第二十三話 指南「殺狐連」
入門式が終わり、しばしの休憩後、別の場所に行っていた鬼勢と小内の二人が戻ってきた。何やら道具を持ち、それを彼らの脇に置いてから、鬼勢が「始めるから整列しろ」と声を上げた。
俺たちは直ちに列を揃え、姿勢を正す。
「それでは只今から、指南を開始する。一同、礼!」
教官を含め、全員が頭を下げる。
「座ってよろしい。楽な姿勢で構わないが、背筋は伸ばせよ」
俺は胡坐で座り、背をピンと伸ばした。
陰鬱とした気持ちを抱きながら、目の前にいる男を見上がる。
「まずは体を動かす前に、諸君らが入門した悪退の眼について理解するところから始めよう。ということで、突然だがここで問題だ! 悪退の眼という組織の名は、ある言葉を短くしたものなんだが、それはなあんだ? じゃあ……音在暗之助、答えてみろ!」
「は……はい!」
急に名指しされて戸惑いを隠しきれない中、必死に頭を働かせる。
(ある言葉……? あれ、何だったっけ?)
以前、古寺で鬼勢と話し合った時に、ちらっと聞いたはずだ。確か……「何とかを持ってして、悪を退散させる」とか、そんな感じだったな。その「何とか」が思い出せない。どうしよう、分からねえよ。
こうなったらもう……勘に頼るのみだ。
「えっと……『正しい眼を持ってして、悪を退散させる』です!」
「違う! 俺、前に教えただろう!」
やはり間違っていたようで、鬼勢から叱られてしまった。
俺はすぐさま謝罪する。
「すみません、分かりません!」
「ったく、しょうがないやつだな。それじゃあ……東朱吉、代わりにお前が答えてみろ!」
「はい! 悪退の眼という名前は、『炯眼を持ってして、悪を退治する』という言葉から取ったものです!」
「正解だ! よく覚えていたな! 音在、お前も東を見習えよ」
「はい……」
(なんで答えられるんだよ……)
早々に呆れられてしまう俺に対し、人演狐であるはずの東が褒められた。何とも納得がいかない。
それに東も東だよ。なんで自分を悪だと明言する組織の言葉を堂々と答えられんだ?
「東が言ってくれたように、この『炯眼を持ってして、悪を退治する』という言葉を短くしたのが『悪退の眼』だ。炯眼とは、鋭く光る目、物事の本質を見抜く優れた洞察力、眼力と言った意味がある。悪というのは当然の如く、人演狐だ。奴らは人間様を支配しようとする悪の権化であり、存在してはならない化け物。そいつらを退治するのが優れた眼を持つ炯眼士なんだ。ここまでは理解できたな?」
「「「はい!」」」
(そういう意味があったのか。でも随分とはっきり言ってくれるなあ……)
東の音に耳を集中させると、先ほどと同様、寂しさが含まれている。そりゃそうだろう。俺だって面と向かって己を悪だと断定されたら悲しくなる。いやならない方がおかしいよ。
「悪退の眼ができたのは今から百年前のことだ。元々は幕府側の人間による、殺狐連という別名で活動していたらしいが、いつしか名を変え、現在に至っている。この部隊が結成された経緯はある事件がきっかけとなっている。大まかに言ってしまうと、幕府の命令により山廻りをしていた男数名が突然、人間に化けた狐に襲われて死亡したという事件だ。死んでしまった男たちが見廻っていた山は狐が化けると噂の絶えなかった場所で、事件の合った当日も『人間ならざる形をした生き物に殺されるところを見た』と、生き残った者が震えながらに語っていたんだ。したがって、人間を亡き者にした狐たちを殺すという名のもとにできたのが、殺狐連だったというわけだ」
(悪退の眼の前身が殺狐連……そんな事件が百年前に起きていたなんてな)
「当時は少人数部隊であり、まだ規模も小さく、体制も整っていなかった。殺狐連という部隊名であったが、実際に殺すどころか人間に化けた狐を見つけることすらできなかったんだ。そのために一日中歩き回ることしかできず、長いこと地団駄を踏んでいた。しかしそれではダメだと彼らは思い直し、一つ一つの杜撰さを訂正し、また人間に化ける狐についても研究していった。その長年の努力の末に出来上がったのが、現在の『悪退の眼』である」
そうだったのか……ただ鬼勢の言う通り、俺の後ろにいるやつも音以外は立派な人間だからな。もし俺が東の音を感じ取ることができなかったとしたら、絶対に気づくはずがないほどの完全さだ。
狐はなぜ人間になることができたんだろう。やっぱりこの疑問がずっと消えない。一体どんな力で人間に化けたんだ? いい加減、誰か教えてくれよ。
それに―――以前に鬼勢が言っていた、音の正体も気になる。彼は音の本体が脳であると教えてくれたが、俺にはさっぱり理解できなかった。
