志願兵
イタリア・ローマ ヨーロッパ連合軍ドイツ部隊 市街地突入歩兵中隊配属 対巨獣地上掃討班志願兵(当時) ゲルト・シェリング
故郷を失った日のことは、いまでも忘れられない。
ベルリンが火の海に包まれ、虫どもに蹂躙される様を、あのときガキんちょだった俺は輸送ヘリの窓からただ眺めることしかできなかった。
逃げる途中で親父とはぐれて、それっきりだ。
母親は避難船に乗る前に怪我が悪化して死んだ。
あの日から、俺にとって「帰る場所」って言葉は、ただの音になった。
その後の生活は、正直言って地獄だった。
イタリアが俺たちを受け入れてくれたことは、今でも感謝してる。
だが現実は、難民キャンプに押し込められて、劣悪な衛生環境、慢性的な物資不足、飯は水で薄めた配給食。
故郷を失った連中ばかりで心は荒れ、治安もどん底だ。
ガクラの棘弾でエネルギー事情が改善して、照明と医療設備が戻った時は、正直「奇跡だ」と思った。
だが、それでも根本は何も変わらない。
俺たちはずっと、「他人の土地に居候してる亡霊」だった。
だから、ヨーロッパ奪還計画の話を最初に聞いた時、無謀な計画だと鼻で笑った。
イタリアを維持するのに精一杯の状況で、あの虫ども相手に勝てるわけがない──ちょっと考えりゃ子供でも分かることだ。
だが、話が変わったのはガクラが絡んだときだ。
ガクラが一体いれば、奴らを何度も一掃してきたという事実がある。
映像も、戦果記録も、被害比率も全部本物だった。
いくら何でも、単なる希望じゃない。
そして、決定打はイギリスの国王だ。
日本で地面に額を擦りつけたあの映像を見た時、正直、胸を殴られた気分だった。
これまで王族だの象徴だの、全部くだらない、クソ食らえと思ってた。
血筋で偉そうにしてるだけの連中だと。
でもな、あの時のあいつは違った。
威厳も誇りも全部捨てて、他国の若い女に頭を下げて、未来を乞うた。
あれを見て、「ああ、こいつは逃げなかったんだ」って思った。
俺たち難民は、ずっと逃げ続けてきた。
国を失って、仕事を失って、尊厳を失って、それでも生きるために下を向いてきた。
だが、あの王は、逃げずに“賭け”に出た。
国の象徴って立場を使って、全部背負って、賭けに出た。
だから俺は、初めて国王って存在に、素直に頭が下がった。
ガクラの参加が正式に決まった瞬間、あの無謀にしか見えなかった計画が、一気に「現実の作戦」に変わった。
机上の空論だったものが、突然、血と鉄の匂いを帯びて動き出したんだ。
踏ん切りがつかなかった俺は、その知らせを聞いたその日のうちに志願窓口へ向かった。
迷いはあった。
正直、怖くなかったわけじゃない。
また全部失うかもしれない。
今度こそ、本当に何も残らないかもしれない。
それでも――何もしないまま老い死ぬよりはマシだった。
ベルリンを奪われたまま生きる人生より、
取り戻そうとして死ぬ人生の方が、まだ人間らしい。
だから俺は、ドイツ部隊に志願した。
銃を持って、虫どもの巣に突っ込む役だ。
ガクラが道を開き、王が未来を乞うた。
だったら、俺たち下っ端が血を流す番だろ。
――それが、あの時の俺の結論だった。
志願窓口は、俺と同じような連中で溢れ返っていた。
ドイツ人、フランス人、イギリス人、名前も国籍もぐちゃぐちゃだ。
だが、全員の目つきだけは共通していた。
諦めや虚無の代わりに、久しぶりに火が戻っていた。
生き延びるための目じゃない。
取り戻すための目だ。
中でもイギリス連中の興奮は凄まじく、声を張り上げて歌うやつ、涙を拭いながら拳を振り上げるやつ、半分は気が触れたように見えた。
だが、それだけ国王が持ち帰った“チャンス”に、人生を賭けていたってことだ。
あの連中にとっては、ただの作戦じゃない。
生き方そのものだった。
志願の手続き自体は、拍子抜けするほど簡単だった。
名前を書いて、簡易身体検査を受けて、銃の扱い経験を聞かれて終わり。
要するに――数が足りなかった。
虫どもを相手にするには、質よりもまず量だ。
最低限動けて、命令を聞いて、前に進めるなら、それで合格だった。
俺の場合は、難民キャンプで肉体労働を続けてきた体と、元々の体力が評価されたらしい。
誇れる話じゃないが、「使い潰せる駒」って意味では条件を満たしてたんだろう。
正式な銃と制服が渡されたのは、数日後だった。
手にした武器の冷たさが、これからの戦争の過酷さを嫌でも予感させた。
「これでやっと役に立てる」――そんな顔をしていた奴もいれば、「こんなので何が変わる」と眉をひそめる奴もいた。
俺は正直、まだ半分信じちゃいなかったが、胸の奥で何かが確かに燃え始めていた。
それからは訓練と説明の日々だ。
ガクラとの連携手順、接近時の安全距離、棘弾の補給管理、新型装備の操作、都市戦想定、撤退判断基準――文字通り、詰め込み教育だった。
正直、頭が追いつかない。
教官の怒号が飛び交い、転倒者が出て、脱落者も出た。
