航海日誌
大西洋 石油タンカー船 船長 トレイシー・ミード
◆10/4
政府から通達された通り、明日にはブラジルのサントスから石油をアメリカのマイアミへ輸送する日だ。
ブラジルはリオがやられて以降、港湾も行政も右往左往しているらしい。
幸い油田と精製施設の一部はまだ生きていたが、それでも確保できた石油は多くない。
どうも今はまだ散発的だが、いずれ巨獣の数は増えるとの見込みらしい。
そうなりゃ、海上輸送も今みたいにはいかない。
だから今のうちに送れるだけ送れ、送れる間に備蓄しろ──上の連中はそう判断したわけだ。
言いたいことは分かる。
問題は、それをやるのが俺たちだってことだ。
サントスからマイアミ。
短く見積もっても2週間以上。
積荷は石油。
海の真ん中で止まれば終わり。
それでいて護衛艦もなし。
代わりに渡されたのはライフルとショットガン。
「有事の際に使用しろ」だと。
冗談だろ。
もし海に出た巨獣が数十m級だったら、ライフルでどうしろってんだ。
そう文句を言ったら、返ってきた答えはこれ。
「空輸は飛行巨獣に襲われる危険が高い。だから、海運がアメリカの生命線だ。」
耳障りのいい言葉だ。
生命線って言うなら、せめて護衛艦隊の一つくらい付けてから言ってほしいもんだ。
乗員の半分は、もう遺書を書き終えていた。
◆10/5
石油タンカー船なら、本来は乗員25人は欲しいところだ。
だが今回の仕事で乗るのは、ほんの10人程度。
人手不足。
それもあるが、本当の理由はもっと単純だ。
「沈む可能性が高いから、乗せる人数を減らした」
誰も口にはしなかったが、全員そう理解していた。
政府の担当が言うには、港から出た後の海域の様子は、学者でも衛星でも分からないらしい。
最近の情報でも、他のタンカー船が何隻も沈んだって話が入ってきてた。
だから、想定外の事態が起きるのは当たり前。
あとは自力でどうにかしろ。
そういう話だった。
陰で思わず「クソッタレ」と呟いた。
言っとくが、相手はそいつじゃない。
なんだかんだ問題はあったが、予定は変えられない。
出港前に持っていくものは全部乗せた。
貨物。
航海分の食料。
脱出船。
無線機。
銃と弾薬。
予備部品。
燃料缶。
ラジオ。
コミック、雑誌、ゲーム機、テレビ、映画。
あとは、くだらないエロ本。
ただでさえきつい仕事なのに、化け物に襲われる危険まである。
くだらない低俗な物でも、気が休まるなら金貨と同じだ。
燃料缶や支給された銃、弾薬みたいな危険物は、機関室から離れた保管区画へまとめて押し込んだ。
ガソリンなんて代物は、静電気一つでも事故になりかねない。
積荷が石油のタンカーで、余計な火種を機関室の近くへ置くほど俺たちは馬鹿じゃない。
もちろん、船のどこで爆発しても無事じゃ済まない。
だが、少なくとも機関部や燃料系統へ被害が直接飛ばなければ、沈没する前に対処できる可能性は残る。
不便だろうが、タンカーごと吹き飛ぶ可能性を少しでも下げるためのリスク管理だ。
不安は、減らせるなら一つでも減らしたい。
夜に見回りをしてたら、普段真面目な機関士が、珍しく甲板で煙草を吸っていた。
火気厳禁のタンカーで煙草──普通なら殴られて当然だ。
俺を見た瞬間、あいつはギョッとした顔をしたが、俺は何も見なかったことにした。
皆、不安と緊張でストレスを抱えている。
煙草の1本くらいで咎める方が酷ってもんだ。
それに、こんな状況じゃ、今さら規則だけ守ったところで安心できるわけでもない。
彼は不安げな顔で言った。
「船長、帰れますかね」
俺は「当たり前だろ」と答えた。
船長が別のことを言えるわけがない。
◆10/6
航海が始まって二日目。
今日は順調。
点検よし。
乗員問題なし。
海域異常なし。
今のところは、だが。
休憩時間は平和に過ごした。
俺はいつもの日課で、船内を見回るように散歩していた。
料理長は、いつものようにハンティング雑誌を読み込んでいた。
どうせ巨獣相手に役立たないだろうに、本人は真剣そのものだ。
一等航海士は、一人で点検していた。
良くも悪くも生真面目で心配性。
だから皆が休んでても、あいつだけ仕事してる。
甲板長は、自作のコーヒーを配っていた。
あいつの作るコーヒーは本当にうまい。
乗員の一人が「寄港したら店開ける」と言って笑ってた。
