異常事態
イギリス・ロンドン 英国陸軍参謀総長(当時) チャールズ・グレイシーズ
大阪で行われていた調査については、ヨーロッパ各国でも早い段階から共有されていた。
日本が何を調べようとしているのか、そしてそれがどれほど危険な試みであるのか――我々は理解していたつもりだ。
大阪を起点として発生した巨獣災害の根本原因。
加えて、その地域でのみ観測され続けている異常気象。
それらを解明しようとする調査自体に、反対する者は少なかった。
軍人としても、政治家としても、「原因を知らずに対策だけを続ける危うさ」は誰もが感じていたからだ。
事実、我々はヨーロッパ各国が合同でベルゼブブ軍と幾度も激しい戦争を繰り返し、その果てに一度、ヨーロッパそのものを失った。
原因が解決しないまま、ひたすら戦いと消耗を続けた結果、どのような結末を迎えるのか。
取り返しのつかない損失を招いたその現実を、身をもって知っていた。
だからこそ、大阪で進められていた原因調査の意義は、頭では十分に理解できていた。
だが、ヨーロッパ各国の首脳が示した態度は、総じて慎重だった。
我々は、ようやくベルゼブブの群れから主要都市圏を奪還して一年が経ったばかりだった。
確かに復興は急速に進んでいた。
インフラは再建され、難民の帰還も始まり、表面的には“日常”が戻りつつあった。
しかし、その実態は綱渡りだ。
防衛線は未完成で、予備戦力は乏しく、補給も十分とは言えない。
国民の精神的疲弊も、祖国奪還によって回復の兆しは見せていたものの、喪失の記憶は、いまだ社会の深層に色濃く残っていた。
その状況で、もし原因解明の結果が、新たな大規模災害や、制御不能な事態を引き起こすものであったなら、その責任を誰が、どの国が負うのか。
正直に言えば、我々にはその覚悟がなかった。
だから、日本の調査を支持はしたが、諸手を挙げて賛同することも、積極的に関与することもできなかった。
もっとも、今にして思えば――あの大阪の異常現象と、“繭”の状態を考えれば、事態は遅かれ早かれ起きていたのだろう。
人の手が触れなくとも、いずれは。
ともかく、調査内容と動向自体は我々ヨーロッパ側も把握していたが、あの影響は完全に“突然”だった。
日本から遠く離れたこの地では、前兆らしい前兆もなく、ある日を境に、世界の均衡が目に見えて崩れ始めた。
後になって大阪で何が起きていたのかを知り、ようやく点と点が線で繋がった――それが実情だ。
あの日、突如として、世界中――少なくとも我々の観測圏内にいた巨獣たちが、一斉に様子を変えた。
それまで局地的な衝突や散発的な襲撃に留まっていた個体群が、理由もなく凶暴化し、絶え間なく唸り声や咆哮を上げながら、目についたもの全て――人間、建造物、そして他の巨獣にまで苛烈な攻撃を開始した。
元々、巨獣は危険で凶暴な生物だが、あの時の状態はそれまでの“巨獣”とは明らかに異なっていた。
統制も目的もなく、ただ破壊衝動だけが増幅されたような行動。
指揮系統を持たないはずの生物が、まるで共通の刺激に晒されたかのように同時に暴走した――そう表現する他なかった。
正直に言えば、我々の戦力では押し切られていた。
奪還戦で消耗した部隊、限られた弾薬、補充の利かない重兵器。
撃てば撃つほど備蓄は減り、倒しても倒しても新たな個体が現れる。
このままでは、ヨーロッパは再び失われる――多くの指揮官がそう覚悟したはずだ。
その状況で、ヨーロッパ各国が生き延びることができた理由は、かつてヨーロッパを蹂躙したベルゼブブ軍の巨大巣だった。
奴らが占拠した都市では、ビルや橋梁、鉄骨、装甲材といったあらゆる人工物を取り込み、異様なまでに堅牢な巣が構築されていた。
奪還戦で大きく損壊した箇所はいくつもあったが、規模があまりにも巨大で、構造があまりにも頑丈だったため、奪還後も完全な撤去には至らなかった。
ヨーロッパ各国にとっての最優先事項は、都市として最低限の機能を取り戻すための復興と、現状維持するための防衛戦力の充実だった。
それに加えて、祖国復興への貢献と帰郷を望む難民が一斉に流入した結果、都市は仮住宅で埋め尽くされていた。
名目上は仮設だが、実態は急拵えで補強した廃墟に家族単位で押し込まれ、そこで寝起きする状態が長く続いていた。
あの状況で、大規模な撤去作業に人員や資材を回す余裕はなかった。
必然的に、あれらは後回しにされ続けた。
当時の我々にとって、それはただ過去の屈辱の時代を否応なく思い出させる、忌まわしい遺物でしかなかった。
だが、あの暴走が始まった瞬間――皮肉にも、ベルゼブブ軍が人類を支配するために築いた巣が、即席にしては完成度の高すぎる防壁として機能した。
厚い外殻による堅牢さ、高低差のある構造、侵入経路の限定性――それら全てが、暴走した巨獣の攻撃を遮る防壁として、今度は人類を巨獣から守る最後の砦となった。
かつてヨーロッパ各地を蹂躙し、国土を奪った存在が築いた巣が、我々の命綱になる――思うところがないわけじゃない。
だが、あれがなければ、ヨーロッパはもう一度、完全に地図から消えていたはずだ。
我々に選択肢はなかった。
