樹
日本 国際巨獣研究委員会 日本支部 総責任者 巨獣災害対策統括官 加島達哉
ガクラから奪い取った“核”をアラーガが取り込んだ直後──そして、“世界樹”が地球各地で一斉に発生したその瞬間から、世界の均衡は完全に崩壊しました。
以降、各地で確認されていた巨獣たちは凶暴化し、従来の行動パターンを無視して都市を次々と襲撃。
さらに、新たな巨獣の出現報告が相次ぎ、同時に、各国で異常気象や大規模な磁気嵐、地殻変動までが発生しました。
そのすべての中心に、“アラーガ”と“世界樹”が存在していたのです。
我々IBRCは、これを「アラーガ現象」と定義し、調査隊が大阪で発見した火星探査隊のシャトルの残骸、アラーガ、そして2003年から続く巨獣出現現象のすべてが、火星で発見された“種”を起点にして連なっている可能性が極めて高いと判断しました。
以後、私たちは大阪で回収されたサンプル、特に“繭の粘液”とされる物質の解析を最優先とし、そこから巨獣出現の因果構造、さらには地球そのものへの影響を探る研究を進めました。
結果として判明したのは、やはり──火星探査隊が発見した“種”の正体が、アラーガそのものであったという事実です。
そしてもうひとつ重要だったのは、地球上に出現した“世界樹”の遺伝情報が、その“種”と非常に近いにもかかわらず、別系統の存在、いわば同族種であるという点でした。
解析の過程で我々が注目したのは、その遺伝子構造です。
アラーガ由来の“種”には、未知の遺伝子しかありませんでした。
一方で、世界樹の遺伝子には、アラーガと同様の遺伝子に加えて──地球上の動植物、巨獣、さらには古代生物の遺伝情報までが複雑に組み込まれていました。
そして、ガクラもまた、世界樹と同じ遺伝子構造をしていたことを踏まえると、あの“核”の正体は世界樹にとって重要な物である可能性が非常に高い。
これらの研究結果と、現場から集められた証拠、そして後に判明する事実を突き合わせた時──私たちは、あるひとつの結論に行き着きました。
……ただし、これからお話しするのは、科学の範疇を超えた仮説です。
正直に言えば、私自身もこれを口にすることに抵抗がありました。
映画やアニメの脚本だと言われてもおかしくない。
それでも、現象を説明できるのは、これしかないのです。
──“世界樹”は、地球そのもの。
おそらく地球は、その誕生の段階で、“世界樹の種”を中心核として形成された。
宇宙空間を漂っていた隕石や微惑星を引き寄せ、取り込み続けることで、現在の惑星構造へ成長していったのです。
つまり、“世界樹”とは単なる植物ではない。
地球という巨大生命体を維持する骨格であり、脳でもあったということです。
これまで人類がその存在を把握できなかった理由も、ある意味では単純でした。
“世界樹”は、地中の遥か深部に存在していたのです。
これまで地球内部を再現したとされる再現CGや模型も、あくまで全て既存の科学で推定したものでしかありません。
人類は地球を理解しているつもりで、その表層を僅かに観測していただけだったのです。
世界最深とされるマリアナ海溝ですら、地球規模で見れば皮膚表面の浅い傷程度に過ぎない。
コラ半島超深度掘削坑に至っては、地球からすれば針で軽く突いた程度の深さしかない。
僅かでも存在を証明するものがあれば、話は変わっていたかもしれませんが、人類が決して到達できない領域に存在していたのなら、分かりようもありません。
では、アラーガとは何なのか?
