最終決戦
日本・東京 航空自衛隊 第11飛行隊 配備機 UH-60J/AH-2複合運用班 武装ヘリパイロット兼 観測手 井宮和重
東京のど真ん中で、ガクラとアラーガが真正面からぶつかり合った。
あの瞬間、上空待機していた俺の機体の計器が一斉に警告を鳴らしはじめ、機体そのものが“震える”ような感覚さえあった。
両者がぶつかり合った衝撃が大気そのものを揺らしていたせいだろうな。
一方的に光線を撃ちまくっていた前回の戦いと違って、今回のアラーガは最初から接近戦を仕掛けていた。
理由は、恐らくあの“光球の暴発”だ。
あの時、アラーガ自身も至近距離で巻き込まれていた。
本来なら広域を焼き払うはずだったエネルギーが暴走し、自分ごと吹き飛ばした形になったんだ。
実際、戦闘開始直後のアラーガは、以前ほど連続して光線を放てていなかった。
能力そのものが落ちていたのか、出力制御に異常が出ていたのかは分からない。
ただ少なくとも、あの瞬間のアラーガは“万全じゃなかった”。
だからこそ、奴は距離を取って圧倒する戦法じゃなく、ガクラを直接叩き潰す接近戦を選んだんだと思う。
……だからといって、アラーガ優位なのは変わらない。
あれだけの損傷を受けてなお、奴は光線も嵐も平然と使っていた。
それに、時間が経つにつれて、アラーガの動きは明らかに戻り始めていた。
最初は断続的だった光線も、徐々に発射間隔が短くなっていったし、嵐の規模もどんどん拡大していた。
つまり、あれは“一時的な低下”に過ぎなかった。
だからこそ、上から見ていた俺たちは焦っていた。
今しかない、と。
この瞬間を逃したら、アラーガは完全に元へ戻ると全員分かっていた。
アラーガの放つ光線は、撃ち出された瞬間から周囲の空気を焼き切り、雷鳴みたいな衝撃を伴って一直線にガクラを貫こうとする。
その一撃がガクラに命中するたび、あれだけの質量を持つ巨体が容易く弾き飛ばされていった。
嵐の方は、もっと厄介だった。
アラーガの周囲から急速に渦が立ち上がり、街全体を巻き込んで風速が跳ね上がる。
高層ビルの破片、車両、街路樹、コンクリート片。
あらゆる物が吸い上げられ、凶器みたいな速度でガクラへ叩きつけられていく。
吹き飛ばされ、投げられ、地面に叩きつけられ、ビルの外壁を突き破って消える。
その一つひとつがヘリの機体を貫通しかねない重量物で、俺たちも旋回しながら必死で回避していた。
下手をすれば巻き込まれて墜ちる──そんな危険が常にあった。
それでもガクラは止まることなく、アラーガに向かって、まっすぐ踏み込み続けた。
殴りつけるたびに爆発みたいな衝撃波が起き、周囲のビルがガラスごと吹き飛ぶ。
アラーガも後退はしたものの、すぐに体勢を立て直し、連続して光線を叩き込んできた。
前回の大阪での戦いは一方的で、アラーガの光線が掠っただけで壁に叩きつけられ、ほとんど抵抗らしい抵抗もできなかった。
しかし今回、ガクラは明確に“戦って”いた。
光線を浴びながらも踏みとどまり、腕で弾き、あるいは受けてから反撃に転じる場面すらあった。
近距離ではアラーガの首を掴んで投げ返し、地面を滑りながら態勢を立て直し、何度もアラーガに飛びかかっていた。
もちろん、戦況は依然としてガクラが不利だった。
アラーガの一撃一撃は桁違いに重く、戦力差は歴然としていた。
戦力差なんて、上空から見ていても嫌になるほど明白だった。
次の一撃で終わる。
今度こそ動かなくなる。
そう思える場面が、何度あったか分からない。
光線に直撃して地上の高速道路へ叩きつけられたり、嵐に巻かれて高層ビルの外壁へ凄まじい速度で激突したり、地面に叩きつけられたまま引きずり回されたり……そのたびに地面が揺れた。
俺のヘリは衝撃波を食らって何度も姿勢を崩し、警告音が鳴りっぱなしだった。
それでも──それでもガクラは立ち上がった。
崩れた瓦礫の中から、文字通り“這い出す”ようにして。
ビルを踏み越えながら、崩れた舗道を滑りながら、煙に包まれながら、全身を灼かれながら、右腕が半分溶けていても関係なかった。
そのたびに黒い繊維が蠢いて形を取り戻し、再生しながら何度も、何度でも、アラーガに立ち向かった。
俺には、その姿がどうしても「倒れ方を知らない怪物」じゃなく、「倒れてもなお進む兵士」に見えて仕方がなかった。
俺たちは、ただ戦況を見守るしかなかった。
いや、正確に言えば──何とかガクラを援護しようとして、命令を無視して撃った奴らもいた。
だけど無理だった。
