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最終話:勇ある者


 ああ……そうだった……


 遠のいていた意識が少しづつもどっていく――


 みんな……大切な物が……あるんだったね……

 楽しかった思い出……親しんだ場所……大切な友人……恋人……家族……

 例え自分の知らない人でも……話した事が無い人でも……1人、1人……色々な物を抱えて生きているんだ……この町の人達だって……きっとそうだ……

 ここで自分が戦うのを止めてしまったら……それは理不尽に失われてしまう……それは辛いだろう……苦しいだろう……悲しいだろう……みんなが不幸になってしまう……

 それだけはダメなんだ……絶対にさせてはいけない事なんだ……だから……俺は……俺は――


 ”不幸と戦うんだ”


 ――助の瞳が開く


「……――ぁああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!」


 絶叫しながら体を起こし、自身の体を押しつぶす鉄塊と化した操作桿を右腕で掴む。

 およそ人間が出せる限界を遙かに超える力を受け、そのねじ曲がった鉄塊は押し上げられていく。それに比例して体中の神経が再び働き出し、左半身に襲いかかる強烈な痛みを再確認しながら、助は視線を動かした。


 コックピットの中は滅茶苦茶だった。そこら中に青い衝撃吸収ジェルが飛び散り、モニターは半分が死んでいる。胸元に設置された操作パネルはひしゃげており、さらに自身の血でパネルは見えなかった。――だが、僅かな光がそのパネルから漏れていたのが見えた。

 タスクは震える腕でその血を拭う。ヒビだらけの操作パネルに表示されていたゴリアテのステータスは左半身は全壊、右半身の電装系に深刻なダメージがあることを示していたが、脚は辛うじて動く状態であり、そして、そのシステムの再起動は既に終わっていた……!


「RAY……!」


 操作パネルに付いている球体に呼びかける。彼は、弱々しく赤い瞳を光らせると、ノイズまみれの音で答えた。


 ≪シ…………再……………起…………完…………了≫


 彼は最後の力を振り絞ってそう言ったのか、その赤い瞳はだんだん光を失っていく。


「ありがとう……RAY。お前は優秀なAIだ……」


 彼の丸い体を撫でる。RAYは最後に赤い光を僅かに光らせて応えた。


≪お…………褒め…………光…………で………す………鳴………様―――――――――――≫


 彼の赤い光が完全に消える。助は彼を僅かな間見つめると、右腕の操縦桿を握りなおし、モニターへと視線を移す。

 グッタリとした月神を抱えながらテールヘッドが『鍵』を見ている。石柱に突き刺さった幾つもの宝石が突き刺さった形状をしている『鍵』は今、緑色の文字が浮き上がり光り出し、明らかに起動一歩前だった。

 だが、『鍵』を包んでいた結界は消えている。今なら体当たりでも物理的な破壊ができる筈だ。


 震える足に力を込める。ゴリアテもそれを反映し、脚部が少しづつ折りたたまれる、バネの様に力を溜め、同時に機体の方向を『鍵』へと向ける。

 鉄が軋む音に気づいたのか、テールヘッドがこちらを見た。一瞬たじろぐ仕草を見せたその銀鎧は、瞬時に剣を抜き、こちらへと向ける。銀色の刀身に青紫の光が浮かぶ。


 ――マズい。 そう思ったその時、ペンダントから小さな声が聞こえた。


『……そのまま……いけ……タスク……』

「……月神!?」

『私が……なんとか……する……』

「分かった……!」


 ペンダントに答え、助はゴリアテの脚部を解放する。想定負荷値を超え、バラバラになっていく脚部に押し出される形でゴリアテは『鍵』へと飛翔する。テールヘッドは剣を振り上げるが、その時、肩に担ぐ彼女から突然緑色の波紋が広がった。