私たちの推定では、火星を形成したが、地球になれなかった存在──つまり、「失敗した世界樹」だったのではないかと考えています。
周知の通り、火星は地球と比較して極めて乾燥しており、安定した液体の水を保持できず、生物圏の形成には至らなかった。
動植物の痕跡も確認されておらず、現在観測されている限りでは「生命活動が定着しなかった惑星」です。
彼らにとって「生命ある惑星」とは何を意味するのか。
それは我々人類にとっての“健常な肉体”に相当するものなのか。
あるいは、単に活動のための媒体に過ぎないのか。
現時点では、その認識の内実までは解明できていません。
ただし、少なくとも彼らが“生命圏の成立した惑星”を前提として機能する存在であることは、これまでの挙動から明らかです。
では何故、火星がその役割を果たせなかったのか。
欠落した遺伝子なのか、環境的・軌道的要因なのかは、まだ断定できません。
アラーガとは、本来なら火星で芽吹き、“世界樹”となるはずだった存在。
だが、それを果たせなかった。
だからこそ奴は、自らがなれなかった“完成体”を求めた。
すなわち──地球の“世界樹”を侵食し、その中枢を奪い取ることで、“地球そのもの”を自らの肉体として乗っ取ろうとしていたのです。
解析班が行ったシミュレーションによれば、アラーガが世界樹と接続した瞬間、地球内部のエネルギー循環──地殻、マントル、深部水系、地磁気──これらすべてに、本来では観測されるはずのない単一方向の指令波が走りました。
その直後から発生した異常気象──極地の気温上昇、熱帯低気圧の連鎖発生、逆転したジェット気流、高濃度の植物性胞子の拡散。
いずれも通常の地球環境では説明がつかない現象で、むしろ“地球そのものが外部から上書きされている”と解釈するほうが合理的でした。
これまで世界樹は、地球という生命体の内部で非常に微弱な調整を行い、惑星規模の安定を保っていたと推測しています。
しかし、アラーガが介入して以降、その調整波形は完全に変質し、世界樹本来の制御は奪われました。
その結果、地球全体が拒絶反応を起こし、惑星規模の異常が連鎖的に発生した。
巨獣の暴走も、異常気象も、人類が観測できた変化はその“表層”にすぎなかったのです。
もしかすると、地球の世界樹もまた、近くに存在する“火星のアラーガ”の性質と目的を察知していたのかもしれません。
世界樹の反応に呼応するように巨獣が凶暴化したことから、巨獣の存在や攻撃性そのものが、アラーガのような外来の侵略者に備えた惑星規模の“防衛機構”であった可能性さえあります。
つまり彼らは、単なる怪物ではなかった。
地球という生命体が、自らを守るために生み出した免疫細胞に近い存在だったのかもしれないのです。
もし、その仮説が正しいのだとすれば──火星由来の“種”が、これまで直接的に地球を侵食できなかった理由についても説明がつきます。
地球には既に、“世界樹”という正規の中枢と、それを守る防衛機構が存在していた。
しかし、その均衡が破れたのは──人類が火星探査隊を送り、アラーガの“種”を地球へ持ち帰ってしまったことでした。
迂闊に地球へ近づけば、世界樹の防衛機構──巨獣群に阻まれる。
アラーガは、そのことを理解していたはずです。
だからこそ、火星に到達した火星探査隊を“利用”したと考えるのが自然でした。
探査隊は火星の地表で、アラーガの“種”を発見しています。
しかし、その位置は不自然でした。
種に付着していた土壌サンプルと火星形成期の地質モデルと照合すると、本来は地殻深部に埋没しているはずの層に属する物質で、探査隊が偶然掘り当てられる位置ではありません。
──つまり、“アラーガ自身が発見される位置へと移動した可能性”が高い。
しかも、発見後もアラーガの種は一年半もの間、一切の活動を示さなかった。
その沈黙が、探査隊と地球側の研究者に「地球に持ち込んでも問題ない」という誤認を生んだのです。
もちろん、内部から観測された膨大なエネルギー反応に対し、危険性を指摘する声は存在しました。
ですが皮肉なことに、その異常なエネルギー量こそが、逆に“貴重な研究対象”として地球に持ち帰る判断を後押しした。
それが意図的なものかどうかは不明ですが、どちらにせよ、それがアラーガにとっては最も都合の良い誘導になってしまったわけです。
そしてシャトルに搭載され、地球への輸送ルートに乗った時が、アラーガにとって唯一の侵入機会でした。
我々の解析では、帰還途中に発生した「火星探査隊シャトル墜落事件」も、偶然ではなくアラーガが自ら引き起こした意図的なクラッシュだった可能性が高いと出ています。
人類の手から離れつつ、なおかつ地球の世界樹に検知されない形で着地する。
最も効率的な侵入手段が「墜落」だったのでしょう。
そして、地球への侵入に成功したアラーガは、密かに移動を開始し、大阪地下深部に存在していた“世界樹”へ到達した。
そこで奴は、“世界樹”へ取り付き、その制御機構を長い年月をかけて徐々に侵食していったのです。
以降、およそ52年。
アラーガは、“世界樹”という新たな肉体を、自らへ適応させ続けていたのでしょう。
言い換えれば、それは“地球という惑星そのもの”に自身を馴染ませる期間であり、同時に、“世界樹”が有していた力と機能、その制御系統を、自らの仕様へと書き換えていく工程でもあったのです。
