生計
太平洋 太平洋航路常設運輸船隊 民間武装護衛付き大型物資輸送船〈ノーザン・ホープ〉船長(当時)/太平洋横断輸送責任者 ジェームズ・マッカーシー
2003年に初めて巨獣が現れてからは、運送業も例外なく変わった。
まだ巨獣の出現が散発的だった時期ですら、海や沿岸付近に現れる個体は珍しくなかったし、海運業界が受けた打撃は壊滅的だった。
巨獣に襲われれば、大きな港でも容赦なく一時閉鎖される。
航路は寸断され、船を出すこと自体が賭けになった。
当時、俺たちが使っていた運送船に、巨獣を本気で止められるような武装は基本的になかった。
せいぜい威嚇用の機銃と、気休め程度の装甲だ。
襲われたら逃げるしかない。
追いつかれたら、それで終わりだ。
小型船だろうと大型船だろうと関係ない。
沈むまでの時間が違うだけで、結果は同じ。
何百という漁船や商船が沈められた。
名簿から消えた船員の数は、戦争の戦死者と大して変わらなかったと思う。
俺たち船員は、常に「次は自分たちかもしれない」という恐怖の中で働いていた。
嵐より、機関故障より、巨獣の方が怖かった時代だ。
初期の対応は、海軍や民間武装組織の護衛を受けることだった。
軍と科学者が巨獣の行動パターンを必死に研究して、少しずつだが対抗策が見えてきた。
どの海域に、どんな種類の巨獣が出やすいか。
どの時間帯に活動が活発になるか。
そういう情報が俺たちにも共有されるようになった。
海に出ること自体が危険なのは変わらなかったが、少なくとも「無策で突っ込む」ことは減った。
航路は細かく設定され、寄港地も制限された。
輸送用の大型ドローンや空輸が重要視され始め、海運の代替として空路や陸路が大規模に拡充されていったが、コストが高すぎて、すべての物資を賄うことはできなかった。
特に燃料や鉱物資源、食料の原材料みたいな大量輸送が前提の物は、結局のところ船で運ぶしかなかった。
だから輸送船は、最後まで海を越えなきゃならない物資を担い続けた。
燃料が止まれば発電所が止まり、発電が止まれば工場も防衛設備も全部止まる。
陸路や空路がどれだけ発達しても、国家単位で消費される量を運べるのは海運だけだった。
危険だと分かっていても、誰かが海に出なきゃ、陸の連中は生き残れなかったんだ。
それでも──満足に対策に乗り出せたのは最初だけだった。
断続的に続いた巨獣の襲撃で、多くの国が目に見えて疲弊していった。
各国は自国の存続を優先するようになり、戦力も金も国内防衛に回される。
それでも足りなくなって、武器も兵器も、そして護衛艦すら不足した。
海軍は自国沿岸の防衛で手一杯。
民間の武装護衛も、人も装備も枯渇していくばかり。
結果、俺たち運送業は護衛をつけること自体が難しくなっていった。
さらに悪いことに、巨獣が増えすぎた。
縄張りも移動ルートも把握しきれなくなり、どの海が安全なのか分からなくなった。
以前みたいに大規模な船団を組む余裕もなくなって、各船が独自の判断でルートを選ぶようになった。
情報共有も防衛策も、全部が船長や乗組員個人の判断に委ねられていった。
それでいて、多くの犠牲を払って、命懸けで海を越えて辿り着いた先で、「他国に回す物資はもう無い」──そう言われて、手ぶらで引き返すことも珍しくなくなった。
物流網は崩壊寸前。
それでも船は止まらなかった。
燃料と物資が途切れた瞬間、この世界は終わる。
その現実を、海の上にいる俺たちが一番よく分かってたからだ。
だが、それも終わりを迎えつつあった。
巨獣対策のために各国は防衛範囲を縮小し、同時に物資不足が慢性化していった。
港は減り、寄れる場所も限られ、海運業は「物を運ぶ」こと自体が難しくなり、商売そのものが成立しにくくなっていった。
発電所も例外じゃなかった。
破壊されたまま放置された施設、燃料不足で停止したまま再稼働できない施設が各地で増えていった。
エネルギーが止まれば、港も、造船所も、補給拠点も死ぬ。
大西洋では、中東が壊滅して石油がほぼ手に入らなくなったのが致命的だった。
燃料が無けりゃ、どんな船もただの鉄の箱だ。
それに、デカい船は目立ちすぎた。
的が大きく、逃げも利かない。
結果、大型輸送船は廃れ、次々と姿を消していった。
代わりに主流になったのは、機動性を優先し、遠方航行向けに改修された中型船だ。
