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「巨獣時代」


 国や地域によって、その呼び名は異なる。

 ある者は「巨獣大戦」と呼び、ある者は「巨獣災害」、ある者は「巨獣戦争」と語った。

 また宗教的観点から、神話や聖典になぞらえ、「黙示録」、「審判の時代」、「アルマゲドン」と称する者たちも存在した。


 だが呼称がどうであれ、人類にとってそれが“文明崩壊の時代”であったことに変わりはない。


 それは、日本・大阪から始まった。

 突如として現れた“巨獣”は、瞬く間に世界全土へ災厄を拡大させ、人類史上かつてない大変動を引き起こした。


 東曆2060年、現代において。

 かつて地球上に70億以上存在していた人類は、いまや推定20億人前後にまで減少した。

 人類が支配していた全ての大陸と広大な海洋は失われ、生存圏と呼べる領域も、ごく限られた地域へ縮小している。


 多くの国家は滅び、都市は廃墟となり、文明は断絶した。

 

 様々な犠牲、計り知れない喪失、深い絶望、時には歓喜と希望──それら全ての感情や経験を抱えながら、私たち人類は史上最も深刻で過酷な、そしてどこか小説のように数奇な運命を辿った壮絶な戦いを終え、新たな時代の幕開けに差し掛かっている。


 これは、そんな時代を生き延びた人々の記録である。


 国際巨獣研究委員会──IBRC日本支部に所属する調査員である私が、本書を執筆するに至ったきっかけは、実に個人的で、些細なものだった。


 私たち調査員の任務は、巨獣時代を生きた人々から証言を収集し、それを共有データベースへ記録することである。

 巨獣に関する情報の蓄積。

 各地の状況把握。

 そして、この時代そのものを後世へ残すこと。

 それらが、戦後におけるIBRCの重要な仕事だった。


 かつて平穏な日常を享受していた一般市民。

 終わりの見えない戦場へ身を投じ続けた軍人。

 国家と国民の存続のため奔走した政治家。

 巨獣によって全てを奪われた難民。

 そして、瓦礫の中で生まれ育ち、それでも未来を模索し続ける子供たち。


 私たちは世界各地へ赴き、そうした人々の“生の声”を直接聞き取り、記録し続けてきた。

 怒りも、恐怖も、諦めも、希望も。

 それらは単なる情報ではなく、この時代を確かに生きた証そのものだったのである。


 やがて時代がある程度落ち着きを取り戻すと、各国では教育機関の再建が進められた。

 出版会社や教育機関は、新たな教科書や歴史書、児童向け歴史漫画の制作へ着手し、その資料としてIBRCが公開したデータベースを利用するようになる。


 そこには、巨獣出現から現在に至るまでの時代変遷と、私たち調査員が収集した膨大な証言記録が保管されていた。


 もちろん、その試み自体は必要なものだったと思う。

 次世代へ歴史を伝えるためには、体系化された情報が必要不可欠だからだ。


 だが、私にはどうしても割り切れないものがあった。


 出版された歴史本の多くは、事実を簡潔に整理し、時系列に沿って淡々と記述していた。

 どの都市が滅び、どの戦いで何万人が死亡し、どの国家が崩壊したのか。

 膨大な犠牲と出来事は、統計や年表として整然と並べられていた。

 

 歴史漫画についても同様だった。

 日本の教育漫画らしく、IBRCデータベースを基に、当時の歴史的変遷や社会情勢、人々の暮らしや感情までも、1つの物語として丁寧に再現していた。

 時には面白可笑しく、時には劇的な脚色を交えながら、多くの子供たちにも理解しやすい形へ落とし込まれていた。


 それらは確かに優秀だった。

 情報としても正確で、教育資料としても価値が高かったのだろう。


 だが、それでも。


 そこには、私たちが直接見聞きした“人間の声”がほとんど残されていなかった。


 恐怖の中で震えていた人。

 家族を失いながらも前を向こうとした人。

 笑いながら死地へ向かった兵士。

 絶望しながら、それでも誰かを守ろうとした人々。


 そうした感情や記憶は、“要点”だけを抜き出され、簡潔な文章へ置き換えられていたのである。


 もちろん、それは仕方のないことなのかもしれない。

 歴史を整理する以上、ある程度の要約や簡略化は避けられない。

 全てを書き残せば、記録はあまりにも膨大になってしまうからだ。


 それでも私は、少しだけ寂しかった。


 私たちが聞き取った証言には、数字や年表だけでは残せないものが確かに存在していた。

 声の震え。

 沈黙。

 苦笑い。

 怒り。

 諦めきれなかった想い──そういう“生きた記憶”こそが、あの時代を本当に形作っていたのではないかと、私は思ってしまったのである。


 そんな話を、ある夜、同期の調査員と酒場で交わしたことがある。


 酔いの回った彼は、グラスを揺らしながら、呆れたように笑ってこう言った。


「なら、自分で本にすればいいじゃないか。昔の戦争本でも、似たような内容はもう幾らでもあるんだし」


 その発言をきっかけに、私は本書の制作へ動き出した。


 上司を通じてIBRC日本支部総責任者より正式な許可を取得し、共有データベース内に保管されていた膨大な証言記録、そして私自身が追加で収集した証言を基に、本書は構成されている。


 本書では、巨獣の詳細な生態、各勢力の軍事情報、当時の複雑な国際情勢といった専門的かつ膨大な内容については、あえて最低限の記述に留めた。

 その代わり、本書が焦点を当てるのは、“その時代を生きた人々が何を見て、何を感じ、どう生き延びたのか”という点である。


 恐怖。

 怒り。

 諦め。

 後悔。

 そして希望。


 そうした感情こそが、この時代を最も正確に物語っていると私は考えたからだ。


 もっとも、本書はあくまで、各国調査員によって収集された証言を、私個人が再構成した“記録集”に過ぎない。


 読みやすさや記録としての体裁を整えるため、一部の証言には私自身による修正・追記を加えている。

 可能な限り当時の証言者の心境や言葉遣いを損なわないよう努めたが、完全ではない。


 また、ここに記された証言の全ては、当時を生きた人々の記憶に基づくものである。

 そのため、曖昧な部分や不正確な内容、証言者ごとの認識の差異も少なからず存在している。


 さらに、IBRCデータベースには公開許可の得られていない記録、内容が断片的すぎるもの、既に記録自体が失われているものも数多く存在した。

 地域によっては戦火や通信断絶によって記録が消失し、時系列や詳細経緯が不明となっている事例も珍しくない。


 このため、本書には情報の欠落や偏り、省略、空白期間、時系列の前後、あるいは事実誤認が含まれている可能性がある。


 また、証言だけでは当時の状況や出来事を十分に理解できない場合も少なくない。

 そのため、本書では必要に応じて研究者や軍人、政治家などの専門家による証言や解説を併せて掲載している。


 厳密な意味での“完全な歴史記録”とは言い難いだろう。


 それでも私は、この時代を生きた人々の声を残したかった。

 人類が何と向き合い、何を失い、それでもどのように生き延びようとしたのか。

 その記録が、未来を生きる私たちの糧となることを願っている。


 同じ過ちを繰り返さず、あるいは、再び訪れるかもしれない未知の災厄に備えるために。


 本書が誰かの明日への希望の灯火となることを祈りつつ。

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