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アメリカ・ヒューストン NASA職員 マイケル・マークス


 東暦1947年──第二次大戦の終結から間もなく始まった米ソの対立は、単なる外交上の緊張にとどまらず、政治、軍事、経済、科学技術のあらゆる分野を巻き込んだ長期的な競争へと発展した。

 実に40年以上にわたって続いたその緊張状態は、世界に核戦争への現実的な恐怖を植え付ける一方で、皮肉にも科学技術の飛躍的進歩を促進する原動力ともなった。


 とりわけ象徴的だったのが“宇宙開発競争”だ。

 地上での軍拡競争が膠着状態に陥る中、両国は宇宙という新たな舞台に威信をかけた。


 ソ連が人工衛星を打ち上げれば、アメリカは有人宇宙飛行を成功させる。

 ソ連が宇宙遊泳を実現すれば、アメリカは月面着陸を目指す。

 そうして両国は互いに相手を出し抜くことを目的に、莫大な国家予算と人材が宇宙開発へ注ぎ込まれた。

 

 そして、ソ連が宇宙へ行き、アメリカが月へ行ったのなら、次はどこか──“火星”だった。


 当時の記録を読み返せば分かるが、60年代末から70年代初頭にかけて、両国の研究機関内部ではすでに「次なる目標は火星」という共通認識が形成されていた。

 月面到達はあくまで通過点にすぎず、人類が“地球圏外に恒常的に進出する”ためには、より遠方の惑星へ踏み出す必要がある──そうした思想が、冷戦という極限状態の中で芽吹いていた。


 アメリカは月面計画をアポロ14で一区切りとし、残余予算と技術資産は火星探査へと再配分されることになった。

 本来予定されていた後続ミッションは縮小され、長期滞在型宇宙船の設計、惑星間航行用推進システム、放射線防護技術、閉鎖環境下での生命維持実験へと重点が移されていく。


 月でさえ技術的・財政的に限界ぎりぎりだった時代に、短期間で火星を目指すのは常識的に考えれば無謀だった。

 だが国家間の競争は、常識よりも優越を優先する。

 冷戦という政治的緊張は、その現実的な懸念を押し流し、両国は宇宙開発を国家威信の延長線として継続した。


 やがて東暦1990年代初頭、ソ連は崩壊し、長く続いた二極構造は終焉を迎える。

 宇宙開発競争も一時的に熱を失った。


 だが、40年以上にわたり蓄積された技術基盤と研究データ、そして研究者たちの飽くなき探究心は消えなかった。


 冷戦は終わったが、「火星へ行く」という夢は終わらなかった。

 戦後も、火星には何機もの無人探査機が送られたが、結局のところ“直接赴いて人の手で採取し、人の目で確かめる”ことに勝る方法はない。


 宇宙を舞台にした国家間の競争を終えてもなお、月よりもはるかに遠い惑星に、あれだけの金をかけてまで行く理由──それは、将来の惑星移住への足がかりとか、新たな資源調査とか、あるいは単なる知的好奇心の追求とか、そんなところだ。

 

 まあ、あの頃は“そういうことに全力をかけられる幸せな時代”だった。

 戦争は局地化し、世界経済は成長を続け、科学技術は楽観的な未来像を描いていた。


 そうして、かつては国家間対立の一環であった宇宙探索はやがて、国際共同プロジェクトへと姿を変える。

 対立の象徴だった宇宙開発は、協調の象徴へと転じたのだ。


 東暦2001年。

  

 巨獣が出現する前の時代に動いていた国際的プロジェクト──有人火星探査計画。

 この計画は単なる科学実験ではなかった。

 数十年にわたり積み重ねられた技術の集大成であり、数兆単位の予算が投入され、各国の最精鋭技術者と宇宙飛行士が動員された、人類史上最大規模の宇宙事業だった。

 