遠方航行に特化し、エンジンと燃料系を強化した船。
逃げる速さは確かに上がったが、その分、積める物資は限られた。
本当に必要なものだけを選び、捨てる判断をしなきゃならなくなった。
船の仕事そのものが消えたわけじゃない。
だが規模は、かつての国を支える物流から、せいぜい行商人程度まで引き下げられた。
一度の航海で世界を支えるなんて、もう無理な話だった。
その代わりに、俺たちに求められる役割も変わっていった。
物を運ぶ船から、情報を運ぶ船へ。
巨獣の襲撃で通信網が各地で打撃を受けたせいで、遠方の国の大まかな情勢は把握できても、地域単位の連絡が極端に難しくなった。
どの港が機能しているのか。
どんな物資が残っているのか。
巨獣がどこに出たのか。
そういう「細かくて致命的な情報」が、まったく入ってこなくなった。
だが、詳細な情報さえ手に入れば、
今後の取引も、物資の配分も、巨獣対策も、選択肢は一気に広がる。
だから、危険な海域を掻い潜って航行する俺たちは、情報を集めるにはうってつけの存在になった。
どの港が生きているか。
どの航路が、まだ使えるか。
どんな物資が残っているか。
どこで巨獣を見たか。
俺たちは、いつの間にか海を渡る連絡係みたいな存在になっていった。
あの頃の船員たちのことは、今でもよく覚えている。
元は漁師だった奴。
港湾労働者だった奴。
借金を抱えて、船に乗るしかなかった奴。
陸の仕事を全部失って、海に戻るしかなかった奴もいた。
誰一人として、巨獣と戦う覚悟なんて持ってなかった。
ただ生きるために、家族を食わせるために、船に乗ってただけだ。
今振り返れば、あいつらは船員である前に、生き残りだった。
そして俺も、その一人だった。
それでも船は出なきゃならなかった。
物資が止まれば、陸が先に死ぬ。
だから俺たちは、沈むかもしれない船を動かし続けた。
──あの時代の運送船は、ただの商売道具じゃなかった。
生きるか死ぬかを運ぶ、棺桶みたいなもんだったんだ。
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アメリカ・ギルマー テキサス州公安局所属 巡査 トーマス・トールソン
俺は元々、州警の中でも地方巡回を担当する現場要員だった。
高速道路の取り締まりや事故対応、あとは田舎町特有のトラブル──家畜の逸走や、住民同士のいざこざの仲裁なんかが主な仕事だったな。
だが巨獣時代に入ってからは、そんな“平時の職務”はほとんど意味を失った。
巨獣の出現以降、俺たち巡査の役割は大きく変わった。
避難誘導、物資輸送の護衛、暴動の鎮圧、そして巨獣出現時の初動対応。
正直に言えば、訓練で想定されていた範囲を完全に超えていたが、それでも最前線に立たされるのは、決まって俺たち現場の警官だった。
巨獣時代において、日々の暮らしは常に綱渡りだった。
巨獣という危険生物の存在は言うまでもないが、それ以上に堪えたのは、人間の社会そのものが崩れかけていたことだ。
流通網は寸断され、燃料は慢性的に不足し、電力も安定しない。
スイッチ一つで灯りがつく──そんな当たり前のことが、いつの間にか“贅沢”になっていた。
情報も同じだ。
通信網は各地で破壊され、無線は雑音だらけ。
テレビは映ったとしても断片的で、まともに状況を把握できることはほとんどない。
新聞に至っては、その日に発行されたものを手にできるなら、それだけで幸運と言えるほどだった。
だから俺たちは、噂と断片的な報告、それから実際に自分の目で見たものだけを頼りに生きていた。
政府や軍は「都市要塞化計画」によってダラスのような大都市へ戦力と資源を集中させていた。
正直に言えば、あの頃の俺たちは見捨てられた気分だったよ。
ギルマーみたいな田舎町に、正規軍がまともに来ることはほとんどなかったからな。
その影響で、俺たちのような地方勤務の警官は、実質的に「自治防衛部隊」みたいな扱いになった。
応援は来ない。
判断も現場任せ。
責任だけが増えていく。
だが、それでも完全に切り捨てられたわけじゃない。
あいつらも現実的だった。
都市を維持するには、外からの供給が必要だと分かっていたんだ。
ギルマーは東テキサスでも有数の農業地帯でな。
特にサツマイモの栽培で知られていた。
だから俺たちは、生き延びるために土地にしがみついた。
