IBRC
日本 国際巨獣研究委員会 日本支部 総責任者 巨獣災害対策統括官 加島達哉
2003年に始まった巨獣の出現により、人類は新たな戦争の時代に入りました。
当初はまだ散発的で、被害規模も限定的だったため、多くの国々では通常の軍事力と災害対策の延長線上で対処可能な「未知の生物災害」として扱われていました。
しかし、わずか数年で巨獣の出現頻度は急激に増加し、単独個体だけでなく群体行動を取る種類も確認されるようになった。
度重なる巨獣襲撃により、各地で都市機能が麻痺し、インフラは破壊され、食料供給網と医療体制が崩壊。
生態系の局地的崩壊、恒久的な居住不能区域の拡大、さらには政府機能を維持できず、国家が消滅する事態さえ発生しました。
これは単なる自然災害ではなく、世界規模の危機でした。
その危機認識のもと、2005年、国連主導で国際巨獣研究委員会──IBRCが設立されました。
各国の軍事・学術・医療・エネルギー機関を横断的に束ね、インターネット通信網と衛星回線を用いてリアルタイムで出現情報、生体データ、戦闘記録、被害統計を共有する体制が急ごしらえで構築されたのです。
日本支部の役割は、国内の巨獣関連データの集約だけでなく、アジア太平洋圏における情報中継拠点としての機能も担っていました。
当時は通信インフラそのものが不安定で、衛星網も各国で優先順位が異なり、必ずしも常時接続が保証されていたわけではありません。
そうした中で、日本は比較的早期に通信網と研究施設を立て直すことができた数少ない国の一つであり、その地理的条件も相まって、太平洋沿岸諸国の観測情報や戦闘記録が一度日本に集約される体制が自然と形成されていきました。
私自身も、政府側の危機管理部門と研究部門の調整役として、現場と国際会議の板挟みになる立場でした。
平たく言えば、現実の戦場と机上の理論、その両方の矛盾を処理する係だったわけです。
IBRCの主な役割は、大きく分けて二つありました。
一つ目は、巨獣の観測と解析です。
生物学、行動学、環境学、さらには軍事データを組み合わせ、巨獣の能力や行動パターンを可能な限り推測すること。
巨獣という存在は、単純な「大型生物」ではありません。
基本的に生物としては極めて強靭な肉体を持ち、高い知能を示す個体も多く、その種類は多種多様。
強力な毒霧を散布する個体、群集行動を取る個体、飛行能力を持つ個体、水陸両用に適応した個体、通常火器では貫通できない外殻を持つ個体──そういった例は、もはや例外ではなく日常的に報告されていました。
そうした相手に対して、何の情報もないまま場当たり的に戦うのは、戦術的にも人的にもあまりに非効率です。
例え不完全な推測であっても、能力や行動パターンが分かっていれば、それに合わせた装備選定、部隊配置、撤退判断が可能になる。
結果として、無意味な突撃や過剰火力の使用を避けることができ、兵士の犠牲を減らし、限られた戦力と資源を温存することに繋がる。
IBRCの分析資料は、そうした「判断材料」を提供するためのものでした。
そして二つ目。
当初のIBRCが最も重視していたのが、巨獣発生の原因解明です。
もし巨獣の出現が一過性の異常現象であれば、被害を抑えつつ嵐が過ぎるのを待つ、という選択肢もあり得たでしょう。
しかし実際には、出現は断続的かつ継続的で、しかも年単位で増加傾向にあり、終息の兆しは見えなかった。
つまり、倒しても終わらない。
であれば、根本的な理由を突き止め、発生そのものを止める。
あるいは制御する手段を見出さなければ、人類は永遠に消耗戦を強いられることになります。
だからこそ私たちは、“どう倒すか”と同じく、“なぜ出現するのか”を突き止める必要があったのです。
ただし、原因解明については、IBRC発足直後から早くも壁に突き当たりました。
当初は発生源を特定するため、各国で現地調査が試みられていました。
日本では、巨獣の初出現地である大阪を最重要調査対象とし、政府主導で急遽編成された合同調査チームが、発生地点直下に形成された巨大地下空洞への潜入を実施しました。