立てこもり、耐え、ただ時間を稼ぐしかなかった。
日本で起きた事態は、世界各国が巨獣の暴走に対処する状況では断片的なものしか届かず、我々がその後の顛末について聞かされたのは、全てが終わった後だった。
後世の歴史書では、日本とその周辺国が決死の覚悟で災禍に立ち向かう一方、ヨーロッパや中東、南米といった、あの戦いに関与できなかった遠隔地の動きは、事態の深刻さを示すための引き立て役として触れられるだけで、深堀されることなく片付けられるだろう。
だが現実は違う。
あの瞬間、我々もまた、確実に滅亡の縁に立たされていた。
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日本 防衛大臣(当時) 笹谷 正徳
調査隊を大阪に派遣してから、十一日後。
世界各地で巨獣たちが一斉に暴走を始めたと同時に、大阪で突如として観測された“黄金の嵐”。
炎、氷、雷、そして光――あらゆる自然現象を伴った、明らかに通常の気象とは異なる現象だった。
明らかに通常の気象とは異なる挙動だった。
ただ、その時点では、政府として即断できる材料が足りなかった。
巨獣の暴走対応で、全国の部隊はすでに限界まで動いていた。
その中で、大阪の現象を「新種の巨獣によるもの」と断定し、戦力を割く判断はできなかった。
結果として、当初は異常気象による一時的現象と判断し、直接介入は見送られた。
しかし、観測衛星のデータから、嵐の中心に明確な“生命反応”が存在することが確認された。
気象現象では説明がつかない。
この報告を受けた時点で、状況は完全に変わった。
直ちに、陸・海・空の統合部隊を編成した。
航空機による遠隔観測、艦隊による接近調査、衛星による常時追跡。
あくまで「調査」を名目にしたのは、攻撃が通用する相手かどうかすら分からなかったからだ。
不用意な刺激が、事態をさらに悪化させる可能性もあった。
――その結果、我々は“それ”を目にした。
嵐の中心には、確かに“巨獣”が存在していた。
三つの長大な首を持ち、体表は植物のような繊維質で構成された異形の存在。
あれほどの巨体でありながら、推進器官らしきものは確認できず、まるで空間そのものに浮かんでいるように見えた。
既存の巨獣の分類には、どれ一つとして当てはまらなかった。
我々は、その巨獣を“アラーガ”と命名した。
この呼称は、現地調査で発見された記録――塚田博士の父親が残した手帳の最終頁に記されていた言葉に由来していた。
博士の報告によれば、“アラーガ”とは古来より日本の一部地域に伝わる、“災いの嵐”を意味する言葉であったそうだ。
火災、凍結、落雷、疫病、飢饉――あらゆる災厄を一度に呼び寄せる嵐の象徴。
当初、我々はその伝承を象徴的な表現として受け止め、嵐を引き起こすアラーガの名称として正式に認定した。
しかし、観測データを精査するにつれ、その名に違わぬ災厄であると根本から認識を覆された。
アラーガから観測されるエネルギー反応は、ガクラをはるかに上回っていた。
その時点でアラーガは「対処すべき脅威」という枠組みそのものを超えた存在であるということを、測定の段階ですでに明白だった。
その判断は、感覚的なものではない。
観測衛星、洋上艦艇、地上観測網――当時稼働していたあらゆる計測手段が、例外なく異常値を示していた。
まず、出力の規模が違った。
ガクラの場合、活動時には明確なピークと減衰が観測され、エネルギー放出も行動とある程度相関していた。
だがアラーガは違う。
活動しているか否かに関係なく、常時、膨大なエネルギーを放射し続けていた。
しかも、その総量は想定される理論上のガクラの上限を、いくつも踏み越えていた。
ガクラ単体による活動でも影響範囲には限界があるが、アラーガの場合、大阪上空を中心としながらも、その影響は数千キロ単位で観測され、時間差を伴って世界中に波及していた。
この時点で、我々は理解した。
これは「攻撃」ではない。
存在そのものが、環境に干渉し続けている。
ただでさえ異常な存在であるガクラを基準にしてなお、それをはるかに超えるエネルギーを持つという事実だけでも、アラーガの危険性は十分すぎるほどだった。
仮に敵意がなくとも、仮に意思的な攻撃を行わなかったとしても、その存在を許容できるかどうかは別問題だった。
ただ、それ以上に我々を戦慄させたのは、奴が存在するだけで引き起こされる現象が、単なる異常気象でも、既存の巨獣災害の延長でもなかった。
気温、電磁波、重力偏差、生体反応――あらゆる数値が同時に、しかも連動して変動している。
それは、無数の群れによる都市襲撃ですら、生温いと思えるほどの規模だった。
アラーガが引き起こす“災いの嵐”は、意思を持った攻撃ではなく、存在しているだけで世界を歪める類のものだと形容しようがなかった。
それは敵意ですらなく、自然災害とも違う。
人類がこれまで対処してきた、どの巨獣とも異なる在り方だった。
そして、その影響下で世界中の巨獣が暴走しているという事実は、アラーガが“頂点”に立つ存在である可能性を、否応なく突きつけていた。