機関士はまだマニュアルを読んでいる。
機関系だけじゃなく、甲板作業、荷役、操舵と、学べるものは何でも学ぼうとしていた。
これから先、船に乗る機会なんて減るかもしれないのに、勉強熱心というか、心配性というか。
乗員の一人が「お前、船全部一人で動かす気か」と笑ったら、あいつは真顔で「その方が生き残れるかもしれませんし」と返した。
冗談に聞こえなかった。
舵取りがいなくなったら、こいつにやらせようか。
規則的に無理だが。
甲板では乗員がライフルとショットガンの練習をしていた。
弾は貴重だから発砲はしていない。
映画やゲームではよく見るが、初めて本物を扱うとなれば話は別だ。
装填にもたつく。
安全装置を確認する。
弾を落とす。
肩に担いだまま変な方向を向く。
見ていて不安になる。
思っていた以上に、普段使ってる拳銃とは別物だった。
そもそも、石油タンカーの乗員がショットガンの訓練をしてる時点で、十分おかしいんだが。
昼頃、ラジオで海賊どもが全滅したと聞いた。
海軍にやられたわけじゃない。
船を襲おうとして、いきなり海中から襲いかかってきた巨獣に食われたらしい。
ざまぁないな。
……いや。
笑える話でもないか。
◆10/7
いつも航海中は垂れ流しにしてるラジオやテレビを切った。
最近はネガティブな情報ばかり流れてくる。
ニューオリンズの化学工業地帯が襲撃され、一帯が汚染された、とか。
軍の戦力が国内防衛に集中することになり、各地で問題が起きてる、とか。
徴兵制について国中で揉めてる、とか。
防衛範囲縮小で騒動が起きてる、とか。
そんな話ばかりだ。
ニュース。
緊急速報。
専門家の討論。
政治家の演説。
気付けば、娯楽番組なんてほとんど流れなくなっていた。
それに最近、通信設備がやられてるのか、途中で途切れる番組も増えてきた。
突然砂嵐になったり、音声だけ消えたり。
話に聞いていた通りだな。
だからテレビを消した。
代わりに映画を流すことにした。
アクションでもコメディでも何でもいい。
内容なんてどうでもいい。
とにかく、嫌なことを考える暇を潰せるものが必要だった。
映画が始まると、ようやく船内で笑い声が聞こえた。
たった2時間、世界が終わってないふりをできる。
◆10/8
岸で船が陸に乗り上げてるのが見えた。
船体は大きく破壊されていた。
船首は浜に突っ込み、側面は抉れ、黒く焼け焦げた跡まで見える。
只事じゃない。
それだけは遠目でも分かった。
正直、心に悪い。
無線。
発光信号。
汽笛。
一通り確認してみたが反応なし。
本来なら確認するべきなんだろう。
船長として、救助が必要かどうかは乗り込んで確認しなきゃならない。
だが、生憎このご時世だ。
近くに巨獣がいるかもしれない。
生き残りを狙う連中の巣窟になってるかもしれない。
あるいは、あれ自体が罠かもしれない。
それに、急いでマイアミへ行かなきゃならない。
だから考えた。
あの損壊具合なら、生きてる奴はいない。
もし生きてても、陸に上がって逃げてるはずだ。
貨物も物資も、とっくに持ち去られてる。
……そういうことにして、そのまま通り過ぎた。
夕方、念の為に脱出船を再点検。
燃料缶や武器の配置も見直した。
誰も口には出さなかったが、あの座礁船を見てから、乗員の笑い声が減った。
◆10/9
特に変化なし。
点検よし。
乗員問題なし。
海域異常なし。
少なくとも、表向きは。
最近、船内で異音が聞こえた気がした、と機関士が言い出した。
金属を擦る音。
何かを引きずる音。
配管を叩くような音。
そんな話だった。
だが、他の奴に聞いても誰も聞いていない。
機関室を確認。
配管異常なし。
貨物区画異常なし。
船体損傷なし。
結局、気のせいってことになった。
……そういうことにした。
◆10/10
一等航海士が消えた。
1人で貨物の点検に行ってから戻ってこない。
最初は、あいつのことだからと思った。
休まない奴だ。
点検のついでに別の場所も見て回っているのかもしれない。
あるいは、ようやく休憩する気になって、どこかで寝ているのかもしれない。
だが違った。
船内放送で呼びかけても返事なし。
無線も応答なし。
乗員全員で船をくまなく探した。
居住区。
機関室。
甲板。
貨物区画。
脱出船。
全部確認した。
見つからない。
海に落ちた?
