核攻撃
日本 海上自衛隊 第3護衛隊群第7護衛隊/護衛艦〈あさぎり〉機関科 上曹 尾倉 定治
あの状況で、逃げるなんて選択肢は最初から無かったですよ。
失敗を恐れて距離を取れば、たしかに俺一人だけは助かったかもしれない。
だけど、その場合の結末ももう分かりきってた。
数時間、人類の終わりが早くなるか、あるいは数日遅れるか。
その程度の違いしかない。
どちらに転んでも後戻りはない。
“やる”か“滅ぶ”か、あの時点で残っていたのは本当にその二択だけでした。
作戦開始の無線が入った瞬間には、もう覚悟を決めてましたよ。
ただ……作戦そのものは、俺たちの想像していた“無茶”をさらに何段階も上回っていた。
日本の護衛艦とアメリカ艦は、アラーガから一定の距離を保ったまま、ひたすら砲撃を繰り返してた。
砲弾が全部命中しないのなんて、最初から織り込み済みです。
目的は“ダメージを与える”ことじゃなくて、“奴を誘導すること”だったから。
俺たちが決して近づかないと察したのか、アラーガは小型の嵐をいくつも作り出して、それを周囲に雷を発生させながら細いビームみたいに海面に叩き込んできた。
その一撃のたびに、味方の艦が一隻、また一隻と沈んでいきました。
直撃すれば、一発で終わりです。
装甲の厚さも、ミサイル防御も、レーダーの性能も、そういうものが一切関係ない。
回避行動を取る暇さえない。
そんな中で、俺たちは護衛艦〈あさぎり〉を嵐と荒れ狂う海の中でどうにか走らせながら、必死に砲撃を続けていました。
確かに、〈あさぎり〉は“対巨獣戦”を前提に設計された艦のひとつです。
従来型よりも攻撃性能を落とさずに、機動性を大幅に引き上げていて、スピードや回避、小回りを優先する……いわば“動き続けてなんぼ”のタイプの護衛艦です。
巨獣相手では、どれだけ装甲が硬くても、近づかれて一撃食らえば終わりですからね。
だから設計思想としては間違っていなかった。
ただ、さすがにあの時みたいな状況や、あれほど無茶な機動までは、誰も想定して造ってはいません。
ビルや車、瓦礫みたいなもんが普通に空から降ってくるんですよ。
挙げ句の果てには、アラーガの嵐で吹き飛ばされたイージス艦が上空を通過して、ほとんど“落下物”として降ってくる。
あんなのは“危険物”とか“落下物”なんてレベルじゃなくて、小型の隕石みたいなものでしたよ。
その下敷きになるかどうかなんて、運次第です。
で、そんな状況で……艦長が「突っ切れ!」って号令をかけた。
車みたいにバックができる構造じゃない以上、正しい判断なんですけどね。
ただ、あの瞬間だけは「本気かよ」と思いました。
〈あさぎり〉の上空を通過したイージス艦が、直後に海面へ叩きつけられて爆発炎上した時なんて、もう完全に血の気が引きましたよ。
そんな“限界を無視した高機動戦”を強いられていました。
波を切り裂く角度も、船体にかかる負荷も、設計上の常識を完全に振り切っていた。
一気に艦の寿命が縮むような無茶苦茶な機動で、エンジン出力は限界を超えて、機関室の壁が鳴き声みたいに震えてた。
整備班長なんて半狂乱で「アラーガの攻撃より先にうちが自爆するぞ!」と怒鳴っていました。
でも、それでも誰も止めなかった。
「止めた瞬間に全滅する」
「そこまでして戦わなければ未来はない」──誰もが、理屈じゃなく本能で理解していたんです。
あの時の〈あさぎり〉は、恐怖で動いていたんじゃない。
“使命感で恐怖を押しつぶした状態”で動いていたと言った方が正確です。
徐々にアラーガは誘導に乗ってきました。
こちらが意図して作り出した進路──艦隊全体が命を削って作り上げた“ルート”を、ゆっくり、しかし確実に進み始めた。
とはいえ、あれは“追ってきた”というより、“こちらの動きに反応して動いただけ”なんですが、行き先さえコントロールできれば十分でした。
