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暗嵐禍

日本・大阪 日本航空自衛軍 第3戦術航空群司令 少将 鷹津敬一郎


 我々第3戦術航空群に出撃命令が下ったのは、あの“嵐”が大阪湾上空で観測されてからすぐだった。

 防衛大臣直轄の特命任務として、当初は“観測飛行”の予定だった。

 巨獣の活動が確認されていない段階で、武力行使は控える方針だった。


 しかし、出撃からわずか十数分後、我々は想定外の事態に直面した。

 嵐の中心部で観測されたエネルギー反応が、急激に膨張を始めた。

 気象観測装置の警告が鳴り止まず、機体の計器が狂い始めた。

 それとほぼ同時に、レーダー上に“未知の巨大反応”が浮上。


 最初にそれを肉眼で確認したのは、僚機〈ブルー2〉だった。

「何かが空を泳いでいる」と通信が入り、我々が視認したのは、浮遊する“何か”だった。


 あれを“生物”と即座に判断できた者はいなかったと思う。


 暗い雲の中から突き上がるように姿を現したのは、三つの首を持つ巨獣。

 嵐は奴を中心に形成されていた。

 つまり、“嵐が生んだ巨獣”ではなく、“巨獣が嵐を生み出していた”。


 我々は即座に識別信号を送信し、後方の司令部へ映像を中継。

 以降、その巨獣は政府命名により“アラーガ”と呼称されることになった。


 その後、〈ブルー3〉が電磁干渉により制御を失い、墜落。

 回避行動を取った他の機も次々と計器不良を起こし、飛行維持が困難になった。

 まるで嵐そのものが意志を持って、我々を排除しようとしているようだった。


■■■■■■


日本・大阪 海上自衛隊自衛艦隊 第2護衛隊群司令部旗艦〈くろかみ〉艦長  一等海佐 江島誠司

  

 アラーガの出現に呼応するかのように、世界各地で巨獣が一斉に凶暴化した。


 沿岸警戒網は次々に破られ、各国の防衛線は崩壊寸前。

 司令部から共有された情報も断片的で、正確な全体像を掴める者は誰もいなかった。


 正直に言えば、この段階で“防衛”という言葉はもう機能していなかった。

 あれは延命措置だ。

 都市を守るのでなく、崩壊を少しでも遅らせるための時間稼ぎに等しかった。


 そんな中で、ヨーロッパ近海で活動していたガクラが突如、進路を変え、急速に日本方面へと移動を開始した。

 航跡解析の結果、その進路は一直線に大阪を指していた。


 本来、周辺の巨獣を優先的に排除し、人類居住圏を防衛する行動を取るはずのガクラが、あの日に限っては、まるで“何かに導かれる”ようにして、地球半周をかけてインド洋を横断し、ただ一点、大阪へと向かっていた。


 我々が得た行動データを照合した結果、その目的は明白だった。

 標的は、アラーガ。


 当時、我々はすでにアラーガを通常の巨獣とは異なる“現象的存在”として分類しつつあった。

 しかし、ガクラがそれを“優先排除対象”と認識して行動していたとすれば、アラーガは巨獣の枠組みを超えた、生態系そのものを脅かす存在だったということになる。


 既に航空自衛軍第3戦術航空群が大阪上空で嵐の観測を実施していた。

 彼らは雲層の奥から断続的な光源を確認し、熱源観測ではガクラの進行とアラーガの反応が完全に同期していることを掴んでいた。

 

 この時点で統合幕僚監部は、両者の間に何らかの“因果的な関係”が存在すると判断した。

 ただの接触ではなく、呼応反応──互いの存在を感知しているような動きだった。


 我々は直ちに艦隊を再編し、大阪近海へ展開した。

 第2護衛群を基幹とし、僚艦には対空戦闘能力の高い護衛艦を優先配置。

 後方には補給艦を退避させ、万が一の電磁障害や衝撃波に備えて艦間距離を通常より広く取った。

 

