ロンドン決戦
イギリス・ロンドン ヨーロッパ連合陸軍イギリス部隊 第3機動飛行中隊・中隊長 武装ヘリ改A-9パイロット リック・ルイス・ミラー
ヨーロッパ奪還計画の最終決戦。
34年続いた長い苦闘を終わらせるための一斉攻撃──俺たちにとっても、奴らにとっても後に引けない決戦だった。
命令は明快だが、やることは泥臭い。
物資はかき集めろ、燃料は確保しろ、弾薬は持てるだけ持っていけ。
現場の合言葉は「とにかく持って来い」だった。
補給が止まれば即座に戦力は枯渇する。
俺たちはその危機を誰よりも近くで知っていた。
俺の機体は新型の武装ヘリ、“試作型”の中でも攻撃特化のやつで、呼称は俗に“改A-9”。
バカ高いコストはかかるが、スピードと防御に優れ、ミサイルの積載量も多い。
長期戦と奴らの群れに突っ込むことを想定した機体だ。
ある開発者が“ガクラ”と名づけようとしたらしいが、結局は戦車やら戦艦やらで複数の試作兵器がその名を巡って喧嘩になり、結局“名称ガクラ禁止令”が下されたと聞いた。
そんな武装ヘリにさらに、大量の燃料と弾薬を詰め込み、整備班の奴らが朝から晩まで手を入れてくれたおかげで、24時間戦える万全の装備が施された。
…………さすがに言い過ぎたか。
まぁでも、それができると思わせるだけの気合いが入ってたって事だ。
出撃前に整備長と握手を交わし、彼が真顔で「帰ってこい」とだけ言った。
戦場では簡単な言葉が意外と一番重い。
俺の役目は明確だった。
ガクラの周囲を遊撃して、彼の負担を削ぎ、必要なときには敵の注意を引きつける。
加えて、状況を逐一報告し、映像で記録すること。
上官は「証拠と記録」を何度も強調してた。
戦争は証明が必要だ。
誰が何をしたか、何が正しかったかを後で示すためだ。
出撃前の甲板には、緊張と変な高揚感が同居していた。
仲間は皆、顔に疲労が刻まれていて、帰郷の夢と恐怖が混ざってた。
だが、ヘルメットを被り、エンジンの唸りが体に伝わると、余計なことは考えなくなった。
仕事をするだけだと、すぐに切り替えた。
俺たちはそういう風に訓練されてきたし、そうしなければ心が持たない。
最初の戦いは“サウスエンド・オン・シー”だった。
海岸線には、ベルゼブブ軍が築いた防護壁が何重にも並び、まるで生きた要塞だった。
防壁の節々には巨大な砲撃型が陣取り、固定砲台のようにこちらを睨んでいた。
空には飛行型が無数に浮かび、まるで夜空を覆う黒雲のようだった。
どの角度から見ても逃げ場はない。
海も、陸も、空も、奴らの巣の延長だった。
指揮官の声が無線で響いた瞬間、ガクラから最初の一撃が放たれた。
巨体がわずかに姿勢を低くしたと思った次の瞬間、あの──熱線だ。
これまでの戦いで、奴らを蹴散らしてきたあの赤い光が一直線に放たれ、防護壁も砲撃型も、飛行型もろともに消し飛んだ。
熱線は防護壁ごと砲台を貫通し、奥にあった巣の構造体まで一瞬で焼き払った。
無線の向こうで誰かが息を呑む音がした。
誰も言葉を返さなかった。
目の前の光景が、それだけで答えになっていた。
サウスエンド・オン・シーの防衛線は、開戦からわずか1時間足らずで崩壊した。
計画通りにいったのは確かなんだが、あの光景を前にすると、正直、拍子抜けしたよ。
頭の中では、もっと激戦になるはずだった。
防護壁を突破するのに何時間もかかり、味方が次々と墜とされて、砲撃の雨の中をかいくぐる──そういう地獄を覚悟してた。
でも、現実は違った。
砲撃は散発的に止み、飛行型は制御を失って次々と海へ落ちていった。
上空から見ていた俺たちは、ただ呆然とするしかなかった。
あまりにも、あっけなかった。
それからの進軍は、もはや“戦い”じゃなかった。
ガクラが一歩進むたびに、ベルゼブブ軍の防衛線が音を立てて崩れていく。
