第77話【脈動】
「僕のパワーも上がってるのに、まだ痛いよ……。やはり雷帝は凄いパワーだな」
バスカルに着いた途端、ギースは膝をつき、悔しそうにうずくまった。
「ハハハッ、そんなに嫌だったんだね」
「まさかヒーローにこれをやられる日が来るとはね。さぁ、ここが我が家だ」
得意げにギースが手で示す。
近代的な建物が並ぶ街並みの中、そこだけ時間に置いていかれたような、ボロい倉庫がぽつんと立っていた。
謎だ。
なぜ自慢気な顔で胸を張れるのか、ヒーローにはわからない。
「ボッロ……」
目の前に本人がいるのも忘れて、口からこぼれる。当然、ギースの顔色は良くない。
「直だなヒーロー……。アイドリングなしで最高速は、僕だって傷つく」
「ご、ごめん、ギースさん。そんなつもりじゃ──」
「まぁいいさ。ここには扉が二つしかない。大通り側が僕の部屋で……」
二人は倉庫脇の細い路地へ折れ、人目のない裏手へ回る。
「反対側のもう一つは大家さんが使ってると思ったんだが。見ろ、違うようだ」
ギースが声を潜める。ヒーローは小さく頷いた。
古い木の扉。その隙間から、かすかな明かりが漏れている。
そっと覗くと、黒いフードの人物がうずくまり、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「……に……急いで逃げ……」
声は途切れ途切れだが、顔色でわかる。ダダ様だ。
ちょうど、アイランドシティから戻ったのだろう。ヒーローなら一瞬。だが高速ドローンでもバスカルまで数時間はかかる。
どうやら、間に合った。
「動くな!」
「ひぃいぁああああ!! ラ、ラ、ラ、ライゼさん! こ、殺さないで! 本当にあれから改心したんだ! ちょっとイジったとこもあるけど、ひ、被害はない!」
ギースが踏み込むや、ダダ様はヒーローの顔を見た瞬間、土下座。額を床にこすりつけ、こちらが何も聞いていないのに早口で言い訳を並べ立てる。
「だ、だ、だって、マザーもいないし、退屈だったんだよ!」
「ダダ様、俺は──」
「ひぃい! ゆ、許して!!」
──父さんじゃない。
ヒーローがそう告げかけた瞬間、ギースの腕がすっと差し出され、口元を遮った。
(マザーの名が……。いまは勘違いのまま、喋らせたほうがいい)
ギースには、別の気がかりがあった。
「……広い。うちとは比べものにならないほど豪華だ」
内部には最新の設備がずらりと並び、外の荒れた見た目とは対照的に、内装は見事だ。
バスカルの街じゅうを探しても、これほどの物件はそう多くないだろう。
「あ、あ、お気に召したようで? こ、ここは鍵も掛けていないカムフラージュの部屋なんだ! こちら! こちら!」
そう言うなり、ダダ様が人差し指をクイッと曲げた。
信じがたいことだが、その仕草だけで床が音もなく割れ、エレベーターがせり上がる。
なるほど──ダダ様にしか開けられない仕組みだ。
到着が少しでも遅ければ、見つけ損ねていたかもしれない。
三人はエレベーターに乗り込む。
ダダ様がもう一度、指を曲げ、エレベーターは静かに動き出した。
「あ、あの部屋が気に入ったならあげるよ」
「本当か!?」
ギースはすぐに食いついた。ヒーローは余計なことを言わず、呆れ顔でギースを見る。
「ダダ様……と呼べばいいのか?」
「あ、……イタズラしてたらそう呼ばれるように──」
「では便宜上、そう呼ぶ。ここの大家は老婆のはずだ。ダダ様にそんな権限があるとは思えないが?」
「う、う、ウソじゃない! その老婆は弟の連れ合いなんだ!」
計算が合わない。
ダダ様は今、十七歳──大会の資料にもそう記されている。
ギースとヒーローは視線を交わし、同じように眉をひそめた。
「ラ、ライゼさん。サリーは元気? な、何で自分の子どもに化けてるんです?」
機嫌をうかがうような口ぶりでヒーローに向けられた問いに、ギースが即座に割って入る。
「サリーさんまで知っているのか……。『子どもに化けてる』とは何だ?」
ギースの問いに、ダダ様の空気が一変した。
指を曲げ、エレベーターを止める。こちらへ指先を向け、低く、鋭さを帯びた声で言った。
「あ、あ、あああ? ラ、ライゼさんがナイトなんかにやられるわけねぇだろ。だ、大体、あんた誰だ!?」
(なぜエレベーターを止めた──能力がわからない……!)