 作戦目的は明確だった。

 アラーガの撃破、もしくは行動不能化。

 そのための“ガクラとの共闘戦術”だ。


 基本は単純だ。

 人類とガクラが連携して巨獣を叩く──日本ではもう何度もやってきた、手順の確立された作戦だった。

 ガクラが主攻を担い、我々は周辺巨獣の排除、エネルギー観測、戦域の封鎖を担当する。

 ガクラの進路を妨げないこと、熱線発射時の後方安全域を確保すること、この二点が最優先事項だった。

 

 だが、現場に到達した瞬間、その“いつもの作戦”が通用しないことは誰の目にも明らかだった。


 ガクラが紀伊水道沖に到達した時、アラーガは艦隊を完全に無視していた。

 対空レーダー照射にも、艦砲の測距にも、電子戦波形にも、反応ゼロ。

 俺たちを障害物としてすら認識していない。

 三つの首は、一直線にガクラだけを見据えていた。


 艦橋モニターに映った映像は、今でも忘れられない。

 黄金色に発光する嵐の中心で、三つの首を持つ巨体がうねっている。

 その正面に、海面を押し割るように立つ黒い影。


 ガクラとアラーガが、互いだけを見据えて対峙していた。


 現場の環境は、戦闘海域として成立していなかった。

  

