決定打
イタリア・ローマ ヨーロッパ奪還計画スペイン部隊整備士 フェルナンド・イグレシア
当時の俺たちにとって、かき集められた戦力は、間違いなく「充実している」と言える状態だった。
ガクラの棘弾から得られるあらゆる資源は、枯渇しかけていたイタリアの工業基盤を無理やり蘇生させた。
止まっていた発電網が息を吹き返し、燃料の供給が再開され、錆びついていた工作機械が再び音を立て始める。
それに加えて、「故郷を取り戻せるかもしれない」という希望が、人間を動かす燃料としては十分すぎるほどに機能した。
あれは資源なんかよりよっぽど厄介で、よっぽど強力だった。
人間を動かす燃料としては、十分すぎるどころか、過剰なくらいに機能した。
本当に、半ば狂気じみた勢いだった。
実際、人手不足なんて言葉は、あの頃には存在しなかった。
志願者も、元技術者も、ただの素人も、全員が現場に押し込まれて、使えるやつから順に使われていった。
そうして兵器産業は息を吹き返し、止まっていた工場が再び動き始め、どこもかしこもフル稼働だった。
これまで資材不足で中断されていた兵器の量産ラインが復活しただけじゃない。
ようやく、新兵器の開発にまで手を回せるようになった。
設計だけで眠っていた計画や、試作段階で止まっていた案件が、一斉に現場に降りてきた。
さらに決定的だったのは、25年ぶりに開かれた国際会議だ。
日本から持ち帰られた対巨獣用レールガン、新型エンジン、ホバーバイク──あれはもう、技術の世代が一つ飛んだような代物だった。
話には聞いていたが、地理的にも政治的にも、ヨーロッパには回ってこない技術だった。
それが国際会議を境に、ようやくこっちにも流れてきたわけだ。
一応、俺たちも似たような方向性の開発は続けていた。
だが、世界で真っ先にガクラの恩恵を受けた連中が積み上げてきた技術は、完成度がまるで違った
ガクラの棘弾ありきなのを除けば、操作方法や構造は既存の物の発展と言えるものだが、実物とその性能を見た時点で、俺たち整備屋の何人かは笑ってたよ。
「こんなもん、空想の兵器だろ」ってな。
誰かがそう言って、他の連中も頷いてた。
それくらい、現実の現場感覚からかけ離れてたんだ。
だが、図面はある。実物もある。
そして何より、「使え」と言われている以上、扱えるようになるしかなかった。
日本から無理言って来てもらった整備士や教官のおかげで、俺たちでも実戦レベルで扱えるよう教えてくれたさ。
正直に言えば、最初は反発もあった。
こっちは25年、現場でどうにかやりくりしてきた人間だ。急に現れた連中に、上から教えられて素直に受け入れられるほど余裕はなかった。
だが、あいつらは違った。
机上の理屈を並べるだけじゃなく、「現場でどう使うか」「壊れた時にどう生かすか」を、最初から分かっていた。
彼らは黙々と教えてくれたさ。
故障した時の対処、部品が足りない時の応急処置、棘弾の出力が不安定な時の調整。
マニュアルに載ってない部分まで、全部叩き込んできた。
何度壊しても付き合って、何度でも同じ説明を繰り返してな。
現場で詰まるところを、最初から分かっているような教え方だった。
そのうち、笑ってた連中も黙るようになった。
そして最後には、誰も「空想の兵器」なんて言わなくなった。
使えると分かったからだ。
しかも、ただ使えるんじゃない。
「これがあれば戦い方そのものが変わる」と、現場の連中が実感する程度にはな。
ああいうのを見せられると、嫌でも思い知らされる。
同じ人間でも、ここまで差がつくのかってな。
そうして、ヨーロッパ連合は確かに力を取り戻しつつあった。
戦車の数も、航空戦力も、歩兵装備も、過去と比べれば見違えるほど増えていた。
新兵器の開発も順調に進み、日本製装備の扱いにもようやく慣れてきた。