 国家間の利害を越え、国際社会が資金と人材を持ち寄ったその計画は、「人類の共同事業」という象徴として語られていた。

 そして、初の火星到達──あの瞬間は、人類の歴史に残るニュースになった。


 ……だが、同時に送られてきた研究データの中に、ただ一つだけ、極秘指定されたものがあった。


 火星に着陸して間もなく、火星探査チームは複数の地点で土壌サンプルを採取した。

 その際、地質探知機が“異様な反応”を示したそうだ。

 数値の異常──放射性物質でも金属でもない、未知のパターンだった。


 現場の報告によれば、掘削を進めた結果、地下およそ三メートルの地点で巨大な“種”のような物体を発見したという。

 直径はおよそ二メートル。表面は金の殻のような構造体で覆われており、探査機に搭載されたドリルでも削り取ることができなかった。


 火星調査拠点のラボでスキャンを行ったところ、解析結果は植物由来の組成を示していた。

 だが同時に、そのDNA構造は地球上のいかなる植物とも一致せず、比較にかけたどのデータベースでも一致率はゼロ。

 分子構造、細胞壁、遺伝子配列に相当する情報構造──どれを取っても地球由来の生命とは一致しない。

 だが完全な無機物でもない。


 もっと奇妙だったのは──その情報量の少なさだった。

「生命の種子」というより、「生命を生み出す前段階の装置」に近い、という報告すら出ていた。

 例えるなら、最低限のシステムファイルしか入っていない、空っぽのパソコンみたいなものだ。

 通常の生命体なら、遺伝子の中に進化の履歴や複雑な構造情報が存在するが、これは違った。

 “最低限のDNA”しか入っていなかった。

 

 そして、種の表面に付着していた土壌サンプルを年代測定した結果──それは、火星がまだ形成途上にあった頃、すでに存在していた可能性があると推定された。


 生物の痕跡が一切確認されていない火星で、なぜそんなものが見つかったのか。

 それが何なのか、どこから来たのか──誰にも分からなかった。

 少なくともはっきりしたのは、火星にも生命が誕生した可能性があったということだ。

 

 そしてもう一つ──その“種”の内部には、異常なエネルギー反応が検出された。


 その数値は、当時の測定限界を超えていた。

 放射性物質でもなければ、核反応の兆候もない。

 既知の化学反応や生体エネルギーとも一致せず、説明がつかなかった。

 比喩じゃなく、本当にあれは「何を測っているのか分からない数値」だった。


 密閉容器内での非接触検査、遮蔽を施した状態での再測定、それでも結果は変わらなかった。

 外部からエネルギーを与えていないにもかかわらず、内部では常に一定以上の出力が維持されていた。

 まるで、内部に小型の恒星でも封じ込めているかのような桁外れのエネルギー密度だった。


 ……それこそが、その発見が極秘扱いになった理由だった。

 

 火星に存在したのは、単なる生命の痕跡ではなかった。

 正体不明のエネルギー源を内包し、理論上は文明や兵器、エネルギー供給の概念そのものを書き換えかねない“何か”。

 安全性は一切不明。

 活性化条件も、増殖の有無も、地球環境への影響も分からない。

 そもそもそれを「生命」と呼んでいいのかすら、当時の科学では判断できなかった。


 そんな生命とも資源とも断定できない、正体不明のエネルギー源を内包した“種”という存在を公表すれば、科学的混乱だけで済むはずない。

 それは、関係者の誰もが直感的に理解していた。

 

 もし火星で発見されたのが、単なる植物や微生物、あるいはその痕跡であったなら、問題なく公表できていただろう。

 仮に、過去に存在した知的文明の遺跡であったとしても、慎重な手続きを踏めば公表は可能だったはずだ。


 だが、“種”はそれらとはまったく性質が違った。

 

 国や組織が無尽蔵の新エネルギーだと騒ぎ立て、軍事転用の可能性と資源としての独占を巡って疑心暗鬼と対立が生まれる。

 「神の創造物」や「悪魔の罠」だと断じ、教義や終末論と結びつけて混乱を拡大させる宗教勢力。

 さらに、陰謀論者が根拠のない憶測で不安を煽り、危険性を理由に有人火星探査そのものの中止を求める世論が形成される。

 

 そんな状況が容易に想像できる中で、宇宙で発見された、安全かどうかも分からない不可解で異様な存在を、十分な情報も整理しないまま発表する──そんな無責任な選択は、到底取れるものではなかった。

 不明確な情報を流せば、恐怖と不信だけが先行し、あらゆる分野に連鎖的な混乱が波及するのは、ほぼ確実だった。


 それを懸念したのは計画に参加した全ての国──そして、計画を主導したアメリカも例外じゃない。


 種の詳細な報告を受けたアメリカ政府は、即座に緊急審議を行い、各国の計画主導者と限定的に情報を共有した。

 結論は一つ、「時期尚早」。

 存在そのものは秘匿。

 表向きには、有人探査は予定通り科学的成果を上げた成功例として発表された。

 

 種に関しては、まずは正体の解明。

 次に、制御と隔離の可能性。

 そして万が一、最悪の事態に備えた処分方法の検討。

 それらのうち、どれ一つとして確立していない段階で、世に出す選択肢はなかった。

 ある程度解明が進み、制御や利用の可能性が見えた段階で、改めて扱いを決める──少なくとも、その時までは闇の中に置く。

 

