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軍隊

イギリス・ロンドン イギリス陸軍航空隊 第16航空強襲旅団所属 CH-47チヌーク輸送ヘリ パイロット 中尉(当時) ジェームズ・グラント


 2020年──ヨーロッパが本当に沈んでいった年だった。


 あの時代で最も憎い巨獣は、人によって違うと思う。

「オオカミみたいなやつ」と答える奴もいれば、「カエルの化け物みたいなの」と答える奴もいる。

 中には、巨獣じゃなくて「あの時の司令官だ」とか、「避難を優先した政治家の顔が忘れられない」なんて言うやつもいた。


 でも少なくともイギリス、いやヨーロッパにいた人間の多くが、同じ名を挙げると思う。

 

 最も憎い、最も忌まわしい巨獣──「ベルゼブブ」。

 あの悪魔の名を冠した怪物。

 

 大層な名前だろ?

 でも、奴らにはそれがふさわしかった。


 それまでのヨーロッパは、ほとんどアメリカと同じ状況だった。

 

 確かに、初期はどの国も混乱していた。

 そもそも軍が想定してる敵は、人間だ。

 テロリスト、ゲリラ兵、正規軍武器を持った“人間の集団”を想定して、装備や戦術、指揮系統を組み上げられている。


 だから、日本で最初の巨獣出現が確認された時でさえ、あれを“例外的な災害”以上のものとして受け止めていた軍は、ほとんど存在しなかった。

 ああいった“生物災害”に、本気で備えていた国など、世界のどこにもなかったんだ。


 結果は言うまでもない。

 大勢の人間が犠牲になり、町は崩壊し、維持できなくなった都市は次々と放棄された。

 戦うたびに消耗し、前線は後退し、防衛線は削られていく。

 やがて防衛範囲の縮小が常態化して、アメリカで実施された都市要塞化計画を、そのまま模倣するしかなくなった。


 だが、それでも──何も積み上がらなかったわけじゃない。


 何度も戦って、何度も分析して、何度も失敗して、そのたびにやり方を変えた。

 他国の戦術を取り入れ、使えるものは何でも使った。

 火力と機動力で押し切る戦い方に移行し、都市構造ごとに掃討パターンを作り上げていった。


 イギリス軍は、そういう“適応”に関しては早かった。

 現場判断の自由度も高いし、技術屋も優秀だったからな。

 少なくともあの頃には、巨獣はもう“どうにもならない存在”じゃない。

 戦術と連携次第で、“勝てる相手”に変わりつつあった。


 ……だからこそ、だ。

 いくら先行きが不安でも、俺たちはまだ、この巨獣時代を持ちこたえられる──そんな楽観が許されていた。

 

 だが、ベルゼブブは違った。


 確かに、奴らの外殻は硬かったが、破壊不能というわけではない。

 正面から撃てば、機関銃でも十分に貫通できる。

 爆薬を使えば群れごと吹き飛ばすことも可能だった。

 

 特殊な分泌液の化学反応で爆発する火炎弾についても、類似の能力を持つ巨獣で対策はすでに確立されていた。

 要するに“当たらなければいい”──それだけの話だった。


 つまり個々の能力だけを見れば、あれは“厄介な害獣”の延長線にある存在で、脅威としては想定の範囲内に収まっていた。


 ただし、“数”と“知能”を除いて、だ。

 

 群れを作る巨獣は、今までもいた。

 リーダー格に従う狼型群獣、食料にたかる烏合の獣群、空を漂う群体型それらすら、まだ“動物”としての範疇だった。


 だが、ベルゼブブは戦術単位で機能する“軍隊”だった。

 

