計画始動
フランス・マルセイユ ヨーロッパ連合海軍フランス部隊 地中海方面統合艦隊所属 旧駆逐艦「サン=マルタン」艦長 フランス海軍大佐(当時) ジュール・ヴェルレーヌ
ガクラの協力を取り付けるために日本が介入したことで、計画の細部には大幅な手直しが入った。
名目上は「戦力の追加」だが、実際にはそれ以上に、作戦全体の運用思想そのものが変わったと言っていい。
実務的に一番厄介だったのは、指揮と連携の制約だ。
我々はガクラに直接命令を下すことができない。
そもそも彼が反応するのは日本語だけであり、通信系や手順は日本側の媒介を通して行われる。
日本語しか通じない相手に戦術的な要請を伝えるには、逐次翻訳、確認、承認という工程が入り、どうしても折衝と待ち時間が付きまとった。
即応性が求められる戦場では、日本を介した媒介がいかに厄介であるかは、前線に立つ者なら誰でも理解できる話だ。
だが幸いなことに、ガクラにはかつて少年だった名残りとしての人間的思考能力が強く残っていた。
完全な無機的兵器や、単なる攻撃的な存在とは違い、戦場の意図や流れをある程度理解する。
乱戦時でも破壊してはならない建造物や港湾施設、文化的遺産を避けるような行動を取ったことは、後方復旧計画の観点からも極めて重要だった。
これは我々にとって、単なる戦力以上の意味を持つ要素だった。
とはいえ、変わったのは主に指揮系統の取り回しであり、作戦の目的自体──ベルゼブブ軍の巣を破壊し、拠点を一つずつ潰していく──に変化はない。
私たちに与えられた役割は明確だった。
ガクラは必要なときにのみ呼び出し、その圧倒的な力で先導させる。
ベルゼブブ軍との戦争以外には通常のガクラの行動を乱さず、極力干渉しない。
この運用方針は、戦力維持というよりも、政治的均衡を保つための配慮でもあった。
そういう“使い分け”が国際合意として固められ、表向きには公表もされた。
だが、現実には「事実上のガクラ独占だ」という非難が世界中から噴出し、外交ルートは常に荒れていた。
我々現場の指揮官に届くのは、抗議文の写しと、運用制限の追加通達ばかりだった。
交戦区域、投入条件、接触制限、情報公開範囲──戦況が変わるたびに細かな規定が増えていく。
こちらの事情や作戦進行などお構いなしに、外野は好き勝手な理想と都合ばかり押し付けてきた。
それでいて、その連中は責任を取らない。
ガクラが戦った後の戦場整理も、補給線維持も、撤退判断も、全部こちらに押し付けたまま、結果だけを要求してくる。
とはいえ、国際的混乱に付き合ったところで、戦争は止まらない。
政治が騒がしくなっても、そこは政治家のやることであり、軍司令部の私には立ち入る余地は無い。
政治的な批判や外野の喧騒はさておき、我々は現場の現実だけを見て動くしかなかった。
我々がやるべきはただ、計画を進めて任務を果たすことだけだ。
海軍としての役割は艦砲支援、上陸部隊の輸送、補給線の確保であり、同時にガクラが介入するタイミングに合わせた連携手順を厳密に守ることであった。
いかに人間としての思考が残っているとはいえ、あの存在は通常兵器と同じ感覚で扱える戦力ではない。
進軍ルートを誤れば味方ごと吹き飛ぶ。
退避が遅れれば艦隊ごと戦場に取り残される。
熱線の射線上に入れば、装甲艦だろうと消し飛ぶ。
ガクラが動くということは、それだけで戦場そのものの構造が変わるということだった。
だから我々は、ガクラを“援護する”わけではない。
むしろ逆だ。
ガクラという超大型災害に巻き込まれず、その進撃に合わせて戦果を最大化するために、周囲が動く。
それが実際の運用に近かった。
ある意味では、我々人類側の艦隊や地上部隊ですら、“ガクラの随伴部隊”に過ぎなかったのかもしれない。
そうした問題と混乱を抱えながらも、ヨーロッパ奪還計画は始動した。
各国の思惑はバラバラだった。
ガクラの運用を巡る対立も、最後まで消えなかった。