 海象は完全に異常だった。

 平均波高は20m超。

 最大瞬間では30m近くまで達していた。

 艦体は常に横揺れと縦揺れを同時に受け、安定射撃は事実上不可能。

 レーダーは黄金の発光に伴う高エネルギー粒子で乱反射を起こし、ソナーは水中の乱流と気泡層で減衰。

 観測班は光学と赤外線に頼らざるを得なかった。


 “黄金の嵐”という第一報を受けた時、正直に言えば誇張だと思っていた。

 本当に光の嵐だった。

 空気そのものが帯電し、雲は内部から発光していた。

 海面も同じ色で輝き、水平線は存在しなかった。

 空と海が同時に発光していている異様な世界で、距離感も方向感覚も狂う。


 あれは自然現象じゃない。

 戦場そのものが書き換えられていた。


 その中心に、確かに二つの巨影があった。


 海面から浮かび上がる黒い巨体──ガクラ。

 空を泳ぐ三首の黄金の巨獣──アラーガ。


 先に動いたのはガクラだった。

 口腔内が一気に発光し、赤い熱線が放射された。


 観測班の即時解析では、出力は過去の戦闘記録と同等か、それ以上。

 放射の瞬間に発生した圧力波だけで周囲の海面がえぐれ、艦体が横から叩かれたみたいに揺れた。

 熱線そのものが当たっていないのに、余波だけで船体が悲鳴を上げる。


 だが、アラーガはほぼ同時に反応した。


 三つの首が揃って開き、それぞれから黄金の光線が放たれた。

 色も輝度も微妙に違う三本の光が束になって、真正面からガクラの熱線にぶつかった。


 衝突は、文字通り空間が歪むような衝撃だった。

 赤と黄金がぶつかった瞬間、周囲の雲層が円形に吹き飛んだ。

 海面は爆発的に抉れ、蒸気柱が立ち上る。


 しかし、接触した瞬間、勝負は決まっていた。


 拮抗じゃない。

 ガクラの熱線は押し返されたというより、上から潰された。

 三本の光がそのまま貫通する形で熱線を弾き飛ばし、逆流する勢いでガクラへ叩き込まれた。


 光線は直撃した。


 ガクラの胸部に着弾した瞬間、衝突点で閃光が爆ぜた。

 一瞬だけだが、周囲が昼間みたいな明るさになり、距離も方位も関係なく、全部が金色に塗り潰された。


 その影響は艦にも来た。


 CICのモニターが一斉にホワイトアウト。

 レーダー波形はフラットライン化し、電圧が急降下。

 警報音が重なり、非常灯が点滅。

 電力系統が瞬間的に遮断された。

 EMPに近い波形だったが、完全な電磁パルスとも違う。

 エネルギー場そのものが干渉したと考えるほうが近い。


 非常電源へ切り替わるまでの数秒間、艦内は本当に音が消えた。

 エンジン音も機器音も聞こえない。

 ただ、揺れだけが伝わってくる。


 戦闘中の艦で“沈黙”が発生するなんて普通はあり得ない。

 あの瞬間だけ、俺たちは戦場から切り離されたみたいな感覚だった。


 あの数秒は長かった。

 外の状況が一切分からない。通信も途絶。各艦の応答もない。


 再起動後、最初に回復したのは外部光学カメラだった。

 映像に映ったのは、爆風に押し下げられながらも踏みとどまるガクラの姿だった。

 直撃した胸部が赤熱し、黒い皮膚の一部が剥離しているが、まだ倒れてはいなかった。


 一方で、アラーガは高度を維持したまま旋回していた。


 それまで、熱線はガクラ固有の能力だと考えていた。

 観測記録上、同等の能力を持つ巨獣は確認されていない。

 だからこそ、ガクラは戦局を変えられた。


 だが、アラーガは同質の攻撃を持っていただけじゃない。

 出力も制御も全て上だった。


 観測班が動揺したのは当然だ。

 計測値が常識の範囲外だった。

 エネルギー密度が理論限界を超えているという表示が出た。機器の誤作動を疑う声も上がったが、複数系統で同一数値を示していた。


 アラーガが通常の巨獣とは別格だという認識はすでにあったが、あの瞬間にそれが現実として突きつけられた


 砲雷長が必死に射撃許可を求めてきていた。

 対艦ミサイル、対空ミサイル、127ミリ速射砲、すべてスタンバイ済み。

 射撃管制は復帰している。

 撃てる状態だ。


 規定通りなら即時射撃。

 ガクラへの援護射撃を実施する局面だった。


 だが、俺は即答できなかった。


 目の前で起きているのは、火力の問題じゃない。

 ミサイル一斉射でも、艦砲斉射でも、あの干渉域に弾頭が到達する保証はない。

 仮に到達しても、爆発が戦局に影響するとは思えなかった。


 俺たちの兵装が介入できる領域を、完全に超えていた。

 撃たないという判断は重い。

 海上自衛官として、目の前の敵に対して何もしないという選択は本能に反する。


 だが、直感が告げていた。


 “人類とガクラ対巨獣”という構図は、もう成立していない。


 それからの戦闘は、一方的だった。


 アラーガは明確に戦闘の主導権を握っていた。

 炎、氷、雷──それぞれが独立した自然災害の規模で同時発生し、さらにその中心で重力場の異常が観測された。

 CICの記録では、局地的に重力加速度が乱高下している。

 通常値を下回った直後に急上昇する。

 計測器が誤作動を起こしている可能性も疑ったが、複数艦で同時に同様の数値を示していた。


 アラーガの咆哮は、単なる音波じゃない。

 雷鳴に似た衝撃が空気を震わせた直後、周囲の海水が一斉に蒸発した。

 海面が一瞬で白く染まり、水蒸気の柱が幾本も立ち上がる。

 水位が目視で分かるほど低下したのを確認している。

 

