第63話【反省会】
すべての初戦が消化され、試合数のもっとも多かった大会初日がようやく幕を下ろした。
その夜。
「いい加減にしろ!」
ミーティングを始めようと、皆がソファに腰を下ろした瞬間だった。マサムネの怒号が部屋中に響く。
「そうだそうだ」
ヒーローが調子よく相槌を打つ。ソファには座らず、皆の背後で煽るように面白がっている。父譲りの性格が顔を覗かせていた。
マサムネは一度深呼吸し、言葉を選ぶように語り始める。
「……ヒーロー、ライゼさんの名前を借りるよ」
「ああ」
「圧倒的なパワーで知られる、あのライゼさんでさえ敗れた。だが、力に負けたんじゃない。周到な準備に、正確な情報、そして最後まで気づかせない戦術の精度──それが、勝敗を分けたんだ」
三人はヒーローの相槌に苛立ちながらも、黙ってマサムネの言葉に耳を傾けていた。
「子どもがやみくもに棒を振り回しても、大人には勝てない。あれがナイトだったら、君たちはとっくに全滅だ」
マサムネは立ち上がり、三人に視線を向ける。
「君たちの能力を、戦いの武器に変えてみせる。もっと信じてほしい──僕を」
その言葉に、セドがゆっくりと顔を上げた。
「……悪かった。マサムネの言う通りだ」
その声には、今までにない素直さがあった。
今日の敗戦だけじゃない。マサムネを軽んじ、言葉を聞き流してきた自分を、セドは静かに悔いていた。
もし──あのとき、あの一言を聞いていれば。マサムネの声に、耳を傾けてさえいれば。
セドの中で、何かが確かに変わり始めていた。
「私も、最初から位置を確認していれば……背中くらい合わせられたはず。ごめん、マサムネ」
マリンが静かにうつむいた。
「俺が最初に突っ込んだからだ! 悪い、みんな!」
パンチも悔しそうに頭を下げる。
だがそこへ──
「そうだそうだ」
──ドタドタドタドタッ!
軽口に怒った四人が一斉に立ち上がり、ヒーローを追いかける。だが、機敏なヒーローは余裕の表情でひらりとかわす。完全に遊ばれている。
「はぁっ、はぁっ……もういい、ヒーローは放っておこう」
息を整えながらマサムネが諦め顔で呟き、再び場を仕切り直す。
「パンチ、どうしてあの時、技でドラゴンにならなかったの?」
声の調子を戻し、ミーティングは静かに再開された。
「ゼェ、ゼェ……じ、実はな……技で変身すると──【竜】!」
パンチが叫ぶと『パキッ……パキパキ』とプラスチックが割れるような独特の音が響く。その間、誰もが息を呑んで見守った。
やがて現れたのは、くるんとした長いまつ毛、ぱちぱち瞬きするまんまるの瞳──
ぬいぐるみのように愛らしい、小さなドラゴンだった。
「か、かわいいーっ! あの時のドラゴンだ!」
マリンが目を輝かせてパンチに抱きつく。懐かしさと可愛さが爆発したようだった。
パンチは照れ笑いを浮かべながらも、マサムネの方を向いて必死に説明する。
「技にすると姿がそのまま固定されてな」
「なるほど、パワーも上がらないの?」
マサムネが眉をひそめながら訊ねると、パンチは首を振った。
「インプットしちまったら、後からどれだけ力を込めても、変身後のパワーは変わらねぇんだよ」
「なるほど……セドみたいな技なら、パワーを乗せていけば強くなれる。でも、変身型はインプットで姿が固定される分、それが枷になってくるんだね」
「ああ、インプットの時にうまくいくとも限らないしな」
マサムネは深く息を吐き、ソファに身を預けた。そして目を閉じ、軽く目頭を押さえる。
「ふぅー、こういうことは、試合の前にちゃんと相談してよ……」
その口調は呆れと苦笑が入り混じっていたが、どこか優しさもにじんでいた。
オペレーター──それは、戦場を俯瞰し、仲間を勝利へ導く頭脳だ。
マサムネは小型ドローンを操りながら、端末に次々とデータを打ち込んでいく。
ドローンが送る映像やセンサー情報は、味方の体力や位置、敵の動きと共に即座に数値化され、画面に表示される。
その全てを咀嚼し、数手先を読み、指示へと変える。思考を止める暇はない。
──さすがに今回は、少し堪えた。
マサムネは目を閉じ、そっと額を押さえた。その指先は、極度の集中による疲労で、かすかに震えていた。
「大丈夫か、マサムネ」
その震えに気づいたのか、パンチが心配そうに近づき、肩をそっと揉む。
マサムネは苦笑しながら、身を委ねた。
少し間を置いて、セドが慎重に声をかける。
「ちょっといいか、マサムネ」
「なんだい?」
