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十年ぶりのダンジョンとの遭遇で、俺の止まった時は動き出すのだろうか。


 クヌギの木の根本、落ち葉に埋もれた地面から揺蕩う様に立ち登る黒灰色の霞。それは紛れも無くダンジョンゲートだ。

 地上より凡そ二メートル、幅は凡そ八十センチ。目に見えるのはそれだけであるが、その霞の周囲五十センチほどに近付くと、そこはもうダンジョンへの入り口となる。


 『グルぅッ、わん!わんッ!』


 恭平が更にその一メートルほど手前で吠えて訴えている。動物としての野生の勘で、コレがヤバいモノだと認識しているのだろうか。しかし恭平がこんなに吠えているのは何かがあったからなのだろう。

 そう言えば、しばらくタマコの姿を見ていない。大概、遊んでる時は恭平と一緒にいるんだが。其処でハタと思い至る。


 「もしかして、タマコがこの中に入って行ったのか?」


 考えられる事だ。これ迄に存在しなかったモノが自分の縄張りに突如現れた。それがどんなモノか確かめようと好奇心に駆られて近付いた結果、タマコはダンジョンの中へと進入して行ったのではないだろうか。


 「そうなのかな?弾兄ちゃん、どうしよう」


 俺の言葉に真那伽は不安気に、俺にそう尋ねる。それも無理も無いだろうな。ダンジョンの中はこの現実世界と違い、RPGゲームやファンタジー小説のまんまに魔物が蔓延っていて、エンカウントしてしまえば基本的に逃げるか、戦って斃さなければならない。非情なる魔窟なんだ。


 「どうしようと言われてもな」


 ダンジョンに入るには、探索者として協会にて探索者登録した者でなければない。登録しライセンスカードを発行、所持していない者はダンジョンへの入場は認められないし、もし無免許で進入した事が公になれば、法により罰せられるのだ。

 実のところ、そのライセンスカードを俺は所持している。しかし俺はもう十年もダンジョンとは関わっておらず、どうするべきかと戸惑っている。


 『わん!わんッ!!』

 

 そんな俺に、早くしろよと急かす様に恭平は吠えるのだが、俺は尚もまだ躊躇っている。


 「弾兄ちゃん。やっぱりそうなんだよ!タマコはダンジョンに入って行ったんだよ」


 恭平の催促に真那伽が確信を得て、俺の作業着の袖を掴んでそう言う。真那伽の表情は、タマコの身を案じる思いでいっぱいと言った感じだ。


 「そう、なんだろう・・な」


 しかし、情け無い事に俺は目の前の現実に怯え、震えて辿々しい呟きを漏らしてしまうだけだ。


 『わんッ!』


 もう一度吠える恭平。相棒であり姉貴分でもあるタマコの元へ、俺を連れて行きたいんだろう。その思いを察した真那伽は、キッと表情を引き締めて自らの決意を口にする。


 「ねぇ、私行ってみるよ。行ってタマコを助けて来るよ!」


 俺の袖を離して、ダンジョンゲートへと向かおうとする真那伽を俺は慌てて止めに入る。


 「なっ、それは駄目だ。お前は探索者ライセンスを持っちゃいないんだ」


 今俺はライセンスを引き合いに出したが、そんな事本当は二の次だ。俺はその方面には疎いが、世の中にはダンジョン探索の配信なんて事をやっている探索者も存在するそうだ。

 そんなダンジョン探索の配信者が、何だったか、撮れ高とか映えるとかそんなのを狙って派手な演出で魔物を討伐したりするものだから、視聴者の中には魔物の脅威を軽く考える者も居るのだろう。

 更には『探索者になって魔物を殺せばレベルが上がって、俺だって有名配信者になれるぜ!』なんて安易に考える者も居るだろう。真那伽がそんな連中と同じだとは思わないが真那伽はしかし、ダンジョンを知らない。


