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漁港

中国・青島市港湾地区 漁業卸業者 陳 昊天(チェン・ハオティエン)


「日本で発生した前代未聞の大事件!」

「世界を震撼させた脅威の巨大生物!」

「世界各国の反応と影響は!?」


 そのニュースを最初に見たのは、仕事が終わってから港の屋台で飯を食ってる時だった。

 屋台の小さなテレビに映っていた日本のニュース番組の映像……正直、あの時は誰もが冗談だと思ってたよ。

 映画の宣伝か、海外ドラマの新作映像か、ってね。

 

 だけど、どのテレビ番組もその話題を取り上げていて、連日報道が続いた。

 CGとは思えないリアルすぎる映像が、何度も繰り返し流されていた。


 日本の出来事に、中国全体が騒然としていた。

 港の仲間たちも、街中の人間も、その話題で持ちきりだった。

 

 けどな、実際のところ、俺たちの生活はほとんど変わらなかった。


 そりゃあ、初めはどこでもその話題ばかりだった。

 新聞もテレビも連日その話題だ。

 専門家が呼ばれては議論を繰り返し、軍の関係者が安全性について説明し、記者たちは競うように現地の映像を流していた。


 巷でも新たな資源の可能性だとか、生物学上の大発見だとかで学会は大騒ぎだったらしいし、中央政府やアメリカをはじめ、世界各国が貴重な生体サンプルを欲しがって裏で動いているなんて話も聞こえてきた。

 時には、怪物の正体は日本が作った生物兵器だ、なんて陰謀論まで飛び出した。


 俺の近所でも、女将さんたちが「こっちに来たらどうするんだい?」って真顔で聞いてくるし、船主たちも「船の燃料を余分に積んでおこうか」なんて言い出す始末だった。


 でも、翌日には、皆また元の生活に戻ってた。

 

 だって、俺たちは毎朝早くから起きて漁船の荷を受け取り、魚の鮮度を確認して、手際よく仕分けして市場に卸すそんな仕事を何年も、何十年も繰り返してきたんだ。

 

 当時の俺なんて、この仕事を親父から受け継いで12年目になる。

 高校も出ずに、港で働いて、魚の目利きと値段交渉に命をかけてきた。

 

 そんな俺たちにとって、隣の島国で起きた“世紀の大事件”は、確かにとんでもねえニュースだった。

 そりゃあ驚いたさ。


 けど、結局は他所の国の話。

 災害でも戦争でも、いつだってそうだ。


 画面の向こうでは街が壊れ、人が逃げ惑っている。

 それでも港へ行けば船は帰ってくるし、市場へ行けば魚は並ぶ。


 自分の土地、自分の生活が無事なら、それが何よりなんだ。

 いくら隣国でとんでもない事が起きたとしても、それが自分たちに何も振りかからない以上、危機感なんて長続きしない。


 俺たちが本当に気にしていたのは、あの出来事が漁業にどんな影響を与えるか、それだけだった。


「魚が獲れなくなったら困るよな」

「海が汚染されるとか、ないよな」

「輸入に影響が出たら、また値が動くぞ」


 そう、結局は生活のこと。

 稼ぎのことだ。


 あの化け物が何者なのか。

 どうやって生まれたのか。

 次はどこに現れるのか。


 そんなことより、明日魚がいくらで売れるかの方が大事だった。


 俺たちは誰も、本気では信じていなかったんだ。


 あれが日本だけの問題で終わらないなんて。

 あの怪物共が、これから世界そのものを変えてしまうなんて。


 だけどな。

 今にして思えば、あの時もっと真剣に受け止めておくべきだったんだ。


 あれは、事件の報道からちょうど5日ほど経った、ある朝だった。

 空はどんよりと曇っていて、海面もいつもより波立っていたのを、今でもよく覚えてる。


 その時だった。

 港の沖から、信じられない速さで1隻の漁船がこちらに突っ込んできたんだ。


 誰かが気づいて叫び出し、すぐにスピーカーで「停船しろ!」と何度も呼びかけたけど、船はまるで耳を貸す様子もなく、一直線に港に向かって突進してきた。


 まるで暴走したみたいだった。

 いや、実際に暴走してたんだ。

 だって、その船は……誰も操縦してなかったんだからな。


 突っ込んできた船は、停泊していた他の漁船を巻き込み、港の荷揚げ設備を破壊しながら、ようやく岸壁に衝突して止まった。


 俺たちは呆然としていたが、次の瞬間、何人かの漁師が我に返ったようにその船へと駆け出した。

 中には、自分の船を潰された連中もいて、怒りで顔を真っ赤にしてたよ。

「どこのバカが……!」って怒鳴りながら、操舵室を叩き壊す勢いで乗り込んでいった。


 だが、その怒鳴り声はすぐに止んだ。

 操舵室を開けた瞬間、全員が動きを止めて、言葉も失った。


 操舵室は死体に囲まれていた。

 全身が砕かれていて、室内を血で赤く汚していた。

 その死体の前にいたのは人間じゃなかった。


 目測でおそらく2m近い体躯。

 甲殻に覆われた全身が光を鈍く反射していた。

 

 最初は「カニか?」と思ったが、形が違う。

 腕が長く、胸部は筋肉質で、何よりも眼光がまるで猛獣のようにギラついていた。


 あとから考えれば、あれは「シャコ」に似てたんだと思う。

 獲物を一撃で砕くパンチを持つエビみたいな奴。

 あれに、ゴリラの骨格を組み合わせて、人間大に拡大したような化け物だった。

 

 そいつは俺たちを見るなり、いきなり飛びかかってきた。

 まるで狙いを定めていたかのように、一直線にな。


 最初にやられたのは、港でも屈指の大男だった。


 あの化け物はそいつに覆い被さると、両腕を振り上げてそして執拗に、何度も何度も、殴りつけた。

 殴るというより、砕く、潰す。

 骨が砕ける音、肉が潰れる音が嫌というほど響いてきた。

 

