設計者
アメリカ・ダラス 都市要塞化構想発案・設計者(当時) ジャリド・ロッホ・チョーク
市民の選定──それは、要塞都市ダラスが真に“都市”として機能するために避けて通れない第一関門だった。
私の名の下に、何千人という市民が「非適格者」として排除され、同時に、数百人の“外部の人間”が「適格者」として迎え入れられた。
ダラスは、国家の中枢として再編されると同時に、生存のための“閉鎖系社会”へと移行しなければならなかった。
そこにおいて必要だったのは、「忠誠」「技能」「統率」「資産」「管理能力」、そして「政治的安定」だ。
我々が迎え入れたのは、大富豪や政治家、大統領といった上層部だけではない。
インフラの維持が可能な技師、給水施設の設計者、医療チーム、種子保存機関の研究者、治安維持に関われる軍と警察関係者、未来の再生に必要な教育者それに家族構成を含めた“統計上の理想モデル”だ。
要するに、この都市が存続する上で“必要な人間”を選んだ。
それだけの話だ。
情で人を選べるほど、状況は甘くなかった。
どれだけの罵声を浴びたかは、今さら言うまでもない。
「人でなし」「冷血漢」「差別主義者」「売国奴」まるで語彙の貧困さを競い合うような言い分だった。
連邦議会からも、国外のメディアからも非難が殺到し、市庁舎には火炎瓶が投げ込まれた。
だが、私は一度も怯まなかった。
文句を言う者には、私は色々と突き返してやった。
「もっと事態の解決を優先すべきでは」
「他に対策があるのではないか」
そういう者には、「では、その解決策を教えてくれ。今よりもっと効果的で、素晴らしい提案を持ち合わせているのか?」とね。
問いかければ、彼らは決まって黙り込む。
何もないくせに、口だけはよく回る。
「金持ちを優先するのか」と問い詰める者には、こう返す。
すべての金持ちが入れたわけではない。
ただ、金を払い、都市防衛に貢献した者に対して、それ相応の対価を与えただけだ。
人間社会は昔からそうやって回ってきた。
居住権は福祉ではなく“商品”だ。
必要な金と価値を提示した者に、それを渡しただけの話だ。
「政治家を優遇するのか」と怒鳴った市民もいたな。
私は一言、こう言ったよ。
「政治ってのは、生徒会や町内会の延長じゃない。国家の生殺与奪を握る“戦略”だ」と。
危機の時代には、ポスターに顔を載せただけの人気者ではなく、現実を動かせる者が必要なんだ。
そして、何も言い返せなくなった奴らのやることといえば、結局、暴れることだ。
無知が暴力に転じる構図は、紀元前から何も変わっていない。
奴らはいつもこう言う。
「万人に救いが与えられるべきだ」と。
まるで聖人のつもりで言っているが、笑わせるな。
10歳の子供が道徳の教科書に書きそうな、穴だらけの理想論に過ぎない。
もちろん、その理想が現実になるに越したことはない。
だが、それが実現できるほど我々の手にあるリソースが無限なら、あんな事態が起きなかったはずだ。
現実は常に有限だ。
食料が豊富にあるように見えても、万人に等しく行き渡らせるほどの量はない。
適当に種を撒けば即座に収穫できるような夢の穀物など存在しないし、数日で成長し繁殖する家畜など、神話の中にしかいない。
パンひとつで満たせるのは腹ではなく、せいぜい気休めの空腹感だけだ。
医療も同じだ。
機器や薬があっても、部品がなければ修理も製造もできない。
素材も、流通網も、研究機関も綻び始めていた時代、「あるはずのもの」が「使えるもの」でなくなった現実を、どれだけの者が理解していたのか。
消耗品を気軽に使える時代は、もう終わっていたというのに。
建物があれば、空間があれば、それで足りるという者もいる。
では訊くが、そこに何百、何千と人を無差別に入れたとして、秩序はどうなる?