 「そうだけど、でもタマコがあの中に居るんなら、私ッ」


 「タマコの事を想う、お前の気持ちは立派だよ真那伽。だけどな、勇気と無謀を履き違えるなよ!」


 真那伽の左手首を掴んで引き止め諭すが、少し強い口調で言ってしまったがこの場合は仕方無いだろう。

 だが真那伽はイヤイヤと首を振って拒否する。『勇気と無謀を履き違えるな』なんて事を言ったが、俺は内心この心根には感心させられる。本当にいつの間にこんなに強くなったんだろう。

 まだまだ子供だと思っていたが、いつの間にかこんなにも心が強く優しく成長していたんだな。兄ちゃんは嬉しいぞ。だがそれでも危険なダンジョンに、妹を行かせる訳には行かないんだよ。だったらどうするか。


 『わん!』

 

 しかし、真那伽の思いを汲み取ったと言う訳では無いだろうが、そんな諸々の事情も知らない恭平は真那伽が一緒に来てくれるものだと判断したのか、一声吠えてダンジョンゲートへと飛び込んで行った。


 「あっ恭平!?」


 突然の事に真那伽が恭平の名を呼ぶが、もう恭平の姿はダンジョンゲートの向こうに消え去った。マジかよアイツ。今だ俺は不安に駆られ決意出来ないでいるってのに。クソッ!


 「私、行って来るよ、弾兄ちゃん!」

 

 恭平が消え去ったダンジョンゲートを睨めつけて、真那伽はもう一度あの向こうに行くと言う。だったら、どうするんだよ。


 「っ、待て真那伽。俺が、行ってくるから、お前は此処で待っていろ」


 決まってんだろう。真那伽に、大切な妹にそんな事はさせられない。ならば俺は、俺が行かなければ、いや行くんだよ、俺が!

 俺の心の葛藤も何も関係無いとばかりに、黒灰色の霞はクヌギの木の前で揺蕩う。その向こうには別の世界が広がっていて、様々な仕掛けや悪意、或いはお宝が隠されてたりする。俺はそんな世界にもう一度飛び込む。土壇場でようやく決意出来たが、やはり怖れる心は拭えない。


 「真那伽は此処で待っていてくれ。タマコと恭平を連れて直ぐに帰って来るから」


 真那伽の肩に手を置いて、そう告げる。多分俺の声は少し震えているだろう。それでも行かなければならないんだ。戦う力なんぞ、ほとんど持っちゃいないが。


 「じゃあ行ってくるわ!」


 若干震える身体を誤魔化して、俺はダンジョンゲートへ向かって歩いて行く。


 


 ゲートを潜った瞬間、ほんの少しの浮遊感を味わう。それが現実の世界からダンジョンの中へと転移した証だ。俺は十年振りにそれを体験した。

 後ろを振り返ると家の敷地のクヌギの木の根本に現れた、ダンジョンゲートと同じ様に黒灰色の霞が揺らめいている。それがコチラから外への出口だ。

 それを確認して前方を見てみると、其処は灰色かがった岩の地面に天井、そして壁。どうやら巨大な洞穴のダンジョンの様だ。


 「巨大な洞穴タイプか」


 広々とした空間の横幅は、サッカーのグラウンドくらいはありそうだ。ただし平面では無く、凸凹としていて身を隠す場所は幾らでもありそうだ。だから競技をするには向かないだろう、足大小様々な岩塊も転がっていて足場も悪いいしな。

 しかし身を隠すのに使えそうな凹凸だが、同時に魔物が潜んでいる事もあり得るから気を付けなければな。

 天井の高さは五メートルを超えているだろうか。その天井の岩盤は照明器具がある訳でも無いのに光を放っている。然程強い光ではないが、それに依ってダンジョン内の視界が確保されている。ダンジョンにも依るが、中には真っ暗で照明器具を持ち込まなきゃならないダンジョンも存在するので、コレは少し助かった。

 

 「奥はどれくらいあるんだ?」


 ざっと見回してみても、近場にはタマコどころか恭平の姿も見えない。ならば二頭(ふたり)共、奥へ進んで行っているって事だ。だったらタマコと恭平を連れ戻すには奥へ進まなければならない。


