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ドッグファイト

アメリカ・ハワイ アメリカ空軍 太平洋航空軍所属  第19戦闘飛行隊混成部隊 F-22A ラプター 戦闘機パイロット 大尉(当時) ルース・コーガン


 アメリカ軍は、世界各地で巨獣の出現が確認され始めた段階で、「いずれ本土にも現れる」という前提に立って動いていた。

 2004年の時点で、俺たちの部隊には対巨獣を想定した訓練計画と交戦手順が下ろされていた。


 現れた場合の軍の方針、指揮系統、迎撃の優先順位、航空戦力の使い方──そういったものを一通りまとめ上げ、それを俺たち現場のパイロットに徹底的に叩き込む。

 内容自体は、他国からの大規模侵攻を想定した防空任務と大きくは変わらない。


 違うのは、相手が国家でも人間でもない、正体不明の存在だという点だけだった。


 緊急の発進要請が来れば、状況説明なんて後回しだ。

 遊びも、食事も、睡眠も、全部放り出して装備を整え、即座に対応に入る。

 それが俺たちの仕事だった。


 あの時は、巨獣への警戒と索敵を名目にした訓練航行で、空母打撃群がハワイ近海を周回していた。

 

 ちょうど俺は空母内で同僚とポーカーをやっていて、あいつからチップを全額巻き上げていた。

 そいつは賭け事に弱いくせして、負けず嫌いで全額賭けるような奴だった。


 で、今回も俺がチップを巻き上げ、同僚が「クソったれ」と叫び、観戦していた仲間がワイワイ騒ぐ。

 完全に気を抜いていた、と言っていい。

 

 そこに、基地全体に響き渡る緊急スクランブル発進要請のサイレンが鳴った。


 その音を聞いた瞬間、頭の中のスイッチが強制的に切り替わる。

 動揺する暇も、状況説明を待つ余裕もない。

 反射的に身体が動き、全員が発進手順に入った。


 俺は同僚と顔を見合わせることもなく、テーブルの上のカードをそのままぶち撒けて立ち上がった。

 通路を走りながらパイロットスーツに袖を通し、装備を確認し、息が整う前に機体の待つデッキへ向かう。


 空母の滑走路に配備されていたのは、俺のF-22ラプターだった。

 キャノピーを閉じ、システムを立ち上げながら、この出撃が「いつもの訓練」ではないことを、嫌というほど実感していた。


 F-22ラプターは、もともと制空戦闘を目的としたステルス戦闘機だ。

 敵軍やテロリストといった、人間の武装勢力に対抗するための兵器になるはずだった。


 だが、巨獣という存在が確認され、それが世界規模の災害になり得ると想定された時、この機体は役割そのものを変えられて製造された。


 対人・対航空戦を前提としたステルス性を一部割り切り、より強力な索敵能力を持つ高出力レーダー、そして「撃墜」ではなく「破壊」を前提とした火力投射能力。

 異常な耐久性を持つ目標への攻撃を想定した武装構成へと設計思想を切り替えた、いわば「巨獣迎撃仕様」。

 

