売春婦
日本・広島 売春婦 篠島香美
正直、こんな穢れた仕事なんて、世界そのものが無かったことにしたいと思ってるんじゃないかって、よく思ってたわ。
私たちみたいな女の存在もね。
生きるためだからって自分に言い訳して、身体を売って、心を切り離して、狂気みたいなやり方で金に変えて──それでも、誰にも助けてもらえなかった現実の中で、こうするしかなかった私たちのことなんて、恥そのものだって。
『当時の記録として必要だと思ったまでです』
──あら、奇特な方ね。
そんな記録、いったい誰が読みたいのかしら?
アタシみたいな汚れた女の話を?
でも、そういう“汚い世界”をちゃんと教えてくれる人アタシ、嫌いじゃないわ。
誰も見ようとしない裏側を覗いて、その上で逃げ出さずに聞くっていうのは、少しだけ“正気の証”だと思うの。
だから、あんたみたいな物好きには、少しくらい付き合ってあげてもいい。
ただし、綺麗な話は何もないわよ。
ここから先は、臭くて痛くて、どうしようもない現実ばっかりよ。
あたしが若い頃には、もう世界は崩壊し始めてた。
テレビも、学校も、衛生も、未来も、何もかもがゆっくりと、でも確実に腐っていった。
母はいつの間にかいなくなってた。
父はあたしの目の前で死んだよ。
泣く暇も無く、ただそこから逃げるしかなかった。
大人たちは余裕がなくなって、誰も他人の子なんて構っていられなくなった。
支援?
保護?
笑わせないで。
“生きてるだけで奇跡”って言葉が、日常になってたのよ。
そんな中で、若者に残された選択肢は二つ。
自分で武器を持って戦うか、何か技術を身につけて、誰かの庇護に入るか。
でもさ、それを選べない子もいたのよ。
いや、多かった。
戦う度胸もなければ、学ぶ環境もない。
人脈もない。
臆病で、無力で、でも生きたいって、それだけで精一杯だった子たち。
だから、あたしは身体を売った。
──綺麗事なんていらないわ。
一番手っ取り早くて、勉強も要らなくて、あたしの中で唯一“取り柄”だと思えたのが、それだけだったの。
まだ若かったあたしには、需要はいくらでもあったわ。
ただの性欲発散とか、日々のストレス解消とか、童貞卒業して大人になりたい、なんて色々。
男に求められたら、股を開いた。
それと引き換えに、あたしは食料や物をもらった。
汚れた毛布や、ぬるいスープ、そして時々暴力も。
きっとね、これを読んだ誰かが「そんな道を選ばなきゃよかったのに」って言うんだろう。
でも、買い物の時にたった100円の安物でも金を払うのと同じ。
誰かから何かをもらうってことは、“それに見合う対価”を差し出すってことなのよ。
あたしが持ってたのは、この身体だけだった。
それを差し出して生きた。
はっきり言って、それは“何も持たない女”が最後に選べる仕事だった。
技術も、人脈も何ひとつないけど身体はある。
声も、肌も、目もまだ動いてる。
だから、“それ”を使った。
運が良けりゃ、誰かに囲われて“勝ち組の愛人”になれる。
最低でも、食料と寝床を手に入れられる。
たったそれだけ。
でも、甘くはない。
都合のいい世界なんかじゃない。
私たちがやってるのは、“努力して勝ち取った人間”たちの後ろにくっついて、そのおこぼれをもらって生きるってこと。
人間として見られることは少なかった。
物扱いは当たり前で、ペットよりも下に見られることもあった。
「生かしてやってる」って顔をされた時、何度歯を食いしばったか知れない。
愛人になったって、安心なんてできるもんじゃない。
相手が病気になったり、飽きたり、他に若いのを見つけたりすれば──真っ先に捨てられるのは、こっち。
それでいて、女には“期限”がある。
20代でも若いからまだまだ需要があるけど、それでも10代の頃と比べると嫌でも実感してくるわ。
視線の質も、値の付き方も、少しずつ変わっていく。
どれだけ美人だろうと、時間が経てば皺もできるし、肌も衰える。
いつまでも“求められる側”でいられる女なんて、ほんの一握りの賢い女だけよ。
頭の悪い女は、自分には贅沢が許されて当然の価値があるって思い込んで、見下せる相手を探しては、自分の立場を誇示して愉悦に浸る。
でも結局は、体を売るしか芸のない女。
そんな女の代わりなんていくらでもいる時代だったから、あたしたちは“消耗品”として都合が良かった。
需要がある頃の贅沢で勘違いした女は、歳を取っても目が覚めない。
「自分は大富豪の男と釣り合う」
「働くのは男であるべきで、自分は贅沢を許される存在」
「歳をとった自分は20代より経験があって優れてる」
「自分の美貌は20代にも負けていない」──なんて、過去の栄光を根拠にいつまでも都合のいいところだけを見て、自分が選ぶ側だと思い込む。
でも現実は、期限が切れた時、技術も人脈も何もなけりゃ、その瞬間に終わり。
それまでどうにか保ってた最低限の暮らしすら、全部ね。
それに気づかない女は、男を選り好みして贅沢できた過去の栄光の夢を見ながら、ボロ布を纏って道端で一人寂しく寝る日々を過ごし、いつの間にか誰も見向きされないまま冷たくなる。
傲慢チキな勘違い女の、似合いの末路さ。
分をわきまえない奴は、誰でもああなる。
そして何より女は妊娠する。
あんたたち、どれだけ避妊が贅沢なものか、分かってる?
