第64話【朝食ビュッフェ、五人の皿模様】
バトルシリーズ、二日目の朝──。
五人はトムに言われた通り、ホテル内のビュッフェ会場へと向かった。
「わあっ!」
マリンが歓声を上げ、朝食ビュッフェの煌びやかな光景に目を輝かせる。
会場の中央には円形のテーブルが据えられ、色とりどりの料理が所狭しと並んでいた。
さらにその外周を囲むように、長いコの字型のビュッフェ台。
豪華なメニューがずらりと並び、湯気と香りが食欲をくすぐる。
五人は思わず足を止め、それぞれトレーと皿を手に取り、心躍らせながら料理を選び始めた。
「昨日の夜もすごかったけど、今日はもっと豪華だな!」
パンチが目を輝かせて言うが、他のメンバーは料理選びに夢中で、返事もままならない。
「今日はどうしよう……この空間にまず、サラダを置いて──」
マサムネが料理の配置とバランスを真剣に考え込んでいると、横からパンチが遠慮なく肩に手を置いた。
「細けぇことは気にすんな! 好きなもんから食えよ!」
「う、うん……」
陽の光が会場に柔らかく差し込み、あちこちから聞こえる食器の音が心地よく響く。
初戦の緊張と疲労が嘘のように、身体は軽く、瞼も自然と開く。
張り詰めていた空気がほどけていくなか、五人の表情にも、ようやく穏やかな色が戻り始めていた。
五人はマナー通り時計回りに一周し、思い思いの料理を皿に取り分けてから、空いていた丸テーブルに腰を下ろした。
マサムネがスプーンを手にしたとき、不意にパンチの皿が視界に入り、目を丸くする。
「朝から揚げ物ばっかり……」
「好きなの取ったら、こうなった!」
パンチの皿は茶色一色。
唐揚げ、フライ、肉料理が雑然と山盛りになり、今にも皿から溢れそうだ。
パンチも苦笑しながら、マサムネの皿に目をやる。
「そっちは……控えめだな」
「パンチみたいに朝からそんなに食べられないや。ビュッフェのお皿って、性格が出るから面白いよね」
「性格ぅ?」
その一言にパンチの興味がくすぐられた。彼は首をぐるりと回し、テーブルの皿を順に見渡していく。
そしてヒーローの皿を指さして、声を上げた。
「見ろよ、ヒーロー! お前、絶対お坊ちゃんだろ!」
「なんだよ急に、お坊ちゃんって」
「盛りつけが完璧すぎんだよ。前菜、メイン、デザートって……まるでレストランのコースだぜ。性格っていうか、育ち出てるぞ」
「父さんがいつもこんなふうに──」
「ぶはっ!」
ヒーローの言葉を遮るように、パンチが吹き出した。慌てて皿を庇うヒーローがしかめっ面で文句を言う。
「ちょ……汚いって!」
「だってほら、セドの皿!」
皆の視線がセドの前に並ぶ三皿のカレーに集まり、一瞬の静寂のあと、爆笑が起きた。
ヒーローもここぞとばかりに乗っかる。
「ハハハッ、朝からカレーの食べ比べかよ?」
「カレーじゃない。ライゼカレーだ。勝手に略すな」
セドのむすっとした顔に、パンチはさらに吹き出した。
「ギャッハハハッ! 見ろこれ、チーズ! チーズのせてアレンジまでしてやがる!」
(そういや、ビュッフェに数種類のチーズが並んでたな──)
それを迷いなくカレーにトッピングする発想と行動に、パンチは妙にツボに入ってしまった。
「オレは……毎日、ライゼカレーなんだ! チーズはビュッフェだから取っただけで……!」
その姿に、マサムネは前から気になっていた疑問を素直にぶつけた。
「ねえセド……もしかして、ライゼさんのファンとか?」
「……フン」
照れ隠しなのか、そっぽを向いて鼻を鳴らすセド。
そんな中、パンチがスプーンを口に運びながら、からかうように呟いた。
「毎日って……まさか、CM信じてんのか?」
「これを食べれば、強くなれるんだ!」
「──っ!?」
突然、セドが声を張り上げた。その真剣な眼差しに、場が一瞬静まる。
パンチは半笑いのまま、動きを止めた。
「やっぱ信じてたのかよ」
「ライゼさんが言ってたんだ。画面越しでも、あの人がウソなんか言うか!」
「お、おい、冗談だって……」
その剣幕に、さすがのパンチも口を閉ざす。冗談じゃすまない、本気の想いが滲んでいた。
重くなりかけた空気を、マリンの明るい声が断ち切る。
「おかわりっ!」
マリンが元気よく声を上げ、立ち上がった。
──これまでにも何度か料理を取りに行っていた彼女だが、『おかわり』とわざわざ口にしたのは、これが初めてだった。
たぶん、場の空気を和らげようとしたのだろう。
さりげないようで、確かな気遣いだった。
「ライゼさんと……会ったことあるの?」
マサムネの問いに、セドは一瞬だけ手を止める。
「……二度だけな」
予想外の答えに、ヒーローは思わずセドの顔を見つめた。セドはわざとらしく皿のカレーに目を落とす。
「父さんと……どこで?」
問いかけながらも、ヒーローの声は自然と小さくなる。
「四歳の時だ。街で助けられた」
(四歳、街で……赤い髪──!)