ミサイルは発射直後から進路を乱され、誘導も効かず、アラーガの嵐に巻き上げられて空中で粉々に砕け散った。
機銃弾は風に叩かれて散乱して、目標に向かうどころか一定の軌道すら維持できない。
アラーガは、そんな俺たちに視線を向けることすらしなかった。
脅威と判断する価値もない、というより……たぶん、最初から俺たちの存在なんて意識していなかったんだと思う。
あの戦場には、完全にガクラとアラーガの2体だけが存在していた。
“巨獣同士の一騎討ち”。
俺たち人間は完全に蚊帳の外だった。
戦場の真ん中にいながら、戦力としては“ゼロ”。
ガクラが明らかに押されているのが分かっていた。
このままじゃ負けるのが分かっているのに、何もできない。
無線には怒鳴り声が飛び交い、警告音が鳴り続け、誰かが何か叫んでいた。
なのに俺たちは、あの規格外の戦いを見届けることしかできていなかった。
アラーガが叩きのめし、そのたびにガクラが立ち上がって戦う。
だが、決定打を与えられないまま、一時的に低下していたアラーガの力は、少しずつ戻り始めていた。
周囲のビルが崩れ、街区が消え、東京そのものが削れていく。
それでも膠着だけは続いていた。
──いや、続いているように見えていただけだったのかもしれない。
終わりは、突然来た。
アラーガは一気に距離を詰め、ガクラに噛みついた。
次の瞬間、巨体ごと振り回して、何度も何度も地面へ叩き付けた。
衝突のたびに地表が割れ、衝撃波が雲を突き抜けて、俺たちのヘリまで大きく揺れた。
それでも終わらせず、アラーガはガクラを掴んだまま上昇した。
嵐を突っ切り、雲を突き抜け、視界が白くなるほどの高度まで一気に持っていった。
その直後、地球から発生した光が幾重にも分かれた帯になって空へ伸び始めた。
無数の光。
世界中から集まるような膨大な輝き。
それらすべてが、アラーガの体へ吸い込まれていく。
アラーガの最強の攻撃、“光球”の前兆。
見た瞬間に分かった。
アラーガは、完全に回復した。
そして、あれで終わらせる気だ、と。
雲の上空から、ガクラはアラーガの光線を至近距離で叩き込まれ、そのまま一気に落下。
燃えながら、砕かれながら、一直線に地面へ叩き落とされた。
次の瞬間、遅れて衝撃が来た。
爆発音というより、地面そのものが裏返るような感覚だった。
地表がめくれ上がり、瓦礫が空へ跳ね上がり、東京の街の輪郭が一瞬で歪んだ。
隕石が直撃したと言われても信じるしかない、そんな規模の爆発だった。
煙と土埃が落ち着いた時、そこにあったのは──動かないガクラだった。
雲の上から降りてきたアラーガは、まるで勝利を誇示するみたいに大きく雄叫びを上げ、東京の空を旋回した。
時折、まだ原形を保っているガクラに向けて光線を撃ち込んでいたけど、あれはトドメじゃない。
攻撃というより、足蹴に近かった。
敗北者への侮辱。
「もう終わった」と、見せつけるための行為だった。
……正直、その時は、本当に終わったと思った。
人類がどれだけ戦って、どれだけの犠牲を払って撃ち込んだ核攻撃も、結局はアラーガに通じなかった。
そして、そのアラーガに唯一挑み続けていたガクラも、ついに倒れた。
そこまで来たら、もう終わりだ。
俺たち人間にできることは、文字通り何一つ残っていなかった。
戦況も、未来も、望みも、全部ここで断ち切られたんだと。
……その時は。
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日本 国際巨獣研究委員会 日本支部 総責任者 巨獣災害対策統括官 加島達哉
ガクラが倒れ、現場にいた誰もが完全に絶望した、その直後に起きた出来事。
何も事情を知らない人々にとっては、それは奇跡のように映ったでしょう。
まるで神や運命といった存在が介入したかのように。
一方で、ある程度状況を把握していた者たちは別の可能性を考えました。
“彩が覚醒した”のではないか、と。
本来なら“核”と融合するべき存在であり、再構築にさらに時間が必要だった少女が、“核”の残滓であるガクラと融合したことにより、急速に“再構築”を終え、意識を取り戻した。
その結果として、ガクラと融合し、新たな段階に至ったのではないか──そうした推測です。
しかし、神や運命が関与したかどうかは別として、あの現象は決して突発的なもの──奇跡などではありません。
そして、それを引き起こした要因は彩の力だけではなかった。