それでも、計画のために可能な限り準備は整えた。
戦力そのものは以前より充実していたが、それでもなお、ガクラがいなければベルゼブブ軍に対抗するには到底足りない。
それが現実だった。
だが、始めるしかなかった。
ベルゼブブ軍にヨーロッパを奪われたままでは、集まった難民たちが抱える不安は消えない。
イタリアがこのまま逼迫し続ければ、受け入れた側もいずれ限界を迎える。
亡命政府もまた、土地どころか国名まで失うのではないかという恐怖を抱えたままになる。
故郷を取り戻せるのかどうかを、いつまでも曖昧にしたままでは、何も前へ進まない。
何より、ガクラが戦力として参加している今だからこそ、やらなければならなかった。
これはフランスだけの問題じゃない。
国を奪われた一国の恨みで終わる話でもない。
ヨーロッパ全体の問題だった。
だからこそ、人類側は巨獣時代における最大にして、本格的な“反攻作戦”へ踏み切った。
最初の戦地に選ばれたのは、フランス領マルセイユ……私の故郷でもあった。
あの地は、イタリア付近に存在するベルゼブブ軍の拠点の一つであり、スイス・ベルンに次ぐ重要な要衝と目されていた。
なぜマルセイユが選ばれたのかと言えば──奴らが苦手とする海上戦で奇襲を仕掛けるには、ここほど都合の良い場所はなかったからだ。
私と同郷の兵士たちにとって、それは15年ぶりの帰郷だった。
期待と不安を抱えて船が岸に近づくと、そこにあったのは故郷の風景でも祭りの灯でもなく、巨大な蜂の巣のように張り巡らされたベルゼブブの基地だった。
石造りの街角に、あの有機的な巣の構造が食い込んでいる。
故郷が奴らに支配されている光景は、歓喜を与えず、むしろ我々の長き苦難を象徴していた。
私は冷静を装っていたつもりでいたが、どうやら胸の内の激情は抑えきれなかったらしい。
隣に立つ者たちの心配そうなまなざしが、それを物語っていた。
帰郷の喜びなどなく、ただ怒りと決意だけが湧いてきた。
そして、戦争開始の一撃はガクラの熱線で始まった。
あの赤く、眩い光が空を裂き、巣の頂上にいた指揮型を正確に捉えた。
瞬間、標的は爆散し、巣の構造そのものが波打つように崩れていく。
熱線の衝撃で飛び散った破片と閃光が空を覆い、夜とも昼ともつかぬ光景を作り出した。
あの瞬間を、私は今でもまぶたの裏に焼きつけている。
誰もが息を呑み、誰もが、戦争の「始まり」を理解したのだ。
あの戦闘において、決め手となったのは確かにあの熱線の一撃だった。
突如として降り注いだ強烈な奇襲により、ベルゼブブ軍は指揮型を失い、奴らの強みである統率と秩序は一瞬で崩壊した。
さらに、ガクラの咆哮が戦場を震わせた瞬間、奴らの兵士個体の闘争本能は暴走し、理性も連携もかなぐり捨てて、ただ一心にガクラへと襲いかかった。
だが、その咆哮は我々にも伝播した。
不思議なことに、咆哮の影響は種によって異なった。
闘争本能の強い個体群は冷静さを失い暴走する一方で、理性的な人間側には逆に恐れや不安を消し去り、戦う士気を高める作用が働いた。
胸の奥底に眠っていた恐怖が、熱に変わった。
怯えていた兵士たちが雄叫びを上げ、銃を掲げ、突撃を開始した。
ガクラが放つ咆哮は、まるで人類全体の鬨の声のように響いたのだ。
戦況は、明らかに我々の優勢だった。
如何にベルゼブブ軍といえど、強みであった統率を潰された今となっては、ただの巨獣の群れにすぎなかった。
混乱の中で無秩序に動くそれらは、我々がかつて幾度も行ってきた“巨獣駆除”の延長でしかなかった。
違うのは、今回はそれを同時に、そして一気に片づけるというだけの話だ。
奇襲は完璧に成功し、海上からの艦砲射撃、上陸部隊の進撃、補給線の確保──すべてが予定通りに進行した。
やがてベルゼブブ軍は壊滅、残存個体が断片的に撤退を始めた。
そして、残されたのは──奪還された私の故郷、マルセイユ。
その中心に、静かに佇むガクラの巨影。
そして、勝利の雄叫びを上げる我々兵士たちだった。
