都市要塞化
アメリカ・ダラス 建築作業員 マーカス・ラサック
その年の時点で、建築関係の仕事の需要は爆発的に高まっていた。
巨獣被害に遭った者たち用の仮住宅。
新しくも頑丈な避難所。
住宅の補強と設備強化。
そして“安全と目される”場所での新築住宅──。
連日連夜、どの会社もてんてこ舞い。
当時の俺のような新人ですら、現場では即戦力扱いだった。
現場監督は「体が動くなら誰でもいい」と叫び、事務所は求人広告を貼り出す暇もないほどだった。
巨獣に襲われて職を失った連中が、金と飯を求めて建築業界へと押し寄せてきた。
中には元弁護士、元バーテンダー、軍から脱走してきたという噂の男もいた。
そいつらは皆、俺たちの業界では新人だった。
経験はおろか、建築業に必要最低限の知識や資格すら持ち合わせていない。
そんな通常なら門前払いになるような、経験も筋力も足りない連中が、履歴書も持たずに現場に立ち、命綱の結び方すら知らずに足場に上る。
言葉では足りない知識は経験で得ろ。
資格の無い奴は俺たちのやり方を真似ろ。
会社はそれを止めるどころか、「安全講習より手を動かせ」とケツを叩く。
それが現実だった。
けどまあ、全員真面目に働いたよ。
モヤシみたいな体でも、生きるために鉄骨を運び、炎天下で工具を握り、現場のやり方を学んだ。
……ただ、死ぬ奴もいた。
そりゃそうだ。
それでも、異常に高まった需要の前では、数万人規模の労働力ですら「人手不足」と言うしかなかった。
仕事は次から次へと舞い込む。
ろくに休日も無い。
なのに納期だけは容赦なく決まっていて、遅れれば罰金。
現場では怒号が飛び交い、ケガ人が出ても代わりが補充されるだけ。
給料は通常より弾んでいたが、それでも「割に合う」と思えたことは一度もなかった。
そんな時、急に会社の方針が変わった。
避難所の建築を除いた全作業の即時中断、そして全作業員はダラスに集結せよ、と。
メール一本、通知ひとつ。
現場監督すら口をポカンと開けて、「知らねえよ」と言ってたくらいだ。
俺たちは正気を疑った。
いや、正気じゃなかったと思う。
何の前触れもない工事停止、それも進行中の現場を放置しろって話だ。
工事途中で放置された建物は、倒壊のリスクが跳ね上がる。
鉄骨が組まれたままの骨組み、まだ強度の足りない壁材、仮設の足場や配線……。
万が一そこに人が入り込んで、事故でも起きたらどうするんだ?
それこそ訴訟モノだ。
死人が出れば、会社が終わる。
それを一番理解しているはずの上層部が、あっさり「全部やめろ」と言ってきた。
しかも、同じような話が他の建設会社でも同時に起きていた。
まるで、裏で何かが決まっていたかのように。
当時流行っていた噂じゃこうだ。
「大量の金を渡す。税も優遇する。だから“あれ”を作れ」
「これは国家の存亡に関わる重大なプロジェクトだ。すべてに優先される」
「途中の損害はこっちが面倒見る。むしろ無視しろ──ってな」
そんな話を、現場の連中はタバコ片手に噂してた。
ともかくだ。
俺たちは文句も言えずにダラスへ向かった。
文句を言えば即クビだしな。
会社だって説明は曖昧だった。
「国からの要請」「緊急対応」「前例のない大規模プロジェクト」──そんな言葉だけが並んでた。
だけど、現地に着いてみて、そこで信じられないような建設計画に巻き込まれていった。
ダラスの郊外には、すでに仮設の作業員キャンプが何十棟も並んでいて、見た目はほとんど軍の前線基地だった。
周囲には兵士が常駐していて、夜でもライフル持って歩哨に立ってた。
出入りする車両は全て許可証付き。
移動範囲は決められ、作業区域以外での撮影は禁止、違反者は即時排除。
まるで俺たち全員が、戦場に送り込まれた建築兵にでもなったような気分だった。
この時点で、勘のいいやつはみんな気付いただろうな。
これは、世間で噂になってた“都市要塞化”計画──その建設現場のど真ん中なんだって。
着いてすぐ、休む間もなく作業が始まった。
……いや、“作業”って言っていいのかも怪しい。
あれはもう、“建造”だった。
俺たちがまずやらされたのは、都市外周の地下基礎の掘削。
掘り進むにつれ、どんどん深く、広くなっていった。
しかも普通の基礎じゃない。
耐震、耐爆、耐熱、そして何より“圧壊”に対する強度を想定した構造材を扱わされた。
コンクリじゃなかった。