奴らもただやられていたわけじゃない。戦術を変え、罠を張り、空と陸の連携で反撃してきた。
だが──悉く通じなかった。
熱線に焼かれ、衝撃波に吹き飛ばされ、巣ごと押し潰されていく。
言葉で言い表せないほどの一方的な光景だった。
もっとも、俺たちも傍観していたわけじゃない。
自惚れに聞こえるかもしれないが、俺たちの支援もちゃんと貢献していたと思う。
武装ヘリと戦闘機が上空を制圧し、地上の戦車隊が歩兵個体を一体ずつ砲撃で潰した。
爆撃機と艦隊がミサイルを撃ち込み、逃げ場を奪った。
戦闘中でも使える弾を消耗しきったら、すぐに後方で同行していた補給部隊へ戻って補給し、すぐに戦いに戻った。
補給部隊の連中も、F1レースの整備士みたいに素早く、でも手際よく補給を済ませてくれた。
それでも戦場の主導権を握っていたのは、やはりガクラだった。
不思議なもんだ。
あの咆哮が響くたびに、士気が一気に上がるんだ。
恐怖も疲労も吹き飛んで、ただ「行ける」と思える。
最後の決戦っていう緊張と、ガクラの存在が与える“確信”が、俺たちを突き動かしていた。
ベルゼブブ軍の攻撃をかいくぐり、犠牲を払いながらも、俺たちは遂にロンドンに辿り着いた。
かつて、俺が仲間たちと共にクイーンを倒しに向かい、結局敗北して仲間を失い、ロンドンの放棄を余儀なくされて以来、34年ぶりに戻ったロンドン。
そこにはベルゼブブ最大の巣──“王城”がそびえ立ち、奴らの群れによる総攻撃が待ち構えていた。
その光景に、思わず俺たちは圧倒された。
無線では、中継映像を見ていた司令部の息を飲む声がはっきりと聞こえた。
だけどガクラはそれに臆することなく群れに突っ込んだ。
あまりにも恐れ知らずだが、それが俺たちを奮い立たせたさ。
俺たちとは縁のなかった日本から助太刀に来てくれ、ヨーロッパ奪還の要になったガクラが、たった一体でも戦ってくれるんだ。
俺たちも全力で答えなきゃ、兵士じゃねえ。
ロンドンでの戦いは、これまでのどの戦いよりも熾烈だった。
空からは奴らの火炎弾の雨が降り注ぎ、地上には膨大な数の歩兵個体が波のように押し寄せてきた。
俺たちはガクラの周囲を遊撃して、飛行型や砲撃型が接近するたびに迎撃を叩き込んだ。
上空からの火力で逃げ場を封じ、味方歩兵の渡河と上陸の瞬間を作った。
上陸した戦車大隊が一斉に主砲を発射し、砲撃の閃光が王城の外壁を照らした。
そして、ガクラが──強力な熱線と火炎放射で敵を一掃し、接近してきた歩兵個体を怪力と尾で次々に叩き潰していった。
咆哮で奴らの統率を乱しながら、同時に俺たちの士気を上げてくる。まさに戦場の支配者だった。
それでいて、どれだけ長時間戦っても疲弊する様子を見せなかった。
何度もガクラの戦いを見てきたが、やっぱりとんでもねぇ奴だと、その時また実感した。
数の上では圧倒的に有利だったはずのベルゼブブ軍は、ガクラと俺たちの前に防戦一方へと追い込まれていった。
あの瞬間、かつてと立場が逆転していた。
ずっと防戦に回され、都市を失い続けてきた俺たちが、今度は奴らを追い詰めていたんだ。
王城の壁をぶち破り、上階の女王の間へと突入したとき、そこにはガクラとベルゼブブの女王──ベルゼブブ・クイーンがついに対峙していた。
クイーンは大柄で屈強な盾型、それに上位種の親衛隊など、多くの配下を侍らせて待ち構えていた。
ヨーロッパの国々を奪い、俺の仲間たちを殺したベルゼブブ軍の首魁──まるで装飾のような強固な外殻に覆われたその姿は、ガクラよりも巨大だった。
かつて仲間と共に戦いを挑んだ時と、全く変わらない姿だった。
ガクラとクイーンの戦いは、ロンドン決戦の中でも最も激しく、そして長く続いた。
クイーンは厚い外殻で俺たちの攻撃を弾き返しながら、群れを自在に操ってガクラを包囲していた。
