第41話【世界中の証人】
「はぁっ、はぁっ……しつこい野郎め!!」
階段を駆け上がり、闘技場への扉を──
バァン!
響き渡る金属音と共に、黒服の雇い主が乱入した。
開いた扉の先、すぐ傍にいたサリーを無理やり引き寄せ、右腕で首元を締め上げる。左手の指先が、サリーのこめかみへとぴたりと添えられた。
「動くな! 俺の能力は【銃撃】だ! 一発でこいつの頭が吹っ飛ぶぞッ!!」
銃口もナイフもない。だが、殺気は本物だった。能力者──その一言が、人々の喉を凍らせる。
遅れて駆け上がってきたギースが、止まった。視線の先、捕らえられたサリーの姿を見つけ、ホッとしたように息を吐く。
「ママ!!」
ヒーローが声を上げる。目を見開き、今にも駆け出しそうだった。
だが、その瞬間──
サリーは囚われのまま、唇をわずかにゆるめ、親指を立てた。
不安を吹き飛ばす、家族だけのおまじない。
ヒーローはこくりと頷いた。
「大丈夫だよ、ヒーロー」
ライゼは静かに告げる。
「あんな小物がサリーに敵うわけがない。ギース、頼む」
「はい。さあ、こっちだ。安全な場所へ──」
ギースはヒーローを連れ、観客通路のほうへと避難させた。
エイリアスは人質を取った男の顔を見て、一瞬だけ目を細めた。
何も言わず、スタッフに視線を送り──
「ドローンとマイク」
それだけを、静かに指示した。
一方で──
「ライゼのガキってことは……」
雇い主はじっとサリーの顔を覗き込み、不気味に笑った。
「へっ……まさか。お前……サリーか」
ライゼ、サリー、エイリアス──そして今やガービィまでもが舞台に揃ったその瞬間、男はアリーナ中央へと人質を引きずりながらジリジリと移動していく。
「コーエンッッッ!!」
アリーナ全体を震わせるような声が響き渡る。
怒声の主は、意識を取り戻したばかりの──ガービィだった。
目の色が違っていた。血走った眼光。牙のようにむき出した奥歯。まるで鬼神のような形相だった。
「久しぶりだなぁ、チャンプ」
雇い主──コーエンが口角を吊り上げる。
「あの頃と同じ……そう、俺達は同じ飯を食った仲間だろう?」
「仲間なんかじゃないッ!!」
エイリアスが絶叫する。
ガービィは無言で仮面を取り、ゆっくりと握りしめる。
そして──
バキンッ!
鬼のごとき形相と共に、黒い仮面が砕け散った。
──仮面の下の素顔。
世界は改めて知る。ガイザビィズは──やはりガービィだったと。
「えっ……No.2……?」
「やっぱり、ヒーローが呼んでた通り……」
「嘘……ガービィ!?」
「チャンピオン……」
観客の声が、最初は点のように小さく、やがて波紋のようにアリーナ全体へと広がっていく。
ざわめきは止まらない。
「やはり狙撃はお前か、コーエンッ!」
怒りと確信に満ちたガービィの声が、スピーカー越しにアリーナ全体に響き渡る。
観客のざわめきが、再び波のように広がる。
──やはり、あの勝負は仕組まれていたのか。
「そうさ、チャンプ。俺以外に誰がいる?」
コーエンは嗤う。薄く、歪んだ笑み。
「なぜ今になって俺を狙う?」
「なぜだと? ──ふざけるな!!」
コーエンの目が血走る。
「お前らが街を去ったせいで、どれだけの損失が出たと思ってる!? 投資会社も、役人も、俺の後ろ盾はみんな吹っ飛んだ! 『金にならない』ってな!」
吐き捨てるように怒鳴ったその声に、ガービィが豪快に笑い返した。
「ガッハハハハッ! そりゃ気分がいいな!」
「ふん、笑ってろ……。 どうせ俺はもう終わりだ……だったら最後に、お前らを道連れにしてやる!」
「……何?」
「調べ上げたんだよ! お前らの過去も、仲間も、すべてな! 俺が死んでも、お前の周囲はただじゃ済まねえぞ!!」
その言葉に、ガービィの表情がわずかに変わる。
その隙を突くように、ライゼが無言で一歩、踏み出した。
「動くなッ!!」
コーエンがサリーのこめかみに指を押し当て、声を荒げた。
「──お前が一番厄介なんだ」
ライゼは静かに立ち止まり、淡々と告げる。
「わかったよ。……あんたが人質にしてるのは、俺の妻だ。逆らわないさ」
そして──口元にうっすらと笑みを浮かべる。
「ただ、懐かしい映像を見せてやろう」
「……は?」
ライゼが片手を上げた。
「映像投影」
