第65話【Aトーナメント決勝戦】
今日ばかりは、観客からの大歓声も、アナウンスの煽り文句も──
全身に張り詰めた緊張のせいで、誰の耳にもまともに届いていない。
だが、実況席のテンションは最高潮だった。
《さあ始まります! アイランド学園一年生 VS シーカーヒーロースクール!!》
スタジアム内に設置された無数のスピーカーから、甲高く張り上げる実況の声が響き渡る。
その瞬間、会場全体がどっと沸いた。
「マサムネ! 俺、この位置でいいか!?」
パンチが叫びながら視線を宙に向ける。
返答がない。
「またあのローザって人に見とれてんのか!?」
茶化すように言いながらガンを軽く叩くと、ようやく通信が入った。
〈あ、ああ、ごめん。ヒーローと話してた。パンチはそのまま前。セドとマリンは一列で〉
「うっし! セド!」
「わかってる」
マサムネの声からは、迷いがなかった。
初手から全力をぶつける構成──オペレーターとしての本気が伝わる。
《シーカーシティにとっては重要な一戦! 昨年よりもメダルの色を落とすわけにはいかない!》
実況の声がまた響き渡り、観客の熱気をさらに煽る。最前列で旗を振る応援団のボルテージも上がりはじめていた。
《ローザ選手、リッチ選手、ニノ選手──注目の女性三人が揃って登場! 大会の華、シーカーN.A.S.H.スクールの快進撃は、どこまで続くのか!?》
「うわ、なんか緊張してきたかも……」
マリンが呟くと、パンチは笑いながら拳を差し出した。
「大丈夫! マリンちゃんなら余裕だって!」
拳を軽く合わせる音が、微かな安心を連れてくる。
《一方こちらアイランド学園は、三年生が敗れた後の雪辱戦!》
アナウンサーの語気が強まる。
観客席の一部からは「一年頼んだぞ!」と声援が飛んでいた。
《一年生の意地を見せられるか!? 注目のAトーナメント決勝──今、試合開始のゴングです!!》
──カァアンッ!
硬質な金属音がアリーナ全体に響き渡り、会場のボルテージが一気に跳ね上がる。
「【重力】!!」
開始の合図と同時に、リッチが両腕を大きく広げ、宙を切るように発動する。
彼女の能力は、対象の重力を増加させる強力な能力。
これまでシーカーが勝ち上がってきたのは、まさにこのリッチの存在あってこそ。
重力が、空間そのものを重く染め上げていく──
「キャッ!!」
マリンが叫び声を上げた瞬間、重力に膝を折り、そのまま床に崩れ落ちた。
地面に伏したまま、まるで見えない鎖に縛られたように身動きが取れない。
一方、パンチはかろうじて立っていたが、片膝が震えていた。マリンに手を伸ばしたくても、振り返ることすらできない。
「マリンちゃん……! なんだこれ……立ってるのがやっとだ! セド、動けるか!?」
「オレはまだいける」
セドが短く応じる。
そして、シーカーシティでも名の知れた能力者が、ひとり静かに前に出た。
「【チャーム】」
ローザの囁きと同時に、ポワン……と淡い音が響いた。
ピンク色の霧が泡のように空中で丸まり、花が開くように柔らかく広がっていく。
次の瞬間、霧が弾けるように破裂し、波紋のようなチャームの粒子がセドたちを包み込んだ。
ローザの能力【催眠】は極めて珍しく、治癒系と並び希少とされている能力だ。
術者が発生させたナノ粒子は空中を漂いながら、対象の体内に入り込み──
融合されたナノマシンに直接干渉し、意図的に誤作動を引き起こす。
「……変……し……」
パンチが変身しようと口にしかけたが、ローザの姿を目にした瞬間、言葉が喉で溶けた。
彼はその場でフラリと後ろに倒れ、床にバタンと仰向けになる。
足元にかかる重力は強く、逃れることもできない。
だが、それ以上に厄介だったのは、パンチの脳裏に広がった『ふわふわした幻』だった。
マリンはふらつきながらも、歯を食いしばってどうにか立ち上がった。
足元はおぼつかず、立っているだけで精一杯。それでも、声を振り絞る。
「パンチ! マサムネの声に反応してよ! 情けないっ!」
マサムネからのガン越しの呼びかけも届いているはずなのに、パンチはまるで夢見心地のまま微笑んでいた。
