正確に突かなきゃならない。しかしどうだ、動きは何となくつかめたか?」
半眼生全員が大きな声で「はい」と、返事をした。
「それだけでも大きな進歩だぞ! 詳しい動き方は後に教えてやるから、今はただ、核を突くまでの流れをつかめればそれで十分だ」
刃に刺さった物を抜き、実演で使った道具すべてを床に置いてから、鬼勢がこちらを振り返る。
小内も彼の隣に立ち、静かに佇む。
「てなわけで人演狐の核の場所について学んだ後は、悪退の眼の組織構成について学ぶことにしよう。とその前に、小内先生、ここからはお願いします! 話疲れちまいました! あははは!」
「かしこまりました」
鬼勢が顔の前で手を合わせ、首をペコリと下げる。
表情に変化の少ない小内が柔和な声で頼みを受けた。
「それでは私、小内が引き続き話を進めていきます。まず悪退の眼の組織構成については、大きく分けて四つの班があります。一つ目が炯眼士が所属する実行班、二つ目が医務班、三つ目が研究班、四つ目が雑務班です。名前を聞けば思い当たる人もいるかもしれませんが、医務班は医療を専門とする班、いわゆる傷を治してくれる方々です。研究班は人演狐の特性や我々が使う刀などの武器や仕事着、他の道具などを研究したり改良する班、雑務班は様々な事務作業に加え、皆さんが寝泊まりする寮の家事、掃除などをする班です。ちなみに我々教官は実行班に含まれています。全体の人数は七十名前後です。続いては、皆さんに直接関係する、炯眼士についてお伝えします」
スラスラと言葉を並べていく小内。
正直、医務とか研究とか言われてもよく理解できない。初めて聞く言葉だからだ。
それに彼の抑揚のない声を聞いていると、段々眠たくなってくる。
周りの人たちはわずかな音も立てないが、同じようなことを思ってるんだろうか。
試しに東に意識を向けてみる。
―――微細な音が聞こえる。さっきよりは落ち着いているから安心だ……でもそれ以上は感じ取れないな。
(もう嫌だ、内容が小難しいんだよ……!)
混乱状態の俺を置き去りにして、小内が話を続ける。
「炯眼士というのは、炯眼を持った士という意味です。本質を捉える眼を持つ士―――殺しの玄人が、人間世界に紛れる人演狐を見つけ出し、正義の名のもとに命を奪います。皆さんもいずれは炯眼士として立派な活躍をすることになりますので、名前の意味をしっかり理解しましょうね。そして炯眼士には等級が存在します。皆さんはまだ完全に眼が開いてない状態―――半眼生ですが、三か月後の試験に合格したら、三等炯眼士になれます。三等の上が二等炯眼士、二等の上が一等炯眼士、一等の上が特等炯眼士という順です」
(炯眼士にも種類があるんだな……はあ、もう疲れた。眠りてえ)
眠気に襲われながらも、小内の話に耳を傾ける。
古寺に帰りたい……という思いも必死に抑えながら。
(あれ、そういえば、正田って何等の炯眼士なんだろう?)
居心地の悪い中で、ふとあの男のことが気になり始めた。
以前に鬼勢が「正田は優秀な炯眼士」だと言っていたことを思い出す。
その点から考えると、やはり等級は高いんだろうか?