距離を保ちながら、アラーガが想定地点から外れないよう、全艦が火力と位置をわずかに調整し続けて……。
作戦開始からおよそ1時間半。
アラーガは予定していた“核攻撃域”へと確実に近づき始めました。
その時、艦橋の空気は明らかに変わりました。
緊張は張りつめたままですが、誰の顔にもほんの少しだけ色が戻っていたんです。
「勝てるかもしれない」と。
いや──「勝たなければならない」と。
あの瞬間に艦橋にいた全員が、心の奥底で同じことを思っていました。
そしてアラーガが“核攻撃域”に到達した瞬間、海中で息を潜めていた潜水艦隊、上空でギリギリまで空域外に留まっていた航空隊──その両方が、同時に飽和ミサイル攻撃を開始したんです。
それまで温存されていた戦力の、文字通り“総力投入”でした。
本来なら序盤で撃つべき戦力を、嵐での轟沈覚悟でわざわざ温存していたのは、この瞬間に全てを集中させるためです。
攻撃開始の無線が入った瞬間、艦橋にいた全員が一度だけ息を飲んだのを覚えています。
これでダメなら後はない。
その緊張が、言葉にならない圧力になって艦の空気を押し潰していました。
ミサイルが次々と発射され、海上・海中・上空のあらゆる方向からアラーガへ殺到していきました。
ですが──それらがアラーガに直撃することは、最初から想定されていませんでした。
嵐に吸い寄せられるように呑まれ、軌道を逸らされ、海面へ叩き落とされる。
見ているだけなら“失敗の連続”ですが、それでいいんです。
あれはすべて“計画通り”でした。
俺たち艦隊はというと、ミサイル攻撃が始まる直前にアラーガから距離を取り、設定された核攻撃域からの離脱行動に入りました。
爆発の衝撃波で巻き添えにならないための措置で、速度は限界、操艦も極限状態。
機関科としては正直「これ以上は持たないぞ」という音があちこちからしていました。
飽和攻撃の中で、遠隔で爆発させるミサイルが次々に起爆され、アラーガの嵐に“穴”が生まれ始めました。
嵐は生き物みたいなもので、完全に散らせるものじゃありません。
ただ、爆発の圧力で数秒だけ、局所的な隙間ができる。
その“ほんの数秒”のために、大量のミサイルを犠牲にしていたわけです。
そして──その隙間に、私たちが持ちうる全ての核弾頭が叩き込まれました。
海中から突き上げるように、空から落下するように、そして水平線近くから駆け込むように──四方八方から核弾頭が一斉に発射されました。
あらゆる角度、あらゆる発射母体から放たれた核弾頭が、計算された射線に乗って、一斉にアラーガへ向かっていったんです。
爆発で生じた嵐の隙間に四方から放たれた弾頭が、その一筋の穴へ見事に滑り込み、アラーガの外殻へ直撃していく。
視界越しでも“当たった”と分かる衝撃でした。
そして、次の瞬間──“世界が反転した”と錯覚するほどの閃光が視界を焼きました。
嵐も、雲も、空気すらも巻き込まれて一瞬で消し飛び、海は信じられないほど巨大な水柱を吹き上げました。
その中心部には、太陽の表面を無理やり海上へ引きずり出したような、暴力そのものの光が生まれていました。
私たちは爆心地から十分離れた“安全区域”にいたはずですが……爆風は安全区域にも襲いかかってきました。
〈あさぎり〉の艦橋を叩く衝撃は、まるで巨人に殴られたようでした。
乗組員は次々と吹き飛ばされ、計器類は悲鳴を上げ、艦の装甲はきしみ、歪む音を立てました。
衝撃で床に叩きつけられた乗員も多く、俺自身も肺の空気が全部抜けるような痛みを感じたのを覚えています。
それでも艦は沈まなかった。
そして、誰一人として目を逸らしませんでした。
あれだけの地獄を見ながら、それでも全員が“結果”を見届けようとしていた。