 沿岸部の廃墟群も異常だった。

 重力の歪みに巻き込まれた建造物が地面から浮き上がり、回転しながら空中で衝突する。

 鉄骨とコンクリートが空中で砕け散り、破片が嵐に吸い込まれていく。

 あれは単なる天候操作じゃない。

 後の分析報告でも「局地的空間歪曲現象」と記載されている。

 物理法則の一部が不安定化していた可能性が高い。


 その中心で、嵐の直撃を受けながらも、ガクラは後退しなかった。

 炎に包まれ、氷塊に叩かれ、雷撃を受けながら前進する。

 映像上では、外皮の複数箇所が焼損しているのが確認できた。

 だが動きは止まらない。


 ガクラは嵐の内部に突入し、アラーガへ肉薄しようとした。

 距離が詰まれば、接近戦に持ち込める。

 あれまでの戦闘では、それが勝利のパターンだった。


 しかし、三首が同時に反応した。


 三方向から放たれた光線が、ガクラの進路を正確に封鎖した。

 回避の余地はなかった。

 直撃を受けたガクラは弾き飛ばされ、海面へ叩き落とされる。


 その瞬間、低い音が響いた。

 呻きに近い音だった。

 苦痛なのか、怒りなのかは分からない。

 だが、それまでの戦闘記録には存在しなかった反応だ。


 衝撃波が外周まで到達し、〈くろかみ〉の船体が大きく傾いた。

 傾斜警報が鳴り、艦橋の要員が一斉に手すりに掴まる。

 波が割れ、海面が一瞬だけ陥没したように見えた。


 信じられなかった。


 2045年の初出現以来、ガクラは常に優勢だった。

 あらゆる巨獣を討伐し、人類の守護者と呼ばれた存在が、初めて明確に押し込まれていた。


 アラーガの猛威に圧倒されながらも、俺たちは支援攻撃を試みた。


 対艦ミサイル、対空ミサイル、127ミリ砲。

 射撃管制は正常。弾道計算も誤差なし。


 だが、着弾しない。


 誘導弾は直撃寸前で軌道が逸れた。

 推進装置が誤作動したわけじゃない。

 外力で曲げられている。

 ある弾は空中で減速し、嵐に飲み込まれて消えた。

 別の弾は逆方向へ弾かれ、海中へ落下した。


 航空隊も同様だ。

 戦闘機の編隊が嵐の外縁に接近した直後、レーダーから一機ずつ消える。

 通信は断片的で、「高度維持不能」「制御不能」という言葉が繰り返された。

 管制は脱出を指示していたが、あの戦場に安全圏は存在しなかった。


 上空では炎に包まれた機影が落下し、次の瞬間には巨大な氷塊が降り注ぐ。

 海面には稲妻が走り、波が反射するたびに黄金の閃光が重なっていく。

 視界そのものが発光していた。


 完全にアラーガの支配領域だった。


 攻撃が成立しない戦場というものを、俺はあの時初めて見た。


 アラーガは一度もこちらを見なかった。

 だが、存在しているだけで周囲が破壊される。


 嵐の余波だけで艦隊は制御を失い、舵が効かなくなる。

 艦橋前面の装甲が高熱で赤く染まった直後、急速に冷却され、表面が凍結した。

 熱膨張と収縮で外板が軋む音が内部まで響く。


 直接攻撃を受けたわけじゃない。

 それでも損傷は拡大していく。


 あれは戦闘による余波というより、アラーガという存在そのものが“災厄”として、全てが破壊されていく状況だった。


 重力が乱れ、気圧が跳ね上がり、電磁ノイズが全周波数帯で発生する。

 艦内の簡易観測値ですら、常に警告域を振り切っていた。

 物理法則が局所的に書き換えられている、という分析報告は誇張じゃない。


 その中心で、まともに戦えていたのはガクラだけだった。


 光線と嵐で損傷を受けながらも、ガクラは動きを止めなかった。

 雷と重力の乱流を掻い潜り、わずかな隙を突いて熱線を放った。

 今度は溜めが短い、瞬発的な高出力熱線。

 その赤い光が嵐の気流も放電もねじ伏せる形で貫通し、アラーガの胸部中央に直撃した。

 黄金の外殻に赤い閃光が食い込み、衝突点で赤い爆光が走った。


 あの瞬間、俺はようやく一撃が入ったと思った。

 初めて有効打が通った、と。


 だが、崩れなかった。


 直撃した胸部に、別のエネルギー場が形成され始めた。

 黄金色の光が渦を巻き、収束する。

 アラーガは熱線を受け止めたまま、熱線のエネルギーが拡散するどころか、まるで熱線そのものを取り込み、それを増幅させていた。

 胸部の光が膨張し、ガクラの熱線はおろか、奴の光線よりも明らかに規模が大きい。

 