 蜂や蟻のような社会構造を持ち、それぞれに役割を持つ個体が、合理的に行動していた。

 偵察、陽動、前衛、搬送、破城、飛行、擾乱、指揮……。

 言語も装備もない“生物”でありながら、一体一体がまるで“訓練された兵士”のように、役目を全うしていた。


 奴らは常に軍や部隊で襲来し、役割分担と連携を前提に動いてくる。


 単に生き延びるとか、繁殖するとか、そういう“動物的な本能”じゃない。


「こちらの防衛ラインを壊すにはどうするか」を考えて、状況に応じて手を変えてくる。

 天候、地形、兵站、武器の残弾すら計算してるんじゃないかと思うような動きが度々確認された。


 明確な“意図”を持って、戦術判断を下すそれは、“知性”と呼ぶしかなかった


 歩兵型が遮蔽物を破壊し、そこに砲撃型が爆発性の粘液を発射し、後方から大柄の爆撃型が新たな兵士を投下する。

 ある部隊が陽動を行い、軍の視線を釘付けにした裏で、別の飛行部隊が高空から拠点を奇襲。

 あるいは、地中の斥候が事前に通信ケーブルを切断してから襲撃を仕掛けてくる。

 それを“指揮型”が高所から統制し、適宜、戦術を切り替えてくる。

 標準的な軍隊のように、状況に応じて戦術を柔軟に適応させる。


 もはやそれは、単なる巨獣の襲来というより、“戦争”だった。


 しかも、こちらが勝手に線を引いた“人間同士”の戦争ではなく、共通の言語も思想も持たず、交渉も和解も成立しない“異種族”との、絶滅戦争だった。


 当時の俺は、イギリス陸軍航空隊 第16航空支援連隊に所属し、ロンドン近郊のブレイズ・ノートン基地を拠点に、前線都市への兵站支援や人員・物資の空輸を担当していた。


 任務は、簡単に言えば「死にかけた都市と、まだマシな都市をつなぐ」仕事だ。


 何百回も、煙に包まれた都市へ物資を運び、死体の山を越えて負傷者を乗せ、巨獣のサンプルを冷却カプセルに詰めて基地に戻った。

 行きは装備を満載し、帰りは“人間の形を失った何か”を積んで戻るその繰り返しだ。


 そんな仕事を続けていると、前線の兵士とも深く繋がるようになる。

 とりわけ、スコットランド防衛戦の最前線だったエディンバラの連中とは、個人的に連絡を取ることが多かった。

 基地の通信が混雑してる時なんか、私物の衛星端末を使って非公式に連絡を取り合ったこともある。


 情報の流れは、公式な報告よりもずっと早かった。


「どんな巨獣が現れた」

「新しい火炎弾が効果あったらしい」

「次の物資輸送、コーヒーを多めに頼む」

 中には冗談交じりで、「今度、酒と引き換えにアメリカの銃器くれ」なんてやり取りもあった。


 兵士同士の裏ネットワークみたいなものだ。

 報告書には載らないけど、前線じゃ一番頼れる情報源だった。


 だから、あのエディンバラで何が始まっていたのか俺は、少しだけ早く聞いていた。


 最初は、報告のトーンも冷静だった。

「奇妙な飛行型の個体が、市の北東側に定着し始めた」

「群れが旋回を繰り返しているが、直接的な接触はない」

「攻撃性は低いが、飛行速度と高度変化が異常に高い」

 

 最前線の観測班がそんなメモを投げてきて、俺も最初は「また新種か」としか思わなかった。


 直接の接触もなく、被害も出ていない。

 だが、明らかに異常だった。


 普通の巨獣ってのは、街を見つければ突っ込んでくる。

 中に人間がいるとわかれば、他の捕食対象を無視してでも襲ってくるのが定石だ。


 それは、単に「狩りやすい」からだ。

 軍の砲撃で死ぬリスクがあっても、そんなのは他の巨獣を襲うのと変わらない。

 むしろ、反撃の火力が尽きれば脆いと、賢い奴ほどそれを理解している。


 だが、あの時、ベルゼブブの群れは違った。


 街の周囲を旋回し続けた。

 まるで、様子をうかがっているかのように。

 高度を変え、地形を調べるように飛び、決して接近せず、だが離れもしない。


 当初、軍も対応に慎重だった。

 何より、奴らは“まだ”攻撃してこなかった。

 

 動きは不穏だが、発砲に踏み切るには根拠が弱かったし、下手に攻撃すれば奴らを刺激し、大量の弾薬を消費することになる。

 無駄に弾を消費して、いざという時に足りなかったら元子も無いしな。

 エディンバラには予備兵力も十分とは言えず、相手が見るだけで何もしない以上、「今は静観すべき」という結論に至るのも、理解はできる。


 だけどある日、通信相手からエディンバラに奴らが攻めてきたと連絡があった。

 やっぱり危険な生き物だったじゃないか、と思ってたけど、しばらくしてエディンバラの基地との連絡が途絶えた。


 無線は何度送っても返ってこなかった。

 最初はジャミングか、通信設備の損傷かと考えた。

 だが、時が経つごとに、ただの“沈黙”じゃないと全員が悟りはじめていた。


 基地ごと、沈んだんだ。


 エディンバラはスコットランドにおける戦略要衝だった。

 あそこが沈むというのは、単なる都市の陥落以上の意味を持っていた。

 軍の反応速度が下がり、補給線が切れ、北部の防衛網がごっそり失われることを意味していた。


 上層部は、すぐさま偵察機を飛ばして確認を急いだ。

 俺の任務も、輸送から「生存者の救出」と「物資の緊急回収」に切り替えられた。


 だが、出発前に届いた映像は……あまりに衝撃的だった。

 

 街が存在していなかった。


 それが最初の印象だった。

 高層ビルが瓦礫の山となり、道路は抉られ、地下鉄のトンネルは吹き飛ばされていた。

 中には、燃え上がるショッピングモールや、瓦礫に埋もれた病院跡が見えた。


 でも、最悪だったのはそこにベルゼブブの群れが、まるで自分たちの街のように飛び交っていたことだ。

 地上には、カマキリが産卵時に生成する分泌液でできたようなテント状の巣が、いくつも、道路を覆い尽くすように並んでいた。


 しかも、巣の周囲を守るように配置された“飛行型”の個体は、明らかに飛来する偵察機に反応していた。

「索敵」や「警戒」そんな軍事的役割を、あの生物が担っていた。 


 エディンバラはもう“人間の街”じゃなかった。

 