仮に、あの時点で彩が完全に覚醒していたとしても、アラーガに“核”を奪われたままでは、ガクラと融合してもあの結果には至らなかったはずです。
これは断言できます。
確かに私たちIBRC内部でも、ガクラと彩の融合による“状況打破”は理論上の選択肢として存在していました。
ですが、“核”を奪われた当時のガクラは、言ってしまえば“抜け皮”に過ぎない存在でした。
その状態での融合では、十分な覚醒など到底望めず、良くて単なる復活──再起動程度が限界だと考えられていたのです。
ガクラと彩が完全に融合し、“覚醒”に至る。
それは、希望的観測の中でも、さらに希望的観測と呼べる類の仮説でした。
にもかかわらず、あの時、あの現象が起きた。
ガクラはまだアラーガから“核”を取り返していなかった。
条件は、理論上まったく満たされていなかったはずです。
それでも、あの現象は発生した。
そこから導き出せる可能性は一つしかありませんでした。
“網倉雅久”。
本来であれば変異するはずだった彩に代わり、自ら“核”を手に入れ、ガクラへと変異した少年。
そして以後、10年にわたって巨獣たちと戦い続けてきた存在です。
私たちは長らく、ガクラに変異した時点で、雅久の変異はすでに完了しているものだと考えていました。
肉体は完全に巨獣化した。
それ以上の“変化”は起こり得ない──そう判断していたのです。
しかし、それは誤りでした。
確かに、彼の肉体はガクラへと変異していました。
骨格、筋組織、神経伝達系……そのいずれもが、人間とは異なる別種の構造へと置き換わっていた。
事実、ガクラの頭部で最後に確認された人間としての姿も、すでに原形を保っているとは言い難いものでした。
外見だけを見れば、少年だった頃の姿を維持してはいても、その内実──生理機能も、存在としての意味も、もはや人間のそれではなかった。
背中からガクラの体を構成する無数の繊維が伸び、皮膚の一部は黒く変質し、髪は色素を失って白化、片目は深い赤色へと変わっていた。
ガクラの“脳”として機能していた雅久は、ガクラの中に人間が残っているというより、人間だった部分そのものが、ガクラという存在の構成要素へと完全に組み込まれていたのです。
日本人らしい黒髪と黒い瞳を持っていたはずの少年が、そこまで変質した。
誰もが、その時点で変異は完了していると判断していたはずです。
ところが、血液だけは違った。
10年前、ガクラ化直後の彼の血液は、外見や機能がどれほど変異していようと、なお人間のものとしての性質を保持していました。
ですが、年月を追うごとに変化が確認されました。
ゆっくりと、しかし確実に。
本来、人間には存在しないはずの遺伝子配列が、少しずつ血液中に増えていった。
それは偶発的な変異ではなく、方向性を持った変化でした。
解析を進めるうちに、我々はそれが何に近づいているのかを理解することになります。
──地球の世界樹と、ほぼ同一の遺伝子構造です。
最終的に採取されたサンプルに至っては、もはや“近似”ではありません。
完全一致。
偶然や間違いでは説明のつかないレベルでの適合でした。
つまり、雅久の内部では、ガクラとしての変異とは別に、もう一つの変化が進行していた。
“地球の意思”の器として生み出された彩と同じく、世界樹と同質の存在へと。
この事実と、あの時の現象を照らし合わせれば、結論は一つです。
“核”は、もう不要だった。
網倉雅久、彼そのものが“核”になっていた。
10年という時間、それ自体が彼を“核”へと変異させていた。
アラーガに奪われ、失われたと思われていた“核”は、消えてなどいなかった。
ガクラの内部で、雅久という少年が。
長い時間をかけて形成されたそれは、もはや代用品ではない。
独立した、もう一つ──“新しい核”だったと見るべきでしょう。
──だからこそ、成立した。
“核”を奪われたままでも、融合は完全な形で成立した。
理論上は不可能とされていた現象が、現実として成立したのです。
あの瞬間の現象が、本当にガクラの内部で彩が再構築を終え、“核”となった雅久と融合したことによるものだったのか。
それとも、融合した時点で彩は既に目覚めていて、最後の条件として雅久が“核”へと変異──“進化”したことであの現象が起きたのか。
あるいは、その両方か。
正直なところ、そこまでは断定できません。
ですが、一つだけ言えることがあります。
彩と雅久が融合した、その時点で──勝敗も、結果も、すべては決まっていた。
あれは“奇跡”ではありません。
