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日本・広島 臨時巨獣特別調査員(当時)/猟師 網倉結衣


 政府から緊急招集を受けて、私はすぐに協力を申し出たわ。

 その時の職員の反応が、まあすごかった。

「あの人が、こんなにあっさり承諾するなんて」って顔でね。


 どうも私は、堅物で、頑固で、一度言い出したら絶対に折れない女だと思われていたらしいの。

 実際その印象は、ヨーロッパでの交渉の時に作られたんでしょうね。


 まあ確かに、雅久を利用しようとする連中には、私も協力する気なんて一切なかったわよ。


 でも、アラーガが暴れて世界が本当に滅びかけている──そんな状況になったら話は別。

 あの時は、さすがに自分の我儘を押し通すどころか、協力しない理由なんてなかった。


 ただ、協力すると言っても、自分が何をすればいいのかまでは分からなかった。


 私はただの猟師で、雅久と同じ孤児院出身。

 彼にとっては姉みたいな存在だっただけで、特別な力があるわけでもない。

 ガクラ化した雅久と“唯一交渉できた”というのも、結局は私が彼と接点を持っていたからってだけ。

 

 だから、雅久がアラーガに負けて、人類が総力戦をしている最中に、なぜ私が呼ばれたのか──正直、最初は見当もつかなかった。


 でも、調査班から最初に質問されたのは、意外にも“雅久のこと”じゃなかった。

「彩」のことだったの。


 同じ孤児院で育って、雅久と一番近い関係にあって、巨獣同士の縄張り争いに巻き込まれて行方不明になったあの子。

 その時になって、私が呼ばれた理由は最初からそっちだったのかもしれないって思ったわ。


 調査班が立てていた仮説は、こういうものだった。


 彩は、大戸村に“何か”があることを知っていた。

 その情報をもとに、あの子は大戸村へ向かおうとした。


 でも、広島を襲った巨獣「牛鬼毒種」と「白無垢」の縄張り争いに巻き込まれた。

 そしてその後、彩が何らかの形で残した情報に雅久が辿り着き、彼自身が大戸村に向かい、そこで“変異の鍵”を手に入れてガクラになった。


 細かい部分は色々言ってたけど、要するに「彩が何か知っていたんじゃないか」って話よ。


 ──まあ、私からすれば疑問だらけよ。


 私の知っている彩は、雅久と同い年で、訓練でも何でも人より一歩先を行く子だった。

 でも同時に、どこか“普通じゃない”ところがあったのも確かね。


 普段は他人と距離を取っていて、近寄りがたい雰囲気をまとっていた。

 訓練では必要な時だけ淡々と協力するけど、それ以外では周囲にまったく興味がない。

 正直、雅久が妙に気にかけてなかったら、孤児院でも完全に孤立していたと思う。


 日常生活でも変わっていたわ。

 買い物に行くにしても、いつも一人で、買うのは武器や食料、サバイバル道具みたいな“実用性しかないもの”ばかり。

 年頃の女の子が好みそうなものには、本当に一切目を向けなかった。


 それに、いつもヘッドホンを付けていた。

 話しかけられた時だけ外すけど、それ以外は常に音楽を流していて、音漏れした時に聞こえた曲はヘビメタみたいな騒がしいもので、音量は常に全開。


 でも、本人は楽しんでいるふうでもなく、ただの“雑音”みたいに聞き流していた。


 一度、職員が心配してヘッドホンを取り上げて理由を聞いたことがあったの。

 その時、彩は淡々と「そうしないと声がうるさいから」って答えた。


 ──あの時は、何を言っているのか分からなかった。

 でもまあ、その程度なら「変わっている子」で片付く話だったのよ。


 だから、いざ調査班から「彩がガクラ変異の鍵を知っていた可能性が高い」なんて説明されても、正直ピンとこなかった。

 あの子が、あの無表情で孤立していた彩が、そんな大層な話に関わる秘密を知っていたなんて想像すらしたことなかったわ。


 だけど、それを確かめる術は何一つ持っていなかった。


 彼女自身は、あの牛鬼毒種の縄張り争いに巻き込まれた一件以来、10年ものあいだ行方不明のまま。

 現場はとっくに復興していたけれど、その過程で遺体らしきものも一度も見つかっていない。

 今さら足取りを追おうにも、時間が経ち過ぎていて、痕跡なんて残っているはずがない。


 しかも当時は、アラーガの影響で世界中の巨獣が暴走状態にあって、広島周辺も調査どころじゃなかった。

 だから、「彩は生きて戻らなかった=死亡した」という前提で動くしかなかったし、もし仮に生きていたなら、雅久が普通の人間のままで、彩がガクラになっていた今頃そうなっていたはず。