上空から見ても、まるで意思を持った一つの生き物のように、盾型や飛行型が滑らかに配置を変え、ガクラの動きを封じ込めようとしていた。
その中央で、クイーン自身は巨大な爪と強火炎弾を武器に、執拗にガクラへ攻撃を浴びせていた。
爪が空を切るたびに火花が散り、強火炎弾の流れ弾が巣に直撃すると大爆発を起こした。
巣の材料に使われていた建物の残骸も、瓦礫も、全てが爆発し崩れ落ちていった。
俺のヘリの装甲にも、飛沫がかかるたびに警告ランプが点滅していた。
だが、ガクラは怯むことがなかった。
盾型や親衛隊が割って入っても、力任せに薙ぎ倒しながら、クイーンの攻撃を正面から受け止めた。
近距離戦に持ち込まれても、ガクラは攻撃を諸共せずに突き進み、肉体を削られても構わず力でねじ伏せていった。
外殻が砕ける音は、上空の俺たちにもはっきり届いた。
まるで分厚い鋼板を粉砕するような音だった。
防御の隙を見逃さず、攻撃の合間に的確に一撃を叩き込む。
やがて、周囲の配下はほとんど片付けられた。
その頃には、クイーンの装飾のようだった外殻はボロボロで、背中や胸部の各所から体液が漏れ出していた。
あの堅牢さを誇っていた外殻が、ところどころ剥がれ落ち、内部の筋肉が露出していた。
もう勝負は決していた。
クイーンもそれを悟ったのか、耳障りな金切り声を上げると、巨大な羽を広げて一目散に逃げようとしたが、ガクラがそれを見逃すはずがなかった。
飛び上がった瞬間、ガクラがその胴体に飛びかかり、王城の壁を突き破って、2体はもつれ合うように外へ落下した。
お互いが錐揉み状態で取っ組み合いながら、王城の外壁を削り、巣の瓦礫をまき散らしながら地面へと激突した。
衝突の衝撃は凄まじく、地面が震え、周囲にいた兵士たちの多くが反射的に身を伏せたほどだった。
瓦礫と煙が一面を覆い、視界が一時的に完全に遮られた。
通信にもノイズが走り、上空の俺たちにも着地の直後の様子はしばらく確認できなかった。
やがて煙が晴れた時、そこはバッキンガム宮殿のすぐ近く、ハイドパークのあたりだった。
長い戦争で焼け野原になっていたが、広い公園の地形が幸いして、視界は開けていた。
武装ヘリ部隊、戦車大隊、テムズ川で展開していた艦隊──あらゆる部隊の視線が、あの一点に集中していた。
戦場が静まり返った。
それまで鳴り響いていた砲撃音も、無線の指示も、誰一人として声を発しなかった。
そして、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がったのは、ガクラだった。
全身に損傷を負い、皮膚の繊維が裂け、蒸気のような煙を上げながらも、あいつは確かに立っていた。
その足元には、クイーンがいた。
かつてヨーロッパの国々を滅ぼし、数えきれない命を奪った存在。
だがその姿は、もはや見る影もなかった。
自分の王城から叩き落とされたクイーンの外殻は無惨にも砕け、脚は折れ、呼吸も途切れがちで、今にも崩れ落ちそうだった。
最早、戦闘継続は不可能な状態だった。
ガクラはゆっくりと歩み寄り、クイーンの動きを一瞬見極めると、迷いなくその頭部に重い一撃を叩き込んだ。
その一撃で、クイーンは完全に沈黙した。
そして、そのままクイーンの頭を掴み上げ、力任せに引きちぎった。
次の瞬間、ガクラは形の残ったクイーンの頭を天に掲げ、ロンドン中に響き渡る咆哮を上げた。
音というより、地鳴りのような衝撃だった。
胸の奥に響くあの咆哮を、今でも忘れられない。
あれは単なる勝利の雄叫びじゃなかった。
長く続いた絶望の時代が、ようやく終わったという“合図”だった。
敵の首を掲げるガクラの姿は、まるで昔の日本の歴史本で見た「敵将を討ち取った侍」のようだった。