パワー不足の能力者ほど効きやすい技……のはずだが、パンチの能力値はそれほど低くない。
──たぶん、本人があまりにも単純すぎたのだろう。
「ニノ!」
ローザが鋭く名を呼ぶ。
呼応するように、すらりとした長身の女性が前に出た。肩まで伸びた黒髪に、褐色の肌。
しなやかで洗練された身のこなしが、彼女の異質さを際立たせている。
ニノは短く頷くと、オペレーターからの指示を受け、すぐさま技を発動する。
「【フェザー】」
足元がふわりと浮いたかと思うと、ニノは軽く膝を曲げて地を蹴った。
その跳躍は重力を無視したかのように軽やかで、瞬く間にアリーナ上空、ドームの天井近くまで達する。
彼女の能力は【体重操作】。
攻撃力こそ高くはないが、【重力操作】を扱うリッチとの相性は抜群だ。
まさに、空と地を制するコンビネーション。宙を舞うニノは、すぐに標的を捉える。
狙いは無防備に倒れたままのパンチ。
「【ヘビー!!】」
その声と同時に、羽のように軽かった身体が急激に重くなる。
空中から落ちるというより、重力に引きちぎられるような速度で一直線に落下。
蹴りを突き出した姿勢のまま、弾丸のようにパンチめがけて降下していく。
その真下では、リッチが手を掲げていた。指先から展開される重力場が、ニノの落下にさらなる加速を与える。
《ニノ選手の急降下!》
「パンチ!」
セドが声を上げて駆け出す。
だがその動きに、ローザが即座に反応した。
両手で輪を作り、セドの進行方向へと向ける。
「させない! 【スロウ】!!」
「くっ……!」
視界が歪む。
セドの体感時間だけが、まるで粘度の高い液体の中に沈んだように遅れていく。
さらに、リッチの重力がセドの動きに追い打ちをかける。重さと遅さが同時に襲いかかり、パンチまでの距離がまるで届かない。
──だが。
マサムネは、何も指示を出さなかった。
〈ローザさんとリッチ、両者の能力は持続型……〉
マサムネは、冷静に計算していた。
〈相手に手を向けていないと、能力の効果を維持できない様子……なら、こちらに向けられている間は、あの二人も自由に動けない〉
つまり、能力を維持し続けている限り──向こうも動けない。
〈下手に援護して封印を解けば、次に何をされるかわからない。得体の知れない新しい技を使われるよりは、このまま〉
パンチは、頑丈だ。
おそらくニノの一撃では致命傷にはならない。
だから──
〈申し訳ないが……受けてもらう〉
マサムネは、そう判断した。
勝つための選択。その直後だった。
パンチが、夢見心地のままふにゃりと寝返りを打つ。
その運の良さが功を奏した。偶然にも身体の向きが変わり、折れた膝が前へ出る形に。
そこへ──ニノの急降下が膝に直撃した。
ドンッ!!
衝撃に床が震える。
だがパンチの身体は耐えきった。ロストには至らない。
「フェザー!」
まただ。
ニノが再び跳躍し、今度は宙へ舞い上がる。
軽やかな軌道でドーム天井付近まで浮かび上がると、次なる標的を捕捉した。
「ヘビー!」
今度の狙いは、スロウが残るセドだった。
《再びニノ選手の急降下! 二段構えの連携が光るッ!!》
実況が叫んだ瞬間、マサムネからの指示がガン越しに飛ぶ。
セドとマリンが、迷いなく動いた。
「ファイアウォール!」
「アイスウォール!」
二人の能力が同時に炸裂する。
紅蓮の炎が氷を包み込み、温度差で一気に蒸気が発生した。
──シュウゥゥッ……!
濛々と立ち上る高温の蒸気が、壁のように広がり視界を白く塗りつぶしていく。
霧の波は容赦なく前進し、ローザの【チャーム】を一掃した。
「なっ……!?」
ローザが反射的に一歩、二歩と後退した。
蒸気の奔流が彼女の【チャーム】の霧を一気に押し流す。
──そして、パンチが目を覚ます。
「うわっ!? あっつ!! いったぁ……!? な、なんだこれ!? ──あっ!」
パンチが熱気と衝撃に目を覚ました。
頬を押さえ、状況を把握しきれぬまま、マサムネからの怒号が頭の中を叩いた。
反射的に技名を叫ぶ。
「あっ、ああっ! 変身!」
反射的に技名を叫ぶと、パンチの身体が反応する。
──パキンッ、パキパキ……ッ!
