第二十四話 指南「化け物の急所」
水を打ったように辺りが静まり返る。
鬼勢の口から発せられた「人演狐の急所」という言葉に、俺は息を吞む。
あの時―――古寺の中で、人演狐から響く音の正体について尋ねた時のことをなぜか思い起こしていた。
俺からの質問に、鬼勢はこう答えていたんだ。
「要は脳の、ある部分が関係してるってことだ。そこが音の本体であり、核心なんだ」
彼から告げられた内容―――それはきっと、今から話されることに関連すると予感した。
俺は人演狐の脳の中に含まれる何かを、音を通して感知していたんだろう。この何かこそが、奴らが化け物として生きていくために必要不可欠な要素であり、弱点にもなるはずだと、そう思えてならない。
「急所という意味は分かるよな? 要するに、人演狐を殺す方法ってやつだ。それを今から教えてやる」
(やっぱりそうか……急所というのは奴らを殺すための手がかりなんだ)
「今から少し難しい話をするぞ。人演狐の急所はまず、脳の部位―――海馬という場所に存在する」
(か、海馬? なんだそれは?)
開始早々、耳慣れない言葉に動揺してしまう。
眉をひそめる俺に背を向けた鬼勢が、後ろにある―――黒い板の上に白墨で人の頭を描き、その中央に二つ、イモムシのようなものを加えた。
それらをトントントンと叩きながら、言葉を続ける。
「海馬というのは簡単に言うと、記憶の形成、整理をしたりするところだ。例えば、諸君らは今、『人演狐の急所』を学んでいるよな。それを記憶するのが脳の内側にある、海馬と呼ばれるものなんだ。人間の脳は右脳と左脳の二つに分かれるが、海馬はそのどちらにも含まれている。大きさは親指くらいだ。ここからが肝だぞ。奴らの頭の中にも海馬は存在するが、それらの周りには黒い膜が覆われていて、その中心に丸い核がついている。これが人間と人演狐の大きな違いだ」
(海馬を覆う黒い膜? 中心には核がついているだって?)
俺は混乱の一途を辿った。
人演狐の急所を具体的に教えられても難しすぎて、ついていけないからだ。
海馬は記憶を作って整理する場所であって、右脳と左脳―――脳が二つに分かれてるなんて初めて聞いた、のどちらにもあるらしい。その周りには黒い膜が覆われていて、核がある?
さっきもチラッと出てきていたが、核というのも馴染みのない単語だ。もうわけがわからねえ。
「海馬を覆う黒い膜の正体についてはまだ明らかになってないから、詳しいことは言えない。その中央にある核に関しては、いわゆる人演狐として生きるために必要な命みたいなもんだ。人間は心臓が休まず動くことで生きられる。人演狐にも心臓はあるが、ここをどれだけ狙っても奴らは死なない。唯一死なせる方法が、この核を壊すことなんだ」
(心臓を狙っても死なないだって……? 怖すぎるだろ!)
じゃあ俺たちは核を狙い続けるしかないってことかよ。
でもどうやって核を破壊すればいいんだ?
それに……何で核ができたんだろう。元々狐の時はそんなのなかったはずだし、一体どうやって?
「諸君らの言いたいことは分かる。何で核ができたのか、そしてなぜ核によって奴らは死ぬのか。正直なところ、核ができた理由は、人演狐に直接聞いてみないことには分からない。さらに核によってなぜ人演狐が死んでしまうのかという理屈もな。ただ推察することはできる。核ができたのは信じたくねえが何らかの人ならざる力を借りたことは間違いないだろう。その力の根源は皆目見当がつかないがな。それから核によって死ぬ理由だが、今し方、海馬は記憶の形成、整理をするところだと俺は言ったよな。この点を考慮した時に思いつくことが、奴らは人演狐でい続けるための何某かの記憶によって生きられていること、その記憶に紐づいて人間としての体を維持できるようになっていることだ。元々狐として生まれた奴らは、俺たち人間と同じ哺乳類ではある。しかし骨の作り、筋肉の作りは当たり前だが異なるよな。それを維持できるのが核なんだ。ただし推論の粋を出ないことは理解してほしい。長い年月をかけても、分からないことは多いんだ。ちなみに小内先生はこの点についてどう思います?」
鬼勢が首を横にひねり、小内を見下ろした。
ずっと黙り込んでいた小男が口を開く。
「そうですね。核ができた要因については想像いたしかねますが、核によって死んでしまう理由について、私個人の見解を申し上げますと、やはり人間の体を維持するための信号を体全体に送っているからだと考えています。人間としての体の構造を忘れないための記憶を核から海馬へと常に送り続け、さらに体全体にも伝達していると仮定すると、その核が機能しなくなった時に人演狐として生きられなくなってしまうのも頷けます。といっても私は身体の構造を深く理解しているわけではないので、詳しいことはお伝えできません。その点はご理解いただきたいです」
「……」
うーん、やっぱり難しい。また話を追えなくなってしまった。
まあどういった理由にせよ、人演狐の中には核なるものがあり、それを壊すと生きられないってことだもんな。
ということは、すなわち―――。
(俺たちはこの核を潰せば、人演狐を殺せる)
もうこれだけ分かれば十分だろう。
「小内先生、ありがとうございます。……というように、俺たち教官も全ての事柄を把握しているわけじゃないことを知ってほしい。兎に角、どんな事情があれど、諸君らのやつことはただの一つだ。この核を破壊しろ!」
最後、鬼勢が語調を強めた。
俺は体に力が入るのを感じる。
「ということで、核を突くとはどんなものかを、試しに俺たち教官が実演してやる!」
「皆さん、静かにご覧くださいね」
鬼勢の唐突さに驚く半眼生たちをよそに、指南の前に持ってきていた道具を、教官二人がそれぞれ手に持った。鬼勢は針のように細い刀を掴み、小内は片手で人の頭のような物を手のひらに置き、ぎゅっと握る。
そして二人は十三尺二寸ほど離れた。
「これは刺突刀という刀だ。俺の動きをよく見てろよ」
鬼勢が刺突刀と呼ばれる刀を手に構える。
狙いは一つ、小内の手に収まっている物だ。彼の視線はそこだけを捉え、全くブレない。
(すげえ集中力だ)
俺はゾッとした。
目線を一切も逸らさず、体を微動だにさせないからだ。
鬼勢が走り始める。
小気味よい足音を立てながら、手に持った刀を後ろに引き、勢いよくそれを前に押し出した。
「ブチッ」
そんな短い音が小さく響いた。
俺はそれを目に留めた。
鬼勢の持つ刀が、人の頭のような物を貫通している。
まるで隙のない、完璧な動きだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
以前より何度も内容が途中のまま投稿してしまい、申し訳ないです。
これからは気をつけます。
本日も指南の回でした。次回もまだ続きます。長いですが、もう少々お付き合いください。
次話もどうぞよろしくお願いします!