当時はまだ、あの穴が「発生源」なのか、それとも単なる地盤崩落なのかすら判断がついていなかった段階です。
危険性は承知の上でしたが、それでも手掛かりを得るには、現場に踏み込むしかありませんでした。
しかし、結果は最悪でした。
地下からの映像と通信は潜入開始からしばらくして途絶え、調査チームは消息不明となった。
救助隊の投入も検討されましたが、同時刻に周辺海域で新たな巨獣出現で作戦は中止。
最終的に、隊員は誰一人として戻ってきませんでした。
この事件以降、巨獣が出現した穴や陥没領域はすべて「最高危険度区域」として指定され、軍と政府によって完全封鎖されました。
実地調査は、事実上不可能になったのです。
仮に追加調査を実施しようとしても、巨獣の再出現リスク、未知の環境条件、生存率の低さを考えれば、人員を送り込む判断を下せる組織は存在しなかった。
政治的にも、倫理的にも、それを強行する余地はなかったのです。
結局、現場に踏み込めない私たちに残された手段は、机上での分析だけでした。
各国から集まる巨獣の生態や細胞構造、DNA配列、観測データ、戦闘記録、発生地点の地理・地質データを突き合わせ、自説を持ち寄り、国境を越えて議論を繰り返す。
そうして解析と議論を繰り返して発生メカニズムさえ解き明かせれば、この異常事態は収束させられる──当時の私たちは、そう信じて、昼夜を問わず原因究明に奔走していました。
正確に言えば、そう信じるしかなかったのです。
現地調査は不可能。
原理は不明。
出現を未然に防ぐ術もない。
防衛と迎撃を繰り返す以外に解決策が見えない中、他にすがれる希望がなかった、という方が正確でしょう。
ですが、どれだけ資料を積み上げても、決定打は出なかった。
できていたのは、各国や現場、研究施設から上がってくる膨大な資料をひっくり返しては、仮説を並べ、反証を重ね、また次の仮説を立てる──その繰り返しだけ。
どれだけ状況証拠が揃っていても、どれだけ疑わしい事件があったとしても、事実や因果関係が立証できていないなら、全ては仮説に過ぎません。
当初から立てられた仮説として真っ先に挙げられたのは、文明発展に伴う環境汚染、放射線、化学物質の蓄積による、急激な「突然変異説」でした。
当時の私たちの見解では、それまで存在していなかった巨獣が突発的に出現した理由として、最も有力視された説でした。
しかし、調査を進めるうちに、重大な矛盾が浮かび上がりました。
巨獣は、最初から生物として完成された肉体構造と機能を備えた状態で出現していたのです。
確かに巨獣は、通常の生物とは異なる特殊な存在の総称ではあります。
しかし、いくら特殊な能力を持ち、外見が異形であっても、体内構造、細胞組織、骨格強度、代謝機構はいずれも、生物学的に見れば一応の整合性を保っていました。
再生能力や代謝速度は常識外れな水準ではあるものの、理論上は生体機能の極端な強化として説明可能な範囲に収まっていた。
「偶発的な突然変異が短期間で生み出した存在」としては、あまりにも完成度が高すぎました。
突然変異であれば、機能不全や奇形、代謝破綻が多発するはずですが、生理機能が破綻して自壊する個体は確認されていません。
さらに、生殖器官を持つ種は正常に繁殖し、種によっては群れや繁殖集団を形成し、子孫を残して局地的な生態系に定着した例も数多く確認されています。
世代を経ても形質は安定し、遺伝情報は一定の秩序を保っていた。
それに加え、環境汚染が確認されていない地域でも出現した事例が多々あったことから、環境的要因との因果関係が全く確認できませんでした。
そして、突然変異説を事実上否定する材料となったのが、同族やその派生種と見られる個体が、海外にも短期間に複数出現した事例です。
突然変異であれば、地域的・時間的な偏在が生じるはずです。
しかし現実には、系統的拡散としか言いようのない広がり方をしていた。
派生種に関しては、最初に出現した巨獣である「牛鬼」を例にしますと、「原種」とされる個体の第2腕はただ巨大な腕でした。
