第41話【世界中の証人】
「はぁっ、はぁっ……しつこい野郎め!!」
階段を上り、アリーナ中央への扉を乱暴に
バァン!!
と開く黒服の雇い主。
扉のすぐ近くにいたサリーを右手で羽交い締めにし、人質にした。
左手の人差し指、中指を伸ばし、サリーのこめかみに当てて脅しながらジリジリと中央へ向かおうとする。
どうやら出口のある5番ゲートから逃げようとしているようだ。
「来るな!俺の能力は【銃撃】だ!!こいつの頭に穴があくぞ!」
後を追って来たギースはサリーの姿を確認するとホッとした様子で止まった。
サリーがこんな男にやられるわけがない。
「ママ!!」
ヒーローはママが人質にとられた事を心配していた。
観客は目まぐるしく変化する状況に、固唾を飲んで見守っている。
バトルはとっくに終わっていたのに、誰も帰ろうとする者はいなかった。
サリーが親指を立て、『グッ!』とヒーローへ合図を送る。
家族にとって、不安を吹き飛ばすおまじないだ。
ヒーローはママを信じてこくりと頷いた。
ライゼはサリーの強さをよく知っている。
雇い主はこんな馬鹿な真似をするくらいだから他に策がないのは明らかだ。
何より自分がこの場にいる。
何も心配はしてない様子でヒーローを安心させる。
「大丈夫だよ、ヒーロー。ギース、頼む」
「はい。さぁ、もう大丈夫だ、こっちへ 」
ギースがヒーローを連れ、通路側へ避難する。
雇い主が何か気づいた様子で呟く。
「ライゼのガキって事は──」
サリーの顔を覗く。
「へっ、サリーか」
ジリジリとアリーナ中央までサリーを連れて移動して行く。
「コーエンッッッ!!!」
アリーナ中に響くガービィの怒号。
「──久しぶりだなぁ、チャンプ。あの時、同じ飯を食った仲間が勢揃いだな」
エイリアスが取り乱して言い放つ。
「仲間なんかじゃない!ふざけないで!!」
ガービィが、黒く、鬼のような形相をした、犬歯の生えた仮面を取り──
バキンッ!!
と握りしめて割った。
大型モニターに映し出された顔に、観客は騒然とする。
ガイザビィズはガービィだったと一気にアリーナはざわつくが──
「やはり狙撃はお前か!コーエン!!」
スピーカーから流れるガービィのこの言葉にもっとざわついた。
やはりさっきの勝敗は仕組まれたものだったと理解し、観客は納得した。
「そうだよチャンプ。俺しかいないだろう?クックッ」
「何故今になって俺を狙う?」
「何故だと!?お前らのせいでいくらの損失を出したと思ってる!?投資会社も、役人も皆、散って行った!金にならないとな!!」
「ガッハ!!そりゃ気分がいい!」
「今のうちにその気分に浸るがいい!どの道もう俺は終わりだ!道連れにしてやるぞ!!この為に全て調べあげた!!俺が死んでも、お前の周囲の人間は終わりだ!!」
「何だと!?」
ガービィとコーエンが話している間に、ライゼが詰め寄る。
「動くな!!お前が一番厄介なんだ」
「わかった。人質は大事な俺の妻だ、動かないよ。ただ、面白い映像を見せてやろう」
「何!?」
ライゼは自身の能力で大型モニターに映像を投影する。
「電視投影」
モニターの画面が一瞬乱れ、昔のガービィが映し出される。
《リーガの街に最強は二人もいらねぇのよ》
「あの時の!?ライゼさん、いったい……」
ガービィは驚く。無理もない、二人が出会った時の映像が流れているのだ。
「俺の記憶や、街のドローンから集めた映像だ」
次々とあの時の映像が流れている。
観客も、もちろん世界中も、釘付けになって見ていた。
《アニキはろくなもん食べてないんスよ。しかしなんスかあの──》
「っ!……ああ、ああっ!!イリオス……!」
エイリアスが弟の姿を見て、愛しそうに名前を呼んだ。
ガービィもやはり愛しそうに涙を浮かべ、目を細めて見ていた。
《こっちにも敵が──》
《アリーナがなきゃこんな街見捨てられてた!!俺様たちが──》
《街ぐるみなんス!街全体が……敵なんス──》
《クックッ、問題はガイザビィズ、お前の土地だったんだ──》
《イリオスは、弟みてえなもんでよ──》
《いつか……本当の弟に──》
《この街を捨てよう──》
…………………………
………………
……
観客は言葉がなかった。
ガービィたちの壮絶な挫折と再生の物語に感情移入している。