 この時、俺たちは初めて理解した。

 ベルゼブブは単なる巨大昆虫の集団じゃない。

 “一つの軍隊”だった。

 その夜、ロンドンの司令部では、エディンバラの喪失ではなく、“陥落”という言葉が正式に使われた。


■■■■■■


イギリス・ロンドン 英国陸軍参謀総長(当時) ローワン・レッドメイン


 エディンバラの陥落は英国全土に大きな衝撃を与えた。

 もしあれが単なる“野生の巨獣”による襲来だったなら、その被害は深刻でも、当時の世界では“ままある悲劇”として受け止められただろう。


 しかし奴らの生態が“軍隊的”であると判明したことで、我が国は一気に、従来の防衛理念を根本から見直さざるを得なくなった。


 私は英国陸軍参謀総長として、同時に王立陸軍元帥の階級を率いる立場にあった。

 バッキンガム宮殿直属の統合参謀本部において、あらゆる作戦計画と兵站を統括している。

 10か国以上の多国籍演習を指揮し、NATO主要演習では常に前線に立ってきた。

 

 だがあのときほど、国防の根幹が揺らいだ瞬間はなかった。

 

 まず驚いたのは、市民救出を急行した第3歩兵師団の報告だ。

 彼らが到達した街区には、歩兵隊と砲撃隊を思わせる配置が確認された。

 装甲をまとった個体が建物の間に待機し、強固な“指揮型”からの合図で一斉に前進。

 攻撃を受けた部隊を援護する“小隊”もいたという。


 我々の常識では、“巨獣=野獣”だった。

 危険な生き物ではあるが、あくまで“生物学的災害”。

 人間の軍隊のような統制と役割分担はありえないと考えていた。


 だが、奴らは明らかに「戦術行動」に特化していた。

 偵察群が前線を探査し、陽動群が視線を釘付けにし、主襲撃群が後方から砲撃群を支援する。

 まるで我々の作戦マニュアルをそのままコピーしたかのような動きを見せたのだ。


 それは最早、ただの“巨獣被害”ではなく、明確な“異種族間の戦争”だった。


 エディンバラの件を受けて、我々軍上層部はすぐさま研究班と連携し、生態情報の収集と戦略分析を急いだ。

 特に注視されたのは、ベルゼブブ群の補給・維持システムだった。


 調査の結果、あの生物群は蜂や蟻に似たコロニー型の社会を構築しており、内部に“栄養生成個体”が存在する可能性が高いと結論づけられた。


 そしてその生成物我々は仮に“戦術蜜”と呼称したが、それは栄養源として軍全体に分配され、群れの持続を支えていると判明した。


 問題は、その蜜の原料が“人間を含む高エネルギー有機体”であったことだ。


 つまり、奴らはただ捕食するのではない。

 “生体を抽出・加工し、巣の生産活動へ組み込む”。

 明確な意図と構造をもって、都市そのものを搾取対象として見る、組織的かつ持続可能な戦争モデルを展開していた。


 この情報が正確であるなら、次の標的はほぼ特定できる。


 エディンバラの次はヨーク、マンチェスター。

 そして最終的には──人口、交通、補給資源、そのすべてが集中するロンドン。


 他にあり得なかった。

 

 私は参謀本部にて、最も迅速かつ過去最大規模のロンドン防衛計画を発令した。


 まず、ロンドンへ戦力を集中。


 イギリス軍の主力を段階的ではなく、一気に投入し、短期間で防衛線を構築した。


 同時に、長期戦を前提とした都市改編を実施。

 民間インフラはすべて軍の統制下に置かれ、軍港、鉄道、地下通信網は統合運用へ移行した。


 都市そのものを、“戦うための構造”へ作り替えたのだ。


 各通りには自走榴弾砲を常駐させ、地下には対地誘導ミサイルと燃料備蓄を新設。

 地上と地下の双方で、持久戦に耐えうる火力と補給網を整備した。


 同時に、アイルランド政府にも連絡を入れた。

 ベルゼブブ軍の情報を共有し、地理的条件から見て次の標的となる可能性が高いことを通達。

 将来的な被害を抑えるため、早期殲滅を名目に軍の派遣を要請した。


 全住民に対し、“退避”か“国外脱出”かの2択を提示。

 選択の余地は与えたが、状況の深刻さは、隠さなかった。


 なぜここまで急げたか?

 我々はもう、あれを“災害”としてではなく、“敵性国家による軍事侵攻”と同じレベルで捉えていたからだ。

https://www.pixiv.net/artworks/146548850

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