 吸収だ、と観測班が叫んだ。

 

 三つの首が同時に天を仰いで咆哮した瞬間、胸部に形成されたエネルギー塊が解放された。


 巨大な光線だった。


 ガクラの熱線をそのまま上位出力で再構築したような光。

 押し返すどころか、圧殺する規模だった。


 ガクラは直撃寸前で身を捻り、回避した。


 だが、光線が通過した海面は割れ、衝撃波で〈くろかみ〉の艦体が持ち上がった。

 衝撃波で水柱が何本も立ち、割れた海には海底が露出した箇所すらあった。

 

 重量数千トンの艦が、波じゃなく空圧で浮く。

 着水と同時に艦体が軋み、複数区画で警報。

 艦内では計器が一斉に故障。

 表示系が消え、通信は完全に崩壊した。

 甲板では炎が走ったかと思えば、次の瞬間には凍結が広がる。


 状況判断も編成維持も意味をなさない。

 飛び交っていたのはただ一つ、「持ちこたえろ」という怒号だけだった。


 もし、あの反射光線がガクラに直撃していたら──あの時点で戦いは終わっていた。


 そう断言できる威力だった。


 この時点で、統合幕僚監部からは作戦中止と撤退命令が出ていた。

 だが正直に言えば、命令が届く前から戦闘は成立していなかった。


 攻撃手段は事実上無力化。

 嵐の影響で各艦は航行不能に陥り、推進を維持できる艦から順に海域を離脱させるしかなかった。


 隊形維持も統制も不可能。

 生き残るために動ける艦から逃がす、それが限界だった。


 その間も、ガクラは戦おうとしていた。


 嵐の中心で、黒い巨体が何度も姿勢を立て直し、衝撃波で海面に叩きつけられても、次の瞬間には四肢で海を掴むようにして体勢を戻す。

 闇雲な動きでなく、状況を分析し、最善手を選ぼうとしている動きだった。


 だが、有効打は入らない。

 接近戦は三首の光線で封じられ、棘弾は嵐に弾かれて軌道を失う。


 だからガクラは、隙を見て熱線を多用するしかなかった。


 戦いの様子を見れば、熱線が吸収される可能性を理解していなかったとは思えない。

 あれだけの知能を持つ存在だ。

 一度起きた現象を学習していないはずがない。


 それでも撃つしかなかった。


 吸収され、打ち返されると分かっていても、

 ガクラが持つ攻撃手段の中で、唯一アラーガの中心部へ到達し得るのが熱線だけだった。


 棘弾は届かない。

 接近戦は封じられる。

 残る選択肢は、危険を承知で撃ち続けることだけ。

 吸収されない可能性、わずかな条件差で貫通する可能性に賭ける──それしか他に手がなかった。


 完全にジリ貧だった。

 時間が経つほどガクラの損耗は増え、アラーガの出力は落ちない。


 そして、その膠着の中で“あれ”が起きた。


 アラーガがゆっくりと浮上を始めた。

 嵐の中心からさらに高度を上げ、三首を広げる。


 全身が黄金に発光し始めた。

 同時に、異常が大阪側で発生した。

 地表が発光した。

 