「――ッ!」


 テールヘッドはその波紋を浴びると、一瞬意識が断たれたかのように膝をつき剣を落とす。遮る者が無くなったゴリアテは、そのまま飛翔を続け――『鍵』に直撃した。

 ゴリアテの質量を受けた『鍵』は、石柱の中央から半分に割れながら地面に倒れた。その表面に走っていた緑色の文字は次第に薄くなり、そして消えていく。


「やったぞ……月神……」


 着地の衝撃で転がるゴリアテの中で助は呟く。モニターの端で、空を包む結界が消えていくのが見えた。これで、この町にDEMが現れる事は無くなった。これで……みんな不幸にならずに済む……。

 視界の端で意識を取り戻したテールヘッドが立ち上がるのが見えた。破壊された『鍵』を視認したのか、怒りに打ち震える彼は、こちらを見ると、銀色の剣を取り上げる。


 その人間の持ち主の心情を反映しているのか、刀身から荒い青紫の光が浮かんでいく。あの攻撃を受けたらいよいよ終わりだろう――

 助は今度こそ死を覚悟したが、その瞬間自分と奴の間に幾つもの砲弾が着弾する。それは遙か彼方にあるタワーマンションから放たれるスパイダーの砲弾だった――

 

 ■


「社長! 廉ッ! 2人がやったぞ! 結界を割った! しかも『鍵』もブッ壊した!」


 マンションの屋上から連続して射撃しながらジャックは叫ぶ。


『ええ! こちらでも確認した!』

『よかった……ほんとうによかった……』


 社長が歓喜の声で応え、廉が涙声で言う。


 しっぽ野郎にタスクとリサちゃんがやられた時は、心底肝が冷え切ったが、まさかそこから巻き返すとはな! 全く大した奴等だ!

 2人を援護するために次々と砲弾を放つ。それはクソしっぽ頭の至近に次々と着弾し、火と煙の壁を作り上げる。


「早くリサちゃん置いてどっか行きやがれ……! その瞬間に眉間をぶち抜いてやるからよ……!」


 射撃しながら悪態をつく。出来れば直撃させたいが、今、撃ってる弾は榴弾だ。下手に当てると、奴が抱えているリサちゃんまで爆発に巻き込こんでしまう。だが――

 奴は自分がそれで当てられない事に当然気づいていた。あのクソッタレ野郎はリサちゃんを抱えたまま、学校外の森へ逃げ始める。この事態は予想はしていたが、防ぐ手段がない。


(クッソ……! 俺が追うにもここからじゃ距離がありすぎる。社長のファルケンは地上じゃ奴は追い切れないだろうし、廉の迅雷は中破したままだ……。――どうする!?)


 視線を走らせると、助がゴリアテから這い出てくるのが目に入った。


 タスクは連れ去られるリサちゃんを追おうと、森へ向かおうとしいる。アイツの闘志は砕けていない! そしてアイツはまだ動ける……――なら!


「社長! ”ガンダム”は動かせないのか!? タスクに追わせる!」


 車内と映像通信を繋げる。社長は電子キーボードを滅茶苦茶な速度でタイプしながら言った。


『ま、待って! 後、10分――いえ後5分は必要よ! もう、鳴瀬社員の脳波設定とスラスタの設定は終わったけど、まだパワースーツの収縮抵抗値、慣性補助の設定が出来てないの。装甲とLivの固着もまだ完璧じゃ無い……!』


 焦る彼女の声。”ガンダム”の前で目を赤く腫らした廉が言った。


『パワースーツはHALを使って、助の迅雷の設定をそのまま移せば動かせます……。装甲は最低限の固着は終わっているので、これ以上は遠隔でも設定が出来ます……。そうすれば、今すぐ出せます……』


