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人演狐  作者: 幸人
第四章 痛苦の序章

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第二十三話 指南「殺狐連」

入門式が終わり、十分間の休憩があった。

その間、俺はどこか一点をぼーっと見つめていた。


(後悔先に立たず……か)


横にいる東(あずま)の儚い音、胡散臭い教官、そして朱肉のついた自分の指。

勢い余って進んだ道の泥濘(ぬかるみ)にはまったような気持ちだが、後の祭りか……。

生気を失っていると、そのうち後方から小内(おさない)の杖の音が聞こえた。

振り返ると、鬼勢(きせ)が何や細(・)い(・)刀(・)と変な丸(・)い(・)物(・)を持っている。

半眼生(はんがんせい)の前まで来るとそれを地面に置き、続けて「始めるから整列しろ!」と声を上げた。

俺たちは直ちに列を揃える。


「それでは只今より指南を開始する。一同、礼!」


教官を含め、全員が頭を下げた。


「座ってよろしい。楽な姿勢で構わないが、背筋は伸ばせよ」


俺は嘆息しながら胡坐で座り、ピンと背を伸ばした。

陰鬱とした気持ちを抱く。

俺とは対照的な鬼勢は筋肉質な胸を反らせ、ニヤついた。


「まずは体を動かす前に、諸君らが入門した悪退(あくたい)の眼(め)について理解するところから始めよう!」


鬼勢が胸の膨らみが分かるほどに息を吸い、「突然だがここで問題だ!」と叫びながら人差し指を立てた。

その刹那、半眼生のほとんどが肩を震わせた。


「悪退の眼という組織名は、あ(・)る(・)言(・)葉(・)を短くしたものなんだが、それはなあんだ? じゃあ……音在(おとあり)答えてみろ!」


急に名指しされ、反射的に「はい!」と返事をしたが、その声もまた裏がってしまう。

周りの視線を感じながら立ち上がり、必死に頭を働かせた。


(ある言葉? あれ、何だったっけ)


古寺で鬼勢と話し合った時に、ちらっと聞いたはずだ。

確か……「何とかを持ってして、悪を退散させる」とか、そんな感じだった。

ただその「何とか」が思い出せねえ、どうしよう。

こうなったらもう……勘に頼るのみだな。


「えっと……『正しい眼を持ってして、悪を退散させる』です!」

「違う! 俺、前に教えただろ!」


やはり間違っていたようで、鬼勢から叱られてしまった。

俺はすぐさま謝罪する。


「すみません、分かりません!」

「ったく、しょうがないやつだな。それじゃあ……東(あずま)、代わりにお前が答えてみろ!」


次に鬼勢から名を呼ばれた東がシュッと立ち上がった。

自信に満ち溢れた彼の表情を見ると、複雑な思いを抱いた。


「悪退の眼の組織名は、『炯眼(けいがん)を持ってして、悪を退治する』という言葉から取ったものです!」

「正解だ、よく覚えていたな! 音在、お前も東を見習えよ」

「はい……」


(なんでこいつが答えられるんだよ……)


早々に呆れられてしまう俺に対し、人演狐であるはずの東が褒められる始末。

何とも納得がいかない。

それに東も東だよ。

なんで自分を悪だと明言する組織の言葉を堂々と答えられんだ?


「東が言ってくれたように、この『炯眼を持ってして、悪を退治する』というを短くしたのが組織名、『悪退の眼』だ!」


東に感心した眼つきで頷いてから、鬼勢が炯眼の意味を説明してくれた。

炯眼とは、鋭く光る目、物事の本質を見抜く優れた洞察力、眼力と言った意味があるらしい。


「悪というのは当然の如く、人演狐(じんえんこ)だ。奴らは人間様を支配しようとする悪の権化であり、存在してはならない化け物。そいつらを退治するのが優れた眼を持つ炯眼士(けいがんし)なんだ。ここまでは理解できたな?」

「「「はい!」」」


(そういう意味があったのか。随分はっきりと言ってくれるなあ……)