 「くっ・・・っぅ」


 なのに、前へ踏み出そうとした俺の脚が動かない。全く、此処まで来たってのにまだ怖じけているなんざ、我ながら情けない。まだあの頃の残滓が俺の中に残っているんだろうか。


 「くっそぉッ、動けよ!」


少し声を抑えて叫びながら、俺は両の太腿を握り拳の小指側、側面で叩いて喝を入れる。

 それが奏功したのかは分からないが、その勢いに乗って俺の右脚が一歩前へと踏み出す。続いて左脚が。一歩、二歩と交互に前へと出始める。まだ怖れる気持ちが無くなった訳では無いが、それでも第一歩は踏み出せた。ならば、一刻も早く俺の家族を迎えに行かなければ。


 「よし、行くぞ!」


 前を向いて、ダンジョンの奥へと進んで行く。この先の何処かにいるタマコと恭平を連れ戻しに。



 岩窟のダンジョンを百メートル近くは進んだだろうか。勇んでみたものの、考えてみれば俺は作業着姿で武器も持ってきていない。

 そりゃそうだよな。恭平を追ってクヌギの木の前に行くまで、まさかダンジョンゲートが出来てるなんて想像もしてなかったんだから、何の用意のしょうもない。

 だから慎重に凹凸部に身を隠しながら周囲を警戒して、魔物と遭遇しない様に進むほか無い。幸い未だ魔物との遭遇は無い。このまま遭遇する事無くタマコと恭平を連れて帰れれば良いんだがな。


 「よし、この辺りも居ないな」


 視界に映る範囲をよく見渡して安全確認宜しく声に出す。天井も壁も地面にも、魔物は居ない事を確認して更に歩みを進める。そうして百メートルを越えた頃、前方が緩やかに左曲がりにカーブを描いている事が分かる。


 「曲がってる影響であの先が薄暗くてよく見えないな」


 暗がりってのは不味い。視界が確保されないってのは、それだけでリスクの程がグンと跳ね上がってしまう。何が潜んでいるのかの確認するにも一層の集中が要される。

 パーティを組んでいるのなら、索敵に集中しているメンバーを他のメンバーが護衛する事も叶うしもしくは複数の人間で索敵する事でリスクを軽減する事も出来る。


 「まぁ、多分この階層は全体的に天井の光は続いているだろうから、少し先に進めばあの向こうも見回せるはずだよな」


 そう予測を立てながら慎重に先に向かって歩く。

 やがて、歩を進めると先に見通せなかった辺りに近付く。近付くにつれて姿は見えないが少し遠くから物音と声の様なモノが、俺の耳に届いた。


 「ん?魔物か」


 その先に魔物がいるのかも知れない。もし俺の接近を魔物に覚られたら、寸鉄をも身に着けていない俺では、良いように蹂躙されて嬲り殺される末路しか無い。


 「くっ、ヤバいな・・・」


 そんな末路が頭を過ぎり、俺の臆病な虫が頭を擡げてくる。怖い行きたくない、だけど行かなきゃタマコと恭平を連れ帰れない。

 と言うか、その前にタマコと恭平が魔物と遭遇してヤバい事になってる可能性だってある。


 「ちっ、ダセェな。また脚が震えだしてやがるし、こんなんじゃいざって時に逃げるんだよォ!も出来ないぜ」

 

 口に出し自分自身に対して皮肉を言ってみると、何だか理由(わけ)が解らないが少し可笑しく感じて震えが少し治まった。マジで危ないんなら、一旦逃げるって手もあるんだ。そう思うと少し気分も楽になる。

 前へ進む、身を隠しながら慎重に進む。進む毎にその先から伝わる物音も何某かの声も大きくなってくる。幸い身を隠す場所も有れば、天井から伝わる明かりもあるから行けば、その先の様子は確認出来る。