記憶の底から、古い映像が蘇る。
【素晴らしい活躍!! 小さな男の子をオーガから救い──】
「俺、それ……見てた……かも。オーガだったよな?」
「そうだ」
「なにを……なんて、いや……」
ヒーローは言葉にならない言葉をいくつも並べ、視線を右往左往させている。
それを見ながら、セドはふっと目を細めた。
「ライゼさんは、お前のことを自慢してた」
俯いていたヒーローが、顔を上げてセドを見つめる。
「オレのことも褒めてくれてた。将来……」
──あの日聞いた夢の続きを。
それを今、目の前のヒーローに語っていいのか。
セドは言葉の先を飲み込み、一瞬だけ、言葉を探した。
「なんだ……父さんと、何を話したんだ!?」
セドは静かに頷く。
「昨日のことのように覚えてる。……ライゼさんは、カードを買ってくれた」
そう言って、セドは財布から一枚のカードを取り出した。
傷一つない、特別な加工が施されたレアカード。光にかざすように掲げ、それを大事そうにヒーローへと見せた。
「これは、俺の宝物になった」
「父さんが……」
ヒーローの瞳が大きく見開かれる。
セドはその反応を確認し、決意を固めるように言葉を継いだ。
「……オレのことを、強いって言ってくれた。そして、『一緒にN.A.S.H.になれたら嬉しい』って──」
「N.A.S.H.に……」
ヒーローの声が震える。
「一緒にってのは……お前も含めてだ、ヒーロー」
言いながら、セドは正面からヒーローを見据える。
「お前とオレが、N.A.S.H.になる。それが、あの人の夢だったんだ! ──お前はどうなんだ?」
「お、俺は──」
「なーに? 何の話?」
マリンが料理を乗せたトレーを手に戻ってきた。
セドの声が大きくなったのを聞いて、あえて割って入ったのだろう。
その気遣いを感じ取りながら、二人の少年はふいに言葉を飲み込んだ。
マリンはテーブルに皿をそっと置く。
ふわりと湯気が立つオムレツに、ウインナー、焼きたてのパンと色鮮やかなサラダ。
その皿はまるで、今この場に流れる緊張を優しく包むかのように、整えられていた。
マリンの皿を見たマサムネの表情に、ふと疑問の色が浮かぶ。
(あれ……? 確かさっきも……)
「マリン……」
「なあに?」
「さっきから、何回か席を立ってない?」
「うん、料理を取りにね。どうかした?」
マリンは微笑みながら答えつつも、手元のフォークを品よく動かし続ける。その姿は、まるで何事もなかったかのように優雅だった。
ヒーローが思わず問いかける。
「……マリン、いま何周目?」
「七周目だけど?」
さらりと答えると同時に、皿はすでに空っぽ。マリンは椅子から立ち上がり、またビュッフェに向かって歩き出す。
「八周目、行ってきまーす」
「……………」
四人は食事の手を止め、黙ったまま顔を見合わせた。
──
アリーナで試合が始まると、昨日までとは見違えるような連携を見せ、セドたちは鮮やかに闘技場を駆け抜けた。
動きの一つひとつに無駄がなく、チームとしての完成度が格段に増している。
観客席は、その変貌ぶりにどよめいた。
『なんだよ、やっぱ強ぇじゃねえか!』
『なぁ!?俺、あっちのチームに賭けちまったぞ!?』
『いいぞ一年!そのままいけ!』
地元の誇りを背負うアイランド学園三年生は、シーカーN.A.S.H.スクールの前に完敗。
一方、セドたちはその勢いのまま勝ち進み、ついにAトーナメント決勝へと駒を進めた。