 火星の一般的な研究データや宇宙飛行士たちの生活は公開されていたが、あの“種”だけは計画関係者と一部の研究者のみが知る最重要機密となり、影の連絡ツールでのみ共有された。

 

 そして、探査終了時、種を地球へ持ち帰る決定が下された。

 

 理由は単純だ。

 有人火星探査計画には膨大な予算が投じられており、次の探査がいつになるか──そもそも実施されるかどうかも未定だった。

 いかに不気味な存在とはいえ、あれほどのエネルギー反応を持つ物体を火星に放置することなど、到底できなかった。


 当時でも、世界は将来の深刻なエネルギー不足に備えて、代替エネルギーの開発を模索していた。

 文明を支える資源──石油、天然ガス、ウラン。

 どれも有限だった。

 それでいて、時代が進むほどにエネルギー需要は増加していく。


 各国の試算では、既存の資源が枯渇するまでの期限はおよそ50年から140年。

 数字だけを見れば、遠い未来の出来事で、まだ余裕があるようにも思えるが、対策を先送りにすれば、その時点で文明は緩やかに、あるいは一気に崩壊する。


 しかも、エネルギー問題は枯渇だけじゃない。

 大気汚染、放射性廃棄物、環境破壊……どれも無視できなかった。

 既存エネルギーがもたらす負債は、すでに限界に近づいていた。

 

 だからこそ、各国は再生可能エネルギーへの転換を進め、新たなエネルギーを探し求めていた。

 その切り札になり得るものとして、あの“種”が見なされたのも、無理のない話だった。


 ……念のために言っておくが、“種を地球に持ち込む”という判断は、この手の映画にありがちな軽率なものではない。

 管理も、検疫も、封じ込めも、当時考え得る限りで最善が尽くされた。


 火星で見つかった“種”は、火星が誕生した頃にはすでに存在していたとされる未知の遺物であり、しかも地表に近い層で発見された。

 まともに考えて、普通のものではないのは誰の目にも明らかだった。

 

 だからこそ、徹底的に調査された。


 地球に近い環境でも変化が起きないかを確認するため、地球環境を再現した特殊ラボでの耐性試験が行われ、検疫も何重にも実施され、隔離措置の下で長期間にわたる観察が続けられた。

 調査チームは、“種”という存在そのものを不気味に感じていた。

 だからこそ、我々監修側の指示もあって、幾度となく検証が繰り返された。


 だが、その厳重な警戒態勢の中で行われたあらゆる試験にもかかわらず、発見から帰還までのおよそ一年半、種に異常は一切見られなかった。

 接触、サンプル採取、温度・気圧の変化、電気ショック──調査チームがどんな方法で干渉しても、反応はゼロ。

 活性化も、自己修復も、エネルギー放出の兆候すらなかった。

 

 結果として、「厳重な管理下に置けば問題はない」という判断が下された。

 それが、“種”を地球へ持ち帰るという決定を、強く後押しした。


 ……もし当時から、“あれ”が何であるかを知っていた、あるいはその片鱗が確認できていたなら──誰も地球へ持ち帰ろうなどとはしなかったはずだ。

 

 運搬方法についても、考え得る限りの対策が取られた。

 耐熱・耐衝撃性能を持つ特殊容器に種を封入し、機体内では三重固定。

 もし容器内で何らかの変化が起きた場合は、即座に分離・放棄できる緊急手順まで整えていた。

 種に何が起きても、シャトルそのものは無事でいられるように。

 あらゆるチェックが繰り返され、手順書も更新された。


 地球に持ち帰るといっても、直接地上へ降ろす計画ではなかった。

 まずは国際宇宙ステーション──“ISS”上で研究を継続する。

 それでもなお危険が疑われるなら、地上投入は中止し、宇宙空間へ投棄する選択肢すら検討されていた。 

 それほどまでに、我々は種を危険性を考慮して慎重に扱っていた。

 

 調査チームは最後まで不安を拭えずにいた。

「本当に安全なのか」「地球に持って行っていいのか」と、彼らは何度も確認を求めてきた。

 その慎重さは、今にして思えば、正しかった。


 戦後、この事実が公表されて以降、あの惨劇を引き起こした一因として調査チームの責任を問う声が上がったが、非難されるべきは彼らではない。


 運搬の最終決定を下した我々だ。

 責任があるとすれば、それは現場ではなく、判断を下した側にあった。


 事件が起きたのは、シャトルが火星を離れ、地球周回軌道上のISSに到着する──まさにその直前だった。


■■■■■■


アメリカ・ヒューストン NASA管制室通信担当 ボブ・カーストン

  

