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夜明け

アメリカ・ダラス アメリカ大統領(当時) エドワード・ブラック


 アラーガに呼応して暴走する巨獣たちの攻撃は、もはや制御不能だった。

 どの街からも、どの前線基地からも連絡が絶え、補給も尽きつつあり、兵士たちは疲弊し、犠牲の報告だけが積み上がっていく。

 目の前の火消しで精一杯で、日本で何が起きているのかを把握する余裕など誰にもなかった。


 私は要塞都市ダラスに再建したホワイトハウス、その地下に設置された司令室で状況を受け取るたび、「国家の崩壊」という文字が現実味を帯びていくのを感じていた。

 周囲で慌ただしく動く通信将校や参謀たちの顔にも、希望というものはほとんど残っていなかった。


 本当に、ギリギリだった。


 そんな時、「空が光った」と報告が入った。

 最初は、誰もが錯乱した前線の誤認かと思ったが、中継映像にも映っていた。

 西の彼方──日本がある方角の地平線が、真昼の太陽のように白く、強烈に輝いていた。


 司令室は一瞬、全員の動きが止まった。

 何が起きたのか理解できないまま、ただ映像を見つめていた。


 だが、本当の異変はその後だった。


 光が収まると同時に、暴走状態にあった巨獣たちが──まるで酔いから覚めたかのように──ぴたりと動きを止めた。

 そして、一斉に撤退を始めた。

 正確には、各自の縄張りへ帰るように散っていった。


 あまりにも突然で、あまりにも大きな変化。

 司令室にいた誰もが理解できずに戸惑い、ただ状況を見守るしかなかった。


 しかし数時間のうちに通信網が次々と回復し、どうやら“世界規模で同じ現象が起きている”らしいと判明した。

 

 あの光は何だったのか。

 アラーガは消えたのか。

 世界樹はどうなったのか。


 私たちの疑問は山ほどあったが、日本から公式な情報が入るまでは、誰ひとりとして実態を把握していなかった。


 ただ──説明を待つまでもなく、全員が心のどこかで理解していた。


「終わったのだ」と。

 

 私は、気が抜けたように笑った。

 あれほど張り詰めていたのに、勝手に体から力が抜けて、止めようがなかった。


■■■■■■


日本・大阪 臨時巨獣特別調査員(当時)/猟師 網倉結衣


 雅久が復活してからすぐに私たちはその場から撤退して、近くの避難シェルターへ逃げ込んでたわ。

 

 中には巨獣の暴走やアラーガの影響で混乱していた避難民がぎゅうぎゅうに押し込まれていて、泣き声や怒号、祈る声みたいなのまで入り混じっていた。

  

「もうダメだ」「終わりだ」って声も聞こえたけど……私は違った。


 私だけは、雅久がアラーガを倒してくれると、本気で信じていた。

 怖かったし、状況も最悪だったけど、それでも“彼ならやる”って、根拠のない確信があったの。


 そんな時──空が白く光った。


 シェルターの天井ごしでも分かるほどの強烈な白。

 誰もが息を飲んで、外で何が起きているのか想像すらできずに固まっていた。

 避難民たちがざわめき始めて、「アラーガか?」「来るのか?」って怯えが一気に広がっていった。


 私も彼らと同じように、その現象が何だったのかは分からなかったし、ただ呆然と見ていたわ。

 

 けど、その光を見ているうちに……胸の奥が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。


 恐怖は、不思議なくらい薄れていった。

 代わりに胸を締め付けてきたのは、どうしようもない悲しみだった。


 あの時は、自分でも理由なんて分からなかった。

 ただ、涙だけが勝手に溢れてきた。


……後になって思えば、あの白い光を見た瞬間、私は何かを感じ取っていたのかもしれない。


 戦いが終わったことなのか。

 雅久が、自分の役目を果たしたことなのか。


 本当のところは、今でも分からない。


 ただ一つ覚えているのは、胸の奥が熱くなって、涙が止まらなかったことだけよ。


■■■■■■


日本・東京 海上自衛隊 第三護衛隊群 所属護衛艦〈くれない〉艦長(当時) 佐々田 則安


 ガクラとアラーガの決戦の時、私たちは東京湾で避難船団の近くに展開し、艦隊を維持したまま待機していた。

 正直なところ、私たちも可能ならガクラの援護をしたかった。

 だが、巨獣の侵入阻止や、アラーガへの核攻撃の支援で既に限界まで消耗していて、弾薬も人員もボロボロだった。

 

 それに、どのみち私たちの通常火力では通じない。

 核でも倒せなかったアラーガが、護衛艦のミサイル程度で怯むはずもないし、撃ったとしてもあの嵐に飲まれて防がれるのが目に見えていた。

 無駄撃ちをする余裕も、敵を刺激する余裕もなかった。


 だから、見える位置に艦を留めて、ただ2体の激突を祈るように見守るしかなかった。

 あの瞬間も──ガクラが最後の力を振り絞ったあの一撃も──遠くからでも、私たちははっきりと目にしていた。

 