 次第に、次第に大きくなる物音と獣の声。近付くに連れて俺は理解する。間違い無い、確実にその先に居る。巨岩に半身を隠してその先を覗き見ると。


 『フゥーッ、ブミャァーーッ!』


 『グルゥ、ワォーーン!』


 タマコと恭平が臨戦態勢で威嚇の遠吠えをあげていた。


 二頭の見据える先には四〜五頭ほどの魔物の群れが、二頭と同じ様に臨戦態勢を取っている。その魔物は、頭部の先端に鋭く長い角を有しているウサギ型の魔物だ。

 確か名前はそのまんま、ホーンラビットと言ったか。恭平とタマコのコンビとホーンラビットの群れの戦いは、もう既に始まっていた様で、その周辺には三頭のホーンラビットの死体が転がっている。であるならば、コレをタマコと恭平がやったってのか。


 「嘘だろ。タマコ、恭平!?」


 今にもホーンラビットの群れと激突しそうな二頭を、俺は巨岩の影に隠れて見やり呟く。マジであの転がってる死体を殺ったのが恭平とタマコだと言うのだろうか。直接この目で確かめてないから断定は出来ないが、状況がそれを物語っている。

 

 『ギュゥーーッ!!』


 ホーンラビットが二頭に威嚇の声を上げる。この状況では俺は何も出来はしない。仮に出ていったとしても、俺には魔物を斃せる力は無いどころか、逆に殺されるのがオチだ。いやもし二頭が此処で魔物を屠れるだけの力を手にしたのなら。俺が出ていったのでは却って足手まといになっちまう。


 もどかしいが、今はタマコと恭平を信じるしか無いのか。


 『シャーッ!!ミャァーッ!』


 ホーンラビットの威嚇に張り合う様にタマコが雄叫びを上げて、ホーンラビットの群れの一角に突進して行った。そして、その傍らの恭平は群れの別の一角に身を向けて身構えた。


 『ウォォォーーーンッ!!』


 恭平の口から放たれる雄叫び。それは物理的な圧力を持って、ホーンラビットの群れの内の二匹を吹っ飛ばした。雄叫びを止めて、次に恭平は吹き飛ばした二頭の魔物を追い、素速くダッシュして行った。


 『グゥールァァァッ!!』


 吹っ飛び壁に激突したホーンラビットの内の一頭の首元に、ガブリと噛みついてブンブンと乱暴に振り回し、同じく吹っ飛んだもう一頭のホーンラビットに思いっ切り投げ付けた。


 『グミァッ・・・』


 恭平に投げられぶつかった二頭のホーンラビットが気の抜けたうめき声を漏らし、その身体がビクビクと痙攣を起こしている。

 痙攣した身体がバタバタと跳ねて地面にバウンドする。何度かバウンドして、やがてホーンラビットの内の一頭は、その生命活動を停止した。


 『ワォーーーン!!』


 勝ち鬨なのか威嚇なのか恭平は一つ吠えると、ダメージを負ってロクに動けないもう一頭へと向かって行く。此方の勝敗はもう決したと見て良いだろう。


 一方、ホーンラビットの群れに突進して行ったタマコは、群れの中の一頭に狙いを定めて大きく跳び上がって、右の前脚を振りかぶり鋭い爪を伸ばして、上段から下段へと振り抜く。すると鎌鼬でも発生したのか、タマコの振るった前脚の斜線上の空間が引き裂かれたような半透明の斜線が引かた。 

 その斜線の軌道上に位置していた一体が、タマコの発した真空鎌鼬によって身体を真正面から斜めに、真っ二つに両断された。そして残りの二頭も程なくしてタマコの爪により、大切断を食らい絶命した。


 終わってみれば一方的な蹂躙劇だった。タマコと恭平の戦闘能力に、自らを観る事は叶わないが、俺のアゴは外れてしまったているのではないかと思えてしまう。

 そうして戦場跡地となったその場所だが、周りに放置されている死体となったホーンラビットの骸が、静かにダンジョンへと吸収されてゆく。そして然程時間も掛からずに消え去り骸のあった場所には、見様に依っては宝石にも見える、魔物が魔物たる所以と言われる魔核(コア)とドロップアイテムの小箱が現れる。