側にいる東に耳を集中させた。

先ほどと同様、寂しい音がする。

こいつからはずっと同じような響きしか感じ取れない。

まあそりゃそうだろうな。

俺だって面と向かって自分を悪だと断定されたら悲しくもなる。

いやならない方がおかしいよ。


炯眼士の由来を伝えたのち、鬼勢が悪退の眼ができた経緯も一息に語った。



◇◇◇



悪退の眼ができたのは今から百年前のことだ。

元々は幕府側の人間による、殺狐連(さっこれん)という別名で活動していたが、いつしか名を変え、現在に至っている。

この部隊が結成された経緯はあ(・)る(・)事(・)件(・)がきっかけとなっている。

大まかな内容はこうだ。

幕府の命令により山廻りをしていた男数名が突然、人間に化けた狐に襲われ死亡したという事件。

変わり果てた男たちが見廻っていた山は狐が化けると噂の絶えなかった場所で、事件のあった当日も「人間ならざる形をした生き物に殺されるところを見た」と、生き残った者が震えながらに語っていた。

したがって、人間を亡き者にした狐たちを殺すという名のもとにできたのが、『殺狐連』だった。


当時は少人数部隊であり、規模も小さく、体制も整っていなかった。

殺狐連という部隊名ではあったものの、実際に殺すどころか人間に化けた狐を見つけることすらできなかったんだ。

そのため、むやみやたらに歩き回ることしかできず、長いこと地団駄を踏んでいた。

しかしそれではダメだと彼らは思い直し、一つ一つの杜撰さを訂正し、また人間に化ける狐についても研究していった。

その長年の努力の末に出来上がったのが、現在の『悪退の眼』である。



◇◇◇



なるほど、そうだったのか……。

確かに鬼勢の言葉通り、俺の横にいる東も音以外は完全に人間だからな。

もし俺がこの耳を持っていなかったとしたら、絶対に気づくはずがないほどの隙のなさだ。


そもそも――。


(なぜ狐は人間になることができたんだろう)


やはりこの疑問がずっと消えない。

一体ど(・)ん(・)な(・)力(・)で人間に化けた? 

いい加減、誰か教えてくれよ。

それに以前、鬼勢が言っていた人演狐から響く音の正体も気になるし。

彼は「音の本体が脳である」と教えてくれたが、俺にはさっぱり理解できなかった。


「以上が悪退の眼ができた由来だ。ざっくりとした説明で申し訳ない。ただ事細かいことは俺たちも知らないのが正直なところだ。如何せん、秘密裏に動いていた部隊ということもあり、俺たちが手にできる公式の資料も少なく限られているんだ。――とまあこんな感じだが、ここまでで疑問のあるやつはいるか?」


鬼勢が「いるなら挙手しろ」と右に左に目を動かし、俺たちを注視した。

すると「はい」という女の声が前から聞こえる。


「美麗玲子(びれいれいこ)、質問は何だ?」


俺の右斜め前に座る小さな女がその瞬間、立ち上がる。

彼女は「恐縮ながらお伺いします」と述べた上で、三つの点を質問した。

一つ目が人演狐ができた理由について。

元々狐であった動物がなぜ人間に成り代わることができたのか。

二つ目が幕府の命によって行った山の見廻りについて。

狐が人に化けると噂される山になぜわざわざ見廻りに行ったのか。

三つ目が生き残った人が語った、人間なさざる者を見たという証言について。

どんな者を見たのか、そしてその者がなぜ狐であると断定したのか。


美麗という小さい女が滑舌のよい声で質問内容を伝えた。

可愛らしい見た目とは裏腹にキリッとした表情を崩さない様子から、愛想という言葉とは無縁そうだ。


「質問ありがとう、一つずつ答えていくな!」


鬼勢が美麗に笑いかけた。


「一つ目に関しては、分からないというのが本音だ。非科学的な何かを頼ったことは確実だろうが、その何かは定かでない」


知りたかったことの一つだったが、人間は知らないよな。

結局この答えを知るのは、当人――人演狐のみ。

あれ、じゃあ東は知っているのだろうか?