硬質な音が空気を裂き、スーツが装甲へと変化していく。
プラスチックのような質感が一瞬で引き裂かれ、鎧へと収束する。
《先ほどの攻撃を受けながらも、パンチ選手は無事だったようです!!》
実況が観客の熱気を煽るなか、パンチは調子よく両腕で力こぶを作って見せた。
漆黒のスーツに覆われた身体、手に握るは鈍色の剣──まるで亡霊の騎士のような姿へと変貌する。
変身によってパワーが増し、重力の影響下でも動けるようになっている。
「よっしゃああ!!」
パンチは踏み込むと、ローザとリッチの前に飛び出す。
剣を大きく振るう構えを見せる──が、それはあくまでフェイントだ。
「後ろだよ!」
「はいっ!」
ローザとリッチは咄嗟に反応し、反射的に後方へと跳んだ。これで重力の効果も一時的に途切れる。
パンチはその隙を逃さず、胸を反らして叫んだ。
「解除──変身!」
バキバキと音を立てて身体が膨張していく。
次の瞬間、パンチは巨大な翼を持つ黒竜の姿へと変貌し、床を軋ませながら羽ばたいた。
「熱っ! フェザー!」
蒸気の熱に耐えきれず、ニノは再び羽のように軽くなって跳ね上がる。
体重を操作し、爆風の上昇気流を捉えて宙へと舞い上がった。
だが──そこを狙っていた。
「ファイアボール!」
セドが蒸気の切れ間から片膝を突き、タイミングを見計らって一撃放つ。
「うぁあああっ!!」
逃げ場のない上空で、ニノはまともに直撃を受けた。
爆発と共に宙を舞い、警告音が会場に響く。
《シーカーN.A.S.H.スクール!ニノ選手、ロスト!!》
会場がざわめき立つ中、マサムネはオペレーター席でモニター越しに状況を睨みつけていた。
(リッチは最初前衛にいた。そして手を向けていないと能力は継続しない。
──距離だ。
常時維持するには視線と間合いが必要……この流れ、攻め切る!)
わずかな隙を見逃さず、次々と的確な指示を飛ばす。
迷いのない判断がチームを導いていた。
パンチはマサムネの指示通り、低空を滑空。マリンの前に現れ、翼を広げて風を巻き起こす。
「ありがとう、パンチ!」
重力から解放されたマリンは地を蹴って助走をつけ、その背に飛び乗った。
その瞬間、パンチは一気に加速した。
風を裂く轟音を残しながらニノのもとへ急接近し、地上へ激突寸前の彼女を鮮やかにくわえ上げる。
そのまま滑空して退場口付近まで飛び、ニノをそっと降ろすと、次の瞬間には爆発的な羽ばたきで天井近くまで一気に舞い上がった。
その目まぐるしい攻防に、観客席からどよめきと歓声が巻き起こった。
《す、凄まじい一連の攻防!! これが学生とは信じられません!》
『おい、この学生たち……』
『今からホールに潜っても通用するよな』
『あれじゃない? NEO……?』
『それどころか、大会上位組は次世代のナンバーも狙えるよな!?』
『あ、ああ、そうだな。とんでもない学生たちだ……』
──
「上、届く?」
ローザが静かに呟いた。空を翔けるパンチとマリンを目で追いながら、リッチに問いかける。
リッチはすぐに両手を上げ、能力を放つ。だが、気配は空へ届かない。
「さすがに……無理ですね」
「ニノがいないんじゃ、しょうがないか……。あの赤い子を!」
ローザは、下で接近してくるセドを睨んだ。
アタッカーと空からの牽制を担っていたニノを失った今、残されたのは搦め手だけ。
せめて、向かってくるあの怪物の足を止めるしかない。
「任せてください! 重力!」
リッチが力を込め、両手をセドへ向けた。だが──。
セドは、まるで何もなかったかのように歩みを止めない。
地を裂くほどの重圧を平然と受けながら、眼前へと迫る。
「効かないっ!? なんてパワー……っ!」
リッチが思わず後ずさる。初めて味わう“効かない”という恐怖。
「あのパワーは理不尽ね……スリープ!」
ローザがセドに指を向ける。交差した指先から、淡いピンクの霧が漂い始め──
「アイスウォール!!」
声と同時に、分厚い氷の壁がセドの周囲を遮断する。
ローザは反射的に視線を上空へ向ける。
そこには──パンチの背に乗ったマリンの姿があった。
(──くっ、為す術がない)
ローザが歯噛みしたその瞬間、マリンが技を放つ。
「氷の矢雨!」
空一面に広がった無数の氷の矢が、雨となって降り注ぐ。
「チィッ! 罠でもあそこへ行くしかないよ!」
ローザが氷の降っていない一角を見つけ、リッチに視線を送る。
「はいっ!」
凍てつく嵐の中、二人は唯一の『隙』へと走り出した。