 最初は散発的だったが、数秒で面状に広がる。

 瓦礫と化していた市街地、崩落したビル群、露出した地盤。

 それらが一斉に淡い光を帯び始めた。


 すると、地上から無数の光が立ち上った。


 帯状になった光が、吸い上げられるように空へ伸びる。

 破壊された建造物の残骸、地中の構造物、地下インフラの痕跡──あらゆる場所から光が抜け出すように立ち上る。

 そのすべてが、アラーガへ向かって収束していった。

 光は途中で分散せず、風にも乱流にも影響されず、直線的に、あるいは螺旋を描いて中心へ吸い込まれていく。


 まるで都市そのもの──いや、地球そのもののエネルギーが、アラーガに吸収されているようだった。


 その光はアラーガを中心に渦を巻き、巨大なエネルギー塊を形成し始めた。

 直径は秒単位で拡大する。

 発光強度は先ほどの反射光線を上回る。

 熱量だけでなく、重力偏差も検知された。

 規模はそれまでの攻撃とは比較にならないのは明白だった。


 あれは攻撃じゃない。

 戦場そのものを終わらせるための準備に見えた。


 艦橋で誰かが小さく「まずい」と言ったのを覚えている。

 だが、その言葉すら状況を正確には表していなかった。


 ガクラは、そのエネルギー塊を見上げていた。


 呆然としていたわけじゃない。

 動きを止めたのは、状況を理解していたからだと思う。

 おそらく戦場にいた誰よりも、アラーガのエネルギー塊がどれだけの威力を持つか理解していたのはガクラだ。


 あれが解放されればどうなるか。

 回避が可能かどうか。

 受け止めればどうなるか。

 全て理解していたはずだ。


 そして一瞬だけ、こちらを見た。


 艦隊の方へ、確かに視線を向けた。

 距離は数キロ単位で離れている。

 だが、あれは偶然じゃない。

 

 逃げようと思えば、可能性はあったかもしれない。

 海中へ潜って戦場から必死に逃げたら、生き延びられたと思う。

 

 だがガクラは動かなかった。


 どうせ無理だと悟っていたのか。

 それとも、少しでも威力を削ぎ、背後にいる我々を守ろうとしたのか。


 真意は分からない。

 だが次の行動は、明確な意思を感じさせた。


 ガクラの体表が赤く発光し始めた。

 周囲の海面が蒸発し、嵐の雨粒が途中で消える。

 空気が振動し、赤い光が霧のように拡散する。


 あれはこれまで観測されてきた熱線出力の中でも最大だった。

 計測器の上限を超え、数値は振り切れていた。

 収束の速度も密度も違う。

 エネルギーの圧が、こちらの艦橋にまで伝わってくる。


 傍目からでも、その出力はガクラの限界を超えているように見えた。

 外皮の一部がひび割れ、赤い光が内部から漏れ出していても、出力は止まらない。


 そして、アラーガのエネルギー塊と、ガクラの熱線が同時に放たれた。

 大阪の空が、金と赤の二色で染まった。

 衝突の瞬間、光がぶつかり合い、巨大な閃光が発生した。


 拮抗したのは一瞬だけだった。

 黄金の塊は、赤い熱線を押し潰すように前進した。

 吸収でも反射でもなく、純粋な出力差で熱線は貫かれた。


 光の壁を突き破られ、エネルギー塊はそのままガクラへ直撃した。

 回避は間に合わず、防御姿勢を取る暇もなく、ガクラは真正面からそれを受けた。


 直撃の衝撃波で〈くろかみ〉の艦体が持ち上がる。

 傾斜角が限界値を超え、転覆警報が鳴った。

 舵は効かず、推進も断続的に停止。

 艦内の人員が壁に叩きつけられ、固定していなかった装備が宙を舞った。


 それでも沈まなかったのは、ガクラが射線上にいたからだ。


 あの巨体が、文字通り盾になった。

 エネルギーの大半をその身で受け止め、拡散と減衰を引き受けた。

 もしガクラがいなければ、直撃せずとも、艦隊は蒸発していた可能性が高い。

  