しかし、およそ1年後には第2腕の爪部を極端に肥厚・硬質化させ、鈍器のように振るう「剛爪種」が現れました。
そのすぐ後には、爪を細長く鋭利化させ、切断能力に特化した「裂爪種」が出現。
加えて、体内で生成した毒素を爪部や体表孔から放出する「毒種」まで確認されました。
さらには、海外では体表を厚い脂肪層と密な体毛で覆い、低温環境下でも活動可能な「寒冷種」が確認された。
沿岸地域では、呼吸器官を改変し、水中活動時間を大幅に延長した「海棲種」も出現しています。
水陸両用への適応は、単なる個体差では説明できない水準でした。
これらは、同一系統と見られる存在が、わずか数年の間に多様な種へと分岐したことを意味します。
しかも、いずれも生理機能の破綻を起こすことなく、繁殖にも成功している。
通常の進化論的時間尺度では、数万年、場合によっては数百万年を要する形質分化が、極端に圧縮されたかのように進行していたのです。
もし、これも突然変異であれば、機能不全個体や淘汰過程が大量に観測されるはずですが、実際に確認されるのは完成度の高い派生種ばかり。
これらの事実を総合すれば、巨獣は突然生まれた存在ではなく、元から地球上のどこかに存在していた可能性が高い、という結論に行き着いたわけです。
そうなると、次に浮上したのが「では、どこに潜んでいたのか」という問題でした。
始めに上がった説は、「地下起源説」です。
人類が未踏の深層地下に、独自の生態系を持つ閉鎖環境が存在し、そこから巨獣が地表へ這い出してきたのではないか、という考え方でした。
既存の地球科学では、いわゆる地球空洞説は否定されています。
地殻構造や重力分布、地震波の解析から見ても、独自の生態系を形成できる規模の空洞が存在する余地はない。
これは学術的には、ほぼ結論が出ている話でした。
それでもなお、この説が有力視されたのは、巨獣の多くが地面を割るように出現する事例が多かったこと、初期の発生地点に地下構造物や断層帯が重なっていた地域があったことが理由です。
ただし、地下起源説にも致命的な弱点もありました。
仮に深層地下に巨大生物が生息していたとして、それを支えるエネルギー源、生態系、物質循環がどう成立しているのか、説明がつかない。
あれほど巨大な生体を維持できるカロリー供給がどこから得られるのか。
化学合成生態系にしては、必要とされるエネルギー規模が桁違いでした。
加えて、深部環境の物理条件も問題でした。
コラ超深度掘削坑の調査記録では、地下数キロの段階で摂氏180度に達する高温領域が確認されています。
地球内部は、想像以上に過酷な環境です。
巨獣は既存生物と比べれば桁外れの耐久力を持っていましたが、それでも当時のミサイルや重火器で駆除可能な範囲に収まっていた。
恒常的に超高温・高圧環境で進化した、あるいは突破できた存在にしては、兵器で破壊できる点が整合しませんでした。
さらに、地下から這い出した後の巨獣が、想定される地下世界の環境が大きく異なるはずの地表環境に適応し、即座に活動を開始できる点も不自然でした。
通常の生物であれば、環境変化による致命的なダメージを受けるはずだからです。
ところが巨獣は、出現直後から捕食し、移動し、戦闘を行っていた。
環境適応に時間を要した形跡は、ほとんど見られません。
そのため、地下起源説は可能性の一つとして保留され続けたものの、決定的な証拠を得ることは、ついにできませんでした。
別の方向からは、巨獣の「生物としての完成度」に着目した仮説も浮上しました。
ある研究者は、巨獣のあまりにも合理的な肉体構造と能力配分を分析した上で、こう述べています。
「巨獣は進化の過程で偶発的に発生した存在には見えない。生存・繁殖に最適化されているだけでなく、自己防衛の範囲を超え、“戦闘”を前提とした構造を持っている」
筋肉量と骨格強度の比率は、自重と瞬発力の双方を最大化するよう調整されている。
神経伝達速度は体格に対して異常なまでに高速で、反射行動に遅延がない。
種によっては感覚器官は死角を最小限に抑える配置となり、同時に装甲化された部位で保護されている。