 そして、今回の出撃が最初の実戦運用だった。


 当時の俺たちにとって、それは最新鋭であると同時に、人類が初めて“人間ではない敵”と本格的に戦うために用意された、対巨獣兵器のひとつだった。


 空母から出撃し、ハワイ空軍基地の戦闘機部隊と合流。

 そのまま現場へ急行する間、標的について最低限の情報は伝えられていた。

 現場は混乱していて詳細は不明だったが、確認されているのは大型個体が1体と、その幼体と思しき小型個体が複数。


 そいつらは下水道処理施設を地中から破壊し、地表に出た後、近隣の住宅地を襲撃しているという。

 インフラ被害と民間人への直接的な脅威──航空戦力投入の条件としては十分すぎる状況だった。


 それなら作戦は単純だ。

 小型個体は地上の歩兵部隊や警察に任せる。

 大型個体は俺たちが上空からミサイルで叩く。


 どんな化け物かは分からない。

 だが、どれだけ頑強な生物でも、ミサイルや砲撃を浴びせ続ければ倒れる。


 アメリカ軍にとっては、これが本土での初めての巨獣戦闘だったから、緊張がなかったと言えば嘘になる。

 それでも、これまで他国で起きた巨獣襲撃の報告では、最終的には火力で駆除できていた。


 だから俺たちは、この戦いも同じように終わると思っていた。

 少なくとも、この時点では。


 現場に到着した瞬間、俺は言葉を失った。


 下水道から出てきたと聞いていたから、勝手に巨大なネズミか、せいぜいワニの延長みたいなものを想像していた。

 だが、実際に目に入ったのは、そんな生易しい代物じゃなかった。


 巨大な鳥のような化け物──シームルグ。

 鷹をベースに、2本の帯のような長い鶏冠を靡かせた、異様な姿をした巨獣だった。


 頭部だけでもスクールバスと同じくらいに大きく、翼の構造は鳥類のそれに近いが、明らかに自然の生物とは思えないほど肥大化している。

 そんな化け物が巨大な翼と鉤爪で住宅を薙ぎ倒し、コンクリートや木材が砕ける音を立てながら、瓦礫の間を平然と歩き回る。

 逃げ遅れた住民を見つけると、まるで小動物を捕まえるみたいに軽々と掴み上げ、そのまま捕食した。


 上空から見下ろしているにもかかわらず、血の色や、人が叫ぶ声が、妙に生々しく伝わってきた。

 それが、住宅地のど真ん中で起きていた。


 どうやったら、あんな化け物が生まれるのか。

 本当にあれが自然発生した生物なのか。

 あれほどの巨体で、どうして今まで誰にも確認されなかったのか。


 頭の中に疑問が次々と浮かんできたが、司令部からの無線が割り込んできた瞬間、俺は脳内のスイッチを強引に切り替えた。

 

 考えるな。

 感じるな。

 今やるべきことはひとつだけだ。


 命令を受け、あの化け物を倒す。

 理由や正体の分析は、生き残ってからでいい。

 そう割り切らなければ、空では仕事にならない。


 俺たちからの第一報を受け、司令部はほとんど間を置かずに判断を下した。

 ミサイル攻撃による迎撃命令。

 

 市街地でのミサイル使用には、市民を巻き込む危険が伴う。

 それは全員が理解していたし、誰一人として軽く考えてはいなかった。


 だが、すでに住宅地は広範囲に破壊され、目視だけでも明確な犠牲者が確認できる状況だった。

 まだ被害が拡大していく状況で、躊躇すれば結果的により多くの命が失われる。

 犠牲を織り込んだとしても、今この場で止めなければならない──それが、司令部の出した結論だった。


 俺たちは命令に従った。

 それ以外の選択肢は、最初から存在しない。


 編隊を保ったまま、攻撃高度と角度を調整し、部隊はミサイルをシームルグへ向けて発射した。


 爆発による二次被害を少しでも抑えるため、ミサイルは必要最小限の数に絞り、狙いは奴の背中と頭部。

 地面ではなく、空に近い位置で爆発させ、巨体そのものを盾にして爆風の拡散を抑える算段だった。


 ミサイルは確実に直撃した。

 背中の一部が吹き飛び、肉と羽毛が散るのが見えた。


 だが、倒れない。


 頭部にも損傷は入った。

 肉片と血が噴き出してたが、それでも致命傷にはなっていなかった。


 次の瞬間、シームルグがゆっくりと顔を上げ、はっきりと俺たちを見た。


 視線が合った、と感じた。

 錯覚じゃない。

 こちらを「敵」として認識したのが、手に取るように分かった。

 仕留め損なったが、その時の俺たちは、むしろ好機だと考えた。


 誘き寄せられる。


 空を飛ぶ俺たちに反応した以上、このまま注意を引きつけられる可能性がある。

 リスクはあるが、この状況で取り得る手としては、最善に近かった。

 

