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人演狐  作者: 幸人
第二章 極彩色の闇

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第十話 人演狐

「コンコンコン」


襖(ふすま)を叩く音がした。

俺は「はい」と返事してからそれを引くと、若い女が手を合わせて立っている。


「それでは時間になりますので、ご移動願います」


若い女がすり足で先導しながら廊下を渡る間、俺は気を揉んでいた。

これから誰に会い、そして何を聞かされるのか。

いよいよ組織の正体が明かされると思うと、不安で足がすくみそうになる。

幸せだった昨晩に戻りたい、いや、もはやどこかに逃げ込みたい。

そんな思いを必死に抑え、廊下を進んだ。


(弱音を吐いてても何にもならないよな)


「それではこちらでお待ちください。……では失礼いたします」


俺は仏堂まで案内され、三体の仏像の前に置かれた座布団の上に正座し、息をひそめた。

その場で何分か待つと、普段正座なんてしないためか足が痺れ始める。

それに骨と皮しかない自分の脚が尻に食い込んで痛い。

そろそろ限界だ、と姿勢を崩した時、片手を上げた人が現れた。


「よう小僧、待たせたな! 俺は鬼勢豪明(いせごうめい)だ、よろしくな!」


正田(まさだ)よりさらに三寸(約九センチメートル)以上背の高い男が着物の衿を緩め、胸元を開けている。

加えて声まで大きく、左耳がキンと鳴った。

俺はただちに姿勢を正して大男を見上げる。

鬼勢豪明という名の男が握手を求めてきたため、すぐに手を差し出し、握り合った。

その時、彼の着物から覗く筋肉質な肌と、そこに残る幾つもの傷痕に思わず目を見開いてしまう。


(こんな切り傷のある体見たことない……こいつ何者だ?)


「お前が噂の音在暗之助(おとありくらのすけ)か?」


と歯を見せながら鬼勢が尋ねた。


「……は、はい」

「あ(・)い(・)つ(・)が引き抜くほどだからどんな奴かと思ったら――言っちゃあ悪いが、ぱっとしない感じなんだな! お前友達いないだろ? あはははは!」

「……」


(は? 俺たち初対面だよな? こいつ……失礼すぎねえか)


無礼な男にカチンときたが、何も言い返せず、表情をこわばらせることしかできなかった。

大男の鬼勢が大げさにドカッと尻をついて胡坐をかき、膝の上に手を乗せた。


「――って冗談だって! そんな顔すんなよ! あははは!」


(全く冗談に聞こえねえよ。俺多分……いや間違いなく、こいつ苦手だ)


「お前もしかして冗談通じない性格? もっと笑って受け流すくらいの器量がないと生きてけねえよ?」


鬼勢が太い眉毛を八の字に動かし、今度は説教までしてきた。

俺はその間、じっと俯いていた。

胡散くらい男に嫌気を差しながら、また始まった足の痺れにも耐え続ける。


「とまあ説教垂れるのはこの辺にして、本題に移ろうか。その前に小僧、その状態で話を聞くのが辛いなら楽な姿勢になれ」

「え……ありがとう……ございます」


鬼勢からの意外な気遣いにより、痺れる足を崩し、顔をしかめながら座り直した。

俯いていた顔を上げ、大男と目線を合わす。

彼が口を開くまでのを固唾を飲んで待った。

そしてついに鬼勢が口を開いた。


「始めに一つ確認させてくれ。小僧――いや音在、お前がなぜここにいるか分かるか?」

「それは……俺には才能がある……から」

「そうだ。その理由を知っているか?」

「理由……いえよく分かりません」


豪快に笑っていたのが嘘のように表情を固め、冷静な様子で俺を覗き込む。

それは先ほどとは打って変わり、責任ある立場にいる男の目つきだった。

正田のように俺を射貫くような、そんな鋭さを含んでいる。


「じゃあその答えを教えよう。それは、音(・)だ」

「音……?」

「ああ。お前が野菜を売りに商店街にいた時、あ(・)る(・)者(・)から音が聞こえたそうだな」

「――あ! そうだ。俺が偶然立ち寄った薬舗(やくほ)で、変な音を聞いたんです。木の枝が割れたようなパキパキという音を……」


数日前に起きた出来事を話すうち、忘れかけていた記憶が蘇ってくる。

その音ははっきりと俺の耳に届いてきたんだ。

自分から発せられる以外の、その説明不能な音が――。


「音が聞こえてきたのは薬舗の店主だったんだよな?」

「はい。間違いないです」

「そうか。よし、合(・)格(・)だ」

「ご……合格?」


鬼勢が一度頷き、何かを確証させてから、そう断言した。

意味不明な俺は眉をひそめながら首を片方に傾ける。


「お前、こんな話を知ってるか?」


すると鬼勢が唐突に尋ねてきた。

俺は眉間に皴を寄せて次の言葉を待つ間、鬼勢は一度目を閉じる。

そしてゆっくり口を開いた。


「昔々あるところにそれはそれは美しい女がいた。聡明で教養もあり全てを兼ね備えたような女だったんだ。しかしある日、とある陰陽師(おんみょうじ)がその女の正体が狐だと見破ってしまった。そのため女は逃げ、最後には殺生石(せっしょうせき)になった。大昔の伝説ってやつだな」

「――知りませんでした。その話がどうかしたんですか?」


突然始まった昔話を訝し気に聞いていた。

鬼勢がこの伝説――というか作り話を語り始めた真意を測れそうになかったからだ。


「まあこんなものはただの人間の創造力の産物にすぎない。ただ――本当に狐が人間に化けてこの社会に蔓延っているのだとしたら、お前はどう思う」

「どう思うも何も、そんなのいるわけないですよ。あんたも今言ってたじゃないですか、ただの人間の創造力の産物だって」


さらに俺は言葉を続けた。


「それに第一おかしいじゃないですか、どうやって狐が人間に化けるんです? 作り話だと霧とか白い煙が出て、あっという間に化けますけどね。まあ、勝手に想像する分にはご自由にどうぞって感じですかね」

「お前……やっぱり何も知らないんだな」

「何がです?」


俺が感想を述べている間、鬼勢は深いため息を付き、頭を掻いた。


(いや溜息付きたいのはこっちなんだよ!)


本題に入るとか言っといて、何で昔話を聞かされなきゃならないんだよ。

いい加減、子供だましの話を聞くのも飽き飽きしてくる。

俺だって暇じゃ――いや暇だが、それでも遠回りせずにさっさと言えよ。

社会を良くする――そんな大層な役目をよ。


「化け狐は存在する」

「だからそれは――」

「人間を演じる狐――人演狐(じんえんこ)と呼ばれる化け物がな」


そう言いながら、真剣な眼差しを俺に向ける。

彼の目は至って冷静そのものだった。

最後まで読んでいただきありがとうございます!


何事も豪快な男―――鬼勢豪明という新しい人物が登場しました!

そして彼から明かされた奇想天外な話に音在暗之助は混乱状態。さらにようやく人演狐という名前も出てきて、いよいよ物語が本格的に動き始めました!

次話も引き続き二人の会話シーンから始まりますので、注目してもらえたらと思います!


第十一話もよろしくお願いいたします!

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