それらはどれも、進化や淘汰の過程で徐々に洗練されたというより、「最初から目的に沿って組み上げられた」ような印象を与えたのです。
事実、巨獣には通常の生物と共通するDNAを持ちつつも、現在に至るまでの祖先らしき痕跡もなければ、進化の途中を示す中間種も見当たらない。
系統樹に無理やり組み込もうとすれば、必ず断絶が生じる。
連続性が存在しないのです。
なのに、ある日突然、新しい「種」が完成した形で現れる。
生物学の常識では、説明がつかない。
この見解から派生したのが、「生物兵器説」です。
自然発生ではなく、何者かが、何らかの目的で製造した存在ではないか。
巨獣はどこか隔離された環境で生産・保管されており、それが事故、侵略などが理由で解放されたのではないか。
もし人工的に設計された存在であるなら、どこかに生産・培養・管理するための施設──いわば、巨獣を生み出す「工場」のような場所が地球のどこかに隠されているのではないか、という仮説です。
そうした発想は、決して陰謀論的なものではなく、当時の分析会議では比較的冷静に議論されていました。
この説が一定の支持を集めた最大の理由は、やはり巨獣の能力があまりにも「実戦的」だった点にあります。
防衛や捕食には不必要なほどの凶暴性。
生物としては高すぎる状況判断能力。
都市構造物の破壊に適した質量打撃。
装甲車両を貫通可能な爪や牙。
広域制圧に適した毒性物質の放出機構。
これらは、自然環境で生き延びるための適応としては過剰でした。
さらに出現頻度の波、個体差の分析、そして短期間で多様な派生種が現れた点から、「元から用意されていた個体」と、「状況に応じて生産され、追加投入された個体」が混在している可能性も指摘されました。
実際、局地的に絶滅したと判断された系統でさえ、まるで補充されるように同種が再出現する例があった。
それは、単なる自然発生というより、戦況への“対応”とも取れたのです。
しかし、この仮説にも重大な問題がありました。
まずは、規模の問題です。
これほど多様な種を同時並行で設計し、培養し、維持するには、単一国家の研究開発体制では到底賄いきれない規模のインフラが必要になります。
巨獣1体の質量とエネルギー消費量を逆算すれば、単純な培養施設では済まない。
必要とされる電力、資源、人員は、もはや「国家機密施設」という枠を超えた規模になる。
そして、巨獣を世界各地に配備させるとなると、大規模な輸送、あるいは世界各地に生産拠点が必要です。
それを数十年単位で秘匿することと、世界が崩壊する中でそれらを維持することが、本当に可能なのか──この時点で、現実性に大きな疑問が生じていました。
そして最も説明が困難なのが、何故世界を攻撃するのか。
仮に国家、あるいは何らかの組織による計画であった場合、通常は戦略的意図に基づく地域的偏りが生じます。
標的の優先順位、戦力配分、政治的目的──いずれにしても、投入には明確な「狙い」があるはずです。
しかし実際には、世界各地でほぼ同時期に出現が確認されている。
何かしら意図があったとしても、あまりにも無計画で無差別的と言わざるを得ません。
仮に、世界を攻撃することが目的なら、その目的は何なのか。
各国を攻撃して文明を破壊することによって、誰が、何を得るのか。
何故、世界が崩壊してもなお、巨獣を作り続け、攻撃を止めないのか。
巨獣という強力な生物を生み出せるなら、高度な生体工学技術と生産能力を有しているはずです。
それならば、医療分野に応用すれば、臓器再生、遺伝子治療、寿命延長といった分野で計り知れない利益を生み出せるはずです。
あるいはエネルギー分野に転用すれば、巨獣の代謝機構そのものが新たな資源となり得た。
あえて制御困難な破壊兵器として運用する合理性が見えない。
あまりにも極めて非効率で、非生産的な行為です。
それに、巨獣の行動パターンを踏まえると、本当に兵器であるとも断定できないのです。
巨獣は極めて凶暴であり、時に群れを形成する。
