第二十話 表裏の乖離
向かい合う赤茶色の髪の男を凝視する。
「なんでお前がここにいるんだよ」
そんな言葉が俺の口をついて出た。
「だってお前はじ――」
「君は誰でしたっけ?」
赤茶髪の男がきょとんとした顔で首を傾けながら、話を遮った。
(俺のことを覚えてないだと?)
あたかも初対面であるかのような態度の男。
いやつい先月会ったばかりなのに忘れるわけないだろ。
試しに右耳をそばだてた。
――ダメだ。彼の話が嘘か真かは音だけじゃ判断できそうにない。
「君といつどこで会いました? すみませんが、心当たりはなくて」
「え……?」
「それにここにいる理由は、本日から悪退の眼に入門するためです。なぜそんなことを尋ねるんですか?」
「……は?」
赤茶髪の男は平然と反論した。
その様子に俺は分かりやすく動揺してしまう。
(こいつ……ここがどんな場所か知ってるよな?)
言わずもがな、悪退の眼は人演狐を殺すための組織であり、俺たちは殺す技術を磨くために集まっている。
なのになぜ、赤茶髪の男がここにいるんだ。
だってこいつは人演狐だろ……?
前に会った時も「僕は人間だ」と断言していたが、音は嘘をつけていなかった。
彼は人間でない。人の皮を被った人演狐だ。
俺たちとは敵対する関係にあるはずなんだ。
「その上に、君は僕のことを『お前』と呼びますが、僕には東朱吉というれっきとした名前があります。これからともに過ごしていく仲になるんですから、ちゃんと名前で呼んでください」
「東……朱吉」
俺は俯きながら東朱吉を見つめた。
「パキパパ……キ」
――あれ、何だろう。
さっきの音とは違い、今聞こえてきた響きの中に……哀しみが含まれている、そんな気がした。
なぜこの感情を読み取れてしまうのかは、明言できないが……。
そう思えてならないんだ。
ああ、東朱吉という男の真意が分からない。
堂々とした態度とは裏腹に、内なる音は切なさを帯びている。
もしかしたらこいつは……腹の中で何かを抱えてる。
きっと重たい何かを背負ってるんだ。
そうじゃなきゃ、そもそも敵の本拠地に来るはずがないしな……。
「おいお前ら知り合いなのか?」
俺たちが向かい合っていると、鬼勢の声が飛んできた。
彼は杖を突いた背の低い、白髪交じりのおじさんと話していたが、いつの間に終わったようで不思議そうにこちらを見ている。
「いえ僕に限っては知らない人です」
「おお、そうか! 向かい合って何をしてるのかと思えば、音在、お前は東のこと知ってんのか?」
「あ、いえ……別に」
東に「知らない人」と言われ、胸がちくりと痛んだ。
他の入門生もいるため、俺はここでは何も言うことができなかった。
先ほどは危うく東を「人演狐だ」と言いそうになったが、もし俺が全員の前で彼の正体を暴いてしまったら、大騒ぎどころでは済まない。
他の入門生は多分、気付いてないはずだし。
――でも大人はどうなんだろう。
(鬼勢はこのことを知っていたのか?)
この点も大きな疑問だ。
鬼勢は人演狐を悪だと主張し、存在してはならないとまで明言していた。
それなのになぜ人演狐であるはずの東を悪退の眼に入門させたのか。
それが解せないんだ。
東が人間じゃないことくらい、鬼勢なら気付いていたはず。
それなのに、どうして殺さずに入門を許した?
もしかしてわざとか?
(それは残酷すぎる……)
信じられねえ。
人演狐を狩る側の人間が、どんな理由があって、人演狐を味方につけるんだ。
東を利用するために入門させたのか。
それとも……。
まさかあいつを盾にでもするつもりか?
鬼勢の考えていることが全く理解できねえよ……。
俺は人知れずに嘆息を漏らした。
「てことで時間になったから、入門式を始めるぞ!」
張りのある鬼勢の声が周囲に反響した。
気持ちの整理が全くもってつかない中、いよいよ本格的な稽古が始まってしまう。
半眼生としての日々が、胸騒ぎのするような音とともに幕開けする。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
二十話目に突入しましたが、まだまだ先の見えない展開が続きそうですね。そして赤茶髪の男―――東朱吉はなぜ悪退の眼に入ったのでしょうか。音在暗之助が必死にその答えを出そうとしていましたが、結局分からないままでした。
ということで今後は東朱吉の思いにも注目していただけると嬉しいです!
二十一話目以降も読者の皆様に楽しんで読んでいただけるように頑張りたいと思いますので、気長に待っていただけると幸いです!