積み重ねられた時間と犠牲が、“必然”として辿り着いた結末だったのです。
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日本・東京 航空自衛隊 第11飛行隊 UH-60J/AH-2複合運用班 武装ヘリパイロット兼 観測手 井宮和重
本当に、前触れはなかった。
計器も、通信も、ガクラの反応も、何一つそれを示していなかった。
だからこそ、あの瞬間は現場にいた全員が理解できなかったと思う。
アラーガの直撃を受けて、ガクラは完全に沈黙した。
墜落痕の中心で地面に突き刺さるように倒れ込み、発光も弱まり、アラーガからの追撃に対しても反応も無い。
正直……誰もが「終わった」と判断していた。
俺自身もそう思ってたし、無線越しに聞こえてきた管制の声も、ほとんど諦めを隠していなかった。
次の瞬間、煙と瓦礫に覆われたクレーターの底で、ガクラの体が、わずかに脈打った。
最初に異変に気付いたのは、色だった。
あの光球で行動不能になり、赤い発光を失っていたガクラから、再び輝きが漏れ始めた。
だけど、それは今まで見てきたような鈍く、血みたいに濁った赤ではない。
もっと冷たく、もっと澄んでいて──青かった。
熱でも閃光でもなく、空間そのものが青に染まるような光だった。
その青は一気に強まり、ガクラの全身を包み込んだかと思うと、衝撃波のようなものを放出した。
爆発とは違う。
空気そのものが押し出される、圧縮された壁のような衝撃。
俺たちのヘリも大きく揺さぶられて計器が一斉に警告音を鳴らし、機体が乱気流に叩き込まれた。
思わず姿勢制御に必死になったくらいだった。
青い光の壁が、地表すれすれを舐めるように広がり、正面からアラーガを飲み込んだ。
あの巨体が、だ。
嵐を纏い、重力すら無視していたアラーガが、まるで紙屑みたいに弾き飛ばされた。
信じられなかった。
あの、人類を蹂躙して、核攻撃ですら止められなかったあの怪物が、真正面から叩き飛ばされ、ビル群を薙ぎ倒しながら転がっていく。
瓦礫と鉄骨が巻き上がり、超高層ビルが数本、根元から倒壊した。
そして、ガクラが立ち上がった。
さっきまでの、無理やり体を支えているような動きじゃない。
自分の意思で、地面を踏みしめて立ち上がった、あれはそんな動きでした。
咆哮。
これまで聞いたどの咆哮よりも低く、重く、腹の底に直接ぶつかってきた。
空気が震え、雲が引き裂かれ、嵐の流れが一瞬、完全に止まった。
青い光を放ちながら、空気を震わせるほどの音量で響き渡ったあの咆哮は、今でも耳に焼き付いてる。
誰も、状況を把握できていなかった。
無線は沈黙したまま、誰一人、言葉を発せなかった。
ガクラの青い衝撃波をまともに受け、体表を焼かれたアラーガがガクラを見た瞬間の反応。
あれは、今まで一度も見たことがないものだった。
いつものような威圧でもなければ、余裕を含んだ嘲笑でもない。
悠然と空を支配していた者の態度では、決してなかった。
あれは明らかに、驚愕だった。
巨大な体が硬直していた。
嵐の流れが一瞬だけ乱れ、アラーガの周囲の空気が不自然に淀んだ。
あのアラーガが、困惑し、警戒する。
そんな表情があるのかどうか分からないが、少なくともあの時のアラーガは、初めて“想定外の事態”に直面している反応だった。
その時、確信した。
これは単なる復活じゃない。
ダウンから立ち上がったとか、瀕死から戻ったとか、そんな次元じゃなかった。
──ガクラは、覚醒した。
次の行動は速かった。
ガクラは熱線を放った。
それは、いつもの赤い熱線じゃなく、青い熱線だった。
迷いなく一直線に放たれたそれに対し、アラーガも即座に反応した。
前回と同じように、光線で迎え撃った。
青い熱線とアラーガの光線が正面から衝突し、今度はアラーガの方が容易く押し返された。
青い熱線は減衰することなく、そのまま一直線にアラーガへ突き進んだ。
直撃の直前、アラーガは咄嗟にそれを受け止めた。
最初の交戦で確認された、あの能力。
体内へ引き込み、吸収し、敵の攻撃を自分の力に変え、倍返しで叩き返す、絶対的な優位。
絶対に破られないと思われていた技だった。
だが、今回は違った。
吸収が始まった瞬間、異変ははっきりと現れた。
アラーガの体内で、青い光が暴れているのが、外からでもはっきり分かった。
表皮のあちこちが不自然に隆起し、次々と裂け、内部から粒子化した青い光が噴き出していた。
嵐の流れも乱れ、周囲の風圧が不規則に跳ね返る。
呻き声。