実際、年代を追うごとに大阪周辺で異常気象や環境変動が加速していった事実を踏まえれば、それらは侵食と同化が進行した結果として発生していた現象だったと考えるのが自然でした。
また、後年、調査隊が地下深部でアラーガと接触したことで“覚醒”が発生した件についても、我々IBRCの認識では、それはあくまで最後の“引き金”に過ぎません。
既にその時点で、“世界樹”の書き換えはほぼ完了していた。
アラーガは、あと一歩で完全覚醒に至る段階まで到達していたのです。
そして──2003年から始まった“巨獣時代”。
世界各地で発生した巨獣の出現と暴走現象についても、我々は単純な侵略行為とは考えていません。
むしろ、それらは“外来異物”に対する地球側の拒絶反応。
言うなれば、惑星規模で発生した“アレルギー反応”に近い現象だった可能性があります。
本来、巨獣とは“世界樹”を守るための防衛機構だった。
ですが、その守るべき中枢は、既にアラーガによって侵食され、内部から成り代わられていたのです。
つまり彼らは、“地球を侵略している敵”の存在を本能的には感知していた。
実際、地球側の免疫機構が巨獣を生み出し続け、さらには環境適応によって多種多様な派生種まで発生させていた事実を踏まえれば、“何か”に対抗しようとしていたのは間違いないでしょう。
しかし、その一方で致命的な問題が存在していたのです。
その敵であるアラーガは既に、守るべき“世界樹”と一体化してしまっていた。
本来排除すべき異物が、地球中枢へ深く食い込み、内部から制御系そのものを書き換えていた。
そのため、防衛機構である巨獣たちは、“敵の存在”は感知できても、“敵そのもの”を正確に識別できなかったのです
どこに“敵”がいるのか分からない。
何を破壊すればいいのかも分からない。
例えるなら、免疫機能が暴走した自己免疫疾患に近い状態だったのでしょう。
だからこそ彼らは、通常の生物と同じように、本能へ従って行動するしかなかった。
捕食し、繁殖し、縄張りを争う。
生態系へ適応し、それぞれの環境に合わせて進化を繰り返していく。
本来果たすべき役割を見失ったまま、それでも生物として存在し続ける。
それはある意味で、免疫機構としての役割を失った防衛兵器が、野生化していく過程だったのかもしれません。
ですが、防衛本能そのものは消えていなかった。
だからこそ、あれほど異常な攻撃性と獰猛性を有していた。
人類や都市への襲撃も、単なる捕食行動や縄張り争いだけではなく、“何かを排除しなければならない”という本能の延長線上にあった可能性があります。
自分たちでも理解できない焦燥。
説明不能な敵意。
標的を見失ったまま燻り続ける、防衛本能──それらが、強い攻撃性という形で噴出していたのです。
そして、アラーガが完全に“世界樹”の書き換えを完了し、覚醒した後ですら、その状況は変わらなかった。
むしろ、地球側の免疫反応はさらに激化した。
地球側の免疫機構はなおも反発を続け、本能的には、“何かが決定的におかしい”と認識している。
しかし、その原因を特定できない。
既に中枢を奪われていた以上、巨獣たちはアラーガ出現してもなおも、“本当の敵”を特定できていなかったのです。
結果として彼らは、本能のまま暴走し続け、世界各地を破壊していった。
地球という生命体そのものが、侵略された自らの肉体の中で、出口のない拒絶反応を起こし続けていく。
それは侵略者の手先というよりも──自らの役割を見失い、狂い続けた免疫機構の末路だったのかもしれません。
無論、この一連の説は状況証拠に過ぎません。
しかし、地球侵入から世界樹掌握までの流れを時系列で照合すると、アラーガが目的を持って地球へ侵入し、世界樹の主導権を奪取したという推定は、ほとんど否定できないレベルに達しています。
──それならば、“世界樹”に宿っていたはずの“地球の意思”は、どうなっていたのか。
同族であるアラーガが、明確な意思と思考能力を持って行動していた以上、“世界樹”にも同様に、“地球そのものの意思”が存在していたと考えるのが自然です。
では、それはアラーガに乗っ取られたのか。
あるいは侵食され、塗り潰される形で消滅したのか。
それとも、“世界樹”という肉体だけを奪われ、別の場所へ退避、あるいは分離して存在していたのか。
当時の我々には、そのどれも断定できませんでした。
そして、この問題をさらに複雑にしていたのが──ガクラの存在です。
ガクラの肉体は、“世界樹”と極めて近似した遺伝子構造を有していましたが、その起源を辿れば、あれは本来、“網倉雅久という一人の少年が変異した存在”に過ぎない。
つまり、後天的に“世界樹”と接続、あるいは同質化した可能性が高かったのです。
では、雅久はいつ、どこで、“世界樹”と接触したのか。
あるいは──ガクラの主要器官であった、あの“核”。
その内部に、“地球の意思”そのものが宿っていたのではないか。
そうした可能性も含め、我々は幾つもの仮説を立てました。
ですが結局のところ、“地球の意思”がどこに存在していたのか。
そもそも、まだ存在しているのか。
どの段階で失われたのか。
それすら特定できていませんでした。
そして、当時の我々には、それを悠長に調査している余裕がありませんでした。
“地球の意思”の所在を解き明かすことよりも先に、目前で進行し続けるアラーガによる災厄を止めなければならなかった。
その優先順位だけは、現場の誰にとっても疑いようがありませんでした。