なら音がする。
監視もいる。
誰も見ていない。
船から人間が一人消えた。
それだけが事実だった。
機関士が「もしかして密航者じゃないですか」と言った。
誰も返事をしなかった。
そんな話を信じたい奴はいなかった。
今日は見張りを増やした。
誰も一人で動くな、と命令した。
◆10/11
今朝の食事は最悪だった。
緊張。
不安。
無言。
缶詰を開ける音だけが響いてた。
そして、また1人消えた。
甲板長だ。
最後に見た奴の話じゃ、数分前までいたらしい。
それだけだ。
残ったコーヒーはまだ温かかった。
俺たちは船を探した。
また見つからなかった。
今、船には8人しかいない。
誰も「海に落ちた」とは言わなくなった。
◆10/12
今朝は最悪の空気だった。
誰もがピリピリしていて、ちょっとした口論から乱闘になりかけた。
無理やり止めて、全員を食堂に集めた。
まず状況確認。
点呼。
持ち場確認。
装備確認。
やることをやらせると、少しだけ落ち着いた。
一等航海士も甲板長も、誰からも恨みを買ってない。
海のど真ん中。
船から出ていく理由もない。
なら、犯人は何だ。
人間か。
密航者か。
巨獣か。
考えても答えは出ない。
即座に全員へ武器を配った。
ライフル、ショットガン、拳銃。
それからチームを組ませた。
原則、単独行動禁止。
必ず2人以上で動く。
見張りも交代制。
料理担当ですら、1人にしなかった。
船長命令だ。
その後、再度船内をくまなく捜索。
だが発見なし。
人間だけが消えてる。
念の為、脱出船を即座に降ろせるよう準備した。
エンジン確認。
燃料確認。
無線確認。
そんなことをしてる時点で、この航海はもう終わってるのかもしれない。
晩飯は濃い味付けだった。
なのに、まるで味がしなかった。
◆10/13
本当に最悪だ。
トイレに行った1人が襲われた。
今までの失踪とは違う。
今度は目撃者がいる。
トイレのすぐ外で見張っていた奴が言うには、突然、トイレの通風口をぶち破って、ワームみたいな化け物が飛び出してきたらしい。
そして、そいつに噛み付いた。
見張りはすぐライフルを構えたそうだが、間に合わなかった。
悲鳴。
銃声。
金属が潰れる音。
俺は近くにいなかったが、それでも、大きな音と悲鳴ははっきり聞こえた。
駆けつけた頃にはもう終わってた。
トイレの扉は壊れてた。
血が飛び散ってた。
通風口は無理やり広げられてた。
だが、人間はいなかった。
血だけ残して消えてた。
いつ、どこで船に入り込んだ。
まさか、あの座礁船に潜んでいて、俺たちが近づいた時に侵入したのか。
それとも航行中に海から入り込んだのか。
分からない。
分かるのは一つ。
化け物が船内にいる。
即座に通風口を塞がせた。
配管区画も閉鎖。
単独行動は禁止のまま。
だが正直に言う。
もう「安全な場所」がどこか分からない。
居住区か。
操縦室か。
機関室か。
どこにいても、壁一枚向こうにあいつがいる気がする。
今みたいに日誌を書いてないと、頭の整理ができない。
書いてないと、たぶん俺も叫び出す。
◆10/14
夜が明けるまで、ずっとドタバタしていた。
近くの港へ通信。
応答なし。
別の周波数。
応答なし。
緊急回線。
応答なし。
港が襲撃されたのか。
通信設備が死んだのか。
単純に誰もいないのか。
分からないが、どのみち、自力でどうにかするしかないらしい。
何度「クソッ」と言ったか覚えてない。
だから、俺たちは即席で作戦を立てた。
これまで散々探した。
船内も調べた。
見つからなかった。
なら逆だ。
誘き寄せる。
ラジオ。
テレビ。
スピーカー。
船中で音を出しまくって、反応したところを一斉射撃。
単純で雑だが、他に方法がない。
失敗した場合。
陸へ可能な限り近付く。
脱出船を降ろす。
貨物は放棄。
持てるだけの食料と救難用品を持って逃げる。
仕事は終わる。
政府も会社も怒るだろう。
だが、どちらにしろ、船内にいる化け物を倒せないままでは、全員食われるだけだ。
命に背は変えられない。
それに、ただでさえ30万トン近いタンカー船を10人で動かしている。
3人消えて、残りは7人。
これ以上減れば、目的地まで辿り着けるかどうかも怪しい。
そうなれば仕事も何もない。