 俺はスロットルを押し込みながら、次の攻撃プランを頭の中で組み立て始めていた。 

 うまく住宅地から離れた、開けた場所に引きずり出せれば、周囲を気にせずに好きなだけミサイルを撃てる。

 そうなれば、奴を簡単に倒せる──そう、信じていた。 


 俺たち戦闘機部隊が、誘導のために海上へ進路を取った時だった。

 奴は、ゆっくりと翼を広げた。


 翼があること自体は、最初から見えていた。

 だから「飛ぶ可能性がある」こと自体は想定していた。


 だが、実際にその瞬間を目の当たりにした時、頭の中で常識が音を立てて崩れた。


 俺は鳥類学者じゃないが、鳥が空を飛ぶために、どれだけ徹底して体を軽量化しているかくらいは知っている。

 骨は中空で、無駄な肉は削ぎ落とされ、飛翔に不要なものは徹底的に排除されている。


 なのに、目の前にいるのはどうだ。


 住宅地がミニチュア模型に見えるほどの巨体。

 見た目にも明らかに重量がありそうな怪物が、今まさに飛ぼうとしていた。

 どう見ても「軽量」とは正反対の存在で、ありえない、という言葉が一瞬、脳裏をよぎった。


 いくらデカい翼があっても、飛べるわけがない。

 頭のどこかで、そう思っていた。

 

 だが、その考えは次の瞬間、あっさりと裏切られた。


 奴は、その非常識を力づくで否定するように、力強く羽ばたいた。

 そのたびに発生する風圧は、もはや突風やダウンウォッシュなんて生易しいものじゃない。

 住宅地の残骸が宙を舞い、車両が横倒しになり、地上のものがまとめて吹き飛ばされていく。


 そして──飛んだ。


 信じられないことに、あの巨体が、地面を離れた。

 重力を無視するかのように、ゆっくりと、しかし確実に高度を上げていく。

 奴が飛んだその瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。

 これは「想定外」なんて言葉で済む話じゃない。


 しかも、ただ飛んだだけじゃない。

 速すぎる。


 F-22ラプターは、空を飛ぶためだけに作られた機体だ。

 空気抵抗を極限まで削った形状に、高出力のジェットエンジン。

 条件が揃えば、音速を超えて飛ぶこともできる。


 理屈の上では、追いつかれるはずがない。

 空では俺たちが絶対的に有利なのは、信じて疑っていなかった。


 だが、住宅地を離れ、海上に出た時点で、レーダー表示と目視の両方を確認した俺は、思わず息を飲んだ。


 奴が、はっきりと俺たちの背後に迫っている。

 巨大な影が、海面すれすれを滑るようにして追いすがってくる。


 羽ばたくたびに生まれる気流が、こちらの機体をわずかに揺らすのが分かった。

 乱流とは違う。

 羽ばたきで生み出された圧力だと、身体が理解していた。


 ありえない。

 生物が、戦闘機の後ろにつけるはずがない。


 だが、事実として、気づいた時には、すでに奴は真後ろにいた。

 距離は、信じられないほど近い。

 