 光が晴れた時、最初に視界へ入ったのは、海上に膝をつくガクラの姿だった。


 片膝をつき、両腕を海面に突き立てるような体勢。

 あれだけ巨大な存在が、崩れ落ちる寸前の人間のように見えた。

 体表は広範囲にわたって焼け爛れ、黒い外皮は剥離し、内部組織が露出していた。

 蒸気と煙が立ち上り、海水が触れた部分からは白い泡が噴き出している。


 これまで何度も確認されてきた再生能力だが、今回は違った。

 通常なら、損傷部位は数秒以内に組織が蠢いて閉じていくはずなのに、傷口は閉じないまま、内部の発光器官らしき構造がむき出しになっている。

 組織は蠢くものの、修復が追いついていない。

 エネルギー供給が足りていなかった。


 その真上に、アラーガが静かに浮かんでいた。

 嵐の中心にいながら、動きは異様なほど滑らかだった。


 見下ろしていた。

 ただ、結果を確認するような冷たい動きだった。


 ガクラの胸部は大きく抉れていた。


 中心部が深くえぐられ、内部の核構造が露出している。

 そこから、かすかな光が漏れていた。

 艦の観測機器でも、もはやエネルギー反応はほとんど検出されていなかった。


 ただ、ガクラの胸部からかすかに放たれる微弱な光が、まだ生きていることを示していた。


 アラーガはゆっくりとその巨体を屈め、三つの首のうち中央の口でガクラの核を掴み取ると、そのまま引き抜いた。


 ガクラの抵抗はなかった。

 いや、動けなかったのかもしれない。

 引き抜かれた瞬間、ガクラの体表の光が一斉に弱まった。

 

 そして──アラーガの中央の口が、核をそのまま飲み込んだ。

 砕く音も、爆発もなく、ただ、吸収するように消えた。


 そして、用済みと判断したかのように、抜け殻となったガクラの巨体を放り捨てた。

 海面に叩きつけられた衝撃で、巨大な波が発生したが、あの身体はもう反応しなかった。


 その直後、アラーガの体表を覆う黄金の嵐が、一気に膨れ上がった。


 観測値はそれまでの最大値をさらに上回る出力まで跳ね上がった。

 エネルギー密度、電磁異常、重力偏差──すべてが急激に増大。

 それまで制御不能に見えていた出力が、さらに段階が上がった。


 その時、観測衛星から緊急データが送られてきた。


 大阪市街地の地下深部で、巨大な構造物の上昇を確認。

 最初は地殻変動かと思ったが、違った。

 地面が盛り上がり、瓦礫の下から、巨大な“植物”が突き出してきた。


 アラーガの放つ黄金の光に呼応するように、急速に成長する。

 数分で雲層を突破。

 やがて成層圏を越え、大気圏上層に到達。

 地表と宇宙を繋ぐ、巨大な樹木。


 その姿を、俺たちはただ見上げるしかなかった。


 後に人類が“世界樹”と呼ぶことになる存在。


 最初に大阪で確認されたあの巨木が、世界各地で同時に出現していたと知ったのは、戦闘から数時間後だった。

 基地に帰投した時には衛星回線が復旧し始め、断片的な映像が集まり出していた。

 欧州、南北アメリカ、アジア内陸部、アフリカ大陸中央──主要大陸すべてで、地中から同様の“樹”が出現していた。


 位置は都市部とは限らない。

 沿岸、山岳地帯、砂漠、密林。


 だが共通していたのは、出現と同時に周囲のエネルギー環境が激変していることだった。


 電磁波の乱れ。

 重力偏差の微増。

 大気組成の変動。


 当時はわけが分からなかった。

 ガクラ以上に異様な存在のアラーガに、世界中で発生した巨木の出現なんて、理解を越えていた。


 何がどうなって、こんな事態になっているのか。

 地球は今どういう状態に置かれているのか。

 生態系や国家はどうなる?

 俺たちは何をすればいいのか?

 どうやったら解決できる?


 自衛隊員として、指揮官として、考えることは無数にあった。


 だが答えは一つもなかった。

 常識を越えた現象を前にして、ただただ頭を働かせるばかりだった。

  

 ただ分かっていたのは、目の前の光景だけだ。

 地上には世界樹が伸び、嵐の中をアラーガが泳ぐように舞う。

 それを目にして、誰もがこれだけは理解していた。


 あの瞬間、地球の主導権は奪われた。

 アラーガが地球を覆い、支配を始めた最初の瞬間だった。

https://www.pixiv.net/artworks/146952530

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