二人がジャンプし、氷の降らない一点に向かって飛び込んだ──その瞬間。
「氷床!」
マリンの技が発動し、着地するはずだった床が瞬時に凍りついた。
「きゃっ!」
「くっ……!」
ローザとリッチは氷の上に着地すると同時にバランスを崩し、派手に滑って倒れた。
冷気はスーツ越しにも容赦なく伝わり、凍結が瞬く間に広がる。
足元を凍りつかせたまま、彼女たちは立ち上がることもできず、床に拘束される形となる。
セドはゆっくりと歩を進めた。自らの足が凍らぬよう体内に熱を溜め込みながら、氷上を堂々と歩む。
そしてローザたちの前で立ち止まると、右手を向け、ファイアの構えを取った。
「──まだやるか?」
その声は静かだが、逃れようのない圧を帯びていた。
ローザは悔しさを飲み込みながら、視線を逸らして答えた。
「……降参だよ」
《決着です!アイランド学園一年生、Aトーナメントを勝ち抜きました!なんという熱戦!素晴らしい戦いを見せてくれました!!》
実況の声が響いた瞬間、アリーナ全体が歓声に包まれた。
バトル好きが集うこの会場ですら、ここまで見ごたえのある攻防にはめったに出会えない。観客たちは一様に熱狂し、あちこちから叫び声が上がった。
『よっしゃあ! 賭けてよかったーっ!!』
『次も絶対観るぞ、一年!』
『なあ、なんだよあいつの歩き方』
『シーカーも根性見せたな……!』
『うわっ……』
『どっちも最高だったぞーーっ!!』
拍手が、どこまでも鳴り止まない。
勝敗を越えた何かを確かに見届けた者たちが、惜しみなく称賛を送っていた。
選手たちは互いに手を取り合い、健闘を讃え合う。そして観客席に背を向け、静かに退場していった。
──
戦いを終えたセドたちの控え室。
一際大きな笑い声が、廊下にまで響いていた。
「ギャッハッハッ! やべえなマサムネは! なぁセド!」
パンチが勝利に酔い、いつになくはしゃいでいる。
「ああ、本当にな。マサムネはまだ戻らないのか?」
セドも珍しく口元をゆるめていた。普段の無口が嘘のように、テンションが高い。
「まだ片づけ中よ。マサムネが一番忙しそう」
マリンがそう言うと、パンチは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「ヒーローが一番楽だったな!」
「パンチ! やっとヒーローが来てくれたのに、そんな言い方──」
言いかけたマリンの声を遮るように、アリーナ全体が地鳴りのような大歓声に包まれた。
『ワァアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「な、なんだ今の!?」
パンチが目を見開く。
「大げさね。Bトーナメントの決勝戦が始まっただけでしょ?」
「あ、そっか、人気だなぁ。開始だけで、あんな歓声──」
言い終わる前に、マサムネとヒーローが控え室のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。
「おお、マサムネ! 勝ったな俺たち!」
パンチが手を広げて迎えるが、マサムネは肩で息をしながら顔をこわばらせている。
「ハァ……ハァ……それどころじゃない……!」
セドが訝しげに声をかけた。
「何か、あったのか?」
マサムネはわずかにうなずき、低く告げる。
「……次の相手、バスカル学園だ」
「実力的に考えたら当然だろ?」
パンチが気にも留めずに返す。
Bトーナメントには、バスカル学園に匹敵する相手など最初からいなかった。
「そうじゃない! もう……試合が終わったんだよ!」
「「「はあっ……!?」」」
三人の声が重なる。
──今、自分たちの試合が終わったばかりだというのに?
ローザたちと握手を交わし、スーツもまだ脱いでいない。ほんの数分前の出来事だ。
「ヒ、ヒーロー……」
パンチが頼るように振り返る。
「本当だ。俺とマサムネが片づけてる間に、決勝戦は終わってた」
「──っ!……そ、それどころじゃないっ!」
突然マリンが声を上げた。
「な、なに!? これ以上何が──」
戸惑うマサムネに、マリンは小さく息を呑み、震える指先をゆっくりとパンチの方へ向けた。
「……あれ」
全員がそちらに目をやると
──パンチの脚が、明らかに向いてはいけない方へ曲がっていた。
「「「「「えぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?」」」」」




