捜索
日本 海上自衛隊 潜水艦〈くろかみ〉艦長 須藤孝次
広島で出現した翌日、自衛隊は直ちに“ガクラ”の追跡および捜索に乗り出した。
とはいえ、政府の基本方針はあくまで観察優先、軍事的接触は極力回避。
そのため、我々も直接的な攻撃や制圧行動は行わず、極力慎重に行動範囲と所在の特定に努めた。
世論では「味方かもしれない」といった意見も飛び交っていたが、我々は違った。
食料や縄張りを求めるでもなく、ただ他の巨獣を殲滅し、忽然と姿を消した。
動機は不明だが、少なくとも“殺害行為そのもの”を目的としているとしか思えない挙動だった。
そのような高い攻撃性を有する存在を放置するという判断は、防衛の観点から到底看過できるものではなかった。
そして、何より重要なのは、口から放つあの熱線の一撃が戦略兵器級の威力を持っていたことだ。
あの熱線は、通常兵器でも掃討が難しい巨獣すら容易く粉砕する。
そんな存在が、本当に我々、人類に危害を加えるかどうか──その判断を下せる者は、当時誰ひとりとして存在しなかった。
それこそが、我々自衛隊にとっての最大の脅威だった。
敵なのか味方なのか、まったく判断のつかない、あまりにも異質な存在。
そもそも、あれはどこに消えたのか。
今、どこにいて、次にいつ、どこに現れるのか。
そのすべてが不明のままだった。
だからこそ、ガクラの追跡は、当時の日本において、最優先級の軍事目標と位置づけられた。
列島の防衛線再構築や物資の再配分と並ぶ、国家存亡に関わる重要任務だった。
我々、潜水艦部隊に課された任務は、主にガクラが再び沿岸部や都市部へ出現する可能性を警戒・監視することだった。
まず、初めて目撃された広島沖の海域を重点的に捜索し、そこから徐々に捜索範囲を拡大。
音響探知、レーダー、衛星観測、そして対潜監視システム──利用可能なあらゆるセンサーと情報網を駆使して、徹底した索敵体制を整えた。
──それでも、まったく痕跡が掴めなかった。
ガクラの初期の活動とされる巨獣の大量殺戮により、我々の捜索は通常よりはるかに進展が早かった。
だが、肝心の“ガクラ”そのものは、まるで存在した形跡を一切残さずに消えていた。
そもそも、広島で姿を現すまで、我々の調査網を完璧にすり抜け続けていた存在だ。
簡単に見つかるはずもなかった。
潜水艦からのソナーや水中音響、電波探知、上空の航空監視までも動員したが、反応ゼロ。
通常の巨獣ならば多少なりとも波長や質量変化で痕跡を残すが、ガクラはまるで水に溶けたように行方をくらませていた。
我々の活動を察知し、意図的に艦から距離を取っていた──そう考えるのが自然だったが、それにしてもあまりに“完全”すぎた。
当時、艦内に同行していたIBRCの生態工学研究員が、興味深い仮説を口にした。
「ガクラは電磁波や音波を吸収しているのではないか」と。
初期の調査で何の証拠もない中、その学者の仮説は、突飛に聞こえたかもしれない。
だが、実のところ──私自身、それが本当ではないかと信じたくなるほど、我々は徹底してガクラを見つけることができなかった。
通常の巨獣であれば、痕跡のひとつやふたつは必ず残す。
だがガクラは、視覚・音響・熱探知、いずれの手段でも一切の反応を示さず、それどころか、まるでこちらの探査手段を逆に利用して逃れているかのような感さえあった。
そして、捜索を進める部隊が抱えていた最大の恐怖は、その“見えない存在”がいつこちらに牙を剥いてくるか分からないという点だった。
敵か味方か、未だ判断できない──そのうえで、居場所すら特定できない。
それはもはや、深海のどこから襲ってくるかも分からない、透明な爆弾と隣り合わせで行動しているようなものだった。
神経をすり減らすような捜索が続く中──ようやくガクラの存在を明確に確認できたのは、広島での戦闘から5日後のことだった。
〈くろかみ〉の前方、ほぼ視界ゼロの深海域。
突如として、巨大な熱源反応が検出された。
それは、どこかから接近してきたというより──“そこに現れた”としか言いようがなかった。
それまで一切の兆候を捉えられなかった対象が、前触れもなく観測圏内に出現したのだ。
本当に電磁波や音波を遮断していたのか。
あるいは単に、我々の動向を把握し、完全に探知圏外を維持していたのか。
結論は出ていない。
今でも分からないままだ。
ただ、あの瞬間の艦内の空気は、今でも忘れられない。
静寂の中、センサー員の震えた声が、艦内通話に響いた。
「艦長……熱源、急速接近中。質量反応あり」
その報告に、艦内の空気が凍りついた。
私も即座に各モニターを確認した。
ソナーには、これまで存在しなかったはずの巨大反応が、明確な輪郭を伴って映し出されている。
熱源、振動、質量──すべての観測データが一致していた。
そして、そのすべてが示していた。
“それ”が、一直線にこちらへ向かっている、と。
直後、水中カメラが捉えた映像がモニターに映し出された。
濁った暗闇の中に、輪郭の曖昧な巨大な影が浮かび上がる。
そしてその内部──皮膚の継ぎ目のように見える部位から、赤い光がじわじわと滲み出していた
あの日、広島で巨獣を一掃したときに見せた、あの“発光状態”。
同行していた学者たちの見解によれば、それは戦闘時に体内のエネルギーを活性化させた兆候であり、同時に外敵への威嚇ともとれる挙動だった。
つまり、ガクラは戦闘状態にある。
そして、我々の存在に気づいたうえで、近づいてきている。
私は即座に「航行停止」を命じた。
こちらからは絶対に刺激しないこと。
我々の任務は観察であり、挑発ではない。
たとえ不測の事態が起きても、まずは情報を持ち帰るのが我々の責務だ。
命令は即座に復唱され、機関音は極限まで落とされた。
艦内は一瞬で静まり返った。
誰もが息を潜め、全員が、モニターの向こうに映る“それ”から目を離せずにいた。
やがて、ガクラは〈くろかみ〉のすぐ側面を──接触しかねない距離を保ったまま、ゆっくりと通過していった。
あれは偶然の接近ではない。
こちらの存在を認識したうえで、あえて距離を保ち、干渉せずに通過した──そうとしか思えなかった。
その最中、低く響く振動音が艦内を満たした。
ガクラ自身の発する唸り声だったのか、それとも巨大な質量が水を押しのけることで生じた流体音だったのかは分からない。
だが、明確に“何かがそこにいる”と理解させるには十分すぎる音だった。
ガクラが通過するほんの1、2分間、誰も動かなかった。
いや、動けなかったと言うべきかもしれない。
ただひたすら、息を殺し、その巨体が通り過ぎるのを待つしかなかった。
艦内に言葉はなかった。
必要最低限のやり取りを除いて、誰一人として声を発することができなかったのだ。
やがてガクラが視界から外れた瞬間、私は直ちに反転を命じた。
接触回避の段階は終わりだ。ここからは追跡に移行する。
機関出力を引き上げ、最大戦速での追尾に入った。
だが──距離は一向に縮まらなかった。
それどころか、むしろ引き離されていった。
あの巨体で、潜水艦を上回る速力を維持していた。
常識では考えられない挙動だった。
やがて反応は急速に減衰し、ソナー上のシグナルも断続的なものへと変わり、最終的には完全に消失した。
再捕捉は不可能だった。
そして、約2時間後──名古屋を襲撃していた巨獣群が、ガクラによって壊滅したという報が入った。
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