次の瞬間──アリーナ上空の巨大スクリーンに、映像が浮かび上がった。
だが、それだけではなかった。
観客の多くが手にしていたガンの画面にも、ホログラムにも同じ映像が投影されていく。
【映像投影】──それは、ライゼの能力によって『全観客』に共有された過去の記憶。
それを配信する者まで現れ、今や世界中がその瞬間を見つめている。
誰もが言葉を失う。
《リーガの街に最強は二人もいらねぇのよ》
「──あれは……!」
サリーが息を呑む。
ガービィは、目を見開いた。
「なんで、それを……!?」
そこに映っていたのは、ライゼと初めて拳を交えたあの日の記憶。
「俺の記憶、そして街中のドローンが記録していた映像だ」
ライゼの言葉とともに、過去の断片が次々と映し出されていく。
街の片隅で、地下通路で、アリーナの控室で──
かつての彼らが、そこにいた。
誰もがまるで自分の目で『その時』を見ているような感覚に包まれていた。
《アニキは普段から、ろくなもん食べてないっスからね! しかしなんスかあの──》
「……っ! ああ、ああっ……イリオス……!」
エイリアスが画面の中の弟の姿を見て、思わず胸元を握りしめる。
懐かしさ、愛しさ、そして届かない喪失。
その隣で、ガービィもまた、滲む目でスクリーンを見つめていた。歪んだ視界の中、懐かしい声が胸に響く。
《くっ……何だコイツらぁ!? アイリス! サリーを──》
《アリーナがなきゃ、この街なんてとっくに見捨てられてたんだ! 俺様たちが──》
《連中の狙いは、金じゃない。土地っスよ、アニキ──》
《あんな汚い連中の為に、お前は土地を手放さなかったからな──》
《……イリオスはな、俺にとって弟みてぇなもんだ──》
《いつか……本当の弟に──》
《……この街を、捨てよう──》
…………………………
………………
……
誰も、声を発さなかった。
沈黙。
その沈黙は、無関心ではない。
観客席全体が、まるで深く息を呑んだまま、映像と物語の中に取り込まれていた。
壮絶な、痛ましい過去。
それでも彼らは、立ち上がった──
誰もが、目を逸らすことができなかった。
やがて──
『ふっ…ふざけんなてめぇ!!』
『逆恨みじゃねぇか!』
『うっ…うぅ……』
『やっちまえガービィ!』
『サリーを離せ!』
『あんたらが本物のH.E.R.O.だ!』
怒声、泣き声、歓声──
怒り、涙、賞賛。
まるで津波のように、観客の感情が押し寄せていく。声は重なり、ぶつかり合い、アリーナは異様な熱に包まれた。
「……これで世界中がお前の悪事を見たな」
ライゼが静かに言い放つ。
だが、コーエンは勝ち誇った笑みを崩さず、口角を吊り上げる。
「それがどうした? やり込めたつもりか? クックッ……俺はもう詰んでる。だがな、終わるのは俺だけじゃねぇ」
ライゼがもう一度、空に指を掲げる。
「映像投影」
再び大型スクリーンが切り替わる。
《か、勘弁してくれ! ぐぁあッ!!》
《これで全部だ! ウソじゃねぇ!》
《コーエンが勝手にやっただけだ! 俺はただの会長役なんだよ!》
──映し出されるのは、ライゼによって制圧されたマフィアの拠点群。崩壊していく地下施設、逃げ惑う幹部たち。
ライゼはコーエンに視線を戻す。
「お前がヴィゴに言わせたことくらい、最初から読めてた。……回りくどいやり方は相変わらずだな」
「あいつらが……壊滅だと……?」
その瞬間、コーエンの顔から余裕が消えた。
初めて──本当の意味で、表情が崩れた。
「マフィアごっこは終わりだ、コーエン──N.A.S.H.を舐めるな」
観客席から歓声が上がる。だが──
「フン……驚いたよ。これで本当に……」
コーエンの目が、冷たく細められる。
「お前たちは──バラックも、さっきのガキも、能なしの面倒を見るのが好きな奴らだな」
その言葉に──ライゼの顔が凍りついた。
「……今、何と言った?」
「能なし、だ。事実だろう? それを見てる世界中が思ってるさ。使えない奴はいらないんだよ」
ライゼは、歯を噛み締める。
そして──
「お前にはな……!」
怒気ではなく、決意に満ちた声だった。
「だが、俺は違う! あの子が必要だ! あの子が笑うと……灰色だった世界に、色が灯る……!」
最強の能力を有し、何不自由ないと思っていた男の弱音。観客は不思議に思う。
(灰色?)