生き延びるにしても、仕事を続けるにしても、人数が残っている今のうちに叩くしかない。
化け物がいると分かった以上、俺たちがやるべきはそれしかない。
作戦を説明した時、誰も反対しなかった。
誰も、もうこの船を安全だと思っていないからだ。
そして結果だが、失敗した。
船内でも比較的開けていて、跳弾を気にしなくていい場所を選んだ。
通風口や配管から離れた位置。
そこへ全員が隠れた。
ラジオを最大音量。
テレビもつけた。
音楽も流した。
船の中とは思えないくらいうるさかった。
そして、そいつは現れた。
聞いた通り、とんでもなくデカいワームだった。
頭には牙。
体は多分、車くらいの長さ。
太さは人間くらい。
そんな化け物が、自分より狭い天井の通風口の中から、ぶち破って現れた。
ホラー映画で叫び続ける連中を、昔は馬鹿にしてたが、初めて気持ちが分かった。
目があるのかも分からないが、そいつはラジオの前で止まって、訝しむみたいに頭を動かしていた。
その瞬間、全員で撃った。
ライフル。
ショットガン。
拳銃。
発砲音で耳が痛い。
肩が痛い。
照準なんてズレまくる。
乗員全員素人だが、それでも弾は当たった。
当たったのに、死ななかった。
負傷しても怯みも逃げもしない。
むしろ、ブチ切れた。
あいつはそのまま突っ込んできた。
2人が吹っ飛ばされて死んだ。
止む無く、そのまま脱出船へ走った。
だが、あいつはしつこく追ってきた。
脱出船は、そのドサクサで壊れた。
船が投げられ、潰された。
鉄製の壁や扉も壊された。
もう何が起きてたのか、自分でもよく覚えてない。
保管区画へ逃げた。
燃料缶。
弾薬。
工具。
そこしかなかった。
無駄に分厚い扉を、あいつは何度もぶち破ろうとしてきたが、俺たちは扉越しに撃ち続けた。
すると、今度は当たり所が良かったのか逃げた。
中にいるのは、俺含め機関士と料理長の3人。
全員負傷。
残り2人は分からない。
……生きてる気がしない。
◆10/15
朝……だと思う。
時計ではそうなってるが、船内にいると外の様子が分からない。
太陽も見えない。
空も見えない。
もしかすると夜かもしれない。
辛うじて持ち込めた救難用品を漁って、飯を食うことにした。
乾パン。
缶詰。
水。
贅沢しなければ2、3日は持つはずだ。
生きていれば、だが。
保管区画から出ようと、扉を少しだけ開けた。
すぐ近くにいた。
閉めた。
寸前だった。
あいつも気付いてたと思う。
扉の向こう側で何かが動く音がした。
あいつは確実に、俺たちがここにいると理解してる。
時々、扉や通風口から近付く音が聞こえるが、入ってこない。
多分、銃で反撃されるのを理解してるんだと思う。
化け物のくせに。
いなくなったと思って、一度だけ外へ出たが、無理だった。
波の揺れ。
風の音。
配管の軋み。
金属音。
全部、あいつに聞こえた。
いや。
全部、あいつだと思った。
結局また保管区画へ戻った。
俺たちは今、化け物から隠れてるのか。
それとも閉じ込められてるのか。
もう分からない。
◆10/16
多分、1日過ぎただろうか。
時計は進んでる。
だから多分そうなんだろう。
寝る時は交代で警戒した。
俺たちはまだ保管区画に閉じこもったまま。
時々、化け物が近づく音が聞こえる。
扉の向こう。
通風口の先。
鉄板の向こう側。
奴は何を考えてるんだろう。
どう入り込むか考えてるのか。
俺たちが出るのを待ってるのか。
分からない。
俺に思いつくのは、息を殺して閉じこもることくらいだ。
ここ数日、銃より扉を信じてる。
1時間が1日に感じる。
3人でも余裕のある広さなのに、狭苦しく感じる。
暇すぎて日誌を読み返した。
誤字を直したり、追記したりして時間を潰す。
気分は小説家だ。
読者はいないが。
◆10/17
最近、船内を荒らす音が聞こえる。
金属が曲がる音。
何かを引きずる音。
壊れる音。
時々、船全体が揺れる。
食い物が出てこなくてイラついてるのかもしれない。
あるいは、もう俺たちを探す必要すらなくて、暇潰ししてるだけかもしれない。
そろそろ反撃も恐れずに襲ってくるかもしれない。
食料も少なくなってきた。
水も減ってる。
もう長居はできない。
ここは安全地帯じゃない。
ただ、まだ死んでないだけだ。
◆10/18