ギルマーやその他の農業地帯の住人たちは、そこで収穫した農作物をダラスに提供する。
俺たち警官も、ただ治安を守るだけの存在じゃなくなっていた。
農地の警備、収穫期の見張り、輸送ルートの確保──やることはいくらでもあった。パトカーで畑を巡回するなんて、昔なら笑い話だったが、あの頃は誰も笑わなかったな。畑そのものが、町の命綱だったからだ。
その見返りとして、最低限の物資──燃料、弾薬、医薬品、それに次の作付けに必要な種なんかが回ってきた。
量は決して多くはなかったが、ゼロよりはずっとマシだった。
畑を守り、収穫を維持し、それをダラスに送り続ける──その流れを維持することが、そのままこの町の生存に直結していた。
言ってみれば、あれは取引だった。
守られる代わりに支えるんじゃない。
支えることで、かろうじて見捨てられずに済んでいた──そういう関係だ。
そして、その“かろうじて”が、あの時代の全てだった。
狩りに出たまま帰ってこない奴がいても、捜索隊なんて出せない。
出したところで、戻ってこられる保証がないからな。
だから狩りに出る時は、新人だろうとなんだろうと、全てが自己責任。
救助を宛にせずに自分で戻ってくることが前提だ。
昔なら病院に行けば助かったはずの病気も、あっさり命取りになる。薬も設備も、人手すら足りなかった。
建物の建築や修繕も同じだ。資材も時間も足りない。
巨獣の襲撃や火災で家を失えば、残された廃墟に他人と身を寄せ合うか、掘っ建て小屋で寒さに耐えるしかなかった。
治安だって名ばかりだ。
殺人が起きて容疑者を絞れなければ、まともな捜査なんてできない。
証拠を集める余裕も、鑑識も機能していなかった。
結局は閉鎖的な村と同じで、「疑わしい者を罰する」──それに近い判断が下されることもあった。
未解決のまま埋もれた事件が、どれだけあったかは……もう誰にも分からない。
そんな世界でも、子供はいた。
あんな状況で子供を作ることに、外から見れば理解できないと思うかもしれない。
だがな、あの頃の俺たちにとっては、それもまた現実だった。
流通は途絶えがちで、都市との繋がりも細い。
娯楽なんてものは、ほとんど存在しない。
日々は労働と警戒の繰り返しで、先の見えない生活が続いていた。
だからこそ、人は“人間らしさ”にすがった。
一時の安らぎや、誰かと繋がっているという実感──そういうものを求めるのは、若い連中に限った話じゃない。
いい歳をした大人でも同じだ。
結果として、子供は生まれた。
2人に1人が父親不明──そんな話も当たり前。
どこから来たのかも分からない赤子が、道端に置き去りにされていることだってあった。
わざわざ遠くから来て、ここに捨てていったのか、それとも通りすがりに置いていったのか……今となっては、確かめようもない。
計画的なんて言葉とは無縁だ。
衝動と、その場しのぎの現実の中で、子供が生まれる──それが当たり前になっていた。
もちろん、全員が歓迎していたわけじゃない。
こんな時代に生まれてくる子供が、どれだけ過酷な目に遭うかは、誰だって分かっていたからだ。
食い扶持は増える。
病気になれば、真っ先に命を落とす。
守る余裕がない家庭にとっては、負担でしかない場合も多かった。
……一度だけ、忘れられない事件がある。
母親が、自分の赤子の首を絞めて殺した。
俺たちが駆けつけた時には、もう手遅れだった。
その女は、取り乱すでもなく、泣き叫ぶでもなく、ただ淡々とこう言ったよ。
「こんな時代で不幸に遭う前に、眠ったままの方がいいと思った」
あの言葉を、俺は今でも否定しきれない。
正しいとも思わないが、完全に間違いだとも言い切れなかった。
それでも多くの連中は、生まれてきた命を見捨てなかった。
そこにあったのは、綺麗な理屈だけじゃない。
“人間としての在り方”に拘る気持ちも確かにあったが、それだけでもない。
子供は、いずれ育つ。
働き手になり、町を支える側に回る。
運よく年を取れたなら、自分たちの代わりにこの場所を引き継ぐ存在にもなる。
つまり必要だったんだ。
負担であると同時に、将来の資源でもあった。
それが、子供を育てる唯一の理由だった。
冷たい言い方になるが、それが現実だ。
あの時代は、感情だけで物事を決められるほど余裕がなかった。