 その認識が脳に届いた瞬間、本能的な恐怖が背中を走った。

 理屈ではなく、「捕食される側」になったと、身体が理解してしまった恐怖だ。


 それでも、迎撃命令が無線に流れた瞬間、迷いは消えた。

 考えるのをやめ、訓練通りに身体を動かす。

 俺たち戦闘機部隊は、ラプターを弧を描くように反転させ、誘導のための航路から、撃つための攻撃態勢へと移行した。


 今度は、視界も開けた海上だ。

 周囲に市街地も構造物もない。

 ここならミサイルを撃っても、地上被害を気にする必要はない。

 条件としては、これ以上ないほど整っていた。


 だが、奴はミサイルを回避した。


 鳥ではありえない機動だった。

 あの巨体からは到底想像できない加速と変針で、奴はミサイルの誘導軌道から外れた。

 まるで発射の瞬間を見切っていたかのように、最小限の動きで、しかし完璧に。


 一瞬、理解が追いつかなかったが、驚いている暇はなかった。


 次の瞬間、奴が編隊の中に突っ込んできた。

 鈍い衝撃音とともに、2機の仲間が奴の翼で両断されるのが見えた。


 翼だ。

 巨大な翼そのものが刃物のように使われ、機体を切り裂いた。

 無線に悲鳴と断末魔が混じり、計器が乱れ、編隊は一気に崩れた。


 俺は反射的に次のミサイルを撃とうとした。


 だが、照準が定まらない。

 奴は、俺たちのミサイルの特性を理解しているかのようだった。

 直線的に逃げない。

 一定の高度も速度も保たない。

 急上昇、急降下、急旋回を織り交ぜ、曲芸じみた軌道で空を駆け回る。

 ロックがかかりかけた瞬間には軌道を外し、再捕捉しようとすれば、もう別の位置にいる。


 照準をつけられない。

 撃てない。

 撃てたとしても、当たらない。


 俺たちは、完全に翻弄されていた。


 どうにか奴の後方についた仲間が、距離を詰め、ミサイルを撃つ瞬間を見た。

 その一瞬だけ、いけると思った。


 だが、次の瞬間、奴は信じられない動きで照準線から外れた。

 その直後──仲間の機体が、翼の一撃で切り落とされた。


 本当に一瞬だった。

 判断が遅れたわけでも、操作を誤ったわけでもない。

 訓練で叩き込まれた手順は守っていたし、編隊も崩していなかった。


 それでも、ほんのわずかな“一秒の隙”──それだけで即死だった。


 奴との戦いは、これまで俺たちが知っている空戦のそれとは根本的に違っていた。

 通常のドッグファイトなら、相手機の加速、旋回半径、推力重量比を頭の中で計算しながら、次の動きを予測できる。

 

 だが、奴との戦いでは通じなかった。


 加速の立ち上がりが読めない。

 減速のタイミングが存在しない。

 慣性を無視したような軌道変更。


 物理法則を無視しているわけじゃない。

 だが、俺たちが前提にしていた「航空力学の常識」から外れていた。


 空軍では、戦闘機乗りは花形だ。

 だからこそ求められる水準は高い。

 

