第二十五話 指南「炯眼士」
鬼勢が俺たちの側まで来ると、刺突刀を持ち上げた。
刃先に刺さる物をじっと観察する。
(やっぱりこの男、只者じゃねえ)
鬼勢の抜け目のない突きの鋭さに、俺は目を丸くすることしかできなかった。
(どれほどの年月を重ねれば、彼のようになれるのか……)
すぐ真似できるようなことでは絶対にない。
きっと血反吐を吐くような鍛錬を積み重ねた先に、今の彼がいる。
「俺が刀を刺した場所にちょうど核がある。諸君らもこの位置を覚え、正確に突かなきゃならない。しかしどうだ、動きは何となくつかめたか?」
半眼生たちが大きな声で「はい!」と返した。
「それだけでも大きな進歩だ! 詳しい動き方は後で教えてやるから、今はただ、核を突くまでの流れをつかめれば十分だ」
刃に刺さった物を抜き、それらを床に置いてから鬼勢が腕を組む。
小内もいつの間にはこちらに戻ってきていた。
「というわけで人演狐の急所を学んだ後は、悪退の眼の組織構成について学ぶことにしよう!」
鬼勢の声が地下に響き渡ったのち、教官二人が目配せをし、
「小内さん、ここからはお願いします!」
「かしこまりました」
と互いに頷き合った。
小男が「私、小内が話を進めていきます」と謙虚に微笑んだ。
まずは悪退の眼の組織図について、黒板を使いながら簡潔に説明した。
「悪退の眼には、大きく分けて四つの班がございます」
一つ目が炯眼士と教官が所属する実行班。
二つ目が医療を専門とする医務班。
三つ目が人演狐の生態を学ぶ研究班。
四つ目が事務作業や家事、掃除を行う雑務班。
四つの班は、八十名前後の人間によって構成されている、とも語った。
「続いては、皆さんに直接関係する、炯眼士についてお伝えします」
スラスラと言葉を並べていく小内に頭が追いつかない。
正直なところ、聞いたこともないような言葉だらけで理解ができないし、彼の抑揚のない声が眠気を誘うんだ。
俺の左隣りにいる男もウトウトし始めている。
東はどうだろうかと思い、耳に意識を向けた。
――微細な音だが、先ほどよりは安定しているようだ。
でも、それ以上は感じ取れない。
(内容が小難しくてもう嫌だ!)
混乱状態の俺を置き去りにし、小内が話を続ける。
「炯眼士というのは、炯眼を持った士という意味です。本質を捉える眼を持つ士――殺しの玄人が、人間世界に紛れる人演狐を見つけ出し、正義の名のもとに命を奪います」
小男が黒板に漢字で『炯眼士』と書き、その字を優しく叩きながら、
「皆さんもいずれは炯眼士として立派な活躍をすることになりますので、名前の意味をしっかり理解しましょう」
と穏やかに微笑んだ。
俺はその字を見ても何かの呪語にしか見えなかった。
さらに、炯眼士には等級なるものが存在すると説明する。
「皆さんはまだ完全に眼が開いてない状態――半眼生ですが、三か月後の試験に合格したら、三等炯眼士になれます。三等の上が二等炯眼士、二等の上が一等炯眼士、一等の上が特等炯眼士という順です」
(炯眼士にも種類があるんだ……)
眠気に襲われながらも、なんとか彼の話に耳を傾けていると、ふとあることが浮かんだ。
(正田って何等の炯眼士なんだろう)
俺を悪退の眼に連れてきた正田のことが気になった。
以前に鬼勢が「正田は優秀な炯眼士」だと言ったこと、それに俺が東京へ行くための小舟に乗った時、背を向けた正田の足取りは非常に軽かったこと。
これらを思い返すと、確実に等級は上位であると思った。
「等級を上げるためには等級ごとの試験に合格するか、条件を満たす人演狐を殺すかの二択です」
――へえ。
試験だけでなく、人演狐を殺すことでも上に上がれるんだ。
でもどんな条件を満たす奴らを倒せばいいんだろう。
敵にも水準があるんだな、初めて知った。
続けて小内が炯眼士の普段の仕事内容を伝えた。
「敵の偵察や始末、公共の見回り、護衛が主な仕事です。半眼生の皆さんも稽古の一環として、炯眼士に混ざってもらうことがあります。その点は覚悟しておいてください」
人演狐の強さの違いは何だろうかと考えている間、小内は話を区切るように一呼吸おき、「次は半眼生の卒業条件について話します」と告げた。