ですが、その行動は戦略的な指揮系統に基づく統率ではなく、生態的本能──捕食、縄張り、防衛といった行動原理に近かった。
個体ごと、あるいは群れごとに行動は一貫しているが、それはあくまで“生物としての一貫性”であって、“兵器としての統制”ではなかった。
仮に事故によって制御不能に陥っていたとしても、その“供給”が途絶えない理由が説明できない。
生産体制がどこかで維持され続けているのか、それとも別の原理で“発生”しているのか。
設計思想のような合理性は感じられるが、設計者の存在を示す証拠はない。
人工とも断定できず、自然とも断じきれない。
それが、生物兵器説を最終的に決定打へと至らせなかった理由でした。
その他に地球外生命体による侵略、あるいは隕石などを通じて地球に侵入した地球外ウイルス汚染による突然変異など──「地球外由来説」も挙がりました。
しかし、各国の宇宙監視網と天文機関が保有する過去数十年分の隕石落下記録、大気圏突入データ、事件を総合的に照合しても、巨獣出現との直接的な因果関係は一切確認できなかった。
仮に小規模な物体が観測網をすり抜けた可能性を想定し、現地の地質サンプルの土壌成分も分析しましたが、全てから未知の物質は検出されず、いずれのサンプルも地球由来の範囲を逸脱していなかった。
何より決定的だったのは、生体データの解析結果です。
回収された巨獣の細胞組織、血液、骨格構造、DNA配列を徹底的に解析しても、導き出される結論はいずれも「地球由来の生物である」という一点から先へ進めなかった。
オオカミや霊長類など、既存生物との共通性を示す例は珍しくなく、むしろ完全に無関係な配列を持つ個体の方が少なかった。
一方で、地球外由来を示唆する未知配列は、一例も検出されなかった。
解析技術の限界を疑う声もありましたが、複数国の独立した研究機関が同様の結論に至っている以上、単純な見落としとは考えにくい状況でした。
その結果、少なくとも「宇宙から来た何かが要因である」というシナリオは、科学的根拠の面では極めて成立しにくいものでした。
外宇宙起源と断定するには、決定的証拠があまりにも不足していたのです。
つまり、問題は地球の外ではなく、地球の内側にある可能性が高い──それは、ほぼ共通認識となっていました。
さらに突き抜けた説になると、空間の歪みや異次元ゲートを通って流れ込んできた「異世界由来説」や、「地球外転送説」。
未来から流入した生物という「時間跳躍説」。
地球そのものが一つの生命体であり、巨獣は環境破壊を引き起こす人類を排除するために生み出された「地球免疫説」など、様々な仮説まで持ち上がりました。
提唱者たちはいたって真剣に数式と観測データを並べ、「あり得ない」と切り捨てるには惜しいだけの理屈を必死に組み立てていた。
さすがにその段階になると、多くの委員は半信半疑でした。
私のような行政畑の人間には、理論の半分も理解できない内容も多かった。
しかし、あれほど理屈の通らない現象を前にすれば、突拍子もない仮説が次々に生まれるのも無理はなかったのです。
冷静であるはずの国際科学会議の場で、次元や時間をまたぐ話題が真剣に議論される。
その光景そのものが、当時の混乱と焦燥の深さを、何より雄弁に物語っていたと思います。
答えが見えないまま、仮説だけが増え続ける。
そして、原因を突き止める努力が空回りする一方で、現場では被害だけが積み重なっていく。
IBRC発足当初から、私たちは「問題の大きさ」だけを正確に把握しながら、肝心の核心には一歩も近づけていなかったのです。
巨獣の発生には必ず何らかの原因が存在すると確信しながら、その「出自」だけを特定できないという、極めて矛盾した状況に置かれていました。
そして、それが巨獣対策の基本方針そのものに、深刻かつ長期的な影響を与えることになります。
巨獣はなぜ生まれ、どこから現れ、どうやって増えていくのか──その核心に一切手が届いていないという事実は、研究者だけでなく、政策決定者や軍の作戦立案部門にとっても、致命的な制約でした。
原因が分からない以上、「予防」という概念が成立しない。