 異常が起きたのは、シャトルがISSに接触する──およそ一時間前だった。

 出力は正常。

 航行制御も安定。

 姿勢制御スラスターの噴射間隔も予定通り。

 通信回線もクリアで、ドッキングシーケンスはマニュアル通りに進行していた。


 火星からの帰還は長旅だったが、最終段階に入っていた。

 このままISSにドッキングし、積荷を移送し、クルーは休息に入る。

 俺たち管制側の仕事も、ほぼ予定通り終わる──少なくとも、誰もがそう思っていた。


 通信にノイズが混じり始めた。

 最初は軽い断続ノイズだったが、すぐに音声が引き裂かれるように歪んだ。

 その中で、乗員の声がノイズ混じりで、断片的に「システムが……」「種が……」とだけ聞こえた。

 何を言っているのか、理解できなかった。

 声の調子だけでは、異常事態かどうかなんて判別できなかった。

 

 当時、俺は“種”の存在なんて知らされていなかった。

 極秘事項で、現場の通信担当の俺たちに共有されるはずもない。

 分かっていたのは、火星からのサンプルは厳重に管理されていて「問題はない」という説明だけだった。

 ──そのサンプルが、何もしなければ、という前提付きで。


 だから最初は、通信障害かセンサー系の誤作動だと思った。


 宇宙では珍しくない。

 電離層の影響、太陽風、機体側の瞬間的な電圧変動。

 原因はいくらでも考えられる。

 俺はチェックリストを開き、定められた手順通りに回線の切り替えを指示した。

 バックアップ系統へスイッチ、暗号チャンネルの再同期、データパケットの再送確認。


 だが、その間にも数値がわずかにずれ始めていた。


 姿勢角が、予定値からコンマ数度逸脱。

 推進系の出力が、ほんの一瞬だけ跳ね上がる。

 それはエラーと呼ぶには小さすぎる変化だったが、管制室の空気を確実に変えた。


「シャトル、姿勢を修正しろ。確認を」


 応答はない。

 

 だが、通信異常は治ることないがまま、次第にシャトルの動きがおかしくなった。

 突然、推進系の出力グラフが跳ね上がった。

 自動制御ではあり得ない角度で、機体が回頭を始める。

 

 シャトルは、予定していたドッキングラインを外れ、ISSを掠めるように通過した。

 衝突までは数百メートル。

 それでも、宇宙空間では“紙一重”だ。

 

 ISSをかすめるように通過し、そのまま減速手順を無視して進路を変更。

 ISS側からも緊急通信が入った。

 

「ヒューストン、シャトルの挙動が不安定だ。状況を確認している」

 

 だが、こちらも何一つ把握できていない。

 シャトルからの応答は断続的なノイズだけ。

 誰かが何かを叫んでいるようにも聞こえたが、判別できない。


 そして──決定的な数値が表示された。


 加速。


 推力が最大近くまで引き上げられた。

 再ドッキング用の微調整出力ではない。

 意図的な帰還軌道ではない。

 再突入計算も行われていない。

 

 表示されていたのは、手順を完全に無視した加速だった。

 言い方は悪いが──“突撃”としか形容できない推進だ。

 

 航法コンピュータの予測軌道が再計算され、画面に表示された軌道ラインを見た瞬間、背筋が凍った。

 

 向かう先は──地球だった。

 まるで内部にいる誰かが、別の目的地を設定したかのように。

 そのまま機体は、制御不能の状態で重力井戸へ滑り落ちる軌道に入った。


 管制室は一瞬、凍りついた。

 誰もが自分のモニターを見つめたまま、声を失っていた。


 あれが、いわゆる“シャトル墜落事件”だ。

 世間では「エンジントラブルが原因」と報じられた。


 だが、火星を離れる前にエンジンは入念に点検されていたし、管制室で確認できたシャトルの機能ログも、すべて正常値を示していた。


 むしろ──誰かが意図的に操縦したとしか思えなかった。

 自律制御では説明がつかない。

 偶発的な故障でもない。

 急加速も、進路変更も、すべて“何者かの操作”があってこそ成立していた。


 それに、もっと妙なことがある。

 ログ上では、通信が乱れ始めた時点から「区画の切り離し操作」が繰り返されていた。

 

