避難船団
アメリカ・アラスカ 避難民(当時) カレン・ミラー
私はアラスカの小さな港町で、家族と共に避難生活を送っていました。
政府の避難指示は既に機能しておらず、安全とされる街へ向かうにも道中で命を落とす危険があって、動けないままでいたんです。
わずかな銃と、残り少ない物資をかき集めて、どうにかその日その日を乗り切る──そんな日々でした。
でも、やがて限界が来ました。
物資は尽き、寒さは厳しくなる一方で、このままここに留まっていても全滅するだけだと悟ったんです。
だから私たちは、最後の望みをかけて、避難船団に加わる決断をしました。
目的地はシアトル。
数ある避難先の中で最も近く、私たちを受け入れてくれた街でした。
港には、すでに数え切れないほどの人々が集まっていました。
皆、顔をこわばらせ、言葉少なにただ順番を待っていた。
子どもたちの泣き声、大人たちの怒鳴り声、必死の懇願……それらがごちゃまぜになった騒音の中、私たちはただ寒さに震えて待つしかありませんでした。
その日は特に酷い寒波で、港の海面には氷が張り、船は動き出すどころか、出航の目処すら立っていなかったんです。
そして──そんなときでした。
港の向こう、白く霞んだ氷の平原の先から、巨獣の群れが現れたんです。
大小さまざまな巨獣たちが氷の上を軋ませながら、明らかにこちらの船団を目掛けて進んでいて、眼には殺意のような光が宿っていた。
海は凍りつき、逃げ場はほとんどありません。
避難船のエンジンは氷に閉ざされて動かず、氷を砕く装備もなければ、巨獣に有効な武器など誰一人持っていませんでした。
私たちはまるで、檻の中に追い詰められた獲物でした。
逃げ道のない広い氷の上で、ただただ祈ることしかできない。
周囲の大人たちが叫び、子どもたちが泣き叫ぶ中、私は家族を抱きしめて凍えながら、「ここで終わる」と思ったんです。
……そのときでした。
私たちの背後、凍った海の遥か沖合から、地鳴りのような音を響かせながら、ガクラが姿を現したのです。
黒く、巨大で、信じられないほどの速度で氷を砕きながらこちらへ迫ってくるその姿に、私は最初、本能的な恐怖を覚えました。
あれが何かを理解する前に、「また別の巨獣が現れた」と直感的に思ったんです。
逃げ場のない中で、さらなる脅威が迫ってくる──そう錯覚しても無理はありませんでした。
だって、私たち──ガクラのことなんて、まるで知らなかったんです。
当時のアラスカでは、正確な情報なんて手に入りませんでした。
通信はほとんど途絶えていて、頼れるのは時折入るラジオ放送だけ。
しかも、その放送ですら、雑音交じりで途切れがちだったり、内容も信じられないような話ばかりで……。
「日本で、奇妙な巨獣が人を助けている」とか、「そいつの出す棘が資源になる」とか、そんな話。
最初に聞いたときは笑い話にしか思えなかったんです。
あまりに現実離れしていて、誰も本気にしませんでした。
どうせ、どこかの無責任な噂。
何かの巨獣が、たまたま人間にとって都合のいい生態をしていただけ。
それに尾ひれがついて、まるで“英雄”のように語られただけの作り話だろうと、そう思っていたんです。
だから、氷を砕いて港へと迫ってきた、あの巨大で“異形の怪物”を見た瞬間、私たちの中にあったのは恐怖だけでした。
でも、ガクラは違いました。
彼は私たちを乗せた避難船のすぐ横を通り過ぎ──そのまま、港を襲おうとしていた巨獣の群れに向かって、ためらいもなく飛びかかっていったんです。
最初は何が起きているのか、誰にも分かりませんでした。
でも、巨獣を一体、また一体と倒していくその姿を見て、はっきりと理解したんです。
ガクラは、私たちを守ろうとしている。
船に迫っていた巨獣を真っ先に狙い、時には自分の巨体を私たちの船と敵の間に割って入れて、そのまま攻撃を受けていました。
