災厄
アメリカ・ダラス 国防総省・戦略巨獣対策室室長(当時) マイケル・ハインリック
アラーガと世界樹の関連性が判明し、その情報がIBRCを通して各国に共有された直後、我々は“アラーガの排除”を最優先任務として即座に部隊派遣を決定した。
当然、アメリカ国内でも暴走した巨獣への防衛に相当な戦力を割かねばならず、正直なところ余裕などどこにもなかった。
だが、2003年から続いてきた巨獣災害の根源がアラーガであり、奴を排除すれば地球規模で発生していた異常が収束する可能性が高い──少なくとも、この膠着状態を打開する唯一の選択肢だという判断は、当時の司令部の総意だった。
ガクラを倒したアラーガの圧倒的な力、そして乗っ取られていたとはいえ“アラーガを失った世界樹”がどのような反応を示すかという懸念も、議論としては当然出た。
しかし、それらは作戦決定を躊躇させる理由にはならなかった。
このまま各国が自国防衛に戦力を割き続けても、かつてと同じ様にジリ貧の消耗戦が続くだけで、最終的には戦線維持そのものが不可能になるのは明白だったからだ。
つまり、敗北の未来がほぼ確実に迫っている以上、まだ各国が動ける戦力を保持している“今”こそ、アラーガと決着をつけるべきだと判断されたわけだ。
この判断は、アメリカだけの独断ではない。
アラーガの行動範囲だった日本を中心に、中国、ロシア、オーストラリアといった主要国も同様にアラーガ討伐を最優先課題とし、ほぼ同時期に戦力投入を開始していた。
“世界樹を乗っ取った存在を倒さなければ未来はない”という認識は、各国とも完全に一致していたと言える。
こうして、大阪近海に各国の部隊と艦隊が集結し、アラーガ迎撃作戦が実行に移された。
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日本・大阪 日本海域共同防衛任務群所属 米海軍第3艦隊・原子力空母艦長 サム・テイラー・コールマン
史上前例のない規模の異常現象を引き起こすアラーガを撃滅するため、我々は可能な限りの弾薬と兵器をかき集めた。
そのせいで本国の防衛網が手薄になり、いくつかの都市を失う覚悟すら必要になったが、それでもアラーガを放置する選択肢はなかった。
ガクラが敗北し、もはや彼の“守護”に頼ることは不可能となった以上、アラーガを止める最後の責務は我々にあった。
ガクラの残した棘弾による恩恵のおかげで装備はこれまでにないほど強化され、対巨獣戦用の新兵器も各艦に配備されていた。
その戦力をもって各国の部隊と合流し、我々はアラーガとの決戦に臨んだ。
本来であれば、各国海軍同士の指揮系統、交戦規約、火力配分、情報伝達系の統一──そういった基礎のすり合わせに最低でも数日は必要だ。
加えて、アラーガに関しては徹底的に調べ上げ、能力や弱点を洗い出した上で戦術を構築したかった。
しかし、当時の我々には、そんな当たり前のプロセスを踏む時間すら許されなかった。
アラーガに関する情報は、視認できた特徴と、いくつかの断片的な映像記録だけ。
それも、奴が出現して間もない時期だったため、観測も分析も全く追いついていなかった。
今から調査を進めようにも、アラーガの周囲は常に異常気象と暴風圏に覆われており、近づくこと自体が危険だった。
仮に接近できたとしても、奴の攻撃範囲に入った瞬間に撃ち落とされるのは目に見えていた。
そしてなにより、世界中で巨獣が暴走し、都市が崩壊しつつあったあの状況で、調査に時間を割く余裕などどこにもなかった。
結果として、各国が自前の戦術思想を持ち寄り、“その場の判断”で戦うという、正直に言えば場当たり的な作戦になってしまった。
正直に言えば、軍隊の作戦としては杜撰と言われても仕方がない内容だ。
だが、それほどまでに状況は逼迫していたのだ。
そして、たとえ完璧な連携体制を整え、万全の分析と準備を整えていたとしても、最終的な結果は大きく変わらなかっただろう。
アラーガという存在は、そういう敵だった。
大阪上空には、世界樹を中心として形成された巨大な嵐が渦を巻き、都市機能が完全に崩壊した領域を覆い尽くしていた。
その嵐の只中を、アラーガは重力を無視するかのように、まるで濁流を泳ぐ魚のような軌道で滑空していた。
そして、その端にはかつて我々を守護していたガクラの、明確に“死”を示す静止した巨体が横たわっていた。
あの光景は、味方の誰もが一瞬言葉を失うほど衝撃的だった。