低く、掠れた、明らかに苦痛を伴う音。
あのアラーガが、痛みを訴えた。
それでも、吸収は止めなかった。
いや、止められなかったのかもしれない。
ここで吸収を止めれば、至近距離で熱線を直撃する。
それはアラーガ自身が、一番分かっていたはずだ。
だから放出し、逃がしながらどうにか耐えようとしていたんだと思う。
だが、それでも無理だった。
放出した端から、次の瞬間には青い熱線が容赦なく流れ込み、再び体内にエネルギーが溜まっていく。
循環も制御も破綻していた。
取り込もうとした、その時点で、すでに詰んでいた。
限界は、あまりにも早く訪れた。
内部で制御しきれなくなった青いエネルギーが暴発し、アラーガの体内から爆発が起きた。
内側から突き破るような衝撃で、巨体が一瞬、空中で跳ね上がったのが分かった。
その直後、体勢を崩したアラーガは、もはや避けることも弾き返すこともできず、そのまま青い熱線を正面から受けた。
逃げ場はなかった。
熱線は直撃し、爆発
そのまま、アラーガは墜落した。
爆発の衝撃で、周囲に広がっていた雲と嵐が吹き飛び、夜空に巨大な穴が開いた──そんな風にしか見えなかった。
俺はコックピット越しに、それをはっきりと見た。
あの規模の気象現象が、“途切れる”なんて、常識じゃ考えられない。
アラーガの呻き声が響いた。
それは、これまで何度も聞いてきた威圧でも、怒号でもなかった。
あれは純粋な苦痛と混乱の叫びだった。
後になって考えれば、失敗の理由は一つじゃなかったと思う。
侵蝕。
そして、明らかなキャパオーバー。
青い熱線は、取り込んだ瞬間から侵蝕を始め、同時に制御不能な量のエネルギーを流し込んでいた。
再生する前に壊され、処理する前に溢れる。
それが同時に起きていた。
異常な再生能力を持っていようと、意味がない。
体という器そのものが耐えきれなかった。
少なくとも俺には、そう見えた。
いつもの赤い熱線とは、根本的に質が違っていた。
エネルギー量も、性質も、そして格そのものが違う。
あれは武器とか攻撃って呼び方すら、違う気がする。
アラーガは“吸収できる前提”で動いたけど、その前提そのものが、もう通用しなくなっていた。
アラーガは地面に墜落しても、終わらなかった。
崩れ落ちた巨体を無理やり支え、前肢で地面を抉るようにしながら、這うようにガクラへと迫ってきた。
あの損傷状態で、なお接近を選択してきた。
万全だった頃のアラーガは、距離を取り、圧倒的な火力で蹂躙していたが、今は違う。
距離を取れば不利になると、本能的に理解していたんだと思う。
炎、氷、雷を孕んだ嵐を至近距離で叩きつけ、重力異常で浮遊した建物や瓦礫を周囲ごと引き寄せては投げつける。
制御は荒く、数も精度も関係ない。
口からは断続的に光線を吐き出し、狙いも間隔も無視して撃ち続ける。
数で押し潰すような撃ち方だった。
あれは戦術というより、削り殺すことだけに特化した、最後の抵抗だった。
かつて悠然と空を舞い、世界を見下ろしていた存在の姿ではなかった。
地を這い、泥と瓦礫にまみれながら進むその姿は、正直言って惨めですらあったけど、同時にあれは執念そのものだった。
勝てなくなっても、支配が崩れても、それでも噛みつこうとする意志だけは折れていなかった。
それでも、ガクラは止まらなかった。
嵐も、瓦礫も、放たれる光線も、そのすべてを受けながら、真正面から真っ直ぐ、アラーガへ突っ込んでいった。
接近戦。
アラーガは黄金の光を纏った爪と牙を振るい、至近距離で光線を叩き込んでくる。
動きは荒々しかったが、完全に理性を失っているわけじゃない。
急所を狙い、致命傷を与える角度を選び、確実に当たる距離まで踏み込んでいた。
精度は落ちていても、判断は死んでいない。
あれは最後の最後まで、「勝ちに来ている」動きだった。
だからこそ、危険だった。
追い詰められた状態でなお、最短で殺しに来る。
あの距離でそれをやられたら、普通の相手ならまず持たない。
だけど、通じない。
ガクラは一歩も退かなかった。
振るわれる爪をさばき、噛みつきを受け流し、光線の軌道を最小限の動きで逸らす。
そして、そのたびに反撃を返す。
無駄がない。
力任せじゃなく、確実に“効くところ”だけを狙っていた。
一発一発が、異様なほど重かった。
青い光を纏った爪が振るわれた瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
それがアラーガの外殻を切り裂いた。