 社長は首を激しく横に振る。


『装甲はまだしも、この機体は迅雷の2倍以上の出力があるのよ!? 迅雷そのままの設定にしたら、まともに動かせる人間なんて――』

『”あの子なら”動かします!!!』


 廉が強く透き通る声で言った。


『あの子は響さんの子です! あの子なら絶対にやります! だから……行かせてあげて下さい。そうしないと、あの子は一生苦しんでしまうんです……。お願いします……』


 廉はそう言って頭を下げる。シャリアロットは数秒沈黙した後、言った。


『……ああ、もう! 分かった! HALを使って迅雷のデータを移すから、貴女は後部ハッチを開けて! 緊急出力でこれを鳴瀬社員の所に飛ばす!』

「ありがとうございます!」


 廉は頭を上げ後部に向かい、シャリーはHALに指示を出し始める。

 ジャックはそれを見届けると口笛を鳴らし、助が乗るゴリアテへと視線を移す。


(無茶ばっかさせてすまねぇな……。俺達に出来るのはこれくらいだ。だからよ――)

「後は頼むぜ! ハッピーエンドにしてくれよ! 主人公!」


 ■


「月神ッ……!!!」


 非常用脱出ボルトを作動させ、助はゴリアテから外に出る。


(追わないと……アイツは……まだ生きてるんだ!)


 テールヘッドが逃げた森の方角を見る。奴は彼女を連れて山中に逃げてしまった。先輩達もまだ距離的には遠い筈だ。これ以上、時間が経ったら確実に見失ってしまう。何としてでも、俺が彼女の元に行かないと――


「――ッ!」


 体に激痛が走り、その場に倒れかけるが、助は再び立ち上がり森へ向かう。


「……頼む。お願いだ……動いてくれ……アイツの所まで……頼む……!」


 震える体に言い聞かせる。たとえ、自分の体が全快でも追いつくことは出来ないのは分かっている。だけど、それでも彼女の元に向かいたかった。彼女に不幸になって欲しくなかった。だって……彼女は……俺に取って大切な――


 ヒュォォ――……


 何処からか空気を割る音が聞こえる。助は咄嗟に音の鳴った方へ視線を上げた。

 日の光を照り返しながら何かが近づいてくる。”人”だ。だが、生身では無い、全身を蒼い鎧に身を包んだ”機械の騎士”だった。


「AJ……!」


 呟く助にそのAJは青白い光を放射上に放ち、目の前に降り立つ。


 そのAJはスマートな体躯見た目をしていた。全身を蒼い滑らかな装甲で身に包み、頭部は狼を思わせる勇猛な形状、背中には羽を想起させる推進器があり、肩には2m以上のサイズがある巨大な剣を携ている。その姿は今までの機械的なAJとは方向性が異なる、神秘性を兼ね備えた騎士を思わせるものだった。


 だが、助はそのAJの見た目に見覚えがあった。


「……これ『マーヴェリック』か? 確か、米軍の第4世代コンペ落ちの――」

『正確に言うならその改修機よ。鳴瀬社員』


 シャリアロットの声だ。外部スピーカーを通じてそのAJから流れてくる。


「開発時の愛称は『グリムハンター』うちの系列のが作った”対魔法戦用AJ”……これが私達の”切り札”よ」

「対魔法戦用……」


 呟く助。その響きは彼の心を熱くした。


「これは、今、誰か乗ってるのか……?」

「いえ、無人よ。貴方にリサを追っ手貰う為に強引に持ってきた。……ただ、貴方大丈夫? 相当酷い出血をしてるように見えるけど……?」


 助は口元の血を拭う。出血は既に止まっていた。


「大丈夫、”口を切っただけです”。乗せて下さい、月神を助けにいく……!」


 助の答えに応じるようにグリムハンターの胸部と各部が展開していく。助は激痛で満足に動かない体をその中に無理矢理ねじ込む。グリムハンターの装甲は速やかに閉じていき、僅かな電子臭の後、目の前のディスプレイに火が灯り、機体のステータスが表示され始めた。


 そこに映し出されていた性能は正に驚愕といえる数値だった。


 パワースーツの出力はこれほどのスマートさでありながら機人を超え、迅雷の2倍以上。全身に備えられたアークジェット推進機はもはや”跳躍補助”なんて生易しい表現では説明出来ない程の数が内蔵され、各種センサー系統も最新型が搭載されていた。