俺は右隣りを覗いた。

――相変わらず、真剣な表情で話を聞いているようだ。


「二つ目の答えは、山の周辺にいる人々から依頼を受けてのことらしかった。狐が化けるという噂に加え、その山から何やら黒(・)い(・)影(・)を見たとか、叫(・)び(・)声(・)を聞いたとかいう声が絶えなかったそうだ。そのために藩を通じて、幕府に務める強靭な男たちに視察に行ってもらったという経緯がある」


二つ目の質問の答えを話している間も、俺はうずうずしていた。

人演狐になった理由を聞きたくてしかたなくなっていた。

東に聞きてみてえ……。


「三つ目については、狐が多く暮らす山であったこと、古くから化け狐の噂が絶えなかったことによる断定であると言わざるを得ない。そして、どんな姿をしていたかは、体からボコボコと何かが飛び出ていたとか、異様に関節が曲がっていたとか、口が裂けるほどに開かれていたとか、そんな感じだったな。どうだ、答えになっていたか?」

「はい。ありがとうございます」


ところどころしか頭に入らなかったが、いつの間にか鬼勢が回答を終えていた。

小さい女が頭を下げてから座った。


「他に質問あるやつはいるか?」

「はい」


今度は後ろにいる、長髪を編んだ感応(かんのう)という人からの質問だった。


(あいつも女か)


そういえば、美麗然り、意外と女もいるんだな。

人演狐と殺し合うのに、腕力の弱い女なんて使い物になるんだろうか、と疑問を抱いた。


「気になったことがあるんですけどお、人演狐ってどうやって増えるんですか? だってお互い人間になってるわけじゃないですか、何で分かるんでしょうかね。それに今は何匹くらいいるんですか? どうやって殺狐連は人演狐を見分けれて、研究することができたんですかあ?」


なんとも語尾の長く、言葉にしまりのない女だと思った。


「質問ありがとう!」と鬼勢がまた礼を言い、長い回答を述べていた。

要約するとこうだ。


人演狐の増え方は正確には分からない。

ただ、人演狐には彼らが人(・)間(・)で(・)居(・)続(・)け(・)る(・)た(・)め(・)の(・)核(・)がある。

お互いにこの核を感じ取っているのではないかと考えている。

人演狐の数は想像する以上に多いということしか言えない。

百年前からいると考えた時に、数百、いや数千匹はいる可能性がある。

人演狐の見分け方については、やはり人間を長く観察していると、無意識の癖や特徴が分かってくる。

そこに当てはまらない奴を狐と仮定して、正しいか否かを確かめていく方法を取った。

さらに運よく捕えた狐を牢に閉じ込めて、じっくり眺めていると彼(・)ら(・)に(・)し(・)か(・)な(・)い(・)特(・)徴(・)もあった。

そういったことを含めて、少しずつ積み上げていった。


――こういうことらしい。


「なるほどです。思ったより多くいて驚きましたあ! それに同じ人間の姿をしていても、違ったところがあるんですねえ。勉強になります、ありがとうございます」


こうして次々に質問をしていく半眼生たちを俺は傍から眺めるのみだ。

もう狐がどうやって人演狐になったのかが気になりすぎて、話もろくに聞けてないし。

ただ、こんなに長々と話を聞く機会なんて人生で一度としてなかったから、早々に脳みそが疲れちまった。


「質問時間は終了だ! 今から次の話に移らせてもらうぞ。それは――人演狐の急(・)所(・)についてだ」


鬼勢が発した言葉に、思わず顔を上げた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


まずは基本的なことを教わろうということで、悪退の眼ができた経緯や人演狐についての内容を鬼勢に教えてもらいました!小内が話すパートはなかったですね。

次回も座学が続きます!


第二十四話もよろしくお願いいたします!

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