人類の核攻撃ですら、かすり傷一つ付かなかった、あの外殻が紙みたいに裂け、黄金の粒子が噴き出した。
血のように──いや、血以上に派手に空中に飛び散り、光を失いながら霧散していく。
あれが血だったのか、エネルギーだったのかは、俺には分からない。
だけど、一つだけ確かなことがあった。
アラーガは傷付いていた。
それも、致命傷になりかねないほど深く。
同時に、アラーガがはっきりと苦痛の声を上げた。
今まで一度も聞いたことのない、追い詰められた獣の声だった。
ガクラの猛攻は止まるどころか、明らかに加速していった。
一歩踏み込み、間合いを潰し、体を捻り、尻尾を振るう。
その一撃で、再びアラーガの体から黄金の粒子が大量に噴き出した。
攻撃と攻撃の間に無駄が一切ない。
連続する打撃が、避ける暇も、立て直す余裕も与えない速度と威力で叩き込まれていた。
衝撃のたびに地面が割れ、瓦礫が宙を舞い、周囲の建物の残骸が次々と崩れ落ちる。
アラーガは受け身を取ることすらできず、その巨体は何度もバウンドするように跳ね、そしてついに完全に地べたへと叩きつけられた。
もはや戦っているというより、一方的に叩き潰されていた。
その状態のアラーガを、ガクラは掴み上げた。
抵抗は、ほとんどなかった。
持ち上げ──そのまま、地面へ叩きつける。
鈍い衝撃音が響いた。
巨体が潰れ、地面が抉れ、衝撃が周囲に広がる。
アラーガは受け身すら取れず、無防備に叩きつけられていた。
ガクラはそれを何度も、何度も繰り返した
持ち上げては叩きつけ、また持ち上げては叩きつける。
そのたびに、アラーガの体から黄金の粒子が飛び散り、地面に広がっていった。
アラーガは、反撃しなかった。
いや、できなかったんだと思う。
完全に、抵抗力を奪っていた。
やがて──アラーガの動きが止まった。
痙攣のような微細な動きだけが残り、もはや戦闘行動は成立していなかった。
いわゆる“グロッキー状態”だった。
そこへ、ガクラはアラーガの胸部──先ほど爪で切り裂いた腹部の裂け目に、その手を捻じ込んだ。
内部の組織を掴み、引き剥がし、そして──抉り出した。
“核”だった。
かつて奴に奪われた“核”を、ガクラは確実に取り戻した。
その瞬間、周囲を覆っていた嵐が、嘘みたいに勢いを失い始めた。
風が弱まり、落雷が散発的になり、浮遊していた瓦礫が次々と地面へ落ちていく。
存在するだけで地球へ干渉し続けていた、アラーガの規格外の力が弱まっていた。
金色に侵食されていた“核”は、ガクラの手の中で徐々に色を変えていった。
侵す側だったはずのそれを、今度はガクラの細胞が逆に侵食していく。
黄金は薄れ、青へ。
完全に変質したそれを、ガクラは自分の体内へと戻した。
その時点で、勝負はほぼ決まっていた。
アラーガは完全にボロ雑巾みたいな状態になっていた。
全身が砕け、裂け、黄金の血を垂れ流している。
外殻は至る所で破断し、内部構造が露出していた。
もはや体勢すら維持できない。
あれだけ自在に空を支配していた存在が、浮かぶことすらできなくなっていた。
地面に尻もちをついたまま、ずるずると後退るアラーガの腕に力が入っていない。
踏ん張ることもできず、ただ距離を取ろうとしているだけだった。
そして──光線を乱射し始めた。
狙いも何もない。
これまで見せていた精密な照準や制御は完全に消えていた。
口腔内でまとまりきらないエネルギーが、形を保てないまま外へ吐き出されている。
照射の軌道も安定せず、地面や瓦礫、何もない空間にまで逸れていく。
後退りしながら、周りにあった物を手当り次第に投げつけるかのように、恐怖のままに撃ち散らかしていただけだった。
冷静さは微塵もなかった。
あれは攻撃じゃない。
恐怖から来る、パニック反応だった。
俺たちを追い詰め、世界を恐怖と絶望に叩き落とした存在が、今度はガクラに怯えていた。
明確に、恐怖に呑まれていた。
だが、その足掻きは何一つ、ガクラに通じない。
滅茶苦茶に放たれるアラーガの光線が直撃しても、ガクラは一切動じなかった。
直撃しているはずなのに、効いている様子がない。
そして──撃ち返す。
放たれた青い熱線が、真正面からアラーガに直撃したその直後──とてつもない爆発が起きた。
衝撃波が空気を引き裂き、瓦礫を吹き飛ばし、観測機の機体が大きく揺れた。
その爆音をかき消すように、アラーガの絶叫が響いた。
威厳も、支配者の余裕も、何も残っていない、断末魔に近い叫びに聞こえた。
この時点で、理解したよ。