(ライゼが?)
「俺の全てだ! ……あの子がいるだけで、俺は明日を楽しみに眠れるんだ!!」
その瞬間──
「動くな!」
再びコーエンの手が、サリーのこめかみへ。
「その明日を壊してやる……イリオスのようになッ!」
引き金を引く瞬間、ガービィがニヤリと笑った。
「──サリー、人質のフリはもういい」
ガービィの瞳に、怒りの炎が灯る。
「──今ので、キレたぜ……!」
「私もです」
「動くなって言ってるだろォ!」
コーエンが能力を発動。
銃撃音と共に、発射されたエネルギー弾がサリーの額へ──!
だが──
「雷帝!」
サリーの身体が青白い稲光に包まれる。
次の瞬間、弾丸は彼女の体をすり抜け、地面へと霧散した。
「──なっ……!?」
「イリオスの名を……軽々しく呼ぶなッ!!」
怒声と共に、サリーの脚が唸りを上げる。その一撃は、あの時抱いた悔しさと怒りをすべて乗せた、魂の蹴りだった。
コーエンの体が、空へと吹き飛ぶ──。
「ぐぁあッ!!」
コーエンの身体が、吹き飛ばされたままアリーナ天井付近へと舞い上がる。だがその直後、雷をまとう影が一瞬でその背に追いついた──ライゼだ。
「エイリアス!!」
地上へと視線を向け、声を飛ばすや否や、ライゼは蹴りでコーエンを真下へと叩き落とす。
その先にはすでに構えていたエイリアスがいた。
「任せて! 砂竜!」
大地から巻き上がった砂の竜が、空中のコーエンをがっちりと捕らえ、締め上げる。
「ぐ、が……あ……く、苦し……!」
エイリアスの瞳に、悔しさと憤怒の涙がにじんだ。震える声を押し殺しながら、彼女は全身に力を込める。
「イリオスは……もっと、もっと苦しかったのよ!」
叫びとともに、砂竜が締めつけを強める。
その怒りは、ただの報復ではない。守れなかった過去への痛切な悔いと、今ここで終わらせたいという強い意志の結晶だった。
「そのまま捕まえてろ!」
ガービィが吠えるように言い、拳を構える。
力が一点に集まり、拳に凝縮されていく。
「ま、待て! やめ──!!」
「死なない程度に手加減はしてやる……」
(イリオス、ようやく仇を……!)
「N.A.S.H.がこんな真似していいのかぁっ!?」
「正当防衛だ……! クソ野郎!! パワー……」
「た、頼む!待っ──」
「ショットォオ!!」
地面を蹴り、パワーショットごと直接拳をコーエンのボディに叩き込む。アリーナ中に響き渡る打撃音。
骨を砕くような重い音がアリーナに響き渡った。
──コーエンの身体は壁に叩きつけられ、ズルズルと崩れ落ちる。
「今度は……世界中が証人だ」
ガービィがそう言った瞬間──
ピクッ、と痙攣したのを最後に、コーエンは白目を剥いて気絶した。
一瞬の静寂──
そして──
『ワアアアアアアアアッ!!』
世界が、歓声で爆発した。




