第1章
200万年前、ただのサルの親戚としてこの世界に産み落とされたに過ぎなかった人類は、その後、長い時間をかけて高度な科学技術を発展させた。
火を扱い、道具を生み、言葉を編み、やがて国家と文明を築き上げていく。
そして人類は、地上のあらゆる環境を制御し、海を渡り、大陸を繋ぎ、空を飛び越え、ついには宇宙へと到達しようとしていた。
少なくとも当時の人類は、自分たちがこの星の支配者であることを疑っていなかった。
しかし、ある時を境に、人類の目覚ましい繁栄は終焉を迎える。
その幕開けは、東暦2003年、日本の大阪からだった。
繁華街の中心部。
地面が突如として隆起し、舗装は引き裂かれ、地下構造物ごと押し上げる形で“それ”は出現した。
それは明確な生物でありながら、既存のいかなる分類にも属さない巨大生命体──後に「巨獣」と呼ばれる存在だった。
巨獣の出現によって街は一晩で破壊され、人々は未曾有の恐怖に呑み込まれた。
警察、自衛隊、行政機関は対応に追われたが、突発的すぎる災害と圧倒的な破壊規模の前に、初動対応は混乱を極めた。
それを皮切りに、中国、インドネシア、オーストラリアをはじめ、世界各地で同様の出現が確認された。
ある個体は都市を踏み潰し、ある個体は空を飛翔し、またある個体は毒性物質や高熱を撒き散らした。
そうして人類は初めて、自らが築き上げた文明そのものを脅かす存在と対峙することになる。
なぜ巨獣は現れたのか?
文明と科学の発展がもたらした環境破壊の代償か。
それとも、地球の支配者と驕る人類に対する神の制裁か。
あるいは、何度も繰り返された地球の自然淘汰の一環に過ぎないのか。
巨獣発生という前例のない異常事態による混乱と対処に奔走する当時の人類に、その答えを知る術はなかった。
ただ一つ確かなことは、巨獣たちは強い攻撃性と飽くなき食欲を持ち、街を蹂躙し、人々を喰らい尽くす存在だったということだ。
世界各国は軍事力を結集し、巨獣という新たな脅威に立ち向かった。
既存戦力の投入、兵器の集中運用、戦術の最適化──あらゆる手段が講じられた。
しかし、どれだけ巨獣を倒しても、地底や海底、山岳地帯、さらには都市地下から、新たな個体が次々と出現し続けた。
繁殖能力を持つ個体群も確認され、その総数は年を追うごとに増大。
そして時間の経過とともに、巨獣たちは単なる突発的災害ではなく、新たな生態系として地球上に定着していく。
人類は次第に、終わりの見えない消耗戦へと引きずり込まれていった。
戦力を再編する時間は与えられない。
前線は常に新たな脅威への対応を強いられ、補給線は寸断され、兵站は崩壊し、各国の軍事力は継続的に削られていく。
その影響は、軍事分野に留まらない。
物流網は断絶し、食料供給は不安定化。
エネルギーインフラも各地で破壊され、通信網すら維持困難となっていく。
都市機能を喪失した地域では治安が崩壊し、暴動や難民流出、国家間衝突が頻発。
人口は急激に減少し、多くの国土が巨獣に奪われ、いくつもの国家が消滅した。
巨獣出現からわずか数十年で、人類が何万年もかけて築き上げた文明は崩壊を迎えた。
やがて、地球は本能のままに生きる巨獣たちの星へと変貌していく。
かつて地球の支配者として繁栄を誇った人類は、巨獣の脅威に怯え、隠れ、生き延びるだけの存在へと転げ落ちていった。
だが、多くの人類や歴史家、そして巨獣により多くを失った当事者たちさえ、その時代を“前準備”に過ぎなかったと捉えている。
どれほどの命が失われ、数多の悲劇が積み重なろうとも、それは一つの物語の序章に過ぎなかった、と。
なぜなら──まだ“G”が出現していなかったから。
人知れずこの世に存在していてもなお、世界を破滅に導く“災厄”はまだ眠っていたから。
この章は、2003年から2045年半ばまで続いた、壮大な混乱と悲劇の記録である。




