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10話:あの日の笑顔、最後の約束


コックピット中がひしゃげている……そこら中から火花が散っている……体中が痛い……


 朦朧とする意識の中で分かったのはそれだけだった。


 なんとか体を動かそうとするも、体が動かない……。左腕の操作桿が……自身の左半身を押しつぶすようにめり込んで……力が入らなかった……。

 それでも、瞳だけを動かしてモニターに向ける……。ノイズまみれのモニターに『鍵』が写っているのが見えた……。あれを早く壊さないと……町にDEMが――


「ガフッ――ゴボッ――」


 口からおびただしい量の血が出る……口を切った訳じゃ無い……体の中から出てきた……

 途端に体中が寒くなっていく……。頭が重くて……目がぼやける……。

 だんだん体の痛みが……痛いけど……痛くなくなっていく……

 ……眠い。……瞼が重い……もう……目を開けてられない……

 光が消える……。……ダメだ……何も……考えられ……ない……


 ごめんみんな……

 ごめんつきがみ……

 ごめんれんさん……

 ごめん……ごめん……――


 「父さん……」


 助は瞳を閉じる――




























 










 






  

 


















「思ったより時間が掛かったな……。昼休み間に合うかな?」

 

 小さな包みを携えた少年――鳴瀬助は一言そう呟き、地下鉄の出口から地上に出た。助が昼前に自宅を出て、千代田区の霞ケ関に到着した時には、もう時刻は13時を回ろうとしていた

 手に持つ包みを偏らないよう慎重に持ち直した後、小走りに走る。高校の入学式が明日に迫ってるにも関わらず、彼がここに来た理由は、この包み――お弁当を父親に届ける為だ。


 助は高層ビル街を駆けぬける。かつては多くの政府機関が集まり、日本の中心だった霞ケ関のビル街は、現在はDEMの影響で首都が京都に替わった為、抜け殻のように閑散としていた


 10分程走り、父の職場に着く。そこは北の丸公園近くの、元は美術館だった場所だ。


 自分の父――鳴瀬 響は1年前AJのパイロットを辞めてから、ここで自衛隊の避難誘導武官として働いている。その役職の語尾には武官という名前が付くが、別に戦う仕事ではない。DEMという怪物がよく現れる地域の近くに待機して、万が一怪物が町に出てきたらそこに住んでいる人達を逃がす。ただ、それだけの為に作られた仕事……いわゆる閑職だった。


 中に入り、職員らしき中年の女性に事情を説明すると、彼女は「まあ~! 成瀬さんの息子さん!?」と、大げさに手を口で押さえた。


「成瀬さんなら今、外回りに出てるわよ!」

「……でも、今昼休みですよね」

「あの人は、本当に良く働くからね~。朝から宿舎を回ってるのよ! なんでも、『足が悪い人の為に避難ルートを見直す』って言って、ここ最近ずっと! DEMなんて来やしないのに、”こんな仕事”でも自衛隊の人ってやっぱりマジメね~」


 ”こんな仕事”……避難誘導武官はそういう風に世間から見られていた。


「やっぱり戦争になりそうだから戦うのが嫌になったの? 元は”ロボット”の先生やってたって話だけど?」

「……知りません。俺も聞いてませんから。あと、”ロボット”じゃなくて”AJ”です。それの教導隊にいました」


 少しだけ語気を強めて助は答える。父が臆病者と言われている様で悔しかった。

 彼女はそんな助を見ると怒らせたと思ったのか、少し気まずそうに言った。


「ごめんね~ちょっと気になっただけなの。お弁当預かっておこうか?」

「……良いです。直接届けます。ありがとうございました」


 ムスッとした顔でそう言うと、助はその建物を出て、近くの公務員宿舎に向かう。


 公務員宿舎と言っても、今、そこに住んでいる人達は、現在隔離区域とされた地域に元々住んでいたい人達だ。行き場を失ったその人達の為に、格安で宿舎が国から提供されている。


 何処かイライラした気持ちを抱きつつ、幾つかの宿舎を歩いて回る。すると大きな袋を持ち、宿舎を眺めながら何かをメモに書き込んでいる男性を見つけた。定規で測ったかのように、無表情で直立しているその男性は、間違い無く父――鳴瀬響だった。助は声を掛ける。


「父さん」

「助か? どうした?」


 突然の助の来訪にも関わらず、父は表情1つ崩さず振り返った。


「届けに来たんだ。お弁当忘れたから」

「そうか。悪いな」


 父は淡々と答える。自分が言える事では無いが、父は無愛想な人だった。


「早く食べないと昼休み終わるよ。残したらせっかく作ってくれた廉さんがまた怒る」


 滅多な事では動かない父の表情が、ほんの少し決まりが悪そうになる。


「それは良くないな……彼女は怒ると怖いから。だが、少し待ってくれ、届け物があるんだ」


 そう言うと父は手に持っていた袋を見せる。中には食料品や衣類、小さな雑貨と、細かい日用品が沢山入っていた。


「何これ?」


「ここに住んでる佐渡さんは高齢で足が悪いから、避難ルートの見直しついでに、頼まれた物を持って行く事にしてるんだ。今日は食料品がメインだ」

「そんなん昼食べてから届ければ良いじゃん……」

「今はちょうどお昼時だ。佐渡さんもお腹が減ってるかもしれないだろう?」


 父は淡々とそう答え、宿舎の階段を登っていく。助は「……父さんもね」と小さく呟き、その背に付いていく。


階段の影に隠れながら、父がドアのチャイムを鳴らすのを見る。暫くすると、中から老齢の女性が出てきた。きっとあの人が佐渡さんだろう。

 父が「こんにちわ、頼まれてた物を届けに来ました」と不器用な笑顔で言うと、佐渡さんは「いつもありがとうね」と朗らかに笑った。父は食料品を家の中まで届けると、「今年の桜は綺麗に咲いた」だとか「宿舎で飼ってる猫が子猫を産んだ」だとか幾つか世間話を玄関でした後、「体調は大丈夫か?」とか「何か必要な物はないか?」としきりに伺い、それを細かくメモに書いていた。