少なくとも、あの場にいた連中の多くも同じだったと思う。
もう、何をやっても無駄だ。
誰も、ガクラ──網倉雅久を止めることはできない。
その爆炎の中から、アラーガは無理やり空へと飛び上がった。
あの憎たらしいほど頑丈だった外殻は、もう原形を保っていなかった。
ひび割れ、剥がれ落ち、あちこちから内部の光が漏れている。
黄金色に輝いていた頃とは比べ物にならないほど、全身が崩壊寸前だった。
顔つきも、もう別物だった。
人間とは違う造形なのに、不思議とはっきり分かった。
冷静さはなく、余裕もなく、そこにあったのは疲弊と焦燥、そして恐怖。
世界を支配していたはずの存在が、完全に追い詰められていた。
その姿は、痛々しいほどだった。
それでも、アラーガは諦めなかった。
“世界樹”へと意識を向け、再びエネルギーを溜め始めた。
正直、あの時点で地球を捨てていたら、まだ生き延びる道はあったと思う。
あいつは本来、火星で芽吹くはずだった存在だ。
なら、火星へ戻るという選択肢だってあったのかもしれない。
少なくとも俺には、そう思える。
だけど、アラーガは逃げなかった。
地球を諦めなかった。
“命ある星”を、どうしても手放したくなかったんだろう。
地上と地下、世界樹と地球の深部から、黄金の光の帯が無数に発生する。
それらが空を貫くように伸び、アラーガへと集中していった。
地球規模でエネルギーを吸収していた。
空間そのものが歪み、重力が狂い、機体の姿勢制御にまで影響が出た。
大気が引き裂かれ、雲が吸い込まれるように流れ込み、上空の構造が崩れていく。
あれは奴の最後にして、最強の一撃──“光球”だった。
しかも、大阪の時とも、暴発に終わった時とも、さっきガクラに放った時と比べ物にならない規模。
明らかに、自分の限界を超えている。
制御しているようには見えなかった。
無理やり、引きずり込んでいる。
ボロボロの体で、命ごと賭けた攻撃。
あれは、アラーガ最後の執念だった。
一方で、ガクラも逃げなかった。
動揺も、迷いもない。
真正面から、その場でエネルギーを溜め始めた。
青い光が強くなり、体表を覆い、空気が震える。
光は際限なく強まり、ガクラの周囲一帯が青に染まっていく。
収束は止まらない。
出力の上限が見えないまま、ただ密度だけが上がり続けていた。
そして──同時に、両者が撃った。
黄金と青、二つのエネルギーが真正面から激突した瞬間、視界は完全に潰れた。
空が裂け、地面が悲鳴を上げた。
光そのものが爆発したみたいで、コックピット越しでも網膜を焼かれる感覚があった。
衝突音は遅れてやってきて、空気そのものを叩き潰すような衝撃が機体を揺さぶった。
警報が鳴りっぱなしになり、計器は数字も記号も意味を失っていた。
夜の東京は、その一点から溢れ出す光で真昼みたいに照らされていた。
ビルの影が消え、街全体が青と黄金に染まり、どこまでが地面でどこからが空なのかも分からなくなる。
上下の感覚が狂うほど、視界のすべてが、光に塗り潰されていた。
巨大なエネルギー同士がぶつかり合う余波だけで、周囲の雲は引き裂かれ渦を巻いて後退していった。
その鍔迫り合いの中で、最初に優勢だったのはアラーガだった。
地球と世界樹のエネルギーを総動員した黄金の光球は、確かに重かった。
押し返されながらも、少しずつ、確実に、純粋な出力の差で青い熱線を押し込み、ガクラへと距離を詰めていく。
正直、あの瞬間は、まだ分からなかった。
どちらも規格外だが、それでもなお、地球規模で吸収したアラーガの光球の方が上に見えた。
本当に逆転できるのか。
押し切られるんじゃないか。
このまま、最後は力でねじ伏せられるんじゃないか──そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎった。
先ほどまでの圧倒的な戦いを見ていた俺ですら。そう思ってしまうほどの圧力だった。
最後の最後になって、アラーガが本来の格の違いを見せつけているようだった。
だが、その時だった。
ガクラの背中──あの巨大な大棘が、ゆっくりと動き始めた。
一本だけじゃない。
背面に並ぶすべての大棘が、同時に、だがわずかに時間差を伴いながら開いていく。
その動きは機械的に見えるが、俺にはそうとは思えなかった。
生物的なものでありながら、“構造そのものが組み替わる”ような展開だった。
外殻が裂け、棘の内部構造が露出する。
そこから──赤い光が灯っていた。
通常時のガクラで見慣れていた、あの光。