それに加えて、ガクラ細胞の影響を受けた強化人間の存在だ。
肉体や感覚が強化されてるとは聞いていたが、初めて顔を合わせた時は、正直、普通の人間とどう違うのか分からなかった。
受け答えも自然だし、冗談も言う。
性格もバラバラで、むしろその辺は普通の新兵より人間臭いくらいだった。
だが、訓練を一度でも見れば、その認識はひっくり返る。
動きに無駄がない。
吸収が早い。
反応が異様に速い。
判断に迷いがない。
一度教えた動作は、次にはもう修正されてる。
同じミスを二度繰り返さないどころか、三度目には最適解に近い動きに変わってる。
あれは「慣れている」んじゃない。
「理解している」動きだ。
新人のはずなのに、まるで何年も前線に立ってきた兵士みたいな動きをする。
整備側から見ても分かる。あいつらは「戦う側」だけじゃなく、「扱う側」としても完成されてる。
武器の特性の掴み方が異様に早い。
反動の癖、過負荷の限界、冷却の遅れ──そういう“壊れる前兆”を、体で覚えてるみたいに把握してる。
だから多少無茶な運用をしても、「どこまでなら壊れないか」を分かった上でやってる。
その結果、整備記録の出方が普通の兵士と違う。
壊し方が極端に少ないか、逆に「狙って限界まで使い切った」ような綺麗な損耗になる。
こっちとしても予測が立てやすいし、整備計画が組みやすい。
ああいう連中が増えれば、部隊としての質は確実に底上げされる。
本当に、「即戦力」って言葉が、そのまま当てはまる人材だった。
それで、だ。
それだけ戦力が充実したヨーロッパ連合軍が、ベルゼブブ軍と正面からぶつかって、奪還できるかと言われれば……無理だ。
戦場で直に奴らと戦ってきた連中なら、誰もが重々理解している話だ。
あいつらは、まず前提が違う。
図体がデカいだけじゃない。
通常の歩兵型でさえ頑強な外殻に覆われているのに、大型の外殻となると、さらに重装甲みたいに硬くて、並の砲撃じゃ通らない。
その上で、遠距離から火炎弾を撃ってくる。
数も数万単位で、しかもただの群れじゃない。
連中なりに連携して、戦術を組んでくる。
どれだけ武器を揃えても、兵士を集めても、埋められない差がある。
数の差、質の差、そして何より、「前提としての生物としての強さ」の差だ。
士気だの勇気だのじゃ、どうにもならない。
そういう次元の話じゃなかった。
だから、現場の連中はみんな分かってた。
口には出さなくてもな。
──ガクラが来ることが前提だってことを。
あいつが来て、あいつが前線をぶち壊してくれて、ようやく俺たちの出番がある。
俺たちがヨーロッパを取り戻すには、ガクラは唯一の「決定打」だった。
逆に言えば、それがなければ、この計画は成立しない。
どれだけ兵器を揃えようが、どれだけ士気を上げようが、関係ない。
ガクラがいなければ、ヨーロッパ奪還なんてものは、最初から成立しない。
上は「連携」とか「共同作戦」なんて言葉を使っていたが、現場の感覚は違う。
あれは並んで戦うんじゃない。
先にあいつが道をこじ開けて、その後ろを俺たちが付いていくだけだ。
だから俺たちは、兵器を整備しながら、同時に祈っていた。
レンチを握りながら、配線を繋ぎながら、冷却材を流し込みながら、「力を貸してくれ」とな。
宗教なんてとっくに信じてなかった連中まで、似たようなことをしてたよ。
誰に聞かせるでもなく、ただ小さく呟くんだ。
情けない話だろ。
自分たちで戦うための準備をしておきながら、その成否を全部、一つの存在に預けてるんだから。
でも、それが現実だった。
あいつが来なければ、全部無駄になる。
来れば、ようやく勝負になる。
俺たちにできたのは、壊れない兵器を用意して、その時が来たら動かせるようにしておくことだけだ。