「以上が悪退の眼ができた由来だ。ざっくりとした説明で申し訳ないな。ただ事細かいことは俺たちも知らないのが正直なところなんだ。如何せん、秘密裏に動いていた部隊ということもあり、公式の資料も少ない。俺たちが手にできるものは限られているんだ。とまあこんな感じだが……ここまでで疑問のあるやつはいるか?」
鬼勢が左右に目線を動かしながら、俺たちを注視した。
そして「はい」という女の声が聞こえる。
「美麗玲子、質問は何だ?」
俺の右斜め前に座っている小さな女がその瞬間、立ち上がった。
「三つあります。一つ目は人演狐ができた原因についてです。元々狐であった動物がなぜ人間に成り代わることができたのでしょうか。二つ目が幕府の命によって行った山の見廻りについてです。なぜ狐が化けると噂される山にわざわざ見廻りに行ったのか、何か理由があるのでしょうか。三つ目が生き残った人が語った、人間なさざる者を見たという証言ですが、どんな者を見たのか、そしてその者がなぜ狐であると断定したのかを知りたいです」
美麗玲子と呼ばれる女が滑舌のよい声で質問内容を伝えていった。
可愛らしい見た目とは反対に、キリッとした表情で、愛想がなさそうな感じだ。
「質問ありがとう! 一つずつ答えていくな。一つ目に関しては、分からないというのが本音だ。非科学的な何かを頼ったことは確実だろうが、その何かは定かでない。二つ目の答えは、山の周辺にいる人々から依頼を受けてのことらしかった。狐が化けるという噂に加え、その山から何やら黒い影を見たとか、叫び声を聞いたとかいう声が絶えなかったそうだ。そのために藩を通じて、幕府に務める強靭な男たちに視察に行ってもらったという経緯がある。三つ目については、狐が多く暮らす山であったこと、古くから化け狐の噂が絶えなかったことによる断定であると言わざるを得ない。そして、どんな姿をしていたかは、体からボコボコと何かが飛び出ていたとか、異様に関節が曲がっていたとか、口が裂けるほどに開かれていたとか、そんな感じだったな。どうだ、答えになっていたか?」
「はい。ありがとうございます」
お辞儀をしてから、小さい女が座り直した。
「他に質問あるやつはいるか?」
「はい」
今度は女のように三つ編みをする男―――感応という人からの質問だった。
「気になったことがあるんですけどお、人演狐ってどうやって増えるんですか? だってお互い人間になってるわけじゃないですか、何で分かるんでしょうかね。それに今は何匹くらいいるんですか? どうやって殺狐連は人演狐を見分けれて、研究することができたんですかあ?」
「質問ありがとう! 確かに人演狐の増え方は気になるところだが、こちらも正確なことは分からない。ただ、人演狐には彼らが人間で居続けるための核があり、お互いにそこを感じ取っているのだろうというのが俺たちの答えだ。何匹いるのかについては想像している以上に数が多いということしか言えないな。百年前からいると考えた時に、数百、いや数千匹はいる可能性がある。そしてどうやって人演狐を見分けられたかということだが、やはり人間を観察していくと、無意識の癖だったり、特徴が分かってくる。そこに当てはまらない奴を狐と仮定して、正しいか否かを確かめていく方法を取ったんだ。さらに運よく捕えた狐を牢に閉じ込めて、じっくり眺めていると彼らにしかない特徴も分かってきた。そういったことを含めて、少しずつ積み上げていったというわけだ」
「なるほどです。思ったより多くいて驚きました! それに同じ人間の姿をしていても、違ったところがあるんですねえ。勉強になります、ありがとうございます」
こうして次々に質問をしていく半眼生たちを俺は傍から眺めるのみだ。
別に質問がないわけじゃないが、他の人たちが聞いてくれるからわざわざ勇気を振り絞る必要がないだけ。
(なんか一気に靄が晴れていく感覚だな)
人演狐の存在を先月知ったばかりなのに、悪退の眼に入門してから瞬く間に知識が増えてしまった。いや増えすぎて、早々に脳みそが疲れたよ。
「質問時間は終了だ! 今から次の話に移らせてもらうぞ。それは―――人演狐の急所についてだ」
鬼勢が発した言葉に耳を傾ける。
俺はいつの間にか丸まっていた背を直ちに伸ばし直した。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
まずは基本的なことを教わろうということで、悪退の眼ができた経緯や人演狐についての内容を鬼勢に教えてもらいました!小内が話すパートはなかったですね。
次話も座学が続きます!
次の話もよろしくお願いいたします!