 『わぉーーーん!!』


 『みゃーーーぁん!!』


 ダンジョンに木霊する恭平とタマコの勝ち鬨の声。俺は、のっそりと岩塊の影から進み出て二頭に呼び掛ける。


 「・・・おい、タマコ・・恭平も・・」


 ちょっとビビりながら声を掛けると、勝ち鬨の雄叫びを止めて俺の方へと振り返る二頭。


 『みゃ!!』


 『わん!』


 身体の向きを変え俺の方を見てタマコと恭平は、まるで『よっ!遅かったな』とでも言わんばかりに一声鳴いて応える。

 その反応に俺はホッとして、ゆっくりと二頭に近付いて行ったのだが、その時。


 『ミャミャッ!』


 まるで人間張りに右前脚を伸ばして『ちょっと待って』とでも言う様にタマコが俺を制す。


 「おい、どうし・・・」


 疑問を抱く俺の目の前でタマコと恭平は、自分達が斃した魔物の魔核(コア)をせっせと集めはじめた。二頭は魔核を口に加えて魔核を運び自分の前に溜め置く。

 互いにその魔核の中から二つを選び残りは弾く。一体何をするつもりだと、俺は黙って成り行きを見守る。そして、準備が整ったのか二頭はその魔核の前に姿勢良くエジプト座りの体勢を取って。


 『ミャぉーーーん!!』


 『わぉーーーン!!』


 吠えた。すると地に置いてある魔核から、何やら怪しいオーラの様なものが立ち昇り始める。

 立ち昇ったオーラは大きく口を開けている二頭の、その口内へと吸収されていく。


 「なっ、何だこれは!?」


 その光景に唖然としながら、俺は爆発する芸術の巨匠の言葉を口から漏らした。


 それから一分も掛からずに、魔核から立ち昇ったオーラみたいなモノはタマコと恭平の口内へと全て収まり、地面に残された魔核は表面に幾つもの罅が走り砕けて散った。つまりは、魔核に宿っていたエネルギーが完全に二頭に吸収されて、残った外殻はただの残り滓になって散ってしまったと言う訳なのか。


 『にゃ・・にゃ〜ぁん!』


 『わっ・・うぉ〜ぉん!』


 何とは無しに俺がそんな事を考察している傍らでは、エネルギーを吸収した二頭が、ものすげぇ気持ちよさそうに遠吠えし始める。

 すると、それに呼応するかの様にタマコと恭平の身体が淡い光を発し始めた。


 「おい、今度は、何だよこりゃぁッ!?」


 理由の分からない事態に俺の思考回路はショート寸前。寸前で止まって、フリーズして無いだけ褒めてもらいたい。

 だがどうする事も出来ずに只成り行きを見守るしか出来ないのも事実。こりゃ一体どうすりゃ良いんだよ、次から次に理由の分からない事が起こってさ。

 

 『みゃん!』


 『わふっ!』


 そうしている間にタマコと恭平のエネルギー摂取も終わって満足したのか、二頭は気の抜けた感じに一声鳴く。二頭の身体を包んでいた光も消えていて、今のタマコと恭平は普通の状態に見える。