 反射神経、空間把握能力、複雑な電子機器を同時に扱う処理能力。

 無線の指示を瞬時に理解し、自分の判断と統合して最適解を出す能力。

 それらを何年もかけて叩き込まれる。

 訓練の途中で脱落する人間も珍しくない。

 身体能力、精神力、集中力、そのどれかが欠けても生き残れない世界だ。


 その狭き門をくぐり抜けた俺たちでさえ、奴の足元にも届いていなかった。

 奴は俺たちが厳しい訓練の果てに手に入れたスペックを軽々と越えていた。


 この時、俺ははっきりと理解した。

 俺たちは、空戦という分野で、「生物」に負け始めている。


 敵は戦闘機じゃない。

 推力も燃料制限も、G制限も考慮しなくていい存在だ。

 俺たちは機体の限界を気にしながら旋回するが、奴は翼を一振りするだけで、信じられない角度で滑り込んでくる。


 何より失敗だったのは、近距離用の熱探知ミサイルを積まなかったことだ。


 巨獣は巨大だ。

 レーダーに映る反応も大きい。

 だから、照準さえ合わせれば十分に当てられると考えた。


 それが完全な判断ミスだった。


 レーダー誘導は、予測軌道が前提になる。

 だが、奴の動きは予測不能だった。

 ロックオン警報が鳴る前に、照準から外れている。


 赤外線誘導なら、奴を追尾できたかもしれない。

 あれだけの体躯で羽ばたいている以上、相当な熱を発しているはずだ。


 だが俺たちの兵装は、中距離以遠を想定した構成だった。

 敵は鈍重で、遠距離から叩けばいい──その前提で組まれている。

 だけど、その前提が崩れれば、武器はただの重りになる。


 司令部の無線も、明らかに混乱していた。

 命令は錯綜し、指示が数秒単位で変わる。

「距離を取れ」

「包囲しろ」

「分散しろ」

 矛盾する指示が飛び交っていた。

 指揮系統が壊れかけているのが、コックピット越しでも分かった。


 さらに悪いことに、巨獣対策のため同行していた生物学者たちは、完全にパニックに陥っていた。


「そんな巨体で飛べるわけがない!」

「翼で切り裂くなんて、逆に骨が折れるはずだ!」

「筋肉量と骨密度が釣り合わない、理論的に破綻している!」


 無線越しに聞こえてくるのは、分析でも助言でもなく、理論と常識の悲鳴だった。

 本来なら、彼らは冷静に観察し、俺たちが見落としている生物学的弱点を提示する役目だったはずだ。


 だが、現実が理屈を踏み潰している以上、頭が追いつかなくなるのも無理はない。


 ただ、断片的にだが、ヒントはあった。


「視覚依存の可能性が高い……」

「鳥類型なら三半規管と視覚の協調で姿勢制御しているはずだ……」

「目を……目を潰せ……!」


 誰が言ったのかは覚えていないが、その言葉だけははっきりと頭に残った。


 目を潰せ。


 確かに、どれだけ常識外の飛行をしていようと、巨大な鳥の形状をしている以上、視覚による空間認識に頼っている可能性は高い。

 あの速度、あの精密な回避機動。

 レーダーを避けるというより、こちらの機体の動きそのものを視認して対応している動きだった。


 翼を狙うのは非現実的だ。

 あれだけの機動力では、直撃はほぼ不可能。

 しかも、戦闘機を切り裂く硬度を持つなら、翼そのものも相当な強度を持っているはずだ。

 仮に直撃しても、貫通しなければ終わりだ。


 ならば、装甲や骨格ではなく、感覚器官である目を狙う。

 生物である以上、感覚器は構造的に露出している可能性が高い。

 装甲のような鱗や羽毛に覆われていても、視界を確保するための透明部位は必要なはずだ。


 目を潰せば、空間把握が鈍り、姿勢制御が乱れる。

 少なくとも、今のような精密な機動は不可能になる。


 仮に完全に墜落させられなくても、飛行が不安定になればそれでいい。

 そこを狙って、残存機による近接攻撃。

 さらに海上では艦隊が待機している。

 対空砲、艦載ミサイル、場合によっては艦砲射撃も含めた飽和攻撃で叩き落とす。


 理論としては、実にいいアドバイスだった。

 

 あんな地獄の真っ只中で聞いたところで、実行できるかどうかは別問題だったがな。


 俺の視界の端で、仲間の機体が再び奴に捕捉された瞬間には、機体が弾かれ、レーダー上の味方機アイコンが消える。

 理屈が追いつく前に、仲間が空から消えていく。

 回避しながら頭をフル回転させたところで、どうやって目を潰せばいい?


 基地や灯台に照明を最大出力で当ててもらうか?


 無理だ。


 灯台や基地照明は、あくまで航行補助や施設用であって対巨獣兵器じゃない。

 光量が決定的に足りない。

 仮に最大出力で照射できたとしても、高速飛行中のあの化け物が、都合よく光源を直視する保証はない。


 そもそも司令部は混乱している。

 そんな精密な連携を即座に成立させられる状況じゃない。


 しかも今は昼間。

 太陽光の下で、人工照明にどれほどの効果がある?

 徒労に終わる可能性が高すぎる。


 なら、ミサイルを地面に撃ち込んで土煙を上げて、山か地面に激突させるか?