 俺たちは、その凄まじさに声も出なかった。

 気づけば、大男の顔も胸も、原形を留めてなかった。

 ぐしゃぐしゃになった赤黒い塊が、そこにあった。


 その時になって、ようやく俺たちは奴から逃げた。

 誰かが叫んだ。「逃げろ!」って。

 俺たちは船の陰や倉庫の裏に逃げ込み、警察へ通報した。

 港中がパニックになり、漁具を武器代わりに持ち出す者もいれば、泣きながら車で逃げようとする者もいた。


 やがて地元の警察が数人到着したが、奴を見て戸惑っていた。

 

「なんだあれは……」

 

 それでも拳銃を抜いて、距離をとりながら発砲した。

 だが──無駄だった。


 弾が当たったのは確かだ。

 何発かは正確に胴体を捉えた。


 だが、その甲殻が異常に硬かった。

 パキン、と乾いた音を立てて弾が弾かれ、やつは小さく反応しただけだった。

 

 むしろ怒りを買ったらしく、警官たちへ向かって突進してきた。

 一人が跳ね飛ばされ、もう一人は脚を折られて呻き声を上げた。


 一方的だった。

 銃弾が通じず、容易く人体をミンチにする化け物に、人間が為す術もなく蹂躙されていく光景。


 正直、何人かはその場で腰を抜かしていた。

 俺も足が震えて、逃げようにも動けなかった。


 だが、あの時の俺たちは本当に運が良かった。

  

 奴が警察を襲う時に、勢い余ってぶっ壊したパトカー。

 その下から、ガソリンがドクドクと流れ出していたんだ。


 すると、誰かが叫んだ。


「ガソリンだ、火をつけろ!」


 次の瞬間、年老いた漁師が倉庫からガスバーナーを抱えて走ってきた。

 あの人は漁師歴40年以上のベテランで、港ではちょっとした顔役だった。


 漁師ってのは火の扱いにも慣れてる。

 冬場の網焼きやロープの処理で、バーナーを使うことも多いからな。


 その老人が、ためらいなく火を点けた。

 

「退け! こっから先は俺がやる!」

 

 怒号と共に地面へ火を投げると、瞬間、ガソリンに引火して巨大な火柱が上がった。


 あいつは火に包まれると、初めて叫び声を上げた。

 何とも言えない濁った声だった動物とも、人間ともつかない、おぞましい悲鳴だった。


 火が容赦なく全身を焼き続ける間、あいつはのたうち回るように暴れ回った。

 周りに燃え移って火が広がっても、あいつはなかなか倒れなかった。


 その間も、俺たちは火が消えないように、燃えるものは何でも投げ込んだ。

 ガソリンや灯油、酒とか紙とか──とにかく何でもだ。

 

 そのうち、硬かった外殻も、やがて黒く焦げて割れ、次第に崩れ落ちるようにして動かなくなった。

 火が消えた時には、そこにはひどく焼け爛れた、ただの炭の塊が転がっていた。

 

 周囲は静まり返っていた。

 あれほど騒がしかった港が、まるで息をひそめているようだった。


 けど、それで終わりじゃなかった。


 炭になった化け物を見つめながら、皆が無言のまま立ち尽くしていた時、港の外れにいた若い漁師が青ざめた顔で戻ってきたんだ。

 

「……さっきの船の航行記録、調べてみたんだけどさ……あの船、日本には行ってない」


 その言葉に、辺りの空気が一瞬で凍りついた。

 みんな心の中で、日本で起きたあの怪物騒動が頭にあったはずだ。

 だから、あの怪物も日本から来た、と勝手に思ってた。


 だけど、本当は日本とは違う場所から現れた。

 

 誰かが呟いた。


「まさか、日本以外から来たのか……?」

 

 すぐさま否定する者もいた。

「いや、見間違いだろ、日本の近海に寄っただけかもしれん」とか、無理やりな言い訳ばかりだった。

 

 でも、誰も目を合わせようとしなかった。

 そいつら自身が、すでに心の中で気づいていたんだろう。


 その日以降、港はすぐに封鎖された。

 警察の上層部が動いたんだろう。

 軍の関係者らしき連中も現れ、防護服を着て、あの炭の塊をまるで病原体みたいに慎重に回収していった。

「この件については口外無用」と言われ、俺たち漁師には一時的な作業停止命令が出された。


 けどな、そんな命令で不安が消えるわけがない。


 むしろ逆だ隠そうとしているということは、それだけ深刻ってことだ。

 漁師の勘なんて笑われるかもしれないが、長年海と生きてきた俺たちは、肌で感じるんだよ。

 あれは、もう“何か”が動き出してるって。


 よほど鈍い奴じゃなきゃ、誰でも思いつくことだ。

 あれは日本だけの出来事じゃない。

 そして、中国で終わる話でもない。


 俺たちは、偶々こっちに降りかかってきた問題の一端に対処しただけで、何一つ解決しちゃいない。


 あの化け物がどこから来たかも分からなければ、なぜ現れたのかも分からない。

 

 ただひとつ分かるのは、奴らは“ここにいる”ってことだ。

 そして、その問題はもっと酷くなる俺たちが想像してるよりも、遥かにな。


 あの怪物の大型個体がインドネシアを襲ったのは、翌日のことだった。


 現地のニュース映像を見て、俺たちは戦慄した。

 海面を割って現れた、全長20m級の同型種。

 逃げ惑う人々の上に、巨大な足が振り下ろされる映像を、俺は今でも忘れられない。

https://www.pixiv.net/artworks/146367502

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