この時代、避妊具は一部の金持ちか、軍用の衛生物資。
こっちは手に入れる術もなけりゃ、相手の気分一つで使えるわけでもない。
売春婦が避妊を拒めると思う?
“仕事”なんだよ。
相手の要求に応えてナンボ。
妊娠すれば、まず腹が重くなって走れない。
隠れられない。
栄養も多く要るし、寒さにも弱くなる。
産めば、次は子育てよ。
自分のことで精一杯な女が、赤ん坊なんて抱えてまともに暮らせると思う?
あの時代はむしろ、生まれなかった方が幸せだって言えた。
赤ん坊は“命”じゃなくて、“負債”。
産んだ瞬間から足枷で、荷物で、餓死か事故死がほぼ確定してる存在。
だから、生まれてすぐに殺す女も何人もいたわ。
罪の意識なんて、最初の一回で使い果たすものよ。
──でもね、それすら金に換えることができた。
人手不足で疲弊していたのは、軍や自治体だけじゃなかった。
物資がなく、教育機関もまともに機能しなくなった時代、将来的に使える“労働力”を育てようとする動きが出てきたの。
特に、自衛隊から離脱した連中が始めた、“孤児院”と名乗る訓練施設。
最初に東京で設立されたその一つが、設立からたった三年で“成果”を出した。
子供たちが兵士みたいに戦場で生き延びて、小型巨獣を倒し、作戦行動に参加してるって噂が広まると──あっという間に、日本中のあちこちで似たような施設ができ始めた。
しかも裏じゃ、自衛隊そのものが秘密裏に支援してたって話もあった。
最初は都市伝説かと思ってたけど、関係者の移動記録や、資材の流通経路なんかから見ると、あながち作り話じゃなかったらしい。
政府の公式声明はずっと「関知していない」だったけど、政権交代で首脳が変わってからは、露骨に“黙認”される空気が漂ってた。
昔の平和な国だったら、そんなの人身売買だ、軍事洗脳だ、非人道的だって、世界中から非難されて当然だった。
でも、あの時代は違った。
道徳を振りかざす余裕なんて、誰にも無かった。
子供を“守るべき存在”として扱えるだけの国力も社会構造も、もう残ってなかったのよ。
──まあ、あたしは政治のことなんてよく分からない。
新聞なんて読まなかったし、学もなかったし、誰が総理だろうとあたしの食い扶持には関係なかったからね。
でも、空気ってのは感じるものよ。
誰も大声で「やめろ」と言わなくなった。
それだけで十分だった。
とにかく、はっきり言えるのは──いくらでも“引き取り先”はあったってこと。
その話が広がった時、街の女たちの目の色が変わったのを、今でも覚えてる。
赤ん坊を“命”じゃなくて“商品”として扱いはじめた。
いかに健康に、いかに高く売れるか。
ミルクや衛生品を惜しまずに与えて、“売り物としての価値”を保つことに躍起になった。
病院でも同じことを考えてたのか、他の診療や手術には使い古しの器具や割れた薬瓶を使ってたくせに、出産に関してだけは妙に準備が整ってた施設もあったわね。
「命を守るため」じゃないわ。
「高く売るための仕入れ工場」として整備されてたってこと。
私も生きるために利用したわ。
子供も、病院も、全部“手段”として使ったのよ。
自分の腹を痛めてまで産んだ子供を、少しでも高く売り飛ばすためにね。
笑わせるでしょ?
“母親”なんて呼ばれるのもバカバカしい。
そこに愛情も親子関係もなくて、ただ金のためだけに赤ん坊を産んで、手元に置いて、栄養を与えて育てるのよ。
その過程にあるのは、「育てたい」という感情じゃない。
「価値を落とさないように管理する」って、冷たい意識だけ。
でも、あの時代、そうするしかなかった。
そうしなければ、その子は生きられなかった。
生まれた直後に捨てられ、飢えて、凍えて、誰にも看取られずに死んでいく命がどれだけあったか。
そうして愛を知らない子供たちが増えていく中で、本当に“望まれて”生まれた子供なんて、どれくらいいたかしら?
ほんのひと握り──それも、奇跡みたいなもんだった。
私たち売春婦にとっては、腹を痛めて産んだ子を殺さずに済む上に、まとまった金が手に入る。
男に身体を売って金と食料を得て、妊娠すれば、その子を売ってさらに生き延びる。
──都合のいい仕組みだったわ。
綺麗事抜きで言えばね。
売られる赤ん坊にしたって、あのまま野垂れ死ぬよりは、どこかに引き取られるだけマシだった。
それが地獄かどうかは、また別の話だけど。
愛されて育つかどうかは運次第。
人間らしい教育を受けられるかどうかも、運次第。
銃を持たされて訓練施設に送られるか、穏やかな引き取り手に出会えるかそれも全部、運任せ。
だけど、それでもいいって、私は思ってた。
生きてりゃ、可能性くらいは残せるんだもの。
死んだら、そこで終わりよ。
そうして、あっという間に“赤ん坊ビジネス”は広がっていった。
命は神聖なもの?
母親の愛は絶対?
そんなのは、戦争も飢えも知らない時代の“おとぎ話”よ。
この世界じゃ──生きるってことの方が、よっぽど重たくて、現実的な価値だったのよ。




