第30話 光の錯覚
湊は、警察へ向かいながら考えていた。
夜道を車が走っていく。
信号待ちのエンジン音が、やけに耳に残った。
『他の子のシフトの時は、ないのよね』
店長の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
(……ってことは、俺だよな)
喉が、ひりつく。
でも――
(美咲さんも、だろ?)
思考が止まらない。
(いや……スーパーでってことは、武志の可能性もあるよな?)
あいつは、人懐っこい。
距離も近い。
しかも――普通にモテる。
赤信号で止まる。
窓の外では、コンビニの明かりがぼんやり光っていた。
(いや……)
頭を振る。
(武志じゃなくて……)
(最初から、美咲さんが狙われてただけなのか?)
(いや……待て)
湊は、ハンドルを握り直した。
(よく考えろ……)
(美咲さんじゃなくて――)
一拍。
(実は、あの旦那さん……とか?)
思考が止まる。
あの人、普通にイケメンだった。
雰囲気も落ち着いていたし、優しかった。
(……モテそうだよな)
十分、ありえる。
(美咲さんとか、俺だと思わせておいて……)
(本命は、旦那さん)
ぞわっ、とした。
夜の交差点を、誰かが横切っていく。
(……いやいやいや)
頭を振る。
(さすがに、俺の可能性の方が高いだろ)
でも。
わからない。
誰を狙っているのか。
何が目的なのか。
何も。
ウインカーの音だけが、妙に響く。
そのとき、ふと思った。
(……でもさ)
苦く笑う。
(これ、俺だって……ストーカー一歩手前だよな)
美咲のことばかり考えている。
心配して。
連絡したくて。
無事か気になって。
(……ごめんなさい、美咲さん)
小さく、心の中で謝る。
(でも、好きなんです)
(武志にだって……美咲さんのこと、聞きまくってるしな)
苦く笑う。
自覚は、あった。
(だって……運命だろ)
最初に見た時から、忘れられなかった。
街灯の光が、フロントガラスを流れていく。
でも。
(……わかってる)
(旦那さんがいるって)
あの人は、ちゃんと美咲を大事にしていた。
警察でも、ずっと心配していた。
(……いい人だよな)
だからこそ、余計に苦しくなる。
(いや……でも)
考えてしまう。
(夫婦のことなんて、外からじゃわからない)
(本当は……俺のこと、好きかもしれない)
一瞬。
本当に、一瞬だけ。
そんな考えが浮かぶ。
(……いや)
すぐに打ち消した。
(無謀だろ)
でも。
(わからない、から)
その時点で――もう駄目なんだろうな。
赤信号が青へ変わる。
(……でもさ)
ふと、別の考えが浮かぶ。
(武志も、美咲さんのこと絶対好きだよな)
何となく、わかる。
美咲の話になると、あいつは少し浮つく。
声が、明るくなる。
(結構、わかりやすいんだよな)
苦く笑う。
そのとき、不意に引っかかった。
(……待てよ)
思考が止まる。
(何で、武志……)
(美咲さんのマンションでもあったって知ってるんだ?)
一瞬、嫌な考えが浮かぶ。
(それって……連絡取ってるってことだろ?)
胸の奥が、ざわついた。
(……ずるい)
気づけば、そんな言葉が漏れていた。
(……美咲さん)
俺も、連絡したい。
そう思ってしまう。
(連絡先、交換してください)
たった一言。
それを言えればよかった。
でも――
あの旦那さん、めちゃくちゃ牽制してきてたんだよな。
表面上は普通だった。
優しかったし、ちゃんとしてた。
でも。
(……俺のですから、って感じで)
無言の圧があった。
思い出すだけで、苦笑いが漏れる。
(……駄目だよな)
わかってる。
ちゃんと。
だからこそ、苦しかった。
湊は、遠い目になった。
しかも、店長にまで言われてる。
『やめときなさい』
わかってる。
ちゃんと、わかってる。
でも――
(好きなんだよ……)
頭から離れない。
(だって、運命だろ)
一目見た瞬間、撃ち抜かれていた。
あんなの、無理だ。
(……でも)
ふと思い返す。
(満更でもなかったよな?)
美咲の表情。
声。
距離感。
思い出してしまう。
遠くで、救急車のサイレンが鳴っていた。
(……いや)
頭を振る。
(何考えてるんだよ、俺)
普通なら。
今はストーカーのことを考えるべきだ。
怖がるべきだ。
警戒するべきだ。
なのに――
(美咲さんに、会いたい)
その気持ちの方が、強かった。
(ストーカーは嫌だ)
でも。
(それより、美咲さんに会いたい)
思考が、おかしくなっていく。
(……それこそ、俺がストーカーしたいって話だろ)
一瞬、自分でぞっとした。
(……駄目だろ)
(……いや)
頭を振る。
(ストーカーしたいわけじゃない)
そうじゃない。
(ちゃんと、付き合いたいんです)
それだけだ。
でも――
(いや、どっちも駄目だろ)
苦く笑う。
(美咲さん、結婚してるんだから)
わかってる。
ちゃんと、わかってる。
だからこそ、苦しかった。
そのとき――
前方に、警察署が見えた。




