獣神
日本・東京 内閣官房副長官 危機管理担当 天野達広
初めて中継映像でその姿を目にしたとき、私は思わず、「ガクラ」と呟いたのは、まったくの無意識でした。
その異様な姿──特徴的な頭部、長大な尻尾、そして赤く灼けるような熱線。
それらすべてが、私の故郷で語り継がれていた獣神「禍咎羅」の伝承と、あまりにも酷似していたのです。
私の生まれ育った大戸村は、深い山々に囲まれた小さな集落でした。
クマやイノシシと遭遇することも珍しくない、自然と共に暮らすような土地です。
そこには、村独自の伝承として「禍咎羅」と呼ばれる獣神の話が語り継がれていました。
普段は山中の池に潜み、夜になると田畑に現れては、赤い火を吐いて害獣や野盗を焼き払う──そんな存在です。
年に一度の祭りでは、広場に村人たちが自分の名前を書いた赤い札を持ち寄り、それを火にくべて燃やすことで、禍咎羅に一年分の厄を祓ってもらうという風習もありました。
いわば、「なまはげ」のような厄祓いの獣神として、村人たちに敬われ、恐れられていたのです。
もっとも、この伝承は村の外ではほとんど知られておらず、今となっては私のような年寄りしか覚えていないような、風化した伝承の一つでした。
正式な神道体系にも組み込まれておらず、神社本庁にも登録されていない、地方の小さな土着信仰に過ぎなかったのです。
社も、管理していた者も、大昔に村へ多少の金が流れていた頃に残された名残のようなものでした。
宮司など大層なものではなく、管理人も代々の家系が副業同然で引き継いでいただけだったと記憶しています。
私の知る限りでは、かつて流行した妖怪ゲームの三作目にようやく登場したものの、図鑑の下の方にひっそり載っている程度で、扱いも決して良いとは言えなかった。
アニメ版にはとうとう一度も登場せず、それくらいには“地味”な存在だったのです。
そして、あの毒をまき散らす「牛鬼毒種」が村を襲い、土壌ごと汚染されたことで、大戸村は地図からも記憶からも消えるようにして消滅し、伝承もまた完全に失われた──と、私はそう思っていました。
だからこそ、広島で「牛鬼毒種」が他の巨獣と死闘を繰り広げ、ついには相討ちのような形で姿を消したあと……本当に、あの「ガクラ」が姿を現すことになるとは──夢にも思わなかったのです。
私自身、ガクラの話を聞かされて育ったとはいえ、当時はそれが単なる伝説や迷信に過ぎないと思っていました。
けれど、あの瞬間、あの“黒い巨獣”が現れた時──私は、どうしてもそれを「ガクラ」としか呼べなかった。
だから、無意識に、その名を呟いていたんです。
それがきっかけでした。
私の口から洩れた「ガクラ」という言葉が徐々に広がり、学者や官僚たちの耳に入り、やがて周囲の人間たちも自然とその名を使うようになっていきました。
当時の内閣や研究機関でも、あの黒い巨獣をどう呼称するべきか定まっておらず、仮称すら統一されていなかったのです。
そのため、頭部の形状、異様に長い尾、そして赤い熱線といった特徴が、伝承に残る「禍咎羅」とあまりにも酷似していたことから、次第に研究機関側でも「ガクラ」という名称が使用されるようになっていきました。
最初は、現場で使われる俗称に過ぎませんでしたが、報道で繰り返し用いられ、人々の間に浸透していくにつれ、正式資料や観測記録にもその名が記載され始める。
そして気づけば、「ガクラ」は学術上の正式名称としてまで定着していたのです。
『獣神の名が採用されることとなったガクラですが、内閣や学者たちの反応はどうだったのでしょうか?』
“巨獣がまるで人類の味方であるかのように他の巨獣”を倒した。
その事実そのものに、誰もが戸惑い、困惑していました。
たしかに、広島を襲った巨獣たちを殲滅したという意味では、結果として人類にとっての「救い」と言えるかもしれません。
ですが、当時は本当に意図された行動だったのか──つまり、人間を守る意思があったのかと問われれば、答えは出せませんでした。
巨獣同士の捕食行動や縄張り争いは、これまでも確認されていた現象です。
ガクラの行動も、その延長にあると見る向きは多かった。
何より、出現直後で情報が極端に不足していた状況では、あの存在を軽々に「味方」と位置付けるには、あまりにも材料が足りなかったのです。
とはいえ、あの時の戦闘で明確だったのは、“敵対する巨獣のみを正確に排除し、人間に対しては一切手を出さなかった”という一点でした。
その選別の的確さ、そして意図的とも取れる無害性──それこそが、我々政府内の議論を深める最大の要因となったのです。
内閣の危機管理会議でも、何度となく議論が交わされました。
「ガクラは果たして我々の“味方”なのか? それとも、人間とは無関係の目的で動いているだけなのか?」と。
もし前者ならば歓迎すべき存在ですが、後者であれば──いや、たとえ味方であったとしても──その力がいつ私たちに向くのか分からないという恐怖が常に付きまとっていた。
何しろ、あの存在は、これまでのどんな巨獣ともまるで異なる。
知性を感じさせる動き、圧倒的な戦闘能力、そして“電力供給”や“環境改変”といった、従来の生物学では説明のつかない特性。
それらを目の当たりにした我々は、当然ながら政府内で幾度となく会議を重ね、議論は二転三転しました。
一部の学者は、ガクラが人間に対して友好的である可能性を指摘しましたが、それを裏付ける明確な根拠は一切ありませんでした。
一方で、防衛関係者や軍部の一部は、もしあの力が人間に向けられた場合の甚大なリスクを懸念し、早期に対応策を講じるべきだと主張していました。
しかし、当時の我々にとって最も現実的な結論は、「下手に刺激することなく、ガクラの行動を注視し続ける」ことでした。
敵と見なすには情報が足りず、味方と信じるには根拠が薄い──であれば、軍事的対応は最小限に留め、極力観察に徹する。
それが、あの時点で我々が採り得る唯一かつ最善の選択だったのです。
『政治家としてでなく、あなた個人として、ガクラに対する感情はどうでしたか?』
……恐怖と敬意。
その両方が入り混じった、複雑な感情でした。
当時の日本は、度重なる巨獣被害で国家機能そのものが消耗しきっており、国民も政府も、もはや希望を見失いかけていた。
そんな中で突如現れた、異質な存在──しかも、その力は、我々が知るどの巨獣とも桁違いだった。
姿も、能力も、目的すらも不明でありながら、明確に他の巨獣を打ち倒す力を有していた。
正直、個人としては強い危機感を抱いていました。
あの力がいつ、どこで、誰に向けられるか分からないという恐怖が、常に頭から離れなかった。
──それでも。
私は願っていたんです。
あの存在が、人類の味方であってほしいと。
巨獣に対抗できる唯一の存在であってほしいと。
それに、私にとってガクラは、単なる巨獣ではありませんでした。
幼い頃から聞かされていた故郷の獣神──伝説の中だけの存在だったはずの“禍咎羅”が、まさにその姿のまま、現実に現れたのですから。
あれを目にした瞬間、私はただの政治家でも、危機管理の担当官でもなく、ひとりの人間として、どうしようもない“運命”のようなものを感じざるを得なかったのです。