 それもすぐに却下した。

 

 俺たちの戦域は海上だ。

 ハワイ本島は視界の端に見えていたが、高度と速度を自在に変えながら、編隊を切り裂いてくる奴の攻撃を掻い潜り、山岳地帯まで誘導する余裕はない。

 今この瞬間にも、味方機が1機、また1機と消えている。


 海面に撃ち込んでも、水柱が上がるだけ。

 爆発で白い壁が立ち上がっても、すぐに崩れ、視界は開ける。

 山のような障害物の無い開けた空域では、あの速度のまま真っ直ぐ突き抜けられて終わる。


 それに、ミサイルは有限だ。

 俺の機体に残っているのは数発。

 補給の目処は立っていない。

 

 確実に落とせる保証があるなら、全部撃ち尽くしても構わないが、不確実な戦術のためだけに、無闇に撃てる状況じゃなかった。

 戦術的に優位を取れていない中、無闇撃ちはそのまま「丸腰になる」だけだ。


 機関銃で目を撃つ?


 それも頭の中で弾道をなぞってみて、すぐに却下した。


 弾速は速い。

 理屈だけなら、ミサイルより当てやすい。


 だが相手は、空中で人間の予測を裏切る軌道を取る。

 あの小さな眼窩を、振動する機体から正確に狙い撃つ?

 照準を合わせる一瞬の間に、こちらが噛み砕かれる。


 撃つより先に落とされるのは、こっちだ。

 

 頭の中で作戦を組み立てては、現実がそれを叩き潰す。

 却下、却下、却下。


 そうして思考が堂々巡りを始めた時、同僚から通信が入った。

 ポーカーで俺にチップを根こそぎ奪われ、発進する時、一緒にカードをぶち撒けたあいつだ。


「ミサイルを撃て」


 怒号と警告音が飛び交う無線の中で、あいつの声だけが、不自然なほど落ち着いていた。


 正直に言えば、腹が立った。


「何言ってんだお前」


 さっきから何度も撃ってる。

 シームルグは、どの角度から撃とうと回避する。

 上からでも、後ろからでも、無策で撃ったところで結果は同じ。


 だが、あいつは続けた。


「このまま逃げても、俺たちは確実に全滅する」


 事実だった。

 数十機あったはずの戦闘機は数機して残っておらず、既に編隊は崩壊している。

 統制も怪しい。


 あいつの機体も、姿勢と出力は保っているが、奴との戦いで一部が損壊していた。


「だけど、今ここで倒さなきゃ、奴はハワイに戻る。そしたら、あの化け物はまた大勢の民間人が食い尽くす」


 確かにそうだった。

 

 あの怪物は、俺たちが到着するまでの間に町を破壊し、大勢を食い殺していた。

 ここで逃がせば、同じことが繰り返されるのは目に見えていた。


「どうせ死ぬなら、最後までやってやるさ。やられっぱなしは性に合わねぇんだよ」


 賭け事に弱いくせに、負けず嫌い。

 最後は必ず全額突っ込む男だ。

 破れかぶれにも聞こえる。

 

 だが、声は震えていなかった。 

 だから俺は、彼の言う通りにした。


 奴があいつを標的に定め、背後に張り付き始めた瞬間。

 距離はもう脱出不能圏。

 アフターバーナーを焚いても振り切れず、回避しても追いつかれる。


 俺はその背後からミサイルを1発放った。


 奴は回避した。

 予想通り、あの化け物は横へ鋭く跳ねるように軌道を変えた。


 その一瞬。


 同僚の機体が空中で機首を引き上げ、大きく弧を描いて反転して、そのままシームルグの頭部へ真正面から突っ込んだ。


 急加速。

 人間の身体が耐えられる限界に近いGがかかっているはずだ。


 あれは操縦ミスじゃない。

 パニックでもない。

 事前に決めていた動きだ。


 シームルグは、これまでの回避でパターンを作っていた。

 ミサイルを見て、急上昇、ロール、反転──そして再加速。

 完璧に計算されたような動きだったが、逆に言えば「決まった動作」でもあった。

 