 武装にはイスラエル製の対装甲振動破砕剣<タンクチョッパー>が備え付けられている。これも本来はこんな軽量なAJでは装備出来無い、最強クラスの破壊力を持つ近接戦闘武器だ


 助が今まで体験したことの無い性能に言葉を失っていると、シャリアロットが言う。


『留意点があるわ鳴瀬社員。この機体は今、デフォルト以下の設定よ。パワースーツの収縮率と、慣性補正は迅雷のままを引き継いでるから、力の入れ方を間違えると自分の手を握りつぶすことになるし、動きに違和感のある慣性も残ってる。だから、絶対無理な起動はしないで、焦る気持ちは分かるけど、慎重に少しずつ慣らしてから、リサを追いなさい』


 真剣に言う彼女に助は淡々と返す。


「迅雷の設定を引き継いでると言うことは、この機体の制御には俺の脳波パターンはもう登録されていますか?」

「ええ、スラスタも含めてされてるけど……?」

「機体の制御系の切り替えはHALがやってますか?」

≪その通りです。鳴瀬伍長≫


 シャリアロットの代わりにHALが答える。助はそれを効くと納得したように頷き始める。シャリアロットは助が何を考えているのか察し始めた。


「ちょっと待ちなさい! もしや貴方、DMSを解除した状態で動こうとしてない!? そんなの絶対ダメ! 無茶な起動はしないでって言ったでしょう!? まずは慎重に――」

「HAL、DMSオフだ。ついでに機体の全リミッターも解除しろ」

 ≪了解≫

『もう!!!』


 シャリアロット熱い声援を受け、グリムハンターはその場を跳躍する

 凄まじい跳躍――いや飛翔だった。一瞬で校庭を飛び上がり、テールヘッドが逃げた森が眼前に広がる。

『”ガンダム”は受け取ったか後輩!』

 ジャックから通信が入る。

『スパイダーのUAVでしっぽ頭を追跡してる。正確な位置情報の特定までちょい時間が掛かるが、特定でき次第、お前に送るから後は頼むぜ。もうバッテリーが無いから出来る限り急げ!』

「了解」


 助がUAVから送られる情報を待つ。するとトレーラーにいる廉と映像通信が繋がった。


『……助。聞こえる?』


 彼女は瞳を赤く腫らし、しわがれた声でそう言った。助が「聞こえます」と返答すると彼女は続ける。


『……本当はね、私は貴方に戦って欲しくないの。危険な目にもあって欲しくない。普通に生きて、普通に暮らして欲しい。……今だってそう思ってる」

「……」

「でも、貴方はそうは思ってない。目の前で苦しんでる人がいたら、どれだけ危険な事でも絶対に助けに行こうとする。貴方はあの人と同じ心があるから……。だから、私はもう貴方を止めない。無理をしないでとも言わない。……だけどその代わり、1つだけ約束して欲しい――』


『貴方は必ず帰ってきて。帰れなかったあの人の為にも』


 廉はそう言うと少しだけ嗚咽を漏らした。助はそんな彼女に静かにだが、ハッキリと言った


「約束します」


 廉はそれを聞くと瞳を拭って、優しく頷くと、通信を切った。同時にUAVから送られてきたテールヘッドの位置情報が更新され、HUD上にその情報が表示される。方角は南東、距離は約800mの地点で、森林を縫うように移動していた。


「今行くぞ、月神……!」


 グリムハンターの背中から蒼い光が飛散し、助はその場に飛翔した――


 ■ 


「クソ……クソがッッッ!!!」


 レオナスは自身の拳を木に打ち付ける。『鍵』を破壊され、計画は全てが水泡に帰した。もはや魔動機を呼び込む所か、アルムニアに帰還する事さえ難しいだろう。


「何故だ……ッ!」


レオナスは一言独語しながら、森の中を乱暴に走る。肩にはこの状況を作った女がいるが、こんな女以上にそれよりも”奴”の存在が気になってしかたなかった。


 ”奴”は動けるはずが無かった。生きていたとしても、あの損傷で動ける事などあり得ない。体が半分潰された人間が、再び立ち上がるなど……! 死んだ人間が生き返ったとしか言えない……!