 「タマコ、恭平、お前達大丈夫なのか!?」


 今だ事の成り行きに追い付けない俺は、少しぎこちない足取りになっていると思うが、二頭に近寄りつつ声を掛ける。


 『わん!』


 『みゃ!』


 タマコも恭平も、大丈夫だぜ!とでも言っているかの様に返事を返してきた。その様子に緊張感が少し解けた俺は二頭の手前でしゃがみ込んで、ホッと一息吐いた。

 嬉しそうに尻尾を振っている恭平と、リラックスモードで毛繕いを始めたタマコに、俺はそっと手で触れた。

 そして頑張って戦った二頭を労うべく声を掛ける。


 「タマコ、恭平。よかっ・・ッがぁッ!?」


 しかしその最中に突如、俺の中に衝撃が疾走り抜けた。その衝撃に言葉が詰まる。そして次の瞬間。俺は十年越しに、遂にそれを体験した。


 『個体、タマコと藤原弾正との間に命脈(パス)が通いました』


 『個体、恭平と藤原弾正との間に命脈(パス)が通いました』


 『藤原弾正が個体、タマコと恭平をテイムしました』


 『これにより適正職補正に基づき、藤原弾正のレベルが上がります』


 『藤原弾正のレベルが1上がりました。藤原弾正はレベル2になりました』


 『藤原弾正のレベルが1上がりました、藤原弾正らレベル3になりました』


 『藤原弾正のレベルが・・・


 それは話には聞いていたが、十年前にはついぞ、俺には縁の無かった探索者に対するスキルの取得とレベルアップを告げる、神的な存在(運営さん?)からの告知の声だった。

 

 「ぶはぁ〜っ、はぁーっ」


 急激なレベルアップを成した影響なのか、俺はひどく疲れ呼吸も乱れ、その場で四つん這いになってしまう。結局俺のレベルはいきなり4まで上昇してしまったんだが、コレまた訳が分からん。


 「はぁ、はぁ、はぁ、ぶはぁ〜っ」


 漸く呼吸も楽になったが、まだ少し疲労感が残っているので、その場にへたり込んでしまう。


 『くぅ〜ん!?』


 『みゃ、みゃ!?』


 「ああ、大丈夫だよ。ちょっと休めば回復するだろうさ」


 疲労感が取れない俺を心配して恭平とタマコが擦り寄って声を掛けてくれる。大丈夫だと伝えると恭平がペロリと俺の鼻下を舐め上げてくれて、タマコは長い尻尾をペチョリと鞭のようにしならせて俺の腕をペチペチと叩いてくる。あぁッもう。本当にコイツらは、マジでカワイイったらありゃしねぇ!だけど。


 「なぁ、もしかしてお前達って、半魔獣化してるんじゃないのか?」


 ダンジョン関係の情報に十年縁が無かった俺だが、先の二頭の戦闘能力の高さとか、魔核からエネルギーを吸い込んでいた事とか、そんな物を見てしまえば、俺だってその可能性に行き着く。


 『みゃッ?』


 『わふッ?』


 いや、多分?ってお前達ね。まぁ、ちゃんと俺の事とか分かっているし、理性もあるし問題無いのかも知れないな。





 暫くの休息の後、なんとか疲労感も取れて俺達は出口に向かって歩き出す。小脇にタマコと恭平が斃した魔物のドロップアイテムの小箱を六箱抱えて。

 その道すがらさっきの神的な何かの言葉を思い出してみる。何だったかな、確か適正職補正とか言ったか。

 十年前、当時の仲間と組んだパーティで探索者デビューした俺だったが、しかし半年間ダンジョン探索を行い数十匹の魔物を討伐したにも拘らず、レベルの一つも上がらなかったし何かのスキルに目覚める事も無かった。当時の仲間は皆、レベルが上がりスキルまで身に着けて行ったってのに。


 それが、今日。俺は何も戦ってさえいないってのに、レベルが4にまで上昇してしまった。一体何が原因なんだろうか。


 「どうもいかんな。色んな事が起こり過ぎて、訳が分からん」


 十年もダンジョンから離れてたってのもあるんだろうが、考えを纏める為の知識や情報がまるで足りない。ここ十年、俺はダンジョンに関する情報を敢えてスルーして来たからなんだが。


 『わんッ!』


 どうやら、考察しながら歩いている間、俺はブツブツと独り言を呟いていた様で、足元が危ないと恭平が注意してくれた。


 「ん。ああスマンな恭平。ちょっと考え事してたわ。気を付けるよ」


 幾らタマコと恭平が強くなっていたからって、少し気を抜き過ぎていたかもな。全く数十分前までは、ダンジョンに対してビビりまくってた男が現金なモノだ。


 『みゃ〜〜っ!』


 「ははっ、そうだな。真那伽も待ってるし早く帰ろう」


 恭平に続いてタマコが、さっさと帰ろうと促すんだが、元はといえばタマコさんや、お前さんが好奇心からダンジョンに入っていったのが原因なんですがね。

 まぁ、しかし敢えてそれは言うまい。言わぬが花って言葉もあるのだし、それに第一俺はオトナの男(アダルト・ダンディ)だからな。

 