 だから、話を聞きたくても聞く相手がいない。


 彩自身の出自についても、孤児院で確認できたのは

「木の根元に置き去りにされていた赤子で、親は不明」

 それだけだった。


 孤児院の記録も薄く、彼女がどこから来たのか、何者なのか。

 その痕跡すら一つも見つからなかった。


 だから、私たちはもう頭を捻りに捻ったわけよ。

 どうにか彩の足取りに繋がるものはないか。

 手がかりになりそうな痕跡が残っていそうな場所はどこか。


 そこで浮かび上がったのがあの巨獣同士の争いの中心になった、広島の川。

 牛鬼毒種と、当時「白無垢」と呼ばれていた別の巨獣が衝突し、周囲一帯が完全に破壊された、あの川底。


 戦いに巻き込まれた雅久が見つかって、彩が消えた。

 分かっている限り、唯一そこだけだった。


 確かに、牛鬼毒種の死体は後に撤去され、周囲の復興も進んだ。


 けれど、復興作業の中心はあくまで地上。

 インフラの復旧や瓦礫撤去が主目的だった。

 川の底を、最初から最後まで徹底して調べる理由なんて、通常は無い。


 死体を引き上げたり、橋脚を補修したりといった目的があれば潜る。


 でも、「行方不明者が一人いるかもしれない」というだけでは、巨獣被害直後の混乱期にそこまで手が回らなかった。

 干潮で川底がわずかに露出する時間帯もあるにはあるけれど、あれだけの破壊と汚染があったなら、見落としは十分あり得る。


 それに、もう一体の白無垢の死に方も問題だった。

 あいつはクラゲみたいな半透明の体で、致命傷を負ったあと、川中で“溶けるように”崩れていった。

 遺骸も残らず、地形も変わらない。


 だから振り返ってみると、唯一の消失点でありながら、まともに調査されなかった場所。

 残った可能性は、もうそこしかなかったのよ


 巨獣との防衛戦で広島全体が混乱していた時期だったけど、限られた調査班を連れて、私たちは川の現場をもう一度洗い直したわ。

 周りからすれば「今そんなことをしている場合か」と思われても仕方なかったはずよ。実際、現場ではずっと奇異な視線を向けられ続けた。


 でも見つかった。


 川底の堆積物の中に、明らかに人工物でも自然物でもない“何か”が埋まっていたのを確認した。

 急いで引き上げたんだけど、それが彩だった。


 ただし、あの時の彩とは全く違う形でね。


 全身が、半透明の琥珀みたいな殻に包まれていた。

 後から分かったけど、それは白無垢の体液が固まったものらしかった。


 見つけた瞬間、現場の全員が言葉を失ったわ。

 だって、どう見ても“遺体”じゃなかったから。


 琥珀状の殻の中にいる彩からは、脈も呼吸も確認できなかった。


 でも、腐敗が全く進んでいない。

 損傷も、皮膚の色も崩れていない。

 触れた感触は冷たくて硬いのに、生物標本みたいに完全な保存状態だったの。


 私たちが何より混乱したのは、年齢がそのままだったことよ。

 10年経っているのに、孤児院にいた頃の彩、その姿そのまま。

 成長の痕跡も、環境による劣化も一切ない。

 髪の長さに至るまで当時と一致していて──まるで時間の流れごと閉じ込められていたみたいだった。


 この時点で調査班は、即座に彩の隔離を決定したわ。

 10年前に白無垢が死んだ地点、そのすぐ近くで彩は行方不明になっている。

 そして今、白無垢の残滓に包まれた“時間停止状態”の彩だけが見つかる。


 どう考えても通常の事例ではないし、感染、巨獣由来物質の残留、未知の生体変化──あらゆるリスクが一度に浮上した。


 でも、それ以上にみんな同じことを考えてた。

 ──これは、何か繋がってるかもしれないって。

 

 隔離後、研究員がすぐにサンプル採取とスキャンを実施したわ。

 その結果、彩は“普通の子供”ではなかったと分かった。


 外見は完全に彩のまま。


 だけど、スキャンでは内臓の半分が液状化しながら蠢いているのが確認された。

 