「奴さえ殺せていれば……ッ!!!」


 行き場の無い激情が自身の中を渦巻く。理由が何であれ、殺しきれなかったのは、今まで自分が経験した中で最大の失敗だ。もはや取り返しのつかない事だが、それでもそう思わずにはいられない。


 不意に自身の体を悪寒に似た感覚が走る。


 ”奴”が来る。そんな何の根拠も無い、ありえる筈が無い予感が先程からするのだ。

 こんな感覚は初めてだった。結界術を学び、万物の知識を極め、幾度もの思考を重ねた後、何時しか自身の予測というのは、世界に対して常に優越するようになっていた。周りの環境や人間の存在など、不明瞭な固定因子になることはあっても、変動因子にはならなかった。

だから、俺はこの世界を虚無の物だと考えた。自分以外はただの決まった数値でしかなく、その中には実体は存在しない。自分が全ての中心であり、その世界に”他者”は存在しない筈だったのだ。だが――!


 ”奴”は違う。奴は自信の予測を何度も超えてきた。部下を退け、自分の不意を突き、そして……冥府から蘇り『鍵』まで破壊した。奴はいなかった筈の”他者”なのだ。だからこそ、来ない筈の奴は来るのだ。


「来るなら来てみろ……。その時は必ず殺してやる……」


 奴が何時来るのかは分からない。だが、その時が来たのなら必ずこの世から消してやる。俺の世界に俺以外の存在はいらない……!


 レオナスは悪寒に震える手を握りしめる。それは殺意だけで無く恐怖にも似た感情があった。

 彼の揺れる心情に呼応するように、空気が震え始める。


(何かが近づいてくる……?)


 視線を上げる。すると樹木の間から人影が――蒼い光を纏った騎士のような存在が急速に近づいてくる。 咄嗟に構えるレオナスの眼前に、その騎士は降り立つ。

 それはAJだった。見たことの無いモデル。各部の形状から見る限り新型だろう。


(増援……。距離的に考えてAMISだろうな。奴が呼んだか……)


 この増援を呼んだのであろう者への怒りの感情が湧き上がってくる。だが、レオナスはそれを思考でねじ伏せ、即座に剣を抜き、手に持つ女神の首元に宛てる。


「おい。見えるだろう? 武器を解除し、メットを取れ……」


 あの機動性だ、逃げても追いつかれる。なら、人質を利用する他ない。


 そのAJは暫く沈黙した後、肩の剣を外し、そしてメットを脱ぎ出す。その中から現れたのは、何時ぞやの、自分にこの学校への道を教えた青年だった。口から激しく吐血した跡、無表情でありながらタダ者では無い眼光を帯びるその青年を見て、レオナスの中で全てが繋がる。


「ふ……フフフ……コイツは傑作だ……」


 レオナスは声を殺して笑い始める。クソほども愉快では無いが、笑いが止まらない。そうか……アイツが”奴”だったのか。笑える。もう来やがった。”俺を滅ぼすために”。

 笑い続けるレオナス。目の前の青年は笑い続ける彼を不審がり、警戒した視線を送り続けていた。やがて笑いが収まるとレオナスは言った。


「おい、お前。名前は何て言うんだ?」


 その青年は僅かな沈黙をした後、言った。


「……鳴瀬助」

「そうか……礼だ。この女は返してやる」


 レオナスは持っていたリサを木に投げつけ、彼女を縛るように結界を発生させる。


「だが……お前はここで殺す。死ね。鳴瀬 助」

 