それでも、不思議と士気は下がらなかった。
皆、疲れ切った顔をしながらも、どこか晴れやかだった。
希望ってやつは、軽いもんじゃなかった。
胸の真ん中に鉛の塊みたいに重くのしかかって、それでも確かに「前へ押す力」になっていた。
作戦にはガクラ関連で日本が介入するって話もあって、その帳尻合わせのせいで予定は遅れに遅れた。
けれど誰も、戦意も士気も落としやしなかった。
むしろ、今か今かとその瞬間を待ちわびていた。
何せ、二十年近くも故郷を奪われ続けた連中にとっちゃ、数週間の遅れなんて誤差みたいなもんだった。
そして、待ちに待った戦いの始まる日が来た。
前線拠点――と呼んでいるが、実態は古びた要塞跡を修復しただけの港だ――の岸壁に、あの影が現れた。
これまで映像や遠目で何度も見てきたが、間近に立ち尽くすと、その巨大さは想像の桁を軽く超えていた。
写真や話で受け止めていた印象とは違い、実物はあらゆるものを圧倒する存在感を放っていた。
だが、恐怖よりも先に胸に去来したのは――頼もしさだった。
限定的とはいえ、戦況を一変させうる力を持つ存在が、確かに俺たちの側に立っている。
しかも、元はただの日本の子供だったという話を思い返すと、その事実が不思議と勇気を与えた。
化け物でも神でもなく、かつては俺たちと同じ「逃げ惑う側」だった存在が、今は先頭に立っている。
「……こいつが先に行くなら、俺たちが引くわけにはいかねぇよな」
誰かが、ぽつりと呟いた。
小さな声だったが、不思議と全員に届いた。
誰も否定しなかった。
頷く音も、返事もなかったが、空気が一段、締まったのが分かった。
あの日、あの港にいた連中は、全員が同じことを思ってた。
英雄について行く、なんて綺麗な話じゃない。
「ここまで来た以上、もう後戻りはできない」
ただ、それだけだった。
――そうして、俺たちの“奪還の戦い”が始まったんだ。
それぞれが、それぞれの想いを抱えてな。
俺か?
俺は……そうだな、ベルリンの実家に戻って、建て直して、ビールをかっぱらって、ドでかいソーセージにかぶりつくことばかり考えてたよ。
そんなもんのために命かけたかって?
笑いたきゃ笑えばいいさ。
けどな、それでいいんだよ。
人類のためとか、世界平和だとか、そんな立派なこと考えて命張れる奴がどれだけいる?
大抵の奴は、自分のために戦う。
それでも、そんな“ちっぽけな理由”が、時に国を動かす力になるんだよ。
■■■■■■
イタリア・ミラノ ヨーロッパ連合軍フランス部隊 民間志願兵 市街地掃討・補給線確保任務従事(当時) アヌーク・オークレール
イギリス国王が日本で頭を下げたって話が広まった時、ヨーロッパ奪還計画は、ようやく「現実の戦争」になった。
それまでは、正直言って、噂と理想論の塊みたいな計画だった。
誰もが希望は欲しかったけど、命を賭けるほど信じ切れてはいなかった。
でも、あの映像が流れた瞬間、空気が変わった。
王が、象徴が、国の顔だった男が、地面に額を擦りつけてまで未来を乞うた。
あれを見て、「これは誰かの英雄譚じゃない。私たち全員の戦争なんだ」って、そう思わされた人間が一気に増えたの。
私も、その一人よ。
母はフランス人。
私はイタリアで生まれて、ずっとそこで育った。
父親のことは知らないし、愛があったかどうかも分からない。
でも母は、少なくとも私を捨てなかった。
母はね、いつもフランスの話をしてた。
帰れなくなってからも、ずっと。
凱旋門。
エッフェル塔。
セーヌ川沿いの小さなカフェ。
朝のパン屋の匂い。
石畳の音。
私は一度も見たことがないのに、まるで自分の記憶みたいに刷り込まれてた。
それくらい、母は「帰れない故郷」に縋って生きてたのよ。
でも、状況が悪化するにつれて、母の希望はゆっくり死んでいった。
地図から消えて、ニュースから消えて、話題にもされなくなって。
最後の数年は、もうフランスの話すらしなくなった。
――その沈黙の方が、私はずっと辛かった。
だから、イギリス国王が頭を下げた映像を見た時、私は初めて思った。
ああ、まだ終わってない。
誰かが、まだ「取り戻そうとしてる」。
綺麗な理想じゃなくて、誇りも威厳も全部捨てて、それでも未来にしがみつこうとする姿だったからこそ、心に刺さった。
正直に言えば、私は王に忠誠なんて持ってない。
イギリス人でもないし、フランスにも住んだことがない。
でも、母の人生を奪った「終わったフランス」を、そのままにしたくなかった。
だから志願した。
銃の撃ち方も、戦術も、最初は何も分からなかった。
ただ、取り戻す戦争に参加しないまま生き延びることの方が、怖かった。
母が最後まで帰れなかった街を、せめて、次の世代には「地図の上に戻したい」。
それだけの理由で、私は銃を持ったの。
イギリス国王が頭を下げたあの日は、英雄が生まれた日じゃない。
あれは、私みたいな普通の人間が、戦場へ踏み出すきっかけを得た日だったのよ。