それまでにも奴らに対して勝利を収めた例はあった。
だが、あの日──奴らを追い詰め、ひとつの街を“取り戻した”という意味での勝利は、人類にとって初めてのものだった。
それは、戦争という長い夜に灯った、最初の確かな夜明けだったのだ。
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スイス・ベルン ヨーロッパ連合軍 フランス部隊第3歩兵連隊・機動歩兵大隊所属 ガクラ随伴戦闘群 前線指揮補佐兼対ベルゼブブ軍掃討作戦担当将校 中尉 オーギュスト・ウェバー
巷で囁かれている“ガクラがいれば最強の軍になる”という話──あれは誇張でも比喩でもない。
少なくとも、前線で随伴任務に就いていた者としては、実感に近い評価だ。
戦力の話だけじゃない。
部隊の動き、補給、前線維持、そのすべての前提条件が変わった。
マルセイユ奪還後、イタリア軍の補給線を経由して再編成を受けた我々は、ガクラの随伴任務を兼ねつつ、ヨーロッパ西部方面の北上作戦に編入された。
私は歩兵中隊の現地指揮補佐として、ガクラ周辺の警戒線構築、対地索敵部隊との連携調整、後続部隊の進路確保を担当していた。
沿岸部から内陸へと進む形で、マルセイユ、リヨン、ジュネーブと転戦し、各地に点在していたベルゼブブ軍の小規模な巣──我々の用語で言えば、軍事キャンプや前進基地にあたる拠点を制圧していった。
それぞれの戦闘は長引くことなく、いずれも短期決戦で終わった。
敵の布陣は明らかに分散しており、戦線全体を統制する指揮型が不在だった。
通信連携も弱く、拠点同士の支援が機能していなかったことが、勝因の一つだったと分析されている。
マルセイユでの敗北が、ベルゼブブ軍にとって予想以上の打撃だったのは間違いない。
我々は勝利を重ねるごとに前進速度を上げ、同時に補給路の安定化も進んだ。
特に棘弾による電力供給、資源生成、環境再生の効果は戦況を根本から変えた。
瓦礫と汚染で長らく放棄されていた地域でも、数日単位で仮設発電拠点と補給集積地を構築できるようになり、燃料・弾薬・食料の現地循環が成立し始めた。
結果として、後方からの長距離補給に依存しない前線維持が可能になった。
そうして、十分な物資と兵力、そして何より「勝てる」という実感を得た我々は、次なる主戦場──スイス・ベルンへの進軍を命じられた。
ベルンは、ベルゼブブ軍がヨーロッパ内陸部に展開していた中枢拠点群の一つであり、我々にとっては二つ目の中枢攻略目標だった。
ベルゼブブ軍は連続する敗北を受けてか、防衛を固め、徹底した迎撃体制を敷いていた。
偵察部隊の報告では、ベルン郊外一帯に複数の巣を連結する形で防衛圏が形成され、周囲の谷筋と斜面には歩兵型が高密度で展開していた。
地下構造体と地上拠点が連動しており、陽動や側面突破はほぼ不可能。
戦うなら、正面から押し潰す以外に選択肢はなかった。
戦力の数だけを見れば、我々の勝ち目は薄かった。
敵の個体数は我々の数倍に及び、空からは飛行型、地上には歩兵型が群れていた。
通常であれば、戦う前から撤退を検討する規模だった。
だが、それは──ガクラがいなければの話だ。
ベルン郊外の森林地帯を抜ける頃、我々の隊列を先導するように、霧の中からガクラの巨体が姿を現した。
あの巨体が動くだけで、地面が鳴動し、木々が根こそぎ倒れる。
前線の兵士たちはその背を見て、誰もが言葉を失った。
恐怖ではない。
あれは“勝てるかもしれない”という、久しく忘れていた感情だった。
開戦は早朝。
敵の巣を中心に展開したベルゼブブ軍が波のように押し寄せてきた。
だが、ガクラの咆哮一発で、奴らの陣形は一瞬にして乱れた。
あの咆哮は単なる音ではない。
指揮型の通信を乱し、統制を奪う“兵器”のように機能した。
その隙を逃さず、我々は前線突破を開始した。
艦砲射撃と後方配置の重火器部隊による制圧射撃が外縁部を削り、歩兵部隊が複数の突破口を同時に開く。