やがて──
『ふっ…ふざけんなてめえ!!』『逆恨みじゃねぇか!』『うっ…うぅ……』『やっちまえガービィ!』『サリーを離しやがれ!』『あんたら本当のHEROだ!!』
憤る者、怒る者、泣く者、称賛する者、まるで波のように様々な反応がアリーナに溢れた。
観客の声が観客の声によってかき消される異様な事態。
「これで全世界がお前の悪事を見たな」
ライゼがそう言うと、コーエンは勝ち誇った態度で話し出す。
「それがどうした?やり込めたつもりか?どうせ俺は終わりだ。だが俺が捕まっても……クックックッ」
ライゼは再び技を使い、映像を出す。
「電視投影」
《か、勘弁してくれ!!ぐぁあ!》
《これで全部だ!ウソじゃねぇ!》
《コーエンが勝手に計画してるだけだ!俺はただの会長役なんだ!》
マフィアの各拠点が次々とライゼによって潰されている様子が映る。
「そ、そんな!あいつらが………」
「お前がガービィを引っ張り出す為にヴィゴに言わせたのは分かってた。相変わらず回りくどいやり方だな。おかげで今日一日大変だったんだ。マフィアごっこは終わりだコーエン……HEROを舐めるな!」
ライゼの言葉に観客が沸く。が、コーエンにまだ絶望の色は見えない。
「多少は驚いたが、それすら今の俺にはどうでもいい事だ。懐かしい映像を見せてもらって感謝したいくらいだな。あのバラックといい、さっきのガキといい、役にも立たん能なしの面倒を見るのが好きな奴らだ」
一瞬にしてライゼの表情が怒りへと変わる。
「──役にも立たない?能なし能なしとお前らはうちのヒーローたんを……」
『たん?』
観客はこの言葉に引っ掛かり、コーエンがさらにライゼを煽る。
「事実だろう?これを見てる世界中が思ってるぞ。能なしはいらないんだよ」
ライゼは歯を食い縛り、ヒーローの事を想う。
「お前らにはな!俺は違う、あの子が必要だ!あの子が笑うと、灰色の世界に色が見える……!俺の全てだ!あの子がいるから、俺は明日を楽しみに眠れるんだ!!」
アリーナが静まる。
灰色?ライゼほどの力があれば薔薇色の間違いだろう?
観客、いや世界中の人々はなぜそんな風に見えているのか不思議でしょうがなかった。
「動くな!!動くなよ……その大事な奴を一人始末してやる!イリオスのようにな!!」
コーエンは近寄らせない為にライゼに向けていた左手を再びサリーの頭に当てる。
ガービィがニヤッと笑い、サリーに言う。
「サリー、人質のふりはもういい」
ガービィの顔つきが怒りへ変わる。
「──今のでキレたぜ俺は!!」
「私もです!」
「動くんじゃねぇえ!!」
コーエンが能力を発動して左手の引き金を引き、火薬が爆発するような音が響く。
と、同時にサリーは雷帝を発動させ──
能力で作られた弾丸はサリーをすり抜け、地面に当たって消えた。
「──なっ!?」
「イリオスの名前を呼ぶな!」
サリーはあの時の怒りをぶつけるように、上へ思い切り蹴りあげた。
「ぐぁっ!!」
コーエンはアリーナの天井付近へ。それにライゼはあっさり追いつく。
「エイリアス!」
今度はライゼがエイリアスのいる地面に向かって蹴った。
「任せて!砂竜!!」
コーエンは地面に着く前に砂竜が巻きつき、締め上げられる。
「ぐ、あ…あ……」
「イリオスはもっと苦しかったろうよ!」
エイリアスは涙をためながら怒りをぶつけ、更に締め上げる。
「そのまま捕まえてろ!」
ガービィはそう言うとパワーショットを構えた。
「ま、まて!やめろ!!」
「手加減はしてやる……」
(イリオス、ようやく仇を……!)
「ヒーローがこんな真似していいのかぁっ!?」
「正当防衛だ……!クソ野郎!!パワー……」
「なっ!?待っ──」
「ショットォオ!!」
地面を蹴り、パワーショットごと直接拳をコーエンのボディに叩き込む。アリーナ中に響き渡る打撃音。
「グハァッ!!」
壁に叩きつけられ、倒れるコーエンは──
「今度は全世界が証人だ!!」
この言葉を聞き、ピクピクと身体を震わせ、白目を向いて気絶した。
一瞬の静寂の後──
『ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!』
──アリーナが、世界が歓声で揺れた。