「待て! 僕は今のNo.1だ! 下手な真似はするな!」
「ん、んん? た、確かにこんな顔だったかな……」
ダダ様がガンを操作し、ギースの情報を呼び出す。
(この隙に話題を変えよう)
「ダダ様、その顔色は戻さないのかい? 今の医学なら──」
「ん、ん〜。気に入ってる」
(……よかった)
ダダ様はガンを覗き込んでいるが、さっきまでの険は和らいでいた。
「ほ、本当だ。ごめんね」
ギースがNo.1であることを確認すると、ダダ様は指を曲げて昇降を再開。やがて停止音がして、目的地に着いた。
扉が開く。さらに内側に、金網のような扉。ダダ様がそれをガシャンと開け、得意げに振り返る。
「こ、これ、タイタニック号のエレベーターを真似したんだよ? 凄いでしょ?」
「タイタニック……?」
「し、知らないのか。映画や本とかいっぱいあるのに。ね、ねぇ、ライゼさん」
ダダ様は背を向けたまま右手で方向を示し、歩き始める。ヒーローは当然、何も答えない。
エレベーターを出ると、通路はすぐ右に折れていた。全容はまだ見えない。
そして案内された先で、ギースは絶句した。
「──っ!! 何だこれは……!?」
広い。
約二十メートルの巨大な大理石の円柱が、いくつも美しく屹立していて、ギースは思わず感嘆の声を漏らした。
「まるで……神殿みたいだ」
「す、凄いだろ? も、もう使われていない地下の洪水防止施設を、か、改造した」
──バスカルシティ防災局 第三雨水調整区 旧管理層──
だが、かつての面影はもうない。
ギースの言葉どおり、頭上は神殿の趣。だが足元には、百メートル四方のサイバーパンクな景観が広がっていた。
司令室のような区画や、作りかけのアンドロイドが並ぶ作業室もある。──なぜ地下に、こんな設備が?
その景観に似つかわしくない老婆が、こちらへ歩いてくる。
「まぁ、ギースさんじゃないの。お義兄さんがここへ?」
ギースはすぐに管理人のお婆さんだと気づき、表情を緩めた。
「リリお婆さん! いつもお世話に──」
すると、ダダ様がすぐに二人の間に割って入り、会話を遮った。
「わ、わけがあるんだ……リリ、ゾゾは起きてるか?」
「幸せそうに寝てますよ。お義兄さんはご飯、食べました?」
「い、今そんな場合じゃない。ラ、ライゼさんがいる」
「まぁ、ライゼさんはいなくなったんじゃ?」
「わ、わからないから連れて来た。ゾゾのとこに行く」
「はいはい、行ってらっしゃい」
ギースはリリに手を振り、ダダ様の後に続いた。
──
「この人物が、ダダ様の──弟!?」
案内された先で、白髪の老人がカプセル状の装置の中で眠っていた。
半身以上が機械化され、人の部分のほうが少ない。
「お、弟だ。た、体内にナノマシンがないから、俺が延命治療をしている」
(ナノマシンがない……? 今の時代にあり得ない。いや、そんなことより──)
「ちょっと待て。ダダ様はいったい何歳なんだ?」
「も、もう、数えていない」
(まだ核心は伏せるつもりか……)
「……こんなに高度な延命治療ができるほどの技術があるなら、普通に喋れるようにもできるんじゃないのか?」
ギースが口調を指摘すると、ダダ様は急に滑らかに話し出した。
「俺は普通に喋れるんだ。ライゼさんから理由を聞いてないのか? だとすれば、この人は本当に息子か……?」
ダダ様の目が鋭くなる。人差し指がギースを射抜いた。
不穏な空気を察し、ギースはヒーローに指示を飛ばす。
「ヒーロー! 能力を──」
「No.1、お前は俺の脅威じゃない──【眠れ】」




