表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/79

第76話【前震】

 ──なぜ、ダダ様の口から父さんの名が?


 思考が急激にざわめいた。ヒーローの顔から、動揺が隠しきれない。


 それを見たヴェローチェは、慎重に言葉を選びながら語りはじめた。


「本当に怖がっていたよ。何かに取り憑かれたみたいに震えて『ライゼさんだ……俺は終わりだ……』って」


「……父さんと何か、繋がりがあるのか……?」


「それは私にも分からない。ただ、明らかに様子はおかしかった。……大丈夫かい?」


 問いかけにヒーローは短く息を吐いたが、目は焦点の定まらないままだった。


「大丈夫……じゃ……ないかも。ダダ様は今、どこに?」


 ヴェローチェはすぐさまガンを手に取り、地図をヒーローに見せた。


「──この辺りだ。寮にいないときは、なぜかこの汚い倉庫みたいな所にいる」


「ここで何を?」


「わからない……。この辺は人も住まないような廃墟だ」


「バスカルは栄えてるって聞いたけど、そんな場所があるんだな……」


「ああ、ここら一帯は地主のお婆さんが絶対に手放さないらしい。ダダ様がこんな所で何をしているのかは知らないが……後で正確な座標を送るよ」


「……助かる」


(ダダ様は知っている。俺の……知らない父さんを)


 ヒーローの胸の奥に、冷たい針が突き立つような緊張が走る。張り詰めた空気がその場を支配し、息すら浅くなる。


 思いつめた表情のまま、ヒーローは礼を言って控室を出ていった。


 ──張り詰めた背中を、ヴェローチェはただ黙って見送るしかなかった。


 数時間後。


 観客も関係者もすっかり姿を消し、アリーナは静寂に包まれていた。


 ギースはガービィと話すため、オーナールームへと向かっていた。


 ようやく、誰にも邪魔されずに話せる。その思いを胸に廊下を歩いていたとき、耳に届いたのは、信じがたい音だった。


 ──風を裂く轟音。

 ──地を揺らす衝撃。


(……戦闘音? 大会は終わったはずじゃ……)


 その音は、まるで防護壁ごと空間を切り裂くようだった。


 尋常ではない。


(この規模……防護壁にまで到達してる? 僕にこの音が出せるか……?)


 一瞬、くだらないプライドが顔を出す。

 ギースは自嘲するように首を強く横に振った。


(確認が先だ!)


 感情の波に飲まれそうになるたび、心に蘇るライゼの教え。


 研修中に言われた──あの言葉。


 以来、ギースは自分の中の「衝動」に、必死に歯止めをかけてきた。


 もともと感情を顔に出さない「クールな仮面」は、彼の本質を覆い隠すためのもの。


 内側には、火のように激しい衝動が渦巻いている。


 だからこそ彼は、誰よりも強く、自分自身を律してきた。


 ギースは防護壁を迂回し、素早く7番ゲートの階段を駆け下りる。


「ああ……」


 アリーナ中央に足を踏み入れた瞬間、ギースの目に飛び込んできたのは、見覚えのある技だった。


 自分と同じ能力。だが、ここまでのパワーを持つ者は一人しかいない。


「……先生」


 闘技場の真ん中で激しくぶつかり合っていたのは、ガービィとヴィゴだった。


 だがふたりとも、ギースの気配にすぐ気づき、動きを止めて観客席へと顔を向ける。


「ダンナ、二人で話せよ。こっちはクタクタだ。シャワーでも浴びてくるぜ」


 ヴィゴはバトルモードを解除し、無造作に私服へと切り替えた。


 返事を待つこともなく、スタスタとゲートの奥へと消えていく。


 三年前から、ギースとはほとんど口をきいていない。


 本音を言えば、ガービィとしてはこの場にヴィゴが残っていてほしかった。


 だが──察してくれたのだろう。あえて空気を読んで、立ち去ったに違いない。


 ギースの胸に去来するのは、懐かしさよりも先に、怒りと疑問だった。


「先生」


「ギース、連絡もらってたのに悪いな。つい熱くなっちまって」


「……なぜ、腑抜けたふりをしていたんです?」


「ふりってわけじゃねぇが……ギースにそう見えたんなら、そうなんだろうな」


「なぜ……!」


 堪えきれず、ギースは拳を握りしめたままうつむいた。胸の内に渦巻く感情。問いは無数にある。だが、どうしても先に聞かずにいられない言葉があった。


「──なぜ、教師を辞めたんですか!」


 ガービィは少しだけ目を伏せた後、静かに答えた。


「……俺は、あの人の隣にいたかった。最後に言われたんだ。みんなを頼むってな」


「それなら……それならなおさら! ヒーローは高等部に進んで、能力も発現して……あの子ひとり、抱えるには重すぎる力なんです! 今こそ、あなたがそばにいてくれなければ──!」


「守るためだ」


 その言葉に、ギースは目を見開いた。


「……っ?」


「お前なら、ヒーローを正しく導いてやれる。そう信じてる」


「……それと、あなたが去ったことに……何の関係が……!」


 ギースの声は震えていた。


 ガービィは観客席にドンと腰を下ろし、天井を見上げるようにして言った。


「……俺は、あのときナイトに負けたんだよ」


「でも──ラビッツフットさえ使っていれば……!」


「いい勝負にはなったかもな。でも突っ込んじまった。感情を抑えきれなかった。それが俺の実力だ」


「辞めた理由になってません……」


「だがもし、また来たら……二体、三体──いや、あの時みたいな大群で襲ってきたら……。俺じゃ守れねぇ。強くならないとな。俺が頼まれたんだ……俺が……!」


「強くなる為……。聞こえはいい。でも、ライゼさんはみんなを頼むと言ったんですよ? 僕も、ヒーローも……どんなに心細かったか」


「あの頃は……あれもこれも、どうしても出来なかった。素直に認めるよ、俺の弱さだ。もう少し図太けりゃ、マシな選択もできたんだろうが……。ナノマシンでも鍛えられねぇもんだな、心ってやつは」


「……カラダはデカいのに。で、学園を去ってからは……ヴィゴと、ずっとトレーニングしてたんですか?」


「ああ。ナイトがいつ現れるかも分からねぇ。一秒だって惜しかった。……でも、もしかしたら、トレーニングに逃げてただけかもしれねぇな」


「だったら、それを一言……僕に言ってくれてもよかったじゃないですか」


「ああ……。ん? あれ……?」


「……え?」


「本当だな。なんで言わなかったんだろな、俺……?」


「え?」


「ガッハッハ! 言われてみりゃ、その通りだ! 許せ、ギース!」


 何年も心に絡みついていた重苦しい霧が、少しずつ晴れていくようだった。


「えぇ……?」


 ギースは呆れたように眉をひそめながらも、どこかほっとしていた。


「言ったろ?……俺の弱さだ。お互い、気持ちが前に向くまで、ずいぶん時間がかかったな」


「いま自然にお互い様みたいにまとめましたね?」


「いやいや、そんなつもりじゃねぇ! ロクヨンで俺が悪い!」


「僕が四割はおかしいでしょう!? ゼロです、ゼロ!」


「ガッハハハハハハハ!」


 二人の笑い声が、がらんとした観客席に響いた。 それだけのことが、三年間できなかった。

 

 たった、それだけのことが──。


 あの別れが落とした影は、思った以上に長く、深かった。


 笑い声が途切れ、しんとした静けさがふたりの間に落ちる。


 ガービィの表情が、いつの間にか引き締まっていた。 




「──ヒーローのことだが、あいつ……もう、学園には通わせられねぇかもしれねぇな」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