それが単なる戦闘行動の一部だったのか、指示を出す日本からの“演出”なのか、あるいは──元が日本人の子供だから、ああいう“魂”が自然と出たのかは分からない。
だが確かなのは、あの瞬間がヨーロッパの誰もが待ち望んだ瞬間だったということだ。
長かった戦争の終わりを、俺たちはそこで見たんだ。
歓声も何もなかった。
戦場にいた俺たちも、報告を受けた司令部の連中も、誰一人として声を上げられなかった。
というより、望み続けてきた瞬間が本当に訪れたとき、あの光景を前にして、声が出なかったんだ。
長年、ヨーロッパの国々を侵略し、俺たちを苦しめ続けてきた怨敵の死。
それを目の当たりにした時、喜びや達成感というよりも、心の底から何かが満たされていくような、そんな感覚だった。
今でも、あの時の記録映像を見るたびに胸の奥から込み上げてくるものがある。
あの後、ニュースで何度も流された、有名な“例の映像”だよ。
ちなみに──あの映像、俺が撮ったんだぜ。
最高のアングルが取れそうだったから、俺の乗ってた改A-9の記録カメラで、カメラマン気分で撮影してた。
構図も完璧に決まってて、今でもよく使われてる。
ニュースじゃナレーションや再現映像で脚色されがちだけど、ああいう感覚って、多少映りが悪くても“無加工の映像”からしか伝わらないと思う。
対して、クイーンの死を見たベルゼブブの兵士どもは、全員が我先にとロンドンから逃げ出した。
最後まで戦おうとか、クイーンの仇を取ろうとか、そんな気概もまるで無かった。
ただ生き延びるために、群れを捨てて逃げ出していったんだ。
統率なんてものはもう無かった。
イギリスを奪われた時の俺たちと同じように、なりふり構わずに逃げていった。
で、ガクラはと言えば、まるで“仕事の続き”みたいな顔で、連中の後始末に入ってた。
一匹残らずベルゼブブ軍が逃げ出したロンドンに、俺たちは取り残されたように立ち尽くしていた。
誰もが、自分の感覚を信じ切れないでいた。
だけど、崩れ落ちた王城と、転がるクイーンの死体、逃げ去ったベルゼブブ軍、そしてそこに残されたロンドン──それが、俺たちの勝利を何よりも雄弁に物語っていた。
最初に声を上げたのは、歩兵の誰かだったと思う。
悲鳴でも怒号でもなく、歓喜の叫びだった。
それにもう一人、もう一人と続いていく。
やがてあちこちから歓声が上がり、戦場にいた兵士たちの感情は一気に爆発した。
空を仰いで泣く者、仲間の肩を掴んで笑う者、拳を突き上げて叫ぶ者、泣き崩れる者、地面に膝をついて天を仰ぐ者。
イギリスの国歌を歌う奴もいたし、興奮しすぎて実弾で祝砲を上げる奴までいた。
司令部からは「警戒を怠るな」と通信が来ていたが、その声にだって、喜びを抑えきれない響きがあった。
あの瞬間のロンドンは、戦場じゃなかった。
焦土の街のあちこちで、煙と火花の間から歓声が湧き上がっていた。
戦車のハッチから身を乗り出して叫ぶ兵士。
ヘリの無線を通して互いに勝利を報告し合う仲間。
俺たちは勝った。
その言葉を口にすることさえ信じられないほど、長く、苦しい戦いだった。
だが、確かに勝ったんだ。
34年。
長かった。
俺たちはずっと奪われ続けてきた。
都市を、仲間を、家族を、未来を。
でも、取り返したんだ。
ロンドンを。
ヨーロッパを。
そして、俺たちの誇りを。
ベルゼブブ軍は、侵略した領域とクイーンを失い、支配の象徴を完全に崩壊させた。
ロンドンは取り戻され、ヨーロッパは解放された。
都市を失い、国を失い、仲間を失い続けた長い年月の果てに──俺たちはようやく、奪われたものを取り返した。
34年前から続いた、ベルゼブブ軍との長い戦い──その終わりは、間違いなく俺たちの勝利だった。
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