あの瞬間、艦橋にいた全員が同じことを悟っていたと思います。
──これでダメなら、本当に終わりだ。
四方から発射されたときの轟音、無線の怒号、遠くで何層にも重なって響く爆発音……それら全部が、世界そのものを揺らす一つの巨大な塊みたいになって押し寄せていました。
“撃ち尽くした”という感覚は、後付けの感想じゃありません。
あの場にいた全員が直感的に理解していたはずです。
これ以上の総攻撃は、もうどこにも残っていない。
ようやく光が収まり、耳を塞いでいた衝撃音も遠のき、空から降る海水の雨が静かに途切れた頃でした。
視界が開けたその中心──そこに、“いるはずのないもの”が、当たり前のように浮かんでいました。
アラーガです。
火傷も、裂傷も、外殻の欠けも一切なし。
ただいつもと同じ、静かで不気味な佇まいで宙に漂っていました。
あれだけの核弾頭を四方八方から叩き込んだ直後だというのに、まるで海上散歩の途中みたいな余裕すら感じたほどでした。
そして──再び、あの嵐を纏い始めたんです。
俺たちが命懸けで作った隙間を埋め尽くしたあの暴風、氷と炎を含んだ乱気流、意思のある雷撃。
あれらをもう一度具現化し始めた瞬間、艦橋の空気が変わりました。
希望が砕ける音が、本当に“聞こえた”気がしました。
視認できる範囲のどこにも損傷はない。
能力の低下も、動揺もない。
ただ、あの怪物は──またやるつもりなのだ、と理解できました。
誰もが言葉を失いました。
無線も沈黙し、計器だけが虚しく電子音を鳴らし続けていました。
俺たちは、崩れ落ちるように座り込みました。
〈あさぎり〉はエンジンを限界以上に酷使し、船体が悲鳴を上げるほど、限界まで稼働させました。
仲間の艦は次々と沈み、それでも誘導のために砲撃を続けた。
最後には、人類が持つありとあらゆる攻撃手段、そして最終手段である核まで使い切りました。
それでもアラーガには“傷一つ”つけられなかった。
これほどの絶望が胸にのしかかったのは、生涯でただ一度、あの瞬間だけでした。
“人類の全力”が本当に意味を持たない。
その残酷な事実が、これ以上なくはっきりと、否応なく俺たちに突きつけられたのです。
光が消えて、アラーガが無傷で浮かび上がったあの瞬間から先は、もう“戦う”なんて言葉が通用する状況ではありませんでした。
アラーガが再び嵐を纏い始めたのを見た時点で、俺たちに残っていた選択肢はただひとつ──逃げることだけだった。
艦は限界まで損傷していて、弾薬もほとんど撃ち尽くし、戦闘機もヘリも嵐で出せない。
仲間も、上層部も、誰もが疲れ切っていて、正直、思考が追いついていなかった。
“逃げる以外に何がある?”という空気が、艦橋全体を支配していました。
そして、さらに残酷なのはその直後でした。
味方艦がほとんど沈黙し、海面には残骸が漂い、無線も断片的にしか繋がらない混乱の中で──アラーガは、地球そのものからエネルギーを引き出しながら、静かに進路を変えたんです。
東京へ。
報復以外の理由なんて考えられませんでした。
核攻撃の中心となったのが日本海域だった以上、狙う先は“日本最大の人口密集地”である東京。
あの怪物がそれを理解して動いているとしか思えなかった。
司令部は必死に叫んでいました。
「迎撃可能な部隊はあるか」
「避難情報を拡散しろ」
「残存航空機を──」
そんな指示が飛び交っていましたが、それを聞きながら、俺たち〈あさぎり〉の乗員は、痛いほどはっきり理解していました。
もう、止められる戦力は残っていない。
あの嵐を抜けて接近できる艦も、攻撃を届かせる航空機も、奴を傷つけられる兵器もない。
迎撃も、阻止も、牽制すらできない。
──誰もアラーガを止められない。
──じゃあ、俺たちに何が残っている?
──これ以上、いったい何ができる?