あれは、軍需用のセラミック合成材。
一部には冷却装置が埋め込まれてて、鉄骨の芯の中まで配管が通されてた。
誰かが言ってたよ。「あれ、戦闘機の機体に使う素材だぞ」ってな。
実際、施工中に冷却材が加熱して、爆発しかけたこともある。あの時はみんな青ざめてた。
現場監督も無線で怒鳴り散らしてたが、それでも「工期厳守」の一言で、次の日には作業が再開されてた。
言われるままに構造物を作るうちに、何ができてるのかも、何のためかも分からなくなってきた。
これはもう、家じゃない。
ビルですらない。
都市そのものを、“一個の要塞”に変える作業だった。
作業員の間では、毎晩のように噂が飛び交ってた。
「ここに住めるのは選ばれたやつだけだ」
「外に取り残された連中は、もう見捨てられるってことだろ」
「俺たち、作ってるんだから住めるよな?」
「これ、バレたら内戦になるんじゃねぇのか?」
誰も正確なことなんて知らないが、不安だけは全員が抱えてた。
それでも、あの時点でもう、全員気持ちを切り替えてたんだ。
これはただの工事じゃなく、“戦争の準備”だ。
だったら、やるしかない。
やらなきゃ生き残れない。
それが、俺たちの中にあった共通の空気だった。
もう正義だの平等だの言ってる場合じゃねえ。
既に世界は、巨獣どもがいつ現れて、いつこの街が地図から消えるかも分からない時代に変わったんだ。
そんな世界で俺たちにできることは、黙って手を動かすことだけだった。
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アメリカ・ダラス テキサス州ダラス市警察官 巡査(当時) アマリア・ボルド
要塞都市の建造は、あまりにも問題が多すぎた。
建造時のトラブル、住民の選定、周囲地域との摩擦、都市インフラの再整備……どれもが未解決のまま走り出していた。
私たち警察官の担当は、その中でも最も見たくなかった現実に直面する仕事だった。
──「居住権を持たない」と判断された人々の排除。
もちろん、法律上の根拠はある。
犯罪歴のある者、反社会的な活動に関与していた者、身元が不明瞭な者。
彼らを排除するのは、安全保障上の“当然の措置”とされていた。
そう、犯罪者に対してなら、まだ言い訳が立った。
でも、問題はそこじゃなかった。
ホームレス、移民、難民、低所得層の家族たち──彼らが排除対象に含まれていたという現実。
書類ひとつ、身元証明ひとつが足りないだけで、「非適格者」として門前払いされる。
子どもを抱えた母親が泣き崩れても、老人が這うように訴えても、我々にできるのは「ここには住めません」と告げて、警備ラインの外へ連れ出すことだけだった。
ダラス市内では日を追うごとに緊張が高まり、警察の出動要請も増していた。
移住希望者が殺到し、役所はパンク、配給所では略奪騒ぎ。
一部地域では、排除された住民による火炎瓶攻撃や爆発物事件すら発生した。
市民が市民を殺す、その一歩手前だった。
私の同僚のひとりは、バリケードの前で老人にナイフを突きつけられ、肩を刺された。
防刃ベストがなければ命は危なかった。
でも、それを「敵」と言い切れない。
あの老人にとっても、そこが“生き延びる最後の場所”だったのだから。
そして私たち自身もまた、選ばれた側の人間として暮らしていた。
要塞化された区域内には、選抜された市民、軍関係者、技術者、その家族たちだけが居住を許されていた。
私たち警察もまた、職務継続のために居住権を持ち、毎日塀の中から外へと出動していた。
その境界に立つたびに、自分がどちら側の人間なのか、分からなくなる瞬間があった。
ある夜、小さな女の子がゲート前で、兄と一緒に立っていた。
「中に、ママがいるんです。入れてください」
名前を確認したが、データベースには該当なし。
その子の母親は、かつて清掃員として登録されていたが、選定時に除外されたとの記録だけが残っていた。
少女は泣いた。
兄は黙って唇を噛み、ゲートに石を投げた。
私は何もできず、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
あの年、2008年。
ダラスは物理的には強固な都市になろうとしていた。
でも、そこにある“人間の線引き”は、誰にとっても答えのない問いを突きつけてきた。
私は今でも思う。
あのとき、私は正しい仕事をしていたのか?