それに……俺が東京へ行くための小舟に乗った時、背を向けた正田の足取りは非常に軽かった。
あの走り方と速さは普通の人間にはできない。だから多分、いや確実に、等級は上位であると思う。
「等級を上げるためには等級ごとの試験に合格するか、条件を満たす人演狐を殺すかの二択です。詳細については後にお伝えします。炯眼士の普段の仕事については、主に敵の偵察や始末、公共の見回り、護衛です。半眼生の皆さんも稽古の一環として、炯眼士に混ざって仕事をしてもらうことがあります。その点は覚悟しておいてください」
小内が一呼吸おいてから、「続いては半眼生の内容に移らせていただきます」と告げた。
「まず大前提として、半眼生の皆さんは三か月後に試験があり、その試験に合格したら半眼生を卒業することができます。もし合格できなかった方はさらに三か月先―――六か月後に行われる再試験に臨むことはできますが、一回で合格するという気持ちで挑んでください。試験内容については、主にニつの技能を計るものと、観察眼を計るものに分けられます。この試験を突破できるような稽古を日々行う予定です。半眼生の一日の流れについては、朝四時に起床、五時に朝稽古が始まり、十一時から昼食、十二時から午後稽古を行い、夜の六時には終了します。その後の夜九時までは各人自由時間となり、それ以降は消灯します。このような流れです」
(結構きっちり決まってるんだ……)
集団で行動するわけだから、時間にだらしないと他の人に迷惑がかかるんだよな。
今まで何するにも一人だったから、慣れるまでに時間を要しそうだ。
「稽古内容は後々分かることなので、省略します。続いてこの施設について簡単に説明します。皆さん、後ろの扉に注目してください」
小内から指示された通り、半眼生全員が体を捻り、遠くにある五つの扉に注目した。
「壁沿いには六つの扉がありますよね。左から順に、紹介させていただきます。一番左にある扉は、皆さんが普段外で稽古をする際に通ります。左から二番目の扉は医務室に繋がります。左から三番目の扉の奥には、皆さんの寮があります。四番目の扉が食堂兼個人練習用の部屋に通じています。五番目の扉の奥には、試験を受けたり、会議などの重要な話し合いをする部屋があります。そして六番目―――一番右側にある扉は、ご覧の通り、他の扉よりも大きな作りですよね。あの扉は実は、内務省に繋がっています。常に鍵をかけているので簡単に入ることはできませんが、必要な時以外は、万が一にも開けないように気を付けてください。よろしくお願いいたします。各扉の中にはまた後で入ったりして確認しましょう。それでは施設の案内についても以上となります」
(あの扉はそういうことなのか! 内務省……この国の偉い人がたくさんいるところなんだろ……?)
合点がいった。他の扉とは大きさが違う理由を知り、納得した。
政府が秘密裏に認めているだけあって、繋がりは深いんだろう。
そして、扉の先に何があるのか……気になるな。
(いつか入ってみたい……)
淡い希望を抱きながら、扉から視線を戻した。
あ……そういえば、もう一つ引っかかる言葉がある。
小内は途中で、「医務室」と言っていたが、『室』って何だ? それは間とは違うのか?
この地下のように地面が畳ではないってこと?
何だよ、『室』って。一体どんな部屋があるんだよ。
俺みたいな時代に取り残された人間にはさっぱりだ。
「急ぎ足になってしまったかもしれませんが、これで指南を終えたいと思います。皆さんそれぞれ質問は尽きないと思います。そういった内容に関しては、稽古が終了した後の自由時間に尋ねに来てください。では、立ち上がりましょう」
(本当に一息で話したな。色々話され過ぎて、頭痛くなってきた……)
そんな気持ちの中、周りにいる半眼生とともに立ち上がる。
全員が姿勢を正した。
「以上で指南を終わります。一同、礼」
俺は周りに合わせて、腰を曲げた。
「さあ皆さん、次はお待ちかねの体を動かす時間です」
小内がその刹那、何かを含んだ、控えめの笑みを俺たちに向けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
やっと指南が終わりました!
小内も言っていた通り、少し急ぎ足になってしまったかもしれませんが、以上で最初の座学を終わりにします。次は体を動かす稽古に移ります!
そして、皆様に謝りたいことがございます。
最近は特に忙しく、なかなか思うように執筆ができておりません。
楽しみにしてくださっている読者の皆様には申し訳ない気持ちで一杯です。
しかしこれからも少しずつ歩み続けていくので、楽しみに待っていてくださると幸いです。
二十六話もどうぞ、よろしくお願いいたします!