中央突破は、ガクラが先陣を切る形で敢行された。
ベルゼブブ軍はガクラ対策として、大柄で重装甲の外殻に覆われた砲撃型や盾型を数十体投入してきたが、それらが与えた損害は一時的な時間稼ぎに過ぎず、ガクラの進撃を止めるには至らなかった。
ガクラは、自分より巨大な個体を含む複数の敵を相手にしても単体で前進を継続した。
体当たりで敵陣を押し崩し、拘束してきた盾型を無理やり引きずり倒し、そのまま振り回すようにして周囲の敵ごと薙ぎ払っていく。
敵の隊列も、防御陣形も、数の優位も、あの存在の前では意味を成していなかった。
ベルゼブブ軍による火炎弾の集中攻撃を受けてもなお、後退する様子は見られなかった。
怯みも、躊躇も、回避行動すらほとんど存在しない。
まるで、“被弾を前提に前進している”ような戦い方だった。
「あいつに恐怖も痛みも無いのか?」
前線でそれを目撃していた兵士が、半ば呆然と呟いた言葉を、私は今でも覚えている。
頼もしさを通り越して、戦慄に近い感情だった。
盾型を引きずりながら敵陣へ突っ込み、叩き潰し、踏み砕きながら前進するその姿は、圧倒的というより、戦場そのものを塗り替えていくような光景だった。
その様を前線で見ていた者なら、誰もがベルゼブブ軍の劣勢を実感したはずだ。
ベルゼブブ軍は押されていた。
数では圧倒的に敵が上回っていたにもかかわらず、戦線そのものがガクラ1体によって押し返されていた。
正面衝突──普通なら、最も避けるべき戦術だ。
膨大な敵戦力に真正面からぶつかれば、人類側から消耗していく。
どれだけ士気が高かろうと、物量差は確実に戦力を削り取っていくからだ。
本来なら、それは自殺行為に近い。
だが、ガクラが前線に存在する状況だけは別だった。
敵の物量を真正面から破壊し、戦線そのものを押し潰しながら前進できる存在がいる以上、正面突破こそが最大の戦果を叩き出せる。
膨大な数の敵を前にして我々に残された唯一の選択肢であり──そしてガクラが共にある状況では、唯一にして絶対的な勝機でもあった。
それは、人類が長年失っていた“力で押し返す戦争”そのものだった。
犠牲は出た。
正直に言えば、決して小さな代償ではなかった。
前進するたびに砲撃が飛び交い、上陸部隊は火炎弾に晒され、掃討戦では至近距離での交戦も発生していた。
ガクラが前線を押し広げていたとはいえ、戦場そのものが安全になるわけではない。
それでも、あの日の戦況は確かに人類側へ傾いていた。
ガクラが前線外縁で足止め部隊を殲滅し、そのまま展開していた兵士群に壊滅的な打撃を与えたことで、ベルゼブブ軍の防衛網は一気に瓦解した。
重装甲個体を踏み倒し、敵陣を引き裂きながら突き進むその姿は、もはや突破戦というより、“前線そのものの消滅”に近かった。
外周の抵抗が崩れた直後、ガクラは減速することなく、中枢拠点へ単身で突入した。
我々の部隊はその後方で残存勢力の掃討と拠点制圧を進めていたが、巣内部で何が起きているかは、正確には把握できていない。
ただ、数分後に観測されたエネルギー反応と、中枢拠点で発生した爆発が、すべてを物語っていた。
指揮型は排除された。
それと同時に、ベルゼブブ軍は統制を完全に失った。
残存勢力は組織的な反撃を行うこともなく、何ふり構わず散開し、逃走を開始した。
追撃部隊が必要なほどの抵抗は、もはや存在しなかった。
スイス・ベルンはガクラの奮闘によって奪還が完了し、戦場には我々の兵士たち──とりわけ、祖国を失っていたスイス出身の志願兵たちの雄叫びが響き渡った。
膝をついて地面に触れる者、瓦礫の向こうに広がる市街地をただ黙って見つめる者もいた。
その瞬間、誰もがこの戦争が本当に変わり始めていると感じた。
この戦争で、ようやく本当に──ヨーロッパを取り戻せるのだと。
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