第19話 光のほころび
直哉が帰ってきた。
家の明かりがつく。
気づけば、外はもう夜だった。
帰ってきてくれた。
それだけで、少しだけ安心する。
「ただいま」
「おかえり」
「ごめん、寝てた」
「大丈夫か?」
「うん」
「いつもこの日はつらいよな」
「気づかなくてごめんな」
「起きなくていいよ」
「大丈夫。鎮痛剤も飲んだし」
「ご飯、どうする?」
「俺がやるから、無理しなくていい」
「……食べられる?」
「うん」
結局、私は何もできなくて。
直哉に全部任せて、またベッドに戻ることになった。
体は、まだ重いままだ。
そのまま、目を閉じる。
――そして、また眠った。
あれから、しばらくが経った。
何も変わっていないはずなのに。
――少しずつ、何かがズレていた。
直哉は、最近どこかおかしかった。
「直哉、最近……変」
「え?」
「そんなことないよ……」
たまに、目を合わせてくれない。
「どうしたの?」
「私、何かした?」
「いや、違う」
「そういうんじゃないから」
そう言いながら、頬がわずかに赤くなる。
――言えるわけがない。
嫁に、恋をしているなんて。
今までも好きだったはずなのに。
最近は、それがどんどん強くなっている。
かわいいと思うたびに、どうしていいかわからなくなる。
(……俺、どうしたらいいんだ)
その日、会社の昼休み。
直哉は観念して、同期に声をかけた。
「武井、ちょっと相談いいか」
「……内密で頼む」
「じゃあ、場所変えるか」
「それがいい」
食堂を離れて、少し静かな場所へ移動する。
「で、何だよ」
「……めちゃくちゃ恥ずかしい話なんだけど」
一瞬、言葉を詰まらせてから――
「嫁に、恋をしてる」
「は?」
「いや、恋愛結婚だったんだけどさ」
「それでも、なんか……前より、ずっとかわいく見えて」
「は?」
「自分でも意味わかんないんだけど」
「目も合わせられなくて……どうしたらいいか……」
武井は、しばらく無言で直哉を見たあと――
「……それ、ただの惚気だろ」
「違うって」
「いや、違わねえよ」
一拍。
「お前、普通にバカだな」
「嫁に嫌われたら、どうしよう」
「……嫌われねえだろ」
「真面目に聞いた俺がバカみたいだわ」
「なんかもう、あほらしくなってきた」
「俺は真剣なんだけど」
「じゃあ、普通に恋愛しろよ」
「……うん」
一拍、間を置いて。
「進展あったら、報告する」
「……いらねえよ」
その頃、湊は――
相変わらず、花屋で花の整理をしていた。
店長が、ふと思い出したように言う。
「最近、あの子。ご主人とよく来るわね」
「……そうですね」
「ちゃんと吹っ切れた?」
「……」
答えないまま、手だけが動く。
「……まあ、仕方ないわよね」
少しだけ、間。
「でも、たまに外で見かけるんですよ」
「え?」
「偶然ですけど」
「……ああ」
「そういうのって、運命的に思っちゃいますよね」
「……そういうものかしら」
「そうなんです」
湊は、静かに笑った。
美咲さん。
……かわいいよな。
――やっぱり、運命だ。
だから、離さない。
湊は家に帰った。
最近――美咲さんの写真が、増えた。
いつ会ったのかも、ちゃんと整理できている。
悪くない。むしろ、いい。
……やっぱり、かわいい。
俺の、美咲さん。
この前の、あの日。
――外出していなかった。
俺は、知っている。
スマホが震えた。
「湊、俺さ……あのスーパーで働くことになった」
「転職できて、マジで最高だわ」
「……そうか」
「よかったな」
「おめでとう」
「念のため聞くけどさ。そのスーパーって、花屋の近くだよな?」
「そうそう」
「今日、たまたま行ったんだけどさ。あの人、見たぞ」
「やっぱり美人だな」
「……え? 何時ごろ?」
「確か、13時くらい」
少しだけ、間。
「なあ、また見かけたらさ」
「何でもいいから、教えてくれないか?」
「別にいいけど……」
「どうせ、お前のことだから妄想するんだろ」
そう言って、相手は笑った。
「……ちょっとだけだよ」
「何してるのかなって、思うくらい」
「好きな人のこと、気になるもんな」
「わかったよ。見かけたら教える」
「ありがとう」
「でもさ……」
一瞬、声のトーンが落ちる。
「ストーカーとかは、やめとけよ」
「一応、先に言っとくからな」
「……しないよ」
湊は、少しだけ笑った。
「まあ……そんなこと、普通しないよな」
そう言って、相手も笑った。
――同じように笑っているはずなのに、
どこかだけが、噛み合っていなかった。