鋭い牙で体を裂かれ、血が流れても、決して立ち止まらなかった。
あれはまるで、自分の命を盾にしてでも、私たちを守ろうとしているようにしか見えなかったんです。
それを理解したのは、私だけではありませんでした。
あのとき、港にいた避難民たちは皆、巨獣の群れの出現でパニック寸前の状態で、ガクラの出現によって秩序はさらに崩壊しかけていました。
しかし、彼が巨獣たちに襲いかかり、私たちを守るように戦う姿を見て、人々の目が変わったのです。
騒然としていた空気が、少しずつ落ち着いていきました。
最初は信じられなかった人たちも、次第にその行動の意味を理解し、そしてみんな、避難船へと自らの意思で急ぎ始めたのです。
避難船の出港をめぐって揉めていた船員たちも同じでした。
「すぐに出航すべきだ」と「一人でも多く乗せるべきだ」で意見が対立していた彼らでさえ、ガクラの行動を理解すると、言い争いをやめ、即座に避難民全員の乗船を待つという決断を下したのです。
そして、全員が乗り込んだその瞬間。
避難船はすぐに港を離れました。
本来ならば出港など到底不可能だったくらい凍りついていた海は、ガクラが接近してくるときに砕けた氷のおかげで、想定以上の速度で航行することができたのです。
そして、船が遠く離れたのを確認すると、ガクラはついに熱線を使い始めました。
夜空を赤く染め上げるほどの熱線が放たれた瞬間、港には凄まじい爆発が起こり、巨獣の群れは一瞬で殲滅されました。
あの光景は、まるで夢か幻のようでした。
爆風と熱気は、遠く離れていた私たちにまで押し寄せ、船の甲板にいても全身に響いてきたほどです。
ただただ、その圧倒的な力に息を呑むしかありませんでした。
戦いが終わると、ガクラはこちらを一瞥し、そのまま海へと身を沈め、静かにどこかへ去っていきました。
まるで何事もなかったかのように、音もなく、その場から去りました。
船が海へ出た後、私たちはしばらくの間、不安でいっぱいでした。
また別の巨獣が現れて襲ってくるのではないか──航行中、ずっと不安に駆られていました。
けれど実際には、その後の航海は驚くほど安全だったのです。
後になって知ったことですが、私たちが進んだ航路にいたはずの巨獣たちは、すでにガクラによってすべて駆除されていたそうです。
実際、避難船が通った海域ではいくつもの漁船とすれ違いました。
私たちが知らぬ間に、あの海は以前よりもはるかに安全な環境へと変わっていたのです。
そして避難先のシアトルに到着した時、私たちはさらに驚かされました。
出発前に聞いていた最後の情報では、都市として最低限の機能は維持しているものの、街や港は破壊され、広い範囲で電力も通っておらず、巨獣による被害の修復もほとんど進んでいない──そんな話ばかりでした。
それでも私たちは、もし受け入れてもらえるのなら、わずかでも余裕があるのだろうと、希望というよりも諦めに近い覚悟で向かったのです。
けれど、実際にたどり着いてみると、そこには私たちの想像をはるかに超えるスピードで復興が進んだ街がありました。
崩れ落ちていたはずの建物が建ち直され、港には灯りがともり、人々の営みが力強く息を吹き返していました。
そして、私たちはその場所で初めて、“ガクラ”という存在について、正確な情報を知ることになりました。
ラジオで聞いた“人類に味方する奇妙な巨獣”が、まさにそのガクラであったこと。
彼の放つ棘弾が、巨獣の排除だけでなく、インフラの復旧や都市の防衛にも使われ、復興の大きな力となっていること。
そして、その活動が日本だけでなく、世界各国にまで及んでいること──。
それらすべてを知ったとき、私たちはただ、茫然とするしかありませんでした。
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