第75話【物語の始まり】
世界中に中継され、決勝戦の舞台で雷帝となったヒーロー。
しばらくは話題の中心になり、学園前にマスコミが殺到する事は容易に想像できる。
その強さからすぐにでも特例でHEROになれるだろう事も──。
もはや学園に通う目的がない。
世間の目もあり厳しいだろうと、ガービィはギースと相談して久しぶりにヒーローの家を訪ねた。
「ガービィさん!」
玄関を開けたサリーは久しぶりに訪ねて来たガービィを笑顔で歓迎した。
その後ろにギースの姿を確認すると、どうしても懐かしさを感じてしまう。
「サリーさん、お久しぶりですね。相変わらずお綺麗で」
「久しぶりねギース君。それをメカリちゃんに言ってあげたら?」
「僕だって全く言ってないわけじゃ……」
ギースたちの世間話も程々に、ガービィは急ぐように要件を伝えた。
「ヒーローは帰ってるか?」
「それが……部屋から出て来ないんです」
「邪魔するぞ」
ガービィとギースはヒーローの部屋へ向かい、少し強めにノックした。
「ヒーロー、俺だ!」
声でわかったのか、すぐに部屋の扉が開く。
ヒーローはガービィを笑顔で迎えた。
ギースとサリーもヒーローの部屋へ入室。
子どもには広すぎる20畳はある部屋に、ギースは「僕の部屋より大きいじゃないか……」と勝手に落胆していた。
「ガービィ!スーツありがとう!」
「ガッハハ……。似合ってたぞ」
「ガービィ……」
「それより、いつからだ?」
ガービィがいつになく真面目な顔だ。
言葉足らずだが、ヒーローは能力の事だとすぐにわかった。
「最後に、父さんの手が触れた時から……。隠しててごめん」
それを聞いたガービィとサリーは、ヒーローの頭を乱暴にわしゃわしゃと撫でる。
ヒーローはそれに抵抗する素振りすら見せなかった。
「ヒーロー、いいかい?もう学園に通うのは難しくなるだろうというのが僕らの見解だ。フィッチさんに頼んで今からでも特例でHEROに──」
「嫌だ」
ギースからの誘いを、ヒーローは考える間も無く断る。これには大人三人ともが驚いた。
「どうしてだい?今までの学園生活を振り返れば決してヒーローの望んだようにはならなかったはず。虐げられた場面も、差別された事もあったはずだ。憧れのHEROにもなれるし、もう学園に通う意味がないんじゃないか?」
「意味があるかどうかは俺が決めるよ。セドやマリン、マサムネにパンチ。皆んなが俺を成長させてくれたと感じてる。皆んなが好きだし、そばにいたいと思ってる」
「フッハ、なんだか僕の高等部の時より随分大人びてるな」
「やっと、父さんの言ってた事が少しずつだけど……わかってきたんだ」
サリーは安心していた。
我が子はもう自分で考え、選択している。
ギースは視界の端で何かが光っているのが気になり、机の方に目を向けると、タブレットからホログラムで地図が表示されているのに気付く。
そしてその見覚えのある目的地に驚いた。
「これは…バスカルにある、僕の家じゃないか」
ギースの言葉にヒーローは耳を疑う。
「まさか……!?ここは人が住めないぐらいの汚い倉庫だって──」
「我が家だ」
二人の会話を聞いてガービィとサリーは吹き出しそうになっていた。
まだそんなケチ……倹約をしているのか。
もう十分な貯金はあるはずだろうに、ギースは未だ清々しいまでの倹約家であった。
「そ、そうなんだ……。ここは大会に出てたダダ様が寮にいない時に入り浸っている場所らしいんだ」
「ダダ…様?確かバスカルの選手だったね。なぜ彼の居場所を?」
「雷帝を見た時、父さんの名前を口にしたって……。それが何なのかを知りたい。もうすぐ夏休みだ、父さんの事を調べに行きたい」
「ライゼさんの名前を……?」
ギースの顔が曇る。
(何故バスカルの選手からライゼさんの名前が?)
「ギース君も気になるんでしょ?ヒーローにバスカルを案内してくれない?」
ギースがいれば安心だ。
いくら強い能力があるとはいえ、知らない街に我が子一人だけを行かせられないとサリーは考えた。
「わかりました。ヒーロー、今日はもう遅い。明日迎えに来るよ」
「いや、今から行こうよ。朝になっていなかったら、どこにいるか検討もつかない」
「さすがにここからバスカルまで今から行くとなると……」
「大丈夫だよ!一瞬で連れて行くよ!」
「まさか……」
ギースの額から頬にかけて汗が一滴。
(覚えがある。ライゼさんにやられたあの運び方……)
「ガッハハハハハハ!連れてってもらえギース!No.1の特権で移動許可を貰えばいい。なんなら俺からフィッチに言っておこう」
ガービィは大笑いして面白がっている。
「先生!他人事だと思って……!」
「ヒーローの言う事も一理あるだろう?怯えてたんなら逃げちまうかもしれねぇぞ?」
「そ、そうですが、運び方が……!」
その後、嫌がるギースを何とか説得し──
「いだだだだだだだだだだだっ!!」
ヒーローたちはバスカルへと飛び去った。
手を振って二人を見送ったサリーは、ガービィに自分の見た記憶や手紙の件を伝えたのだが──。
ガービィは静かに話を聞いて「そうか」と頷いた。
「驚かないんですか?」
「実はな──」
ガービィもまた、サリーに自分の奇妙な体験を伝えた。
ライゼと出会った時に感じた胸の鼓動。
デジャヴとも言える感覚。
「ガービィさんも……」
「三年間、必死に探した。あの人の痕跡をな。でもダメだった。そして今でもずっと気になってる事がある」
「「マザー……」」
二人は声を揃えて呟いた。
ライゼへの想いは同じ。
あの時から止まっていた時間が、動き出そうとしていた。