第29話 光の浸食
「……これってさ、おかしくないか?」
「……おかしい」
一拍。
「相沢君、黒だよね」
「……黒、な気がする」
確信はない。
でも――疑いだけが、膨らんでいく。
***
その頃。
花屋では、店長たちが話していた。
「最近、変なことする人いるのよね」
「物騒よねぇ……誰かしら」
「さっきも、見てなかった?」
「まさか……ストーカーとかじゃないですよね?」
「誰の?」
「店長とか?」
「いや、湊君でしょ」
「え? 俺ですか?」
「だって、あなたイケメンだし」
店長が、冗談っぽく笑う。
「さっきもいた気がするのよね」
「……また来てたんですか?」
湊の表情が、少しだけ曇る。
「店長……帰り、大丈夫ですか? 送ります?」
「私は大丈夫よ。おばさんだし」
軽く笑ってから、続ける。
「それより、あなたじゃない?」
「あなたのシフトの時、多いでしょ?」
「え?」
湊が、固まる。
「……確かに、俺のシフトの時ですね」
一瞬、空気が止まった。
「あの……防犯カメラ、見ません?」
「さすがに、気持ち悪いですし」
***
確認していた。
「……映ってる?」
「いや……今のところは……」
その瞬間。
ぞわっ、と背筋が粟立った。
(誰が、してるんだよ……)
嫌な感覚が、頭から離れなかった。
***
家に帰ってから、湊は武志に電話をかけた。
「防犯カメラにも、映ってなかったんだ」
「え?」
武志が、聞き返す。
「それがさ……スーパーの前にも来てたっぽくて」
「今日も、なんか変だったんだよ」
武志の声が、少し低くなる。
「それと……美咲さんも、ストーカーされてたんだよ」
「え? どういうことだよ」
湊が、思わず聞き返す。
「美咲さん……も、なのか?」
言葉が止まる。
「大丈夫かな……」
心配そうな声だった。
「だから、ご主人……警戒してたんじゃないか?」
「花屋に来た時も、かなり周り見てたし」
「……でも、警戒するよな」
一拍。
「それに俺……美咲さんのこと、好きだし」
「ご主人……やっぱり、いい人だよな?」
「……だと思う」
武志が、小さく答える。
「俺、たまたまその時一緒にいて、警察も行ったんだけど」
「ご主人、すごく心配してた」
「……だよな」
湊が、静かに頷く。
「俺、自分がストーカーされてるのかと思ってたけど……」
一拍。
「まさか、美咲さんのストーカーじゃないよな?」
武志が、すぐには答えない。
「俺、美咲さんの連絡先も知らないんだ」
「だから……聞くこともできないけど」
「大丈夫かな」
不安そうに、呟く。
「花屋で、これだぞ?」
「……だよな」
武志も、重く返す。
「美咲さん……何もなければいいけど」
「……本当に、そうだな」
***
「正直さ……俺らがストーカーに遭ってるとしても、まだ男じゃん?」
湊が、低く言う。
「でも……美咲さんは女性だから」
「俺らより、もっと怖いよな」
「……ああ」
武志も、小さく頷く。
「何かできればいいんだけどさ」
一拍。
「そんなこと言っても……俺もストーカーされてるかもしれないし、何とも言えないけど」
苦く笑う。
「……でも、本当に怖いよな」
「ああ……」
沈黙。
「俺も、お前も……職場だけだろ?」
湊が、確認するように聞く。
「家、知られてないよな?」
「……わからん」
武志が、低く返す。
「でも……もし、美咲さん絡みだったとしたら?」
一拍。
「まさか……行動全部、見られてるとか……ないよな?」
言った瞬間、自分でも嫌な想像だと思った。
「……」
沈黙が落ちる。
「……俺も、警察行ってくるわ」
湊が、小さく息を吐く。
「やっぱ……怖くなってきた」
***
警察へ向かおうとして――
たまたま、ポストが視界に入った。
「……あれ?」
一瞬、思考が止まる。
ポストが、開いていた。
背筋が凍る。
(……誰だよ)
喉が、ひりついた。
湊は、すぐに武志へ連絡を入れる。
「武志……ポスト、開いてた」
『……やべぇな』
返事が、すぐに返ってくる。
「お前も、気をつけろ」
通話を切る。
***
湊は、そのまま警察へ向かった。
(マジで……)
息が浅くなる。
(俺、ストーカーされてるじゃん……)
現実感が、急に押し寄せてきた。
(誰だよ)
頭の中で、考えがぐるぐる回る。
(俺なのか?)
(美咲さんなのか?)
(それとも……武志?)
わからない。
誰を狙っているのかも。
何が目的なのかも。
しかも――
男なのか、女なのか。
そもそも――誰なのかも、わからない。
(俺……ここにいて、大丈夫なのか?)
嫌な汗が滲む。
(……引っ越した方がいいよな)
頭の中で、何度も同じ考えが回る。
店長にも、ちゃんと話した方がいい。
それと――
(美咲さんにも、連絡したい)
スマホを握る。
でも、指が止まった。
(……どうすればいいんだ)
怖い。
それでも――
繋がりたかった。
なのに。
(何で、こんな時に繋がれないんだよ……)
苦しくなる。
(……美咲さん)




