第28話 光の接続
俺たちは、もうここにはいられない。
その現実を、否応なく突きつけられた。
だからといって――今からどこに行けばいいのかも、わからない。
ここにあるものが、本当に安全なのかも……信用できない。
……それでも。
必要なものだけ持って、ここを出ることにした。
最低限で。
***
車の中で、俺たちは小さく言葉を交わしていた。
「……大丈夫だよな」
「車……」
言いかけて、止まる。
沈黙が落ちた。
「……もうすぐ、車検だよな」
「うん」
「……手放すか」
「うん」
「……怖いよな」
「ああ」
短い言葉だけが、途切れ途切れに続く。
「とりあえず……今日はホテルに泊まるか」
「うん」
***
俺たちはホテルを予約して、そのまま向かった。
部屋に入って、ようやく落ち着いて話ができる。
「あのさ……俺、会社辞めようかな」
「え?」
美咲が、少しだけ目を見開く。
「いや……資格の勉強、してるの知ってるだろ?」
「それ取れたら、何とかなるかなって思っててさ」
「俺……結構いけそうなんだ」
「めちゃめちゃ勉強してるもんね」
「ああ」
一拍。
「その代わり……収入はなくなるけど」
「……」
「だから――」
言葉を探す。
「最初は、リモートで今の仕事を続けられたらいいんだけど」
「年休とか使えば、何とかなるかもしれない」
「資格取っても、すぐに収入になるとは限らないし」
「でも、とりあえず……リモートで続けられるように、会社に掛け合ってみる」
「今の会社なら、それはできるしな」
少しだけ、息を吐く。
「……ある程度、便利な場所の方がいいとは思うけどさ」
一拍。
「逆に――田舎でも、ありじゃないか?」
「……別の都市に行くか、それとも田舎に行くか」
俺が、ぽつりと口にする。
「人が多いと……なんか、怖いよね」
「……それなんだよ」
短く、同意する。
「車があれば……田舎でも、何とかなるよね」
「ああ……」
一拍。
「……しばらく、田舎に移るか?」
「うん……様子、見ようか」
小さく頷く。
「その方が、多分……金銭的にも助かるよね」
「……そう思う」
「……どうなるか、わからないしな」
「うん……」
「本当に、大丈夫なのかも……わからない」
不安が、言葉になって漏れる。
「……ていうかさ」
一拍。
「花屋のあいつ……なのか?」
口にした瞬間、空気がわずかに張り詰める。
「……私も、それ思った」
美咲が、小さく頷く。
「でも……違う気もする」
「スーパーの人は……違うよね」
「ああ……あいつは、ない」
即答だった。
けれど――
「……もし、二人いたら?」
一瞬、言葉が止まる。
「他にも……いるってこと?」
***
そのとき、スマホが震えた。
画面を見る。
メッセージが届いていた。
『すみません。スーパーで、少し変なことがあって……念のため、ご連絡しました』
『美咲さんじゃなくて……もしかして、俺の方だったのか?って思ってしまって』
『なんか……監視されてるみたいな感じがしたんです』
『なので、やばいと思って……うちのスーパー、今は来ない方がいいです』
思わず、息が止まる。
『大丈夫ですか? 何かあったんですか?』
すぐに打ち込む。
『でも……わざわざ、ありがとうございます』
送信。
間を置かず、返信が来た。
『店内に、変な花びらが落ちてて……え?って思って』
『それと……人影も見えたんです』
『お客様かなとは思ったんですけど……』
『一応、証拠として写真は撮ってあります』
――写真が送られてきた。
送られてきた写真を見た瞬間――
血の気が引いた。
「……これ」
思わず、声が漏れる。
「うちのマンションの……エントランスに、似てないか?」
美咲も、言葉を失ったまま頷く。
似ている、なんてレベルじゃない。
ほとんど同じだった。
「……やばくないか、これ」
喉が、ひりつく。
偶然で済ませていい話じゃない。
――繋がっている。
そう思った瞬間、背筋が冷えた。
***
(花……)
頭の中で、引っかかる。
(花屋か?)
考える。
でも――
(いや……)
違和感が残る。
もし花屋の人間がやっているなら、こんな形で痕跡を残すか?
もっと、気づかれないようにするはずだ。
わざわざ“気づける形”で残す意味が、わからない。
すぐに、追加のメッセージが届いた。
『それと……俺の友達、花屋で働いてるんですけど』
『その店も、ちょっとおかしかったみたいで』
「……え?」
思わず、声が漏れる。
『俺、その人と親友なんです』
『まさか……相沢君ですか?』
指が、止まる。
『そうですけど』
『ご存じなんですか?』
『行きつけの花屋です』
短く返す。
嫌な繋がり方をした。
『その花屋も、こんな感じだったみたいです』
『店の前に花があって……営業妨害だろって言ってました』
『友達は、いたずらだと思って片づけたらしいんですけど』
『写真が送られてきたので、転送しますね』
――画像が表示される。
見た瞬間、確信した。
やっぱり――同じだった。
きっと……これで終わりじゃない。