それともただ、国家が線を引いた場所に従っていただけなのか、と。
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アメリカ・ダラス 市民 アレン・デイヴィス
都市を要塞化すると聞いたときは、「ようやく安全な場所ができる」って思ったんだ。
巨獣の脅威にさらされていた俺たちにとって、それは希望の話だった。
軍が来て、街の周囲に資材が積まれて、作業員が昼夜問わず動き回る。
道路が封鎖され、検問が増えて、許可証がなければ近づけなくなった。
それでも、俺たちはまだ“そのうち落ち着くだろう”なんて思っていた。
けど、ある日突然、住んでいた地区に通知が来た。
「資材や予算の理由により、この地区は壁の中に入らない」
あまりにもあっけなかった。
理由の紙切れ一枚。
それで人生が決まった。
文句を言う余裕なんてなかった。
言ったところで、誰も聞いちゃいなかった。
結果として、俺たちは追い出され、壁の外に置いていかれた。
そのとき初めて、ダラスが「選ばれた人間だけの都市」に変わっていくんだって気付いた。
誰が中に入れて、誰が外に捨てられるのか──その基準なんて誰にも分からなかった。
ただひとつ確かなのは、俺たち“外側”の人間には、選ぶ機会すらなかったってことだ。
テレビでは「必要な選別だ」とか「生存可能性を高める措置」だとか言ってたけど、何が選別だ。
壁の中で暮らしてる連中は、毎日清潔な水を飲んで、医者に診てもらって、毎週のように配給を受けているらしい。
こっちは、風邪ひいたら命取りだ。
それでいて、俺たちは「受け入れられなかった側」として、声を上げることすらできない。
誰も助けてなんてくれない。
誰も振り返ってすらくれない。
ただ、あの高い壁の向こうに、“助かるはずだった生活”が静かに続いていただけだった。
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アメリカ・ダラス 医師 ジョナス・リード
人は賢く、理性を持ち、他の生物にはない高度な判断力を備えている。
それでも──不平等を感じた瞬間、理屈では納得できても心は納得しない。
そのわずかな不満が積み重なれば、いつか誰かが耐えきれなくなり、やがて群衆の怒りに火がつく。
そして、その炎は誰にも止められなくなる。
それを、俺は壁の外で何度も実感していた。
置いていかれた側の俺は、医師として、市民たちの命を繋ぎ止めることが仕事だった。
だが、それは「生かすための仕事」というより、「死を少し先送りするだけの作業」になっていた。
最初のうちはまだ希望があった。
物資もそこそこ届き、政府の方針にも理解を示すことができた。
あの巨大な壁ができたときも、「あれで街が守られるなら」と思っていた。
少なくとも、その時までは。
だが、巨獣の襲撃で街は変わった。
病院は焼け落ち、道路は崩れ、感染症と飢えが同時に広がった。
難民キャンプは過密を極め、怪我や病気を抱えた人々が毎日のように俺の元へ運ばれてきた。
薬は足りない。
点滴の液も限られている。
包帯を洗って再利用する日々の中で、何人の命を見送ったか覚えていない。
壁の向こうでは、光が絶えなかった。
夜でも明るく、清潔な設備の中で暮らす人々がいた。
そこでは、人工の食料が作られ、子どもたちは安全に眠っているという。
同じ国民でありながら、俺たちは“別の種”のように扱われていた。
もちろん、政府も全てを見捨てたわけじゃない。
物資は配られた。情報も共有された。
ただ、それは「生かすための最低限」だった。
“平等”ではなく、“延命”だった。
俺の患者の中には、壁の内側に家族を持つ者もいた。
「妻と娘は都市に入れた」と言う男がいた。
彼はそれを誇りにも、怒りにもできず、ただ黙って天井を見つめていた。
その夜、彼は静かに息を引き取った。
人間は、脅威が現れたときこそ、平等でなければならなかった。
だが現実は、恐怖が平等を壊した。
金と力を持つ者が、より厚い壁を築き、貧しい者はその影で朽ちていく。
実態としては、巨獣が踏みつぶす前に、人間が人間を踏みつぶしていた──そう言える状況だった。
それが日常になり、不満が積もり、やがてこう考える者たちが現れた。
「安全が約束される都市に、なぜ俺たちのような弱者が住めないのだ?」
「巨獣という、すべての人類に共通する脅威が存在しているというのに、なぜ、その“絶望”の中にまで、差別と不平等を持ち込むのか?」
もっともな言葉だったが、同時にそれは“理想”ではなく、“怒り”に変わっていった。
過酷な環境に置かれれば置かれるほど、彼らの思考は鋭く、そして過激になっていった。
誰かが政府の倉庫を襲い、誰かが壁の警備兵を撃ち、誰かが仲間を裏切った。
それらの報復がさらに火種を撒き、街は次第に壊れていった。
ダラスの壁のあちこちが、まるで戦地のようにボロボロになっていたのは、その結果だ。
外敵を防ぐための壁が、今では“同じ人間同士を隔てるため”の壁になっていた。
その光景を見ながら、俺は医師として、人間の病は肉体だけのものではないと痛感した。
人間社会そのものが、もう手遅れなほど病んでいたんだ。