 いや、液状化、って言い方も少し違うかもしれない。

 崩れているように見えて、同時に動いていた。

 溶けて、形を変えて、また形を作る。

 液体と固体の境界を行き来しながら、再構築を繰り返して、少しずつ“人間の内臓の形”に近づいていた。


 決定的だったのは、彩の体から採取した遺伝情報よ。

 解析結果を聞いた時は、流石に私も意味が分からなかった。


 彼女の遺伝子は、地球の世界樹とほぼ同じ構造をしていた。

 人間の少女であるにもかかわらず、未知の遺伝子に加えて、既知の動植物の遺伝子情報がほぼすべて内包されているという、常識では説明のつかない配列。


 研究員たちは愕然とした顔で「世界樹と同じだ」と言った。


 大戸村に向かおうとしていた理由。

 白無垢が死亡した地点のすぐ近くで琥珀に包まれて見つかった状況。

 内臓が再構築されるように形を変えていたこと。

 そして、世界樹と同じ遺伝構造。


 調査班は、一つの仮説を立てた。

 ここから先は最後に研究者たち自身が、ほぼ結論として扱っていた話よ。


 私に専門用語は分からないけど、大筋くらいは理解できた。


 本来、ガクラ、あるいはそれに相当する“何か”へ変異すべき存在は“雅久”ではなく、元々世界樹の遺伝情報を持ち、“地球の意思”を宿していた“彩”のほうだった。


 つまり、アラーガによって肉体である“世界樹”を奪われた後も、地球の意思が消えてはいなかった。

 別の形──人間の少女として再構築されて育っていた。

 そう考えるしかなかった。


 もしかするとガクラという存在そのものが、 肉体がアラーガのような存在に乗っ取られる事態を想定した“対抗システム”だったかもしれない。

 巨獣という防衛機構が機能しなくなる、あるいは信頼できない状況に陥ったとき、世界樹が自分自身を守るために準備していた“最後の手段”。


 大戸村で見つかった“空洞化した世界樹の部屋”も、その仕組みの一部だった。

 ガクラ化に必要な核を安全に保管し、必要な時だけ取り出せるように、世界樹本体から切り離した“隔離施設”。


 だって、ガクラの能力は他の巨獣とは明らかに別格だった。

 強力な熱線、局地的な環境改変──本来ガクラになるはずのなかった雅久でさえ、あの異様な力を扱えていた。


 もし、本来それを使うはずだった存在が使ったなら、どれほどの規模になるのか想像できない。


 そんな力をアラーガ側に奪われたら、人類どころか地球そのものが終わる。

 実際、アラーガが核を奪ったあの瞬間から、地球規模の異常気象や地殻の乱れが発生した。

 “あれはただの巨獣ではなく、世界樹の力の一端だった”という証拠みたいなものね。


 だからこそ世界樹は、ガクラに関わる力だけを他の巨獣群とは完全に切り離し、隔離していた。


 そして彩が“人間の姿”になっていた理由についてだけど──研究者たちは、こう考えた。

 アラーガに本体を奪われ、意思だけになったのなら、奪われた肉体を取り戻すには、人間になるのが一番都合が良かったんじゃないかって。


 世界を移動できて、道具を使えて、複雑な情報を扱えて、必要な場所へ辿り着くための判断もできる。

 数が多く、環境への適応力も高い。


 そして何より、人間は“意思疎通”ができて、文明の恩恵を利用できる。

 必要なタイミングで動き出せる“器”として、人間の姿の方が、ずっと都合がよかった