 ■ 


『……歯車が狂ったわね。ウェイツキン社員が来るまで時間を稼ぐつもりだったけど』


 ヘルメットを被り直すと、同時にシャリアロットが言った。月神が人質に取られるのは想定していた事だが、奴は予想に反して彼女を直ぐに解放した。


「月神が助かるのなら、それで良い。俺が奴をこの場から離します。先輩は月神の所に向かわせて下さい。急いで治療を」

『……貴方一人で戦う気?』

「奴は俺を逃がすつもりは無い。そして俺も奴を放置するつもりは無い。決着を付けます。これ以上不幸を広げないために」


 助は言い切ると、地面に突き刺さっていた<タンクチョッパー>を抜き、剣先をテールヘッドへ向ける。

 テールヘッドは逆手に剣を持ち、中腰で構える。


 2人は互いに武器を構え、互いを見つめ合い、微動だにしない。


 緊張で無限に引き延ばされた時間。先に動いたのは、――助だった。

 土を蹴り上げると同時に全身からスラスタが露出、青白い炎を陽炎のように纏いグリムハンターは地面を疾走する。機体設定の不備から絶望的な動作バランスだったが、助はそれを超人的な反射神経とバランス感覚でねじ伏せ、完全に物にして見せていた。

 地面スレスレを高速で飛翔するグリムハンターは、構えるテールヘッドへ剣撃を浴びせる。

対重装甲目標用に設計された巨大な剣である<タンクチョッパー>はテールヘッドをその圧倒的な質量とパワーで剣毎吹き飛ばす。体勢を崩すテールヘッドに助は激しい追撃を放つ。


「うおおおお!!!」


 全身のスラスタを左右で違うベクトルで吹かす。自身を中心に竜巻の如き斬撃を繰り出し、テールヘッドを彼女の元から突き放す。死ぬほど体が痛いが、彼女に比べればどうでも良い。


「……ッグ! 調子づくなよ!!!」


 瞬時に体勢を整えたテールヘッドは剣を引き絞る様に構える。銀色の刀身に青紫の光りが帯び、頭部の魔術帯なる糸に緑色の文字が浮かぶと、空間を埋め尽くす程の殺気が刀から溢れる

 テールヘッドはその溢れる殺意を解放するように、神速の刺突を助に放つ。助は体を逸らしその刺突を回避するが、奴は体を瞬時に切り返し、無数の斬撃を助へと振る。

 刀身に纏われた青紫の結界が斬撃を通じて放たれ、それは鋭利なレーザーのように助へと殺到する。助は全身のスラスタを展開させ、無数に放たれる斬撃を回避しつつ、自身の間合いにテールヘッドを収めるべく猛進する。

 テールヘッドは猛進する助に対し、剣を中腰に収めると、強烈に地面を踏み込み、居合い切りの要領で神速の薙ぎを助に放つ。衝撃だけで巨木を切り倒すほどの強烈な斬撃に、助は追撃を中断。回避に徹せざるを得なくなる。

 その隙を利用する形でテールヘッドは距離を取ると、徹底的な一撃離脱と助が手を出せない中距離の斬撃に徹する。その戦い方は、今までの様な余裕を感じさせる戦い方では無かった。相手への殺意と恐怖が融合したそれは、狂騒と表現していいほど、苛烈でかつ消極的だった。


(……間合いを見切られたか)


 助はそれを紙一重のタイミングで避け続ける。グリムハンターの剣はテールヘッドのように斬撃を飛ばす事など出来ない。それ故に攻撃に転ずる事が出来ないでいた。


(どう距離を詰める?)


 斬撃を飛ばすテールヘッドを見る。奴は剣撃による濃密な弾幕を張っている。距離を詰めるにはリスクを背負う必要があるだろう。なら腕の1本でも、2本でも――


『鳴瀬社員!!!』


 突然ヘルメットにシャリアロットの声が響く。助はそれに粛々と答える。


「後にして下さい。今、死ぬほど忙しいですから」

『装甲の固着化が終わった! もう突っ込んで良いわよ!』

「――どういう意味です?」

『実際に見て! ”|反魔法(アンチマジック)装甲(アーマー)展開”!』


 グリムハンターの蒼い装甲に割れ目が走る。蒼い装甲は腕、足、肩、胴体と部位に応じて上下左右に開いて行く。グリムハンターのシルエットがより鋭角に変わり、割れた中からエメラルドグリーンの光が漏れ出す。これは――


