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義妹は、私だけを見ていた。―妹に愛されすぎた女の話―  作者: 桐原悠真
第2章 光のズレ

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第21話 光の死角

スーパーに入る。


「いらっしゃいませ」


あの人だ。


最近、よく目が合う。


名札には――新木、と書いてあった。


どうしてだろう。

やけに、こちらを見てくる。

ふと目が合うと、新木は少しだけ顔を赤くした。


――新木は、思っていた。

(湊のやつ……やっぱり反則だろ)

(この人、旦那いるんだろ……)

(駄目だって)


そう思いながらも、視線が離れない。


(……俺も、やばいな)


小さく息を吐いて、目を逸らす。


(だいたい、13時ごろか)

(来るのは、いつもこの時間)

時計を確認する。

(食材を買っていくんだよな)


当たり前のことなのに、妙に覚えている。


(……品のいい、美人だよな)


ふと、思う。

(いいな)


その感情に、少しだけ戸惑う。


(……運命、とか)

(湊が思うのも、わからなくもない)

そう考えてしまった時点で、もう同じだった。


「三百円のお返しです」

「ありがとうございました」


レジで、手を伸ばす。


指先が、わずかに触れた。



「あ……すみません」


思わず謝る。


「ありがとうございます」

柔らかい声が返ってくる。


(……声まで、かわいいとか)

(何考えてるんだ、俺)

(相手は、人妻だろ)

自分に言い聞かせるように、視線を落とす。


(……とりあえず、湊に連絡するか)


***


あの人、やっぱり不思議な人ね。

よくわからない。

新木さん、っていうのね。

――覚えておこう。


***


「あれ……あの人、忘れ物だ」

新木は、小さく呟いた。


「すみません。お客様の忘れ物みたいなので、届けてきます」


「行ってらっしゃい」

「お願いね」


軽く会釈をして、新木は走り出す。


外に出ると、すぐに美咲の背中が見えた。


「すみません、これ……忘れ物です」


「あ……ありがとうございます」


振り返った美咲が、ほっとしたように笑う。


「走ってもらっちゃって、すみませんでした」

「本当に助かりました」


「いえ、別に……」

少しだけ息を整えながら、新木は笑った。


「お姉さんに追いついて、よかったです」


そのとき――

足元に、何かが転がってきた。

カラン、と軽い音。


「あれ……?」


缶だった。


誰かが落としたように、ゆっくりと転がる。


まるで、タイミングを見ていたみたいに。


「……何これ」

美咲が、小さく呟く。


新木は、反射的に周囲を見回した。

人の気配はない。


「……今」


一拍。


「誰か、いませんでした?」


「え……?」


「いましたよね?」


その言葉に、空気が止まる。


二人は、同時に顔を上げた。


――誰も、いない。


それでも。

確かに、何かが“いた”。


視線だけが、残っているような気がした。


二人は、ぞっとした。


「お姉さん……あの」

新木は、声を潜めた。

「まさかって思いますけど……つけられてません?」


「え……?」


「その……警察に言ったほうがいいかもしれません」

言葉を選びながら、続ける。

「美人ですし……可能性あるかなって、ちょっと思ってしまって」

苦笑しながらも、視線は周囲を警戒している。

「何となく……ヤバい気がして」

一拍。

「俺、一緒に行きますから」

「念のため、警察に行きましょう」


「……はい」


「普通に、俺と警察まで歩きましょう」

「大丈夫ですか?」

「俺が一緒にいますから」

少しだけ笑って、付け足す。


「大丈夫じゃないですけど……大丈夫です」

その言葉に、美咲も小さく頷いた。


「ちなみに俺、新木武志って言います」

「スーパーで働いてます」

「よろしくお願いします」


「私は、一ノ瀬美咲です」

少しだけ、間。

「主婦です」

「……主婦なのは、知ってますよね」

苦笑する。

「よろしくお願いします」


「……あの、めっちゃ怖いですね」

「すみません、俺、小心者で」

少しだけ躊躇ってから、手を差し出す。

「今だけ……手、繋いでもいいですか」


「……はい」


指先が触れる。

ぎゅっと、握る。


冷たいはずの手が、やけに温かかった。


「どっちが守られてるのか、わからないですね」

「でも……つけられてる感じ、しますよね」


「……しますね」


足早に歩きながら、新木はスマホを取り出した。

「ちょっと、店に電話します」


「はい」


短く通話を繋ぐ。


「すみません、店長」

「ちょっと……急遽、トラブルに巻き込まれて」

「あとで詳しく話します」


それだけ言って、通話を切った。


「美咲さん、荷物持ちます」


「ありがとうございます……すみません」


「とんでもないです」

前を見たまま、新木が言う。

「もう少しで警察です」

一拍。

「近づいたら――走りましょう」


「……はい」


二人は、顔を見合わせることもなく。

そのまま、走り出した。


追われる理由も、姿も見えないまま。

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