「まず大前提として、半眼生の皆さんは三か月後に試験があり、その試験に合格したら半眼生を卒業することができます」
できなかったら、さらに三か月先――六か月後に行われる再試験に臨むことはできるようだ。
だが小内がこうも言った。
「一回で合格するという気持ちで挑んでください」
試験内容については、主にニつの技能を計るものと、観察眼を計るものに分けられるらしい。
半眼生の一日の流れについては、
「朝四時に起床、五時に朝稽古が始まり、十一時から昼食、十二時から午後稽古を行い、夜の六時には終了します。その後の夜九時までは各人自由時間となり、それ以降は消灯します」
と淡々と述べる。
周りの半眼生も段々と背中が丸まり始め、俯きそうなやつもいる。
それでも鬼勢だけは腕を後ろで組み、微動だにしない。
(俺も眠いなあ……)
だが時間はきっちり決まってる。
集団で行動する以上、一人でだらけるわけにはいかない。
「稽古内容は後々分かることなので、省略します。続いてこの施設について簡単に説明します。皆さん、後ろの扉に注目してください」
小内から指示された通り、半眼生全員が体を捻る。
ウトウトしていたであろう半眼生らは少し遅れて扉の方が向いた。
遠くにある六つの扉に注目する。
彼が一つ一つの扉に手のひらを向けながら話していく。
扉は六つ。
左端にあるのが屋外稽古をするために通る扉。
左から二番目にあるのが医務室に続く扉。
左から三番目にあるのが半眼生の寮に繋がる扉。
左から四番目にあるのが食堂兼個人練習用の部屋のための扉。
左から五番目にあるのが、試験を受けたり、会議などの重要な話し合いをする部屋に通じる扉。
そして、六番目――最も右端にあるのが、内務省に繋がっている扉。
(あの扉だけ他と違うのはそういうことだったのか)
合点がいった。
一つだけ作りが大きく、素材も高価な扉の理由を知り、納得した。
政府――要はお偉いさんたちが秘密裏に認めているだけあって、繋がりは深いんだ。
そして、扉の先に何があるのか……気になる。
扉の先を想像しようとしたが、全くもって不可能だった。
(いつか入ってみたいな……)
「右端にある扉だけは常に施錠しているので入ることはできません。必要な時以外は、万が一にも開けないように気を付けてください。よろしくお願いいたします。各扉の中にはまた後で入ったりして確認しましょう。それでは施設の案内についても以上となります」
淡い希望を抱きながら、扉から視線を戻した。
あ……そういえば、もう一つ引っかかる言葉がある。
小内が途中で「医務室」と言っていたが、『室』って何だ?
それは間とは違うのか?
この地下のように地面が畳ではないってこと?
何だよ、『室』って。一体どんな部屋があるんだよ。
俺みたいな時代に取り残された人間にはさっぱりだ。
「急ぎ足になってしまったかもしれませんが、これで指南を終えたいと思います。皆さんそれぞれ質問は尽きないと思います。そういった内容に関しては、稽古が終了した後の自由時間に尋ねに来てください。――では、立ち上がりましょう」
(本当に一気に話したな。色々話されて、頭痛くなってきた……)
そんな気持ちの中、周りにいる半眼生とともに立ち上がる。
全員が姿勢を正した。
「以上で指南を終わります。一同、礼」
俺も周りに合わせて、腰を曲げる。
「さあ皆さん、次はお待ちかねの体を動かす時間です」
小内がその刹那、何かを含んだ、控えめの笑みを俺たちに向けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
やっと指南が終わりました!
小内も言っていた通り、少し急ぎ足になってしまったかもしれませんが、以上で最初の座学を終わりにします。次は体を動かす稽古に移ります!
そして、皆様に謝りたいことがございます。
最近は特に忙しく、なかなか思うように執筆ができておりません。
楽しみにしてくださっている読者の皆様には申し訳ない気持ちで一杯です。
しかしこれからも少しずつ歩み続けていくので、楽しみに待っていてくださると幸いです。
二十六話もどうぞ、よろしくお願いいたします!