そうやって“かろうじて”を積み重ねる世界の中で、農業は俺たちの生命線だった。
不作になれば、その時点で配給は減る。
巨獣に踏み荒らされれば、次の収穫まで持たない。
農業が止まるってのはな、単に食い物が無くなるって話じゃない。
ダラスとの繋がりが切れるってことだ。
物資の供給も止まり、この町が“見捨てられる側”に落ちるってことだ。
そしてもう一つ、あまり語られないが重要なことがある。
農業の価値は、生きるための糧だけじゃなかった。
あの頃の世界には、安心できる場所なんてどこにもなかった。
誰もが余裕を失い、疑い、疲れ切っていた。
そんな状況で人をまとめるのは、綺麗事じゃ無理だ。
理念や正義なんてものは、腹が満たされて初めて意味を持つ。
しかし、農業にはそれがあった。
「収穫を守る」「次の作付けを成功させる」──誰にとっても分かりやすく、否定しようのない目標だ。
利害が一致すれば、人は動く。
「共通の敵を前に団結する」と同じ理屈だ。
畑を守るためなら、普段はいがみ合っていた連中でも同じ方向を向けた。
最低限の秩序が保たれていたのは、あの“共通の目的”があったからだと、俺は思っている。
失うわけにはいかなかった。
食料も、繋がりも、そしてあのかろうじて保たれていた秩序も──全部が、そこにかかっていた。
だがな。
その“かろうじて”を、何の躊躇いもなく踏み潰すのもまた、巨獣だった。
連中にとって、畑も町も区別はない。
ただの通り道でしかないんだ。
何ヶ月もかけて育てた作物が、一晩で土ごと抉り返される。
柵も見張りも意味がない。
重機で耕したような跡だけが残って、そこにあったはずの“次”が、丸ごと消える。
その光景を何度も見たよ。
ダラスへ農作物を運ぶ輸送中でも、畑の見回りでも、奴らの影が見えた瞬間に空気が変わる。
あの独特の静けさだ。
風の音すら遠のいて、誰もが無意識に呼吸を浅くする。
そんな化け物が現れた時、俺たちにできることは限られていた。
“その場をやり過ごす”か、“逃げる”か──それだけだ。
大型個体が現れた場合は、即座に警報を鳴らす。
住民は最低限の荷物だけを掴んで、地下室や簡易避難所に潜る。
警官の役目は、その誘導と確認だ。
全員を救える保証なんて無いが、それでも動かないよりはマシだった。
小型個体の場合は、また別の意味で厄介だった。
音を立てず、気配を殺して、屋根裏や床下に隠れてやり過ごす。
家の中に入り込まれた場合は、屋根裏の窓から灯りを出して周囲に知らせる。
「この家は安全じゃない」「怪物が入ってきた」とな。
あれを見た近所の連中は、その家に近づかない。
助けに入らない代わりに、被害を広げないための合図だった。
輸送中に出くわせば、判断はもっと単純だ。
大型だろうが小型だろうが関係ない。
荷物は放棄して、車両を捨ててでも退避する。
積み荷より命の方が重い。
少なくとも、その場ではな。
本当なら、現れるたびに駆除するのが理想だが、現実は違う。
俺たちが持っていたショットガンやライフルは、人間相手なら十分すぎる武器だった。
しかし、相手が巨獣になると話は別だ。
小型個体一体を仕留めるだけでも、数十発を撃ち込む必要がある。
それで倒れればまだいい。
弾を使い切っても、平然と動き続けることだって珍しくなかった。
大型となれば──あれはもう、ただの発砲音で自分の居場所を知らせるだけだ。
連中にとっては、脅威どころか、餌が自分の居場所を教えてるも同然だった。
問題は、その弾にも限りがあるってことだ。
補給は不安定で、いつ次が来るかも分からない。
初期はダラスからそれなりに配給があった。
しかし、時間が経つにつれ、都市側も余裕を失っていったんだろうな。
物資不足の煽りを受けて、弾薬は目に見えて減っていった。
だから、銃を持っていても撃たない。
撃てる状況があっても、撃たない。
撃つのは、本当に追い詰められた時だけだ。
奴らに見つかり、逃げ場がない、隠れる場所もない。
そういう時に限って、ようやく引き金を引く。
運が良ければ、それで活路が開ける。
逆に無駄撃ちは、そのまま死に直結する。
あの時代じゃ、弾一発がそのまま“生存の猶予”だった。
ハンドガンなんて、ほとんど気休めだ。
人間相手には使えるが、巨獣には通用しない。
あれに別の用途があるとすれば──まあ、言わなくても分かるだろう。
最後の一発を自分のために残す、そういう意味合いの方が強かった。
ボウガンや弓も試された。
矢なら自作できるし、補給に頼らなくていいからな。
だが、無理だった。
皮膚が硬い個体にはほとんど通らないし、仮に刺さっても致命傷にはならない。
結局、確実に“効いている実感”があったのは、ショットガンかライフルだけだった。
その上、奴らを倒しても、“割に合わない”。
たしかに、毒を持たない個体なら肉は食える。
爪や骨を加工すれば、武器や道具として使えなくもない。
資源として見れば、全くの無駄というわけでもなかった。
だが、それで得られるものと、支払う代償が釣り合っているかと言えば、“割に合わない”というだけだ。
状況を悪化させ、町全体を危険に晒す可能性まで考えれば、なおさらだ。
特に、ウェンディゴ種みたいに群れで動く連中は最悪だった。
近くの町で起きた話だ。
ウェンディゴの小型個体が3体、町に侵入したことがあった。
住民と武装した連中が総出で対応し、数十発の弾丸を撃ち込んで、どうにか1体を仕留めた。
その時点で13人が死亡、6人が重傷だ。
多大な犠牲者を出し、結局は怪我をした2体を取り逃した。
それでも、生き残った連中の中にはこう考える奴もいた。
「これで危険な場所だと分かったはずだ」
「もう近づいてこないだろう」ってな。
仲間が殺され、自分も傷を負えば、その場所を避けるようになる──普通の動物相手なら通じる理屈だ。
俺たちも最初は、どこかでそう信じていた。
だが、奴らには通じない。
翌日、逃げ延びた2体が仲間を連れて戻ってきた。
しかも大型個体2体まで一緒だ。
あいつらにとっては、あれは“襲撃”じゃない。
餌場を見つけたってだけの話だったんだろうな。
危険を学習して避けるでなく、むしろ“そこに餌がある”と覚える。
血の匂い、音、抵抗──それら全部が、奴らにとっては情報だ。
そしてその情報は、「近づくな」じゃなく、「ここには価値がある」と判断させる材料になる。
ついでに、仲間を殺された分の“報復”もあったのかもしれないがな。
結果は言うまでもない。
町は破壊され、農地は踏み荒らされ、大勢が食い殺された。
生き残った連中は、ギルマーや他の町に流れ着いたが……元の生活に戻れた奴なんて、一人もいない。
あの一件で、俺たちは思い知らされた。
中途半端に戦うのが、一番危険だってことをな。
倒しきれなければ意味がない。
むしろ、次を呼び込む。
その結果があるからこそ、俺たちみたいな田舎の連中にとって、危険を冒してまで戦うって選択は、あまりにも割に合わなかった。
だから結局、答えはどちらか一つ。
奴らが来たら、隠れるか、逃げるか──それしか、残されていなかった。
巨獣が来て、どれだけ理不尽な目に遭おうと、それを“特別な不幸”だとは、誰も考えなくなっていた。
ただ順番が回ってきただけだ。
今日はあいつ、明日は自分かもしれない。
そうやって受け止めるしかなかった。
家族が殺されたら、共同墓地に埋葬する。
泣く時間も、長くは取れない。
埋めて、戻って、次の仕事に取りかかる。
奴らから逃げる時、仲間や家族が捕まっても、そこで立ち止まる奴はいない。
「自分のために囮になった」と、そう割り切って、走る。
助けに戻ったところで、自分もまとめて殺されるのが関の山だ。
だから──自分がその立場になった時も、助けを期待しない。
それが、暗黙のルールだった。
家を潰されたら、仮設の小屋に移るか、資材をかき集めて新しく建てる。
立派な家なんて望まない。
雨風をしのげれば、それで十分だった。
畑が荒らされても同じだ。
誰かを責めることも、嘆き続けることもできない。
ただ被害を確認して、使える土を見極めて、また一から作り直す。
俺たちにできたのは、それだけだ。
失ったものを数えるんじゃない。
残ったものをどう繋ぐか、それだけを考える。
毎日、それを繰り返す。
昨日と同じことを、今日もやる。
今日と同じことを、明日もやる。
そうやって、“かろうじて”を途切れさせないように、繋ぎ続けるしかなかった。
あの頃の俺たちは、生きていたっていうより、“生き残り続けていた”って言った方が、正確かもしれないな。
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