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人演狐  作者: 幸人
第二章 極彩色の闇

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第十二話 青天の疎外感

仰向けに寝転び、ぼんやりと天井を仰ぐ。


(何もやる気が起きない)


昨日は本当に疲れた。

使えもしない頭を懸命に動かし、涙が枯れ果てるまで泣いていた。

一人寂しく部屋に戻った時には、倒れ込むように眠った。

眠りから覚めた後も飯と風呂以外はずっと横たわって何もできなかった。

考えれば考えるだけ、気が狂いそうになるんだ。


「俺は……どうすべきなんだ」


何度となく独り言をこぼし、その度に嘆息をもらす。

たっぷり休息を取ったはずなのに一向に疲労が取れないでいる。


鬼勢(きせ)から告げられた真実はあまりに荒唐無稽(こうとうむけい)で馬鹿げてる。

狐が人間を演じて暮らしてるなんて、そんな絵空事を誰が信じるんだよ。

そもそも何で奴らは人間に化けられるんだ。

非科学的で根拠もへったくれもあるか。

しかし……大男――鬼勢の瞳には一切の曇りもなかった。

まるでそれが事実であるかのように、真っ直ぐに目を据えていたんだ。

それにあの体――鍛えられた筋肉の上には幾つもの傷が残っていた。

どれほどの血戦を繰り広げてきたのだろうか……。


鬼勢は言っていた。

「――それが俺たちにとっての日本を守る、ひいては社会に貢献するための信念なんだ」


俺には彼の言うところの信念の意味を捉えきれずにいた。

正しい種が何たらと語っていたことは、確かに最もだと思う。

それでも……絶対に殺さなければならないのか?

人間に化けてまで生き続ける人演狐(じんえんこ)側にも彼らなりの信念があるんじゃないか――とそんなことも考えてしまう。

ただ……悪さだけはしちゃだめだ。

悪事を働いた分だけ罰を受けることは当然のこと。

でも……それだけじゃだめなのか? 

命を奪うほどの犯罪を犯していない人演狐を殺す必要は果たしてあるのか?


(俺が音を聞いた薬舗(やくほ)の店主はどうなったんだろう)


ふとこんな疑問も浮かぶ。

正田(まさだ)の正体が分かった今、彼に連れていかれた店主の行方が気になる。

鬼勢の話を聞く限り、薬舗の店主も人間に化けた狐だったと結論付けるのは容易だった。

俺が店主に声を掛けた時のあの変わり様はそういうことだったんだ。

しかし店主はただ体にいい薬――得体のしれない物だったが――を売っていただけなのに、人演狐というだけで殺されてしまうのはあまりにも酷だ。

俺がもし悪退(あくたい)の眼(め)に入ることになれば、化け物を見破る道具としてこき使われた上に、容赦なく情けもかけずに奴らを殺し続けることになるんだろ。

そんなの……やっぱり嫌だ。

そこまで血の通ってない人間じゃねえ。

俺にだって心はある。

可哀そうという感情くらいある。

そんな冷酷な人間にだけは死んでもなりたくない。


(だけど行く当てなんて、一つもない)


家族はもういない。

親戚なんて誰一人も知らない。

知り合いも友人も――俺にはいねえんだ。

正真正銘、一人なんだよ。

そんな奴が誘いを断れば、野垂れ死ぬしか道はない。

もういっそ、その選択もありかもな。

どうせ俺は誰からも必要とされて――。


「――お前には才能がある」


誰一人も俺を――。


「――そんな奴から見出されたお前も俺は期待したいと思ってる」


――そう言ってくれたんだっけ。

こんな親不孝者で頭の悪い、弱虫のことなんかを。


正田と鬼勢の二人から言われた言葉を思い出す。

期待されてこなかった人生に、初めてそうじゃないと言ってくれる人がいた。

それだけで嬉しいはずなのに――。


「人演狐を殺すか、道端で野垂死ぬか……ひでえ二択だ」


その時、誰かが戸を叩く音がした。


「コンコンコン」


俺は「はい」と声を出し、その人の言葉を待った。


「暗之助(くらのすけ)様。少々お時間よろしいでしょうか」

「大丈夫ですけど」


淡々とした声色。若い女の声だった。


(あれ昼飯はもう食ったはずなのに、何の用だ?)


若い女が俺の部屋を訪ねるのは、食事を三食持ってくる時だけだ。

だから多少のひっかかりを感じながらも、襖を開けた。

――例によって、若い女は手を重ねながら立っている。


「鬼勢豪明(きせごうめい)様からの伝言です。『部屋にばかり籠ってないで外にでも出ろ』とのことでした。ご夕食までに間に合うようでしたら外出するのは構いませんので、ぜひ東京の街を散策してみてはいかがでしょう」

「え……何でそんなことをあの人が」

「そちらは存じあげませんが、鬼勢様なりのお気遣いではないでしょうか。時には息抜きをすることも大切です。新(・)た(・)な(・)気(・)付(・)き(・)を得られるかもしれませんので。それでは失礼いたします」


若い女はお辞儀をすると、そそくさと離れていった。


(鬼勢なりの気遣いか……まあ、ずっと天井見てるだけじゃつまんねえしな)


俺は若い女から言われた通り、部屋から出て、散歩でも行こうと決めた。

残酷な二者択一を二日後までにしなきゃならないことは憂鬱でしかないが、部屋で一日を終えるか、東京の街並みを見て終えるか、どちらがいいかは一目瞭然だ。

加えて、若い女が言うように、新たな気付きを得られるかも分からない。

どっちにしろ、あいつの気遣いに答えてやる。

……ていうかなんで俺が部屋に籠ってること知ってんだ? 

どっかで見張ってんのかな。

ええ、怖えよ。


古寺を出て門を通ると、やはり若い男が二人立っていた。

東京の空は澄み渡るほどに青々しく、広大な世界だった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


人演狐を殺すか、道端で野垂れ死ぬかの二者択一を迫られた音在暗之助。同情せざるを得ない彼の運命の行方ははたして……。

次回は彼が東京を散策する話です!


第十三話もよろしくお願いいたします!

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