だが、以前のように表層で滲むものじゃない。
もっと深い場所──中枢に近い部分で、凝縮されたまま燃えているような光だった。
一本、また一本と展開するたびに、その赤が強くなる。
そして最後の一本が完全に開いた瞬間──全ての大棘が、内側から脈打った。
視覚で捉えたはずなのに、鼓動のように“感じた”。
背中の大棘から始まった赤い光は、展開する棘を一つずつ通過するたび、体内を流れる膨大なエネルギーが、強さを増していく。
その直後、展開していた大棘が、一斉に閉じた。
叩き込むような速度で外殻が噛み合い、内部構造を押し潰すようにして元の形状へと戻った時、内部の赤い光が一気に押し出された。
まるで、限界まで溜め込んだものを、強制的に解放するための“引き金”だった。
次の瞬間、青い熱線に、赤い光が重なり──熱線の色が、白く染まった。
光量が違う。
世界の色を奪うほどの輝度だった。
視界のすべてが塗り潰され、輪郭が消えた。
一瞬にして夜も、空も、街も、すべてが白に塗り潰された。
あれは“強くなった”とか、“出力を切り替えた”とか、そういう表現じゃ足りない。
別の“何か”を解放して、力を重ねたんだと直感した。
圧が変わったのが、見ているこちらにまで分かった。
拮抗は一瞬だった。
いや、拮抗すらしなかったと言った方が正しい。
ガクラの放つエネルギーは、もはや押し合うものじゃなかった。
黄金の光球は“押しのけられる”どころか、ねじ曲げられ、歪み、ちぎれ、空中で霧散し、そのまま貫かれるように崩壊していった。
まるで盾ごと貫通されたみたいに、抵抗を許さなかった。
世界樹と地球から引き上げたはずの、あの膨大なエネルギーですら、ガクラを止められなかった。
次の瞬間、白い熱線はそのまま直撃し、巨体が白い奔流に飲み込まれた直後、アラーガは絶叫した。
これまで聞いたどんな叫びとも違う。
威嚇でも怒りでもなく、完全に追い詰められ、逃げ場を失った存在の最期の断末魔だった。
直撃して胴体を飲み込んでもなお、熱線は止まらなかった。
ただまっすぐに、揺らぎもしないまま、処刑台へ引きずり上げられていくように、アラーガは空の彼方へ押し上げられていった。
外殻はすでに限界を超えていた。
黄金の装甲は割れ、砕け、内部から血のように黄金の粒子が噴き出していた。
その粒子は軌跡を描いて空に広がり、燃え尽きるように消えていく。
アラーガは確かに巨大だったが、上昇するにつれて、見える影はどんどん小さくなっていった。
雲を突き抜けたあとは、肉眼ではほとんど見えなかった。
それでも観測機が、熱線に押し上げられながら成層圏近くに到達していくアラーガの姿を捉えていた。
俺たちには、もう姿は見えなかったが──声だけは聞こえていた。
断末魔。
その叫びは苦痛から恐怖へと変わり、そして最後には絶望だけが残った。
その叫びが不意に途切れたほんの一瞬、世界が静かになった。
そして──ついに、爆発した。
後の衛星観測によれば、アラーガは宇宙空間に近い高度で内部から弾け飛んだらしい。
外殻が崩壊し、体内のエネルギーが暴発し、全身が破裂するように四散した。
大気圏外で起きたはずの爆発なのに、その衝撃は地球にも届いた。
最初に見えたのは、閃光だった。
地上から見ても、一瞬だけ昼間のように明るくなった。
続いて、遅れて押し寄せた衝撃波。
空気が震え、雲が一瞬で吹き飛び、機体が強烈に揺すられた。
観測機は一斉に警告を鳴らし続け、通信はノイズだらけになった。
そして、光が収まった時。
そこには──もう、アラーガはいなかった。
空には、崩れた雲と、静かに霧散していく黄金の残滓だけが残っていた。
嵐は完全に消え、風は止み、異常だった重力の感覚も元に戻っていく。
世界が、嘘みたいに静かだった。
ガクラは、その場でゆっくりと熱線を止めた。
体から溢れていた白い光が消え、続いて青が収束し、最後に赤が沈んでいく。
その姿を見た時、はっきりと理解した。
勝ったんだ、と。
世界樹を乗っ取り、巨獣時代を引き起こした元凶、アラーガを打ち倒したのは。
世界中の軍隊でも、“核”でも、どんな兵器でもない。
ガクラ──網倉雅久だった。
https://www.pixiv.net/artworks/147043113
https://youtu.be/bSL4Y9GZliE
https://www.nicovideo.jp/watch/sm46531094?ref=garage_share_other