それだけで、私たちの選択肢は極端に狭められていたのです。
仮に地下施設、未知の繁殖巣など、発生源が特定できていれば、状況は大きく変わっていたでしょう。
重点監視区域を設定し、常設部隊を配置し、地上・地下・空からの監視網を構築する。
必要とあらば、封鎖、隔離、あるいは物理的破壊を含めた先制的な軍事行動も、理屈の上では正当化できたはずです。
「出てくる前に叩く」という、従来の安全保障の枠組みに沿った戦略を取る余地がありました。
しかし、現実はそのどれもが不可能でした。
巨獣の発生地点に共通する条件が見いだせない。
出現地点は都市部、山岳地帯、沿岸部、平原とばらばらで、法則性が乏しかった。
その結果、対策はすべて「発生後の迎撃」に限定されました。
巨獣が出現してから部隊を動かし、避難を指示し、被害を最小限に抑える。
つまり、常に最悪の事態が起きてから対応するしかない、受動的な戦い方です。
こちらから主導権を握る余地はなく、巨獣の出現そのものが、戦争開始の合図になっていました。
この構造は、各国を確実に疲弊させていきました。
一つの都市を守るたびに、物資や資源、人員が失われる。
巨獣の襲撃で通信網が分断され、指揮系統は寸断される。
後方支援は常に遅れ、熟練した兵士や技術者ほど前線に投入され、そこで消耗していく。
訓練に何年もかけた人材が、数時間の戦闘で失われる──そんな事例が、各国で当たり前のように積み重なっていきました。
人員不足を補うため、徴兵制を復活させる国も少なくありませんでしたが、一時凌ぎに終わるだけ。
そして、巨獣の襲撃のたびに、人材が失われ、また次の人員をかき集める。
組織としての戦力は回復するどころか、戦況を好転させることはなく、ただ消耗を繰り返すだけでした。
やがて、物資不足は深刻な段階に入ります。
弾薬や燃料を節約するため、戦車や戦闘機を温存せざるを得ず、「使えない兵器」が増えていった。
極端な地域では、戦車兵や航空兵が、本来の装備を使えないまま、銃を片手に地上戦へ投入される事態すら発生しています。
それはもはや近代戦ではなく、消耗を前提とした防衛行動でした。
当然、そのような状況下で、国家全土を等しく守り続けることは不可能です。
各国政府は、苦渋の選択として、防衛範囲の縮小を決断するようになりました。
首都や中枢都市、主要工業地帯に戦力を集中させ、それ以外の都市や州を事実上放棄する。
国家機能を維持するために、切り捨てる地域を決める──それは、政治的にも倫理的にも、極めて重い判断でした。
結果として、防衛対象から外れた街に残された人々は、軍の支援を受けることができなくなりました。
避難できなかった者、避難を拒んだ者、あるいは情報が届かなかった者たちが、巨獣の脅威に晒されながら生き延びるしかない日々を送る。
そうした地域では、治安の悪化や物資不足が急速に進み、国家という枠組みそのものが形骸化していきました。
それでも、次の巨獣出現を止める手段は存在しない。
守った都市のすぐ隣で、あるいは全く別の地域で、再び警報が鳴る。
1体を倒しても、また新しい巨獣が現れてキリがなく、勝利するたびに消耗だけが蓄積していく──そんな事態が日常になっていきました。
これは、軍事組織にとって最も士気を削ぐ戦争形態でした。
敵を殲滅しても終わらない。
拠点を守っても、戦争は続く。
成果が次の安全に繋がらない戦いほど、人の心を摩耗させるものはありません。
要するに、敵は確かに存在しているのに、入口が見えない。
叩いても、叩いても、別の場所から現れる。
塞いだはずの場所とは無関係に、新たな被害が発生する。
私たちは「脅威」と戦っているのではなく、「現象」に振り回されているような感覚に陥っていました。
それが、IBRC発足初期から私たちが直面していた現実です。
最も厄介で、最も不気味で、そして何より、人類のこれまでの危機対応の経験がほとんど通用しない──そんな現実でした。
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