 だから、“地球の意思”は「彩」という姿を取った。


 彩の人格が“地球の意思”そのものか、それを運ぶために生み出された独自のものかは分からない。

 けれど、私たちが想定する彩の本来の計画なら、彼女が大戸村に隠されていた“核”へ辿り着くことが、アラーガに対抗する最後の希望になるはずだった。


 ──だけど、うまくいかなかった。


 力をほとんど失っていた当時の地球の意思では、人間の体はあまりにも脆弱すぎた。

 核が存在する大戸村は牛鬼毒種の毒と巨獣の縄張りに完全に包まれていて、彼女の体では近づくことすらできず、計画が途中で止まってしまった。


 だから、彩は──ずっと人間として生きるしかなかった。


 そして、あの白無垢の正体。

 あれは、彩が失った力のうち、辛うじて発現できた最後の能力の一つだった。


 その貴重な力を、彼女は牛鬼毒種との戦闘に使った。

 自分を守るためだったのか、それとも守るために、残された力をすべて投じたのかは、もう確かめようがない。


 でも状況を見る限り、私は後者だと思っている。


 ただ、極端に弱った彩には、その負荷があまりにも大きすぎた。

 白無垢の身体と共に、溶けて、崩れた。

 

 そして“人の形”として戻るまでに、10年もの時間がかかった。

 だから、川底で見つかった彩が孤児院にいた頃の姿で、琥珀に包まれていたことにも、説明はつく。

 

 その10年間、私たちも雅久も、彩は死んだか、いなくなったと考えるしかなかった。

 だって、溶けて消えた相手を何も知らない私たちが見つけられるわけないもの。


 雅久はきっと、彩の正体を見た。

 そして、溶けて消える瞬間まで見たんだと思う。

 だから、その彩が死んだと思った雅久は、自ら大戸村へ向かった。


 雅久が全部知っていたとは思わないけど、何かは知っていた気がする。

 だって二人は、一緒にいることが多かったから、私たちが知らない話があっても、不思議じゃない。


 だからこそ、誰にも相談せず、一人で行った理由としても少しだけ分かる気がする。

 彩が、本来辿り着くはずだった場所へ。


 ──でも、経緯や関係をどれだけ整理して理解できたとしても、肝心の状況は何一つ好転していない。


 ガクラに変異した雅久はアラーガに敗北し、“核”は奪われたまま。

 私たちの手元に残っているのは、大阪で亡骸となって放置されてる雅久と、再構築の途中で眠り続ける彩だけ。


 仮に彩が完全に目覚めたとしても、“核”がアラーガに奪われたままでは、奴を倒す術はない。

 つまり、私たちにはアラーガを倒す方法が残っていなかった。


 そのうえ人類は、世界各地で暴走する巨獣、極端な異常気象、補給線の崩壊──どこにも余裕が無かった。


 政府はアラーガへの核攻撃に踏み切ったけれど、限られた戦力で、本当に突破できるのか誰にも分からなかった。

 どれだけ犠牲を払ったところで成功する保証はなく、むしろ、全滅する可能性の方がまだ現実的だった。


 私たち調査班は、状況を整理して事実を突き合わせることはできたけれど、直接戦局を覆す術は何一つ持っていなかった。

 

 ──でも、一つだけ、私たちにしかできないことが残っていた。

https://www.pixiv.net/artworks/147023821

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