決勝のカードは、アイランド学園一年生対シーカーN.A.S.H.スクール。
──初日とはまるで違う、注目の一戦が始まろうとしていた。
「くそっ、なんでうちだけ連戦なんだよ! マサムネにシーカーの試合、見せてやりたかったのに!」
パンチがスーツを抱えたまま悔しげに唸ると、マサムネが即座にフォローを入れる。
「仕方ないよ、試合が詰まってたんだし。僕は大丈夫だから」
「昨日みたいに試合数多い方が、ゆっくり準備できたよなあ!」
「そこは運営に改善してもらうしかないね。まだ若い大会だから──」
そうマサムネが呟くと、今度はパンチがロッカーをがちゃがちゃと開けながら、後ろを振り向いて叫んだ。
「ったく、バッテリーどこだ!? なんで今どきナトリウム電池なんか使ってんだよ、重すぎだろ!」
「手伝うよ」
後ろからヒーローがすかさず駆け寄り、パンチの背中を見ながら素早くバッテリー装着を手伝う。
「このボディカメラ邪魔なんだよ!」
セドが肩越しに振り向き、舌打ち混じりに文句を吐いた。
汚れたスーツを無造作に投げ込むと、ボックス内で光が走り、一瞬で新品同然に。
セドはその様子をじっと見つめてから、無言でスーツを取り出し、再び腕を通す。
その顔には、わずかに苛立ちが残っていた。
「N.A.S.H.のボディカメラと同じだよ。アリーナの契約なんだから仕方ないって! パンチ、なければボクの予備、使って!」
マサムネはセドの様子を横目で確認しつつ、パンチへ向けて小さなバッテリーパックを投げる。
パンチは空中のバッテリーをキャッチしながら、軽くマサムネに目礼した。
「あっつーいっ! このスーツ、なんで空調ついてないのよ!?」
「マリン! 更衣室で着替えなきゃパンチが覗くよ!」
「………」
「ほら覗いてる!」
マサムネの指摘に、マリンは目を細めてパンチを睨みつけながらズカズカと通り過ぎる。
そして通りざま、何の迷いもなく『バチンッ!』と背中を叩く。
「いっつぅぅ!!」
マリンは無言のまま更衣室へ突入。
その勢いのまま『バタン!』とドアを閉め、あっという間に着替えを終えて出てくると、再びパンチにギロリと鋭い視線を向ける。
「マ、マリンちゃん……。マサムネェ……」
パンチはマサムネの方を振り向き、情けない目で助けを求める。
「ほ、ほら、今のはマリンも……ここで着替えちゃってたからさ──」
マサムネは場をなだめながらも、思考はすでに次の試合へと向かっていた。
(シーカーに三年生が完敗!? うちの三年生も決して弱くない……何が起きた?
いや、今は目の前の戦いだ。三対三。選択肢は限られてる。
あらゆる初手、すべての可能性を……)
そのとき──
『選手の皆さん! Aトーナメント決勝です!』
控え室のドアが唐突に開き、スタッフが視線も合わせぬまま叫び、伝えるだけ伝えて走り去っていった。
運営側もどうやら余裕がないらしい。
マサムネは軽く息を吸い込み、皆を見渡した。
「……集中して行こう」
全員が無言でうなずき、通路へと向かう。
何度も通ったはずの関係者用通路も、この決勝前の階段だけは、誰の足取りにも緊張が滲んでいた。
五人はひとつの呼吸で目を合わせ──
《Aトーナメント決勝! 選手の入場です!!》
アナウンスが鳴り響いた瞬間、五人は一斉に闘技場への階段を駆け上がる。
『ワァアアアアアアアアアアアッ!!』
アリーナ全体が揺れるほどの歓声が、彼らを迎えた。