 対象は──あの“種”が収容されていた隔離区画だ。


 最初は遠隔操作のコマンド。

 続いて、機内からの手動切り離し入力。

 さらにその後、緊急分離プロトコル。

 本来なら物理ボルトを爆破し、構造的に完全分離させる最終手段だ。


 つまり、機内の誰か──おそらく調査チームの誰かが、あの区画を地球圏に入る前に切り離そうとしていた。


 あの区画内で“何か”が起き、彼らはあそこで“何か”を見た。

 だからどんな手段を使ってでも、その区画にある“何か”を必死に排除しようとしていた。


 “何か”が地球へ入り込む前に。


 ログの時系列を見る限り、あれはパニックではない。

 段階的に判断を重ね、最終手段に移行している。

 理性的な決断だ。


 だが、結果はすべて「失敗」だった。

 

 システム自体は正常に動作していたにもかかわらず、区画は切り離せなかった。

 接続部は、爆発ボルトと機械ロックの二重構造で、緊急時でも確実に分離できる設計だったはず。

 なのに、まるで“何か”がしがみついていたように、切り離しは不可能だった。

 

 彼らの奮闘虚しく、シャトルはその“何か”とクルーを乗せたまま急加速し、大気圏を突破して、太平洋──ハワイ沖に墜落した。


 回収作業は即座に、しかも大規模に行われた。

 墜落想定地点を中心に広範囲の海域を封鎖し、海流解析、海底地形の再測量、残骸拡散シミュレーションまで動員された。

 軍、民間、研究機関──考え得る限りの専門家が投入された。


 それでも、シャトルは見つからなかった。


 ブラックボックスの信号も拾えない。

 熱痕跡も残骸も確認できない。

 まるで、最初からそこに落ちていなかったかのように痕跡が消えていた。


 そして、事故から半年後──大阪に最初の巨獣が現れた。


 “種”のことを知らなくても、あのときの墜落事故の内情を知る者たちは、誰もがその関連を疑った。

 火星から帰還中の事故、その後の未曾有の災害。

 状況が状況だけに、疑わない方が無理というものだった。


 公式には伏せられていたが、シャトルと“種”に関する情報は、限定された研究機関へ共有され、因果関係の検証が水面下で始まっていた。


 だが、確証はなかった。

 シャトルはいまだ見つからず、墜落地点のハワイ沖と大阪は何千キロも離れている。

 仮に何かが“地球に落ちた”としても、最初に襲撃されるのはハワイのはずだ。


 さらに問題だったのは規模だ。


 確かに世界が巨獣だらけになるまでには数年を要した。

 しかし、最初の出現が確認されて以降、巨獣は短期間のうちに世界各地で目撃されるようになっていた。


 シャトルに何らかの生物が潜んでいたとしても、その数では説明がつかない。

 未知の病原体や寄生生物によるものだとしても、地球規模で同時多発的に発生した現象を説明するには、拡散速度があまりにも異常だった。


 シャトルそのものが移動しながら各地へ種をばら撒いたという説まで飛び出したが、それでも世界規模で確認された出現数や分布を説明することはできなかった。


 地球規模へ拡大した災厄を、一つの事故だけで説明するには無理がありすぎた。


 そして何より、出現した巨獣の生体解析が進むにつれ、それらは「未知の外来生物」ではなく、「地球由来の生物」である可能性が高いと判断されるようになった。

 少なくとも、火星から飛来した未知の生命体という仮説を積極的に支持できるだけの根拠は見つからなかった。


 結果として、“シャトル事故起因説”は数ある仮説のひとつとして埋もれていった。

 どれほど状況証拠が揃っていたとしても、因果関係を示す証拠が存在しない以上、あくまで推測でしかなった。


 それでも、原因を突き止めるため、俺たちは何度もシャトルの再捜索を要請した。

 あの機体を見つけなければ、何も終わらないと分かっていたからだ。

 

 だが、時間が経つにつれて、その余裕はどんどんなくなっていった。


 巨獣が現れて以降、NASAに求められたのはもはや宇宙探査じゃなかった。

 衛星を打ち上げ、巨獣の位置を監視し、各国の防衛網と連携する──それが仕事になった。


 宇宙の探究どころか、シャトルを探す時間も人員も、そして予算もなかった。

 “あの事件”を追及することは、次第に「不必要な浪費」とみなされるようになった。


「シャトルを探すより先に、その金で巨獣対策が優先だ」

「事態が落ち着いてからでないと、満足に資金が出せない」


 そんな言葉が、国家や上層部から降りてきた。

 そして、俺たちもそれ以上、何も言えなくなった。

https://www.pixiv.net/artworks/146913874

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