 そんなやりとりが終わり、宿舎を出る頃には、時間はもう14時を回っていた。


「これじゃあ使いっ走り以下だよ……」


 父の背中にぼやく。結局、昼休みを返上してしまった。

 父は振り返ること無く答えた。


「そんな事は無い。これも立派な仕事の内だ」

「AJのパイロットの方がよっぽど立派だよ。……なんで辞めたんだよ?」


 父は自衛隊の中では知らない人がいないほどのAJのオペレーターだった。勲章だって山のようにあるし、尊敬だってされてる。どうして、辞めたのか未だに理解出来なかった。


 父はその積み上げた名声に反し、サラリと答えた。


「情勢も少しづつだが落ち着つつあるし、後進も十分に育ったからな。私もそろそろ引退だ」

「父さんがAJに乗ったら今でも勝てる奴なんていないじゃないか! こんな”つまらない仕事”よりもよほど活躍出来る。……戦うのが嫌になったのか?」


 先程の、職員のおばさんとの問答を思い出しながら言った。階段を降りていた父は足を止めて振り返る。その表情は無愛想な物では無く、驚くほど真剣な物だった。


「私は今も戦っているよ。助」


 静かだが、重い声だった。思わず体が緊張する。


「……何と?」

「”不幸”と戦ってる」

「……”不幸”?」


 一体何の事を言っているかイマイチピンと来ず、復唱する。父はそんな自分を一瞥すると、さっき行った宿舎へと視線を向ける。


「助。佐渡さんがどんな理由でここに住んでいるか分かるかい?」

「引っ越すお金がないからじゃないの?」


 適当に推測して言ってみる。父は助の回答に首を横に振ると、ある方向を向く。そこは昔ここに住んでいた人々が暮らしていた、隔離区域の方向だった。


「佐渡さんはね。無くなったご主人と暮らされていた家から離れたくないそうなんだ。もう隔離されてから20年以上経つのに、それでもいつか家に帰れる日を待って、ここで暮らしている」

「……」


 予想していなかった理由に返す言葉が見つからず助は黙る。父は言葉を続けた。


「佐渡さんだけじゃない。ここに暮らしている人は、亡くなった大切な人の近くにいたい、生まれ育った土地から離れたくない、思い出の品を取りに行きたい……。そういう理由で住んでいる人が殆どなんだ。……みんな、大切な何かを想って日々を過ごしているんだ」

「そう……なんだ……」


 助は顔を伏せながら呟いた。自分の浅はかさな発言に羞恥心に近い感情が湧き上がってくる。

 父はそんな自分をしっかりと見据えながら言った。


「いいかい助。たとえ自分の目に映らない人でも、必ず大切な物がある。千の人間がいれば千の想いがあるんだ。そしてそれを失う事はとても悲しくて、辛い、不幸な事なんだよ」

「……」

「私は、国民を守る自衛隊員でありながら、その不幸を防ぐ事が出来なかった。だから、私はAJのパイロットを辞めて、この仕事に志願したんだ。これ以上この人達を不幸にしたくない、少しでも寄り添いたい、少しでも力になりたい。それが次の私の戦いだと考えたんだ」

「……それが、”不幸と戦う”って事?」


 助は顔を少しだけ上げて言った。その問いに答えるように父は頷く。


「……助。もしこれから先、どんな人生を送る事になったとしも、不幸と戦う人になってくれ。誰かの不幸を悲しんで、困っている人がいれば手を差し伸べられる人間になってくれ。損ばかりの人生に思えるかもしれない。でも誰かを思い遣れる事以上に、人として美徳な事は無いのだから」


 そう言って父は自分の頭を撫でた。途端に気恥ずかしい気持ちがわき上がる。


「……」


 助は父の手を無言でどけ、急いで父から体を背ける。そして、ほんの少しだけ顔を向けながら視界の端に写る父にボソッと呟いた。


「……分かった。なるよ……おれも父さんみたいに不幸と戦う人に……」


 父はその言葉を聞くと、ゆっくりと頷いた。助はすぐに顔を逸らす。


「……さっきはつまらない仕事なんて言ってごめん。じゃあ俺は帰るよ。明日入学式だから」

「ああ。ありがとう助」


 父が言い終えると、助はすぐに駅に向けて歩き出した。自分の子供っぽい態度への恥ずかしさと、父に対する誇らしい気持ちが同居し、足が速くなっていく。――そんなとき、背中に声がかかる。


「――助!」


 振り返る。父は、優しい笑顔をでこちらを見ていた。


「気を付けて帰れよ!」


 父はそういって手を振った。自分もそれに応えように小さく手を挙げる。父はそれを見るともう一度優しく笑って、宿舎へ歩き始めた。きっと父はまだ休憩には入らないのだろう。他の困っている人の元へ向かい、その不幸と戦うのだろう。自分の信念に従い、出来る事をしようとするその姿はただ――


 カッコ良かった。


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