「2人目のローグ……どうして、後ろから来るとわかった?」
マサムネは目を開き、真っ直ぐにセドを見た。
「セドは煙で視界を失っていた。けど、それは敵も同じ。最初の奇襲で、パンチとマリンの位置はバレていたけど、君の位置は──完全には掴まれてなかった」
「……たしかに」
「だから正面に出たタンクを囮に、ローグを回り込ませた」
マサムネは、淡々と、けれど的確に戦況の読み筋を解き明かしていく。
「敵にとってローグは唯一の火力役。真正面から突っ込ませるわけがないから、君の背後に現れると読んだ。それだけだよ」
セドはしばらく黙ってマサムネを見つめ、それから小さく息をついた。
「……それを、オレが指示を仰いだ一瞬で考えてたのか?」
マサムネは肩をすくめて笑う。
「一瞬ってほどじゃないよ。可能性を絞って、消去法で潰していっただけ。敵の動きをこちらの手札で封じる。それが、僕にできる唯一の戦い方なんだ」
その言葉に込められたのは、驕りではなく、冷静な自己認識だった。マサムネに能力はない。だが彼の指揮があるからこそ、このチームは戦える。
「あの二秒は何故だ……?」
「それは単純。敵がちゃんとセドに向かってから撃つ必要があった。先に撃つと当然逃げるからね」
(単純か、あとから聞けばな。簡単に言うが──オレは焦ってばかりで、何一つ役に立てなかった……)
そんな自責を抱えたまま、セドはぽつりと漏らした。
「……お前は、凄いよ。マサムネ」
マサムネは静かに応じた。
「ありがとう、セドも凄く強いよ。こちらはセドという『剣』を持ちながら、それを活かせなかった。──戦術の熟練度次第で、力の劣る者にも敗れる」
「今回で嫌というほど思い知らされた。同じ過ちはしない。約束する」
「大切なのはパワーだけじゃないって……試合を通じて学生たちに感じてほしかったんだと思う」
「それがこの大会の狙いか……」
「たぶんね。学生を、対ナイト戦に備えた『戦術特化型N.A.S.H.』として育てる。それが、このバトルシリーズの裏テーマだと思ってる」
「……マサムネは、ナイトがいつ現れると?」
セドの問いに、マサムネの瞳がわずかに陰る。
「人類側が勝つために必要な準備期間を考えるなら──最低でも数年は欲しい。けど、正直なところ……『いつ』かは誰にもわからない」
その空気に、マリンが思わず不安げに口を開いた。
「今もどこかで、あいつらが強くなってると思うと、怖いね」
マサムネが小さく頷く。
「でも──まだ来ていない。予測ができる。対策ができる。……ライゼさんはその『時間』を僕たちに残してくれたんだ」
その言葉を聞きながら、ヒーローはゆっくりと立ち上がる。そして、窓際へと歩いていく。
夜の帳の中、街の灯が静かに揺れていた。
『──繋ぐぞ、ヒーロー』
ライゼが遺したその言葉の意味が、少しだけわかった気がした。
ヒーローは伏し目がちに、その光の向こうをじっと見つめていた。
──
マサムネたちが部屋でミーティングを続けていたその頃、ギースとトムはホテルのバーにいた。
──カランッ。
氷がグラスに触れる澄んだ音が、薄暗い照明に溶け込んだ。
トムがロックグラスをテーブルに置くのを見て、ギースが口を開く。
「今日は、危なかったな」
「だな」
「実際の戦力じゃ、セドたちが負ける相手じゃない。けど……」
「いい勉強になっただろうな。戦場でいつも通りなんてことは、まずない。今日は相手に感謝だ」
「ちゃんと先生だな」
「いつまでも部外者の感覚じゃ困る。ギース、お前ももう先生なんだぞ」
「そうだな……」
トムが少しだけ笑ってグラスを傾けた。
「メカリは、どうしてる?」
「チームは解散してない。今も動いてもらってる」
「一緒に──ならないのか?」
「フッハ……お前とそんな話をするとはな。ま、色々終わってから考えるさ」
「そうか」
「今の僕にとって、ヒーローが最優先だ。様子を見てくるよ」
ギースは軽くトムの肩に手を置き、バーテンダーに耳打ちしてから背を向けた。
「……ミーティングの邪魔はするなよ」
釘を刺すトムに、ギースはひらひらと手を振って応える。
まるでわかってるさ、と言いたげに。そのまま、気だるげにバーを後にした。
「ヒーロー、か……」
トムは残った酒をひと口で飲み干し、指でバツ印を示してチェックを伝えた。
すると、バーテンダーがすっと近づいてきて、ガンに伝票を投影する。
『お会計はこちらでございます』
そこには、きっちり『二人分』の金額が表示されていた。
「──あの野郎っ!!」