 


 一瞬の浮遊感を味わい、俺達はダンジョンゲートからクヌギの木の元に帰ってきた。タマコと恭平も一緒で、誰も欠事なく。


 「弾兄ちゃん!恭平、タマコも無事だったんだね。はあ〜っ、良かったぁ」


 帰還して直ぐに、ずっとこの場で待っていてくれた真那伽が、速攻でタマコの元に駆け寄り、抱き上げて頬擦りを始めた。この場所で何も出来ず俺達が帰って来るのを、ただ待つしか無かったんだものな。心配もさせたし、不安にもさせたんだ。こうして俺達の帰還を喜んでくれている妹の姿に、本当に帰って来れたんだって実感が沸いてくる。

 しかし真那伽さんや、そこはタマコでは無く、なけなしの勇気を振り絞ってダンジョンに行ってきたお兄ちゃまにこそ、その抱擁を与えるべきではないでせうか?

 


 

 ダンジョンから帰還し残った仕事を手早く片付けて、真那伽が作ってくれた晩飯を頂いて入浴も済ませた今、時刻は午後八時を回ったところだ。

 因みに本日の晩飯のおかずのメインディッシュはタマコと恭平が斃したホーンラビットからドロップした肉のステーキだった。

 これがかなりの美味で俺も真那伽もタマコと恭平も、大変満足な夕餉となった。更に付け加えると、半魔獣化した影響なのかタマコと恭平は人間の味付けの料理も平気で食える様になったのだろうだ。

 座椅子に座り卓袱台に片肘を付き、風呂上がりに暖かな部屋で食べる冷たいアイスが五臓六腑に染み渡る。こう言う何気無い日常を愛する俺は正に小市民の鑑と言えようか。


 「弾兄ちゃんさ、あのダンジョンどうする気なの?」


 その対面に同じく腰掛け共にアイスを味わう真那伽が、問い掛ける。どうするのかと言われても、発現してしまった物はどうする事も出来ないからな。


 「そうだな。取り敢えずやらなきゃならないのは、探索者協会と市役所に連絡を入れる事だな。それ以外はまぁ、追々考えていくしか無いだろうし」


 ダンジョンを発見した場合は、基本基本探索者協会と各都道府県市町村の役場に届け出なければならないと法的にも決まっている。

 特に個人の敷地内に発現した場合は税やその他諸々の事情が発生するらしい。その辺りの諸事情に俺は明るく無いから、其処の辺りも相談しなければならない。


 「ふ〜ん。そっか、了解」


 平坦な口調で真那伽は了解と言うが、なんだかその言葉には含みがある様に感じられる。何か気になる事でもあるのだろうか。


 「ああ」


 ま、言いたい事があるならその内言ってくるだろう。と言うか、アイスを食べ終わった途端に、身体を曲げて卓袱台の上に顎を乗せるのは年頃の娘としては些か頂けません事よ、真那伽さん!


 「ねぇ弾兄ちゃん、あんまり無茶な事しないでね。兄ちゃんがまた無理して、あの時みたいになるの嫌だからさ」


 そんな行儀の悪い格好の真那伽だが、その言葉は俺の身を案じる暖かな思いの籠もった物だった。

 

 「・・・そうだな、うん。全く良く出来た妹だよお前は。サンキューな真那伽」


 家族皆に迷惑や心配を掛けた、あの頃の事を引き合いに出されてはな、その忠告は留意せねばなるまい。

 色々あり過ぎた一日も終わりを迎える。考えなければならない事も多々あるが、今日はもう考えるのはよしておこう。明日は明日の風が吹く、その時にまた考えりゃいいんだから。


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