心の準備として書く。
これ以上、閉じこもるのは無理だ。
食料、水、精神、どれも限界。
このままここにいても、先に心がやられる。
飢え死にするかもしれない。
喉が渇いて死ぬかもしれない。
あるいは、その前に化け物が反撃を恐れず入ってきて、全員食われるかもしれない。
つまり、この保管区画は避難場所じゃない。
棺桶だ。
どのみち死ぬなら、せめて賭けに出ることにした。
閉じこもってる間に体は休めた。
飯も食った。
傷も多少はマシになった。
だから、動くなら今しかない。
体力がある今しか。
作戦は簡単。
俺たちは2組に分かれる。
1人が囮。
2人は操縦室へ向かう。
料理長が言うには、「奴は多分1匹だ」
「それに獲物が1人の時を狙ってる」
「だから、1人が囮になればチャンスはあるはずだ」……らしい。
操縦室に入ったら、タンカー船を陸へ向け、可能な限り岸へ寄せる。
その間に操縦室が襲われそうになったら、囮にも船内放送で情報を伝達。
無事に陸まで行けたら、何ふり構わず逃げる。
以上。
運良く化け物を倒したところで、3人じゃタンカー船を目的地まで動かせない。
脱出船もないのに、海へ飛び込んでも漂流するだけ。
逆に陸なら歩けるし、隠れられる。
最悪、走れる。
他の巨獣に襲われるだろうが、海よりはマシだ。
船が今どこにいるのか。
陸は近いのか。
操縦室が無事か。
奴から逃げ切れるのか。
本当に1人を狙うのか。
全部分からない。
犠牲前提で、問題だらけ。
でも、できるのはこれだけだ。
さっき誰が囮になるか決めた。
じゃんけんだった。
何百万バレルもの石油を運ぶ。
アメリカの生命線。
30万トン近い巨大な船。
その上で、生き延びる最後の判断方法が、じゃんけん。
誰も文句を言わなかった。
選ばれたのは俺だ。
ある意味、船長らしい。
命令したのも俺。
作戦を決めたのも俺。
なら最後に残るのも俺か。
正直、怖い。
さっきから手が震えてる。
だからこうやって書いてる。
この日誌は多分、遺言書みたいなもんだ。
◆ /
(おそらく数時間後。別ページで書いてる)
知りたいやつのために書いとく。
準備は終えた。
猶予もある。
これは最後の仕上げみたいなもんだ。
奴を見つけて囮になって船内を駆け回った。
足を噛まれた。
できるだけ抵抗した。
口の中へショットガンを突っ込んで撃った。
拳銃も撃った。
弾が無くなるまで乱射したら、あいつは逃げた。
一先ず助かったが、足をやられた。
感覚がない。
血も止まらない。
ヤバい場所を噛まれたんだと思う。
これじゃ囮どころか、逃げることもできない。
仮に助かったとして、巨獣だらけの世界で、こんな足の人間は荷物になるだけだ。
だから、諦めがついた。
操縦室へ向かった2人がどうなったかは分からないが、船の揺れ方で分かる。
たぶん、陸へ向かってる。
船内放送でも、2人から何も伝達が無いから、今はまだ無事なはずだ。
……そう思いたい。
だが、このまま奴を野放しにはできない。
奴が操縦室へ向かう前に終わらせる。
最初にやった罠と同じだ。
保管区画でラジオを流す。
奴を誘き寄せる。
餌は俺。
奴が来たら、燃料缶へ火をつける。
死にはしなかったが、銃弾が効いてたなら、傷くらいは付くはずだ。
同じ罠に引っかかってくれることを願うばかりだ。
あとは、タンカー船ごと吹き飛ばないこと。
この日誌が残ること。
それだけ祈る。
――――――
◆補足記録
生存した機関士と料理長の証言によれば、保管区画で発生した火災に巻き込まれ、船長トレイシー・ミードは、タンカー船を襲撃したワーム型巨獣と共に死亡したとされる。
当時、操縦室へ到達していた二人は、船体を可能な限り陸地へ接近させた後、座礁直前に退避。
自然鎮火後、二人による船内調査が行われた。
船内の大部分は火災と損傷によって破壊されていたが、保管区画跡地から三重に封をされた保管箱が発見される。
その内部より、本日誌が回収された。
なお、跡地からは日誌以外にも、焼け焦げた空き缶、空になった弾薬箱、使用済みライター、そして最後まで音声を流し続けていた携帯ラジオが発見されている。
携帯ラジオの電池は、既に切れていた。
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