その問いが艦橋を満たし、誰もが答えられませんでした。
返答できるような希望も、戦術も、兵器も、もうひとつも残っていませんでした。
唯一残っていたのは、“どうしようもない現実を見せつけられる無力感”だけでした。
■■■■■■
日本 日本海域共同防衛任務群所属 米海軍第3艦隊・原子力空母〈フォール・リッジ〉艦長 サム・テイラー・コールマン
アラーガへの核攻撃失敗という事実は、それこそ人類の未来が絶たれたと言っても過言ではなかった。
ただでさえ前回の戦闘で主要国の艦隊は壊滅的打撃を受け、制海権も制空権も名目上のものに過ぎなかった。
その状態で立案された日米共同の決死作戦だ。
世界中で巨獣が暴走し、各国が本土防衛に手一杯な中、アメリカ軍は都市の喪失を覚悟して戦力を抽出した。
第3艦隊の残存打撃群、潜水艦部隊、戦略爆撃機、そして集積可能な核弾頭をほぼ全て投入した。
結果は──我々の損耗が積み上がっただけだった。
水上艦は沈み、航空機は帰還率を大きく下回り、潜水艦の何隻かは応答を失った。
だが、アラーガは無傷だった。
少なくとも肉体や能力に何一つ、損傷は確認されなかった。
“核兵器が通じない”。
あの瞬間、艦橋の空気が変わった。
戦術の失敗でなければ威力不足でもない。
人類が数十年かけて蓄積してきた抑止力の象徴が、根本から否定されたのだ。
ガクラはアラーガとの戦闘で敗北し、沈黙していた。
唯一、対抗可能と見なされていた存在が行動不能。
そして人類が保有する最強兵器も無効。
我々の選択肢は、事実上、消滅した。
アラーガが東京へ進行を開始した時、我々はそれが報復行動である可能性を分析していた。
核攻撃への対抗示威か、それとも人類側の政治・経済中枢を破壊するための合理的進路選択か。
意図の断定はできなかったが、いずれにせよ東京が襲撃されれば、大規模な民間人被害が発生し、首都機能を喪失した日本が国家としての統制を維持できなくなることは明白だった。
だが、我々アメリカ艦隊は、撤退を決断した。
艦載機の稼働率は10%以下。
迎撃用弾薬は事実上枯渇。
艦隊防空能力は限界値を下回り、レーダー網も損傷を抱えていた。
正規の戦闘序列を維持しているとは到底言えない、壊滅寸前の状態だった。
この状況で再交戦など現実的ではない。
仮に突入したところで、艦隊は数時間以内に無力化される。
壊滅すれば、太平洋の戦略的均衡は完全に失われ、アメリカ本土西岸の防衛線が崩れる。
我々は計算した。
東京を救う可能性と、艦隊を温存して自国を守る可能性。
その比率は、冷酷なまでに明白だった。
何をやってもアラーガを倒せない──その現実を突きつけられた我々には、もはや他国の人々を救う余裕などなかった。
戦力を失えば、自国も、同盟も、将来の反攻の可能性すら消える。
ならば選択肢は一つしかない。
東京──日本を見捨て、わずかに残された戦力を本土防衛へ振り向ける。
太平洋艦隊の残存戦力を再編し、西海岸の防衛線を再構築する。
国家として存続する可能性を、わずかでも高い方へ賭ける。
それが、軍人として提示できる唯一の現実的結論だった。
撤退命令を出したのは私だ。
この決定には、大統領と国防長官の明確な指示があったが、実際に艦を反転させ、進路を太平洋へ向け直し、全艦に撤退行動を下令したのは、空母艦長である私の責任だ。
あの時、艦橋で異議を唱える者はいなかった。
作戦参謀も、航空団司令も、誰もだ。
反対するには、再交戦によって状況を好転させ得る具体的根拠が必要だ。
だが、勝算を裏付ける材料は一つも存在しなかった。
勝算が存在しない以上、突入は勇気ではなく消耗に過ぎない。
そして消耗は、国家を終わらせる。
だからこそ、あの決断は取り返しのつかない結果を伴うと理解しながらも、我々に残された唯一の選択肢だった。
戦場での判断とは、最善を選ぶことではない。
最悪を回避することだ。
あの時の我々にとって、日本を救わないという冷徹な選択をすることが、最悪を避けるための決断だった。
https://www.pixiv.net/artworks/146988416