アラーガは略奪者であるにもかかわらず、まるで最初から地球が自分の所有物であるかのように、周囲を蹂躙し、世界樹の上空を占拠していた。
その態度は傲慢というより、むしろ“当然の権利を行使している”とでも言いたげで、見る者の神経を逆撫でした。
我々がアラーガに向ける視線は、もはや敵意や憎悪といった単語では表現しきれないほど濃いものだった。
巨獣災害を巻き起こし、各国の都市と国家機能を破壊し、家族の命を奪い、未来を踏みにじった元凶。
その中心にいる存在を、許す理由など一つも無かった。
我々は、その時点で保持していたあらゆる火力と兵装をアラーガに向けて叩き込んだ。
艦隊による斉射、巡航ミサイル、戦闘機部隊の対艦・対地ミサイル、武装ヘリによる飽和攻撃……。
しかし、そのほとんどは大阪上空の嵐に呑まれ、乱流に弾かれ、あるいは軌道を失って霧散した。
幸運にもアラーガに到達した弾頭も、奴の外皮に傷を刻むことすら叶わなかった。
その後に起きたのは、自衛隊が初遭遇時に経験した事象の“再現”と言って良いものだった。
アラーガを中心に吹き荒れる炎と氷を孕んだ暴風は、戦闘機や武装ヘリから操縦権を奪い取り、姿勢を崩した機体は次々に海面か市街地へと叩き落とされた。
豪雨はセンサーと目視の両方を遮断し、電子機器は断続的に誤作動を起こし、隊形維持すら困難になった。
歪んだ重力場の発生によって、艦は海面から持ち上げられ、真横に滑るように振り回された。
通常の荒天や衝撃とはまったく異なる挙動で、艦そのものが“空中で捻じ曲げられている”としか思えなかった。
上空からは、アラーガに引き寄せられたビルや車両、橋梁の破片が、隕石のような速度で降り注いだ。
それらは回避可能な脅威ではなく、ただ“落ちてくる場所にいないことを祈る”しかない代物だった。
重力に翻弄されながらも、なお砲撃を続けた艦もあった。
しかし、その努力は結果として“悪あがき”と形容するしかなく、アラーガに対して有効打を与えた例は一つとして確認されなかった。
むしろ、重力で浮かび上がった艦艇が、数万トンそのままの重量を武器として味方陣形に落下し、直撃した部隊は一瞬で壊滅した。
この戦いにおいて“艦隊陣形を維持していたこと”そのものが、最大の失策だったと言える。
そして最も致命的だったのは、あの“黄金の雷”だ。
落雷のように見えて、その実態は落下軌道も照準も一定せず、まるで意思を持つかのように艦隊と航空戦力を正確に狙い撃った。
まともに命中すれば、艦は装甲ごと焼き切られ、内部機器はすべて沈黙し、数秒後には爆発か浸水で力尽きる。
護衛艦が一隻、また一隻と稼働を失い、海面には黒煙の柱がいくつも立ち上った。
アラーガとの戦闘は、軍事的な意味で“戦い”とは呼べなかった。
指揮統制も戦術も、戦力配備も、すべて“地球外の侵略体”の前では意味を失っていた。
我々はただ、“自然災害と未知の生物が一体化した存在”に対して、一方的に蹂躙されていった。
戦闘というよりも、災厄の中心に放り込まれ、耐え続けたにすぎない──それが、あの大阪沖での現実だった。
我々は、もはや“戦う”という選択肢を完全に失っていた。
アラーガに対して攻撃を加えるどころか、近づくことすらできない。
残されたのは、“逃げる”という行動だけだったが、すでにそれすら満足に遂行できなかった。
救助もままならなかった。
嵐の猛威、アラーガの重力波で瓦解した陣形、宙を舞って落ちてくる艦艇や構造物の残骸、そして吹き飛ばされた艦から流出した燃料や破片で乱れた海流。
こうした環境では、艦長として当然下すべき“撤退判断”そのものが成立しなかった。
指揮系統も視界も通信も、嵐と雷撃で分断され、誰がどこにいるのかすら分からなかった。
生き残っている兵士を一人でも多く救いたい──艦長として、そして同じ戦場に立つ者として当然の思いだったが、判断の優先順位は逆転していた。
“助けようとして巻き込まれる人数の方が増える”状況では、心を殺し、見捨てるしかなかった。
その決断は正しかったのか、間違っていたのか、今でも自分では答えを出せない。
こうして、我々は敗北した。
地球を奪い、世界樹を乗っ取った侵略者──アラーガに対して、合同艦隊は一矢報いることもできなかった。
ただ蹂躙され、力尽き、後に残ったのは沈黙と残骸だけだった。
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