 ミサイルを囮にする。

 回避の瞬間、奴の視線と進行方向が固定される。

 奴が回避姿勢を取るために視線が一瞬、俺たちから逸れた瞬間を狙って、あいつは真正面から突っ込んだ。


 もし、回避した瞬間にミサイルが放たれたなら、奴は回避直後でも難なくそれも回避できたはずだ。

 だけどまさか、“戦闘機そのものがミサイル”として突っ込んでくるなど想定外だったはずだ。


 だから、奴の反応が遅れた。


 理解した時には遅かった。


「待て、何してる!」


 叫んだ時には、既にあいつのF22が推力全開で加速し、機体と巨体が空中で激突していた。


 シームルグの頭部右側。

 回避動作でわずかに露出した、最も脆い角度。

 F22の機首がその頭部に触れた瞬間、燃料と弾薬が一斉に爆発した。

 

 衝突の瞬間、通信は途絶えた。

 爆炎と破片が視界を埋めた。


 わずか一秒。

 俺たちに残された、“唯一の隙”。

 

 あいつは、全額をそこに賭けた。

 勝率なんて、ほとんどゼロに近い。

 それでもあの一秒に、チップを全額突っ込んだ。


 ポーカーでは俺が勝ったが、あの空では、あいつのほうが勝負師だった。


 爆炎の中から、シームルグが黒煙を引きながら、海面へ向かって墜ちる。


 終わったか──そう思った瞬間、奴は翼を大きく打った。

 どうにか姿勢を立て直し、再び高度を取ろうとする。

 

 信じられなかった。

 あの損傷で、まだ飛ぶのか。


 だが動きは明らかに鈍い。


 頭部の右半分が抉れていた。

 機体の破片が深々と刺さり、装甲のようだった頭骨が露出している。

 右目は潰れ、血と体液が混じり、空中に雨のように散っている。

 

 右側の翼の動きが乱れ、揚力のバランスが崩れている。

 飛行軌道が不安定で、高度が維持できていない。

 片目を失ったことで、空間認識が明確に鈍っていた。


 今までのような完璧な回避機動は、もうできない。


 その隙を、俺たちは逃すわけがない。


 『全機、撃て!』


 司令部の命令は、もはや迷いがなかった。

 残存機が一斉にミサイルを発射。

 海上の艦隊も対空ミサイルを連続発射する。

 複数方向、時間差なしの飽和攻撃。


 本来なら、あの機動性なら回避できたはずだ。


 だが今の奴は違う。

 片目を潰され、平衡感覚を失い、飛行維持だけで限界。

 回避の初動が遅く、反転が鈍い。

 視野の死角が増えている。


 二、三発回避されたが、四発目が直撃してからは、完全に決まった。

 次々と数十発の弾頭が命中し、爆炎が巨体を包み、衝撃で翼は裂かれ、肉片と血が飛び散った。


 今度こそ、立て直せなかった。


 シームルグは高度を失い、制御不能のまま海面へ落下した。

 着水の衝撃で巨大な水柱が上がり、しばらくして浮上した時には、頭部と翼は完全に破壊され、全身の羽毛は焼け落ち、皮膚は裂け、煙を上げていて、動きはなかった。


 静寂が訪れた。

 無線の向こうで、誰もすぐには声を出せなかった。

 エンジン音だけが、やけに大きく聞こえた。


 勝った。

 確かに勝った。


 だが、あの一秒の代償は、あまりにも重かった。


 大きな達成感はあった。

 空戦で、生物に勝ったという事実。

 新しい戦い方の可能性を掴んだという実感。


 それと同時に、機体と仲間を失った現実が、重くのしかかっていた。

 俺たちは辛うじて生き残っただけだ。


 その後、小型個体の掃討完了が確認され、任務は終了。

 空母に帰投した時、滑走路脇には整備員が集まっていた。

 拍手する者もいたし、肩を叩いてくる奴もいた。


 英雄扱いだった。


 今夜はパーティーでも開くだろう。

 酒を飲んで、一時だけでも勝利に浸る。

 俺は、あいつの好きだったビールで乾杯しようと決めていた。

 哀悼と敬意を込めて。


 その時だった。


 司令部から緊急通信が入ってきた。

 滑走路にまだ機体が並んでいる状態で、管制塔がざわついた。


「フロリダ州沿岸にて、奴と同族と思われる大型個体が2体現れた」

https://www.pixiv.net/artworks/146385324

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