 ガクラがアラーガを打ち倒し、あの異様な白い光がようやく消えた頃には、もう夜が明けていた。

 戦闘中は時間の感覚なんてものはほとんどなかったが、周囲の空が薄く明るくなっていくのを見て、ようやく終わったのかもしれないと実感していた。


 アラーガに引導を渡したあの熱線──あれを放った段階で、ガクラの肉体が限界を迎えていたのは、誰の目にも明らかだった。

 どれほど“核”にまで進化した存在だったとしても、元を辿れば人間だ。

 あれだけの出力を制御して放てば、負担は凄まじいものだったはずだ。


 実際、熱線が消えてしばらくしてから、ガクラの体はゆっくりと崩れ始めた。

 崩れるというより、“砂に還っていく”と言った方が正確だろうか。

 ガクラの体が粒子となって風にさらわれ、空へと散っていく。

 そのたびに、剥がれ落ちた隙間から赤い光が漏れ出していた。


 行き場を失ったエネルギーが、空気の中に散っていく。

 そう表現するのが正しいと思うが――私には、まるで“魂が抜けていく”ように見えた。

 オカルトじみて聞こえるだろうが、他に言いようがない現象だった。


 そして、あの光景は、2003年から続いてきた巨獣の時代の終わりであり、新しい時代の始まりを象徴しているように思えた。


 戦場になった東京の中心で、ガクラは静かに崩れていった。

 かつてはただの少年だった存在が、あれほど巨大で、あれほど強大で、あれほど人間離れした姿に変わり果てながらも、人類の側に立ち続けた。

 その彼が、地球の世界樹を奪い、巨獣時代を引き起こした元凶であるアラーガを倒し、そして生物とは思えない死を迎える瞬間。


 ……気がつけば、私は敬礼していた。

 誰かに命じられたわけでもないし、周囲の空気に飲まれたわけでもない。

 ただ、自然と体がそう動いていた。

 

 それは私だけではなかった。

 艦橋の連中も、避難してきた民間人の大勢が、同じようにガクラの最期に敬意を示していた。


 網倉雅久が何を考え、何を願ってガクラへと変異し、人類の側に立って戦い続けたのか──その心の内を私たちが知ることはないし、この先も分からないだろう。


 それでも、雅久にどんな思いがあったとしても、私たちの気持ちが届こうが届くまいが、人類を救ってくれた存在に敬意を示し、せめて最期を見届けたい。

 その気持ちだけは、揺るぎなかった。


 そして、ガクラの肉体がすべて崩れ落ち、赤い光が天へ昇りながら霧のように散っていった場所に、ひとつだけ残ったものがあった。

 ガクラの“核”を抱え込むようにして浮かび続けていた、青い光の塊だ。


 あれが、アラーガから世界樹を奪われた“地球の意思”そのものだというのは、見た瞬間に分かった。

 

 神秘とか宗教とか、そういう類の話じゃない。

 あの場にいた誰もが、説明なんてなくても本能で理解したはずだ。


 青い光はしばらくのあいだゆっくりと浮遊していた。

 顔らしきものが無いのに、それはまるでガクラが消えた場所を見つめていたように見えた。


 その後、東京で地上に露出していた世界樹の幹へと向かい、ふわりと触れた瞬間に融合した。

 次の瞬間、世界樹全体が青く輝き出し、そのまま巨大な大地の血管が脈打つみたいに震えながら、ゆっくりと地中へ戻っていった。


 後で聞いた話だが、世界中で露出していた他の世界樹も同じように青く光り、地中へと帰っていったらしい。

 地球の意思が長い年月を経て、ようやく本来あるべき場所に戻ったということだ。


 そして同時に、それが“巨獣時代の終わり”を告げる合図でもあった。

 人類の長い悪夢が、ようやく終わったのだと実感した瞬間だった。


■■■■■■


日本・東京 内閣官房副長官 危機管理担当 天野 達広


 アラーガを打ち倒し、世界各地で混乱が徐々に収束へ向かう中、ガクラはまるで役目を終えたかのように、砂のような粒子となって世界へ散っていく。

 その一部始終を、私たちは首相官邸地下の危機管理司令室で、中継映像越しに見届けておりました。


 かつては一人の少年でありながら、人類の存亡を背負い、私たちを救ってくれた存在──ガクラの最期でした。


 総理は一言も発することなく、ただ静かにその光景を見つめておられましたし、官僚の中には目を伏せる者もおりました。

 また、統合幕僚長をはじめとする一部の自衛隊幹部は、現場にいた隊員や避難民の方々と同じように、自然と敬礼をしておりました。


 私はと言えば──声を発することも、身動きすることもできず、ただ映像を見つめながら、自分の左胸を強く掴んでおりました。

 感情が表に出ないよう抑え込むため、そうするしかなかったのだと思います。


 私の故郷でも古くから語り継がれていたガクラ。

 その名を持つ存在へと変異し、巨獣と戦い、人類の命運を一身に背負い、そして役目を終えて死を迎えた少年。


 それは、英雄譚として語るにはあまりにも残酷で、しかし現実として受け止めなければならない最期でした。


 あの時、私の胸に抱いていた感情を、今もなお正確な言葉にすることはできません。

 ただひとつ言えるのは、国家の危機管理を担う立場にありながらも、あの少年の最期を前にして、私は一人の人間として深い痛みと敬意を同時に抱いていた、ということです。

https://www.pixiv.net/artworks/147060832

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