「……あの時のアレか」


 ”反魔法物質”――魔法を打ち消す石だ。


『これが本当の『切り札』よ! 行きなさい! 決着をつけに!』

「了解」


 背中のスラスタを全て展開する。青白い噴射炎が翼のように放射上に広がり、グリムハンターはエメラルドグリーンの光を帯びながら急加速。テールヘッドに突撃する。

 青紫の剣撃がグリムハンターに殺到する。だが、それはエメラルドグリーンの装甲に触れると、淡い光を残して飛散していく

「何ッ!!!」


 レオナスの驚愕の声が響く中、既に助は剣を振りかぶっていた。


「クソがッ!」


 レオナスは銀剣でそれを防ぐ。質量そのまま、押しつぶされると思われたテールヘッドだったが、兜から伸びる髪が光ると何とか持ち直した。


「どういう手品だ……!」

「分からない。俺も今知ったから。だけど、魔法はもう通じないよ」

「一体何処まで超えてくるんだ、お前は……!」


 レオナスは<タンクチョッパー>を弾き、後方に下がると、背中に背負っていた鞘を木に投げつける。その鞘は木の幹に深く突き刺さった。


「なら直接切り裂くッ!!! 死ね!!! 鳴瀬!!!」


 テールヘッドの銀剣が一直線に助へ刺突される。それに呼応するように助も剣を放つ。

 2つの剣先が激しく衝突。それを火蓋に2人の壮絶な打ち合いが始まる。

 木を薙ぎ、岩を穿ち、地を割る程の突きと薙ぎの応酬を繰り返し、続いて拳や蹴り、果ては石つぶてに砂かけとその場にある全ての物を使い、互いに互いを削り合う。

 破壊の旋風となり、周囲のありとあらゆる物をなぎ倒しながら、無限に繰り返される力と力のぶつかり合い。互いに一歩も譲らない状況で先手を取ったのは、レオナスだった。


「うおおおお!!!」


 レオナスの拳が脇腹を削り、助は体勢を崩す。レオナスは続けて、助を蹴り上げた。


「グッ……!」


 地上から足が離れる助にレオナスは強烈な刺突を放つ。それは助の頭部へ一直線に進み、メットに剣先が直撃する。中のLivが反応し、衝撃を受け流すためにためメットの一部が弾き飛ぶ。モニターから肉眼での戦闘に移るが、助は怯むこと無く反撃に転じた。

 全身のスラスタを吹かし、瞬時に姿勢制御。青白い光を放ちながら回し蹴りをレオナスの頭部に放つ。強烈に加速された蹴りが兜を割り、レオナスは木の幹へと叩きつけられ、うめき声を上げた。


 助は剣先を向け、突撃する。


「……ッこの野郎おぉぉぉ!!!」


 レオナスはそれを手で防ぐ。そのまま貫くと思われた剣先が手から放たれる青紫の壁に阻まれ、その場で止まる。


「――ッツ!」


 剣が弾かれ、打ち上がる。体が浮き上がる助に、レオナスは自身の銀の剣を振り上げた。


「これで終わりだ!!! 鳴瀬!!!」


 剣が叩き下ろされる。助はその刃に写る自分を見つめる。


 俺が、終わる? 違うな――


 その刀身を白刃取る。


「――ッ!?」

「終わるのはお前だ!!! 消えろ!!! この世界から!!!」


 剣の腹を折り、切っ先を驚愕で唖然とするレオナスへ投げる。

 投擲された切っ先は、銀の鎧を貫き、胸部を貫き、そして木の幹へと深く突き刺さった。

 自身を貫く直刀を見たレオナスは目を見開き、タスクを見る。


「鳴瀬……貴様は――……」


 言葉を最後まで言い切ること無く、レオナスはその場で項垂れ、動かなくなった。


 助はそれを見届けると、糸が途切れるようにその場に倒れる。


「今……帰るよ」


 瞳に写る青い空を見つめながら、彼の意識は途切れた。

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