人は家畜ではない。
感情があり、要求があり、軋轢を生む。
空間があっても、共に暮らせるとは限らない。
理想を語るのは自由だが、それを語る前に目の前の現実にさえ、気づかない者があまりにも多すぎた。
だから、我々は選別せざるを得なかったのだ。
誰を受け入れ、誰を排除するか。
それは、逃げていい判断ではない。
生き残る都市にとって、不可避の選択だった。
それでも、現実を見ようとしない者たちは言う。
「皆を救え」と。
滑稽だ。
無責任だ。
そう言う連中に限って、自らが何を負うべきかは語らない。
口では理想を唱えるが、自分が何を差し出すのか、自分が誰の代わりに排除されるべきなのかを、決して語ろうとしない。
結局、彼らの理想とは、“誰かが犠牲になる現実”を、他人に押しつけたまま成立させる願望に過ぎなかった。
自分自身で誠意を示さぬ者に、我々が手を貸す義理など、どこにもない。
本当に何とかしたいのなら、自ら動け。
代案を示し、現場に立て。
我々も、できる限りの機会は与えていた。
巨獣対策用の狩猟ライフルや弾薬を提供し、最低限のサバイバル知識の共有した。
希望する者には訓練する機会も設けた。
公共放送では、近隣の巨獣出現情報、政府の動向、そして我々が把握している限りの世界情勢を流し続けた。
物資に余裕がある時は、可能な限り外縁地域へ供給も行った。
もっとも──時代が進むにつれ、供給量は減少していった。
備蓄には限界がある。
そして、ダラス内部の維持を優先すればするほど、外へ回せる余剰は消えていった。
それに対し、「ダラスが独占している」と嘆く者もいた。
だが、在庫が少ないものを求める者全てに配れと言われても、我々にはどうすることもできない。
無いものは、無いのだ。
それでも癇癪を起こし、声を上げ、求めるばかりで与えることを知らぬ者に、救済を施す理由などあるものか。
私は、そういった“気の毒な人々”の受け皿ではない。
慈善家でもなければ、感情論に流されるだけの愚かな政治家でもない。
気まぐれや善意などで、都市というものは守れない。
私は設計者として、この都市と、その中で生きるに値する者たちの「生存」に責任を持った。
それがすなわち理想ではなく現実を選び、感情ではなく秩序を優先したということだ。
そして、その選択が正しかったことを証明したのは他でもない、世界と歴史だ。
ダラスの要塞化が完了する前から、諸外国の都市は次々と我々のやり方を模倣し始めた。
最初は陰で、そしてやがては堂々と。
都市を要塞化し、防衛ラインを明確に引く。
その過程で必ず生まれる“選別”という非情も、彼らはやがて受け入れた。
見せかけの人道主義に縛られた者たちが、最終的に辿り着いた先が、我々の方法論だった。
理念では都市を守れない。
現実と対峙できる政策だけが、人を救う。
我々のモデルは理念ではなく、結果で語られた。
そして結果、アメリカは国家としての体裁を保ち続けた。
他国が次々と崩壊し、分断し、政府が機能を停止していく中で、我々は立っていた。
ワシントンDCに変わる新たな中心として、ダラスはこの“巨獣時代”を生き延びる防壁となった。
都市ではない。
象徴でもない。
ダラスとは、人類がこの時代に生き延びることを選んだ証明そのものなのだ。
私は、英雄でも暴君でもない。
私はただその決断を最初に下した人間に過ぎないのだ。
正しさとは、声の大きさで決まるのではない。結果で決まる。
誰もやろうとしなかったことを、最初にやった。
それだけの話だ。
『ですが、ダラスの要塞化が完了した直後、あなたは離婚や過去の素行を理由に選別対象から外れ、ダラスへの居住権を失ったとのことですね』
……そうだ。
もう少しで楽な生活が手に届くところだった。
ようやく、報われるはずだった。
『しかし、関係者からはそのような事実はないと証言があります。何より、その記事を作成した記者は、あなたが自身の居住権を引き換えに情報をでっち上げたと後に告白しましたね。』
……。
『話は騒動の初期に遡りますが、あなたが浮気で離婚したという件に関しても、裏付けは一切ありません。むしろ、元奥様に突然離婚を申し出て、多くの財産を譲渡していたと記録されています。その直後、あなたはダラスの都市要塞化計画を発表した。……確かに、あなたは計画を発案し、都市構造設計や市民選定に携わる中心人物でしたが、そのプロジェクトを主導していたのはあくまでアメリカ政府。実際は全ての責任を負う立場ではなかったはずです。』
……償いはしなければならんのだ。最期まで、な。
――――――
都市要塞化を構想し、初期設計と計画立案の責任を担った男ジャリド・ロッホ・チョーク。
巨獣時代で人類が生き延びるため、誰よりも早く「選別」の必要性を唱え、現実を受け入れる都市の形を提案した張本人である。
彼は、ダラス要塞化計画完成直前に、選別対象から外された。
表向きの理由は、離婚問題と素行不良。
だが後年、それらの多くが、彼自身の意思によって作られた虚構だったことが判明している。
名誉を捨て、地位を捨て、自ら居住権を手放した男。
以後、彼は完成した要塞都市ダラスに一歩も足を踏み入れることなく、巨獣の脅威がなお残る外縁地帯を転々としながら、顔と名